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二 通小町

百夜通い(二)

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「おいでになりました!」

 雑色達を探索に出してイラこいて待つことしばし。
 数人の雑色が板の上に赤い袍を着た公達を乗せて戻ってきた。

ーまさか......ー

 一瞬、全身から血の気が引いたけど、ここは落ち着かなきゃ。

「床をのべて。上に上げて」

 命令して、乳母に何気に確認。

「少将様......よね」

 頷く、乳母。小野小町な俺は、まず他の雑色達を撤収させるよう、伝令を走らせる。

 そして......深草少将の息を確かめさせる。

「まだ息をしておいでになります」

 俺は急いで、濡れた衣を脱がせて、乾いた布で少将の身体を脱ぐうように侍女達に言った。
 言ったんだけど、ドン引きして動かない女性達。思わず声が荒くなる。

「何をしているの!早く!」

「と、殿方の衣服を脱がせるなど.....」

 固まる侍女達。はいはい分かりましたよ。平安の常識では女性が関係もない男性の衣服に触れるなんてとんでもないわけね。平成じゃそんなこと言ってらんないんだけどね。

「分かりました。私が、やります!」

 硬直する侍女達を部屋から追い出し、とにかく濡れた衣を脱がせる。ー質素な姿でーと言っていた甲斐があって、それなりに脱がせやすい。怪我の功名ってやつだな。

 乳母が御簾の間から差し入れてきた乾いた布で全身を拭う。湿ってると体温を奪われるからね。

 意識は無いけど、呼吸も脈拍もしっかりしてる。手当てが万全なら助かる。

 でも......手当て.....万全?


 なにせあっちの世界と違って平安の世には物が無い。
 ありったけの火鉢を集めさせて、お父様の小袖を拝借させて着させたはいいけれど......

 掛け布団がない。

 無いんだよ、この時代。
 小野崎先生いわく、脱いだ衣をそのまま掛けて布団がわりにしてたらしいんだ。
 だから......あんなびしょ濡れのもん、掛けるわけにはいかない。かえって身体に悪い。死んじゃう。

ー仕方ないっ!ー

 小野小町の俺は、袿・唐衣をそのまますっぽり脱いで、少将の身体に掛けた。まぁこんだけ分厚ければ掛け布団替わりになるよね。
 俺の体温で多少、温まってるし。


 ......と、耳盥に水と手拭いを持って戻ってきた乳母が、いきなり悲鳴をあげた。

「ひ、姫さま。そのようなお姿でっ!!」

 小袖に袴、いわば下着姿の俺に乳母が蒼白になって、あわあわしてる。まぁパンイチみたいに見えてるんだろうね、着てるけど。
 乳母は急いで俺の替えの袿を取りに走っていった。すんません、お手数かけて。確かにこれじゃさすがに寒い。

 でも、この長い袴でよくあんな早く動けるな、乳母。さすがベテラン平安女性。


 で、深草少将はといえば......



 まだ、意識が戻らない。

 栄養状態というか健康状態悪いもんな、平安貴族。

 深草少将はそれでも少将というだけあって、それなりに筋肉あるんだけど。如何せん、衣冠束帯で雪中行軍は無謀だわ。だから止めたのに、このオッサンは。

 あ、はい。深草少将、オッサンでした。顔立ちからすると年の頃は三十二、三歳くらい。
 
 まぁたぶん小町は二十歳は過ぎて平安では年増の部類。容色が.....と自他共に憂うお年頃なんですけどね。

 しかし、若気の至りの塊のような若僧ならともかく、なんで分別盛りになってまでこんな無茶をやらかすのか。

 ため息混じりに、じっと青ざめた顔を見つめる。唇はまだ紫色に近い。手に触れてみても冷たい。
 なかなか体温が上がらない。
 
 雑色は、まだ背中にそんなに雪は積もって無かったと言っていたから、伝わる話より生存確率は高いはず。以前の夢では少将の発見は翌日の朝だったんだから。
 六時間の違いは大きいはず。

 小町な俺は周りを見回した。悲鳴を上げそうな乳母や侍女は下がっている。

ーええい、ままよ!ー

 身体半分まで唐衣の中に潜って、少将の上半身を抱き抱える。
手足はともかく、心臓、内臓を温めればなんとかなるはず。 

 髪は何度も乾いた布を当てたから生乾きくらいまで復活しているから、ちょっとは冷たかったけど、耐えられる。

 俺、小町はあんま豊満なほうじゃなくて、胸乳はそれなりだから窒息することはない、はず。

ー特別大サービスなんだからねっ!ー

 微かにスパイシーな香が匂う少将の頭を眺めながら、小町=俺はため息をついた。
 どちらかというと、彫りの深い顔立ち、通った鼻筋、つぶらな目.....これがあっちの世界、平成な世ならかなりのイケメンなんだけど、平安じゃモテない方の容姿らしいんだ。
 それもあって、小町や乳母達の中には

ー身の程知らずなー

て気持ちもあった。
 でもね、人間は容姿じゃないのよ。特に男は中身が大事。な、令和の俺。


 と、しょうもないことをぼーっと考えていたら、胸元に何かが触れた。
 
 おそるおそる、そーっと目線を下に降ろすと、微かに少将の瞼が震えている。

「少将さま、少将さま!」

 抱える手に力を込めて呼び掛けると、うっすらと目が開き、そして俺を見上げた。

「こ.......小町...どの?.....ここは浄土か?」

「お目を覚まされましたか。お気を確かに。......ここは私の屋敷でございます」

「な、なぜ......」

 少将の目が見開かれた。そりゃ驚くわな。今まで超しょっぱかったもんな。

「今宵は大雪ゆえ、おいで召さるなと申し上げましたのに。......お出かけなされたと聞いて、案じておりました。あまりに遅いので雑色達にお迎えに行かせましたら、道に倒れていらしたのでございますよ」

「小町どのが、我れを探させたと......謀られたのでは、騙されたのでは、と雪の中でお恨み申し上げていたものを.....」

 だからです。千年先まで、しつこく執着されて恨み言なんて言われたら敵わないもの。

 で、なんでしがみついて、胸に顔を擦り寄せてんだ、オッサン。

「やれ、嬉しや。小町どのが、我れを思うていてくだされたとは.....」

 人命尊重しただけだぃ。変わり身早いぞ、オッサン。.......とは言え、俺の袖を掴む手に力はない。
 かなり衰弱しているのは確かだ。

「お話は後に致しましょう。まずはお身体を労わねば。命婦、お薬湯を......」

 身体をそっと床に横たえ、御簾越しの乳母に指示をした。




 とりあえず、第一ステージはクリアだ。






 
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