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一緒に夕飯を
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平民にしては大きめの一軒家の自宅で洗濯物を畳んでいると、控えめなノックの音が三回響いた。
マテウスは残るひとつとなった靴下をくるりとまとめて所定の位置に戻すと、足早に玄関に向かった。
扉を開けた先には、燃えるような髪と目を持った同僚が学院にいるときよりもラフな格好をして立っていた。
「こんばんは、マテウス先生」
「こんばんは。ちょうどいいタイミングだったよ。今やることが全部終わったところだ」
「本当ですか。我ながらナイスですね。ではすぐに出発しても?」
アイザックは待ちきれないとばかりに手を伸ばしてくるが、マテウスはそれを両手でまあまあと宥めて待ったをかけた。
「ああ待って。良い酒が手に入ったんだ。今日の晩酌にと思ってね。取ってくるから待っててくれ」
「はい」
マテウスは一旦家の中に引っ込み、キッチンの隅にある保冷庫の中からボトルを取り出した。
アストラウス国の西に位置するカーテル地方産の、二十年もののヴィンテージワインだ。
晩酌用の酒を買いに行ったら顔見知りの店員にこのワインを紹介され、まんまと口車に乗せられて買ってしまったが、この店員の勧めるものは間違いがないから後悔はしていない。
「待たせたね」
「待ってませんよ。では手を」
「よろしくね」
「はい」
改めて差し出されたアイザックの手に手を重ねるとふわりと握られる。
彼が歌うように古語で詠唱すると光の粒が二人の体を包み、瞬きをした次の瞬間には違う景色が広がっていた。
美しい庭園に面したテラスには、無垢の木材を使った広いローテーブルとふかふかのクッションが鎮座する手触りの良いソファが置いてある。
そのテーブルの上には見るからに美味しそうな食事が並んでいて、そこから立ち上る湯気はまるで早く食べてほしいと言わんばかりに揺れていた。
アイザックは握ったマテウスの手をそのままにソファまでエスコートし、自身は深くソファに座るとその膝の上に横向きにマテウスを座らせた。
マテウスがアイザックにワインボトルを渡すと彼は慣れた手つきでコルクを開けてグラスに注ぎ、マテウスにそれを手渡してきた。
「今日もお疲れさま」
「乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせるとチンと高い音が響いた。
アイザックはワインを一口飲むと、先生のセンスは流石ですねと言って頬を緩めた。
正確にはマテウスのセンスではないのだが、買うと決めたのはマテウス自身のためそういうことにしておこう。
アイザックはフォークを手に取ると、瑞々しいレタスのサラダにそれを刺してマテウスの口元に持ってきた。
マテウスはそれをパクリと食べる。
レモンの風味のドレッシングがさっぱりしていて食べやすい。
次はムール貝の香草焼き。
口の中に入れると香草の香りが広がり、プリプリとした身を噛めばジュワッと旨みが凝縮された汁が溢れ出る。
溢れ出たそれが熱くてハフハフと口を開けば、間髪入れずにアイザックがハンカチを口元に持ってきてくれる。
「いつ食べてもアイクの手料理は美味しいね」
「ありがとうございます。マテウス先生のためにたくさん練習しましたからね」
至近距離で微笑まれれば、胸の辺りがキュンと疼く。
(ああ、この子はなんて良い子なんだろう)
マテウスは堪らず彼の頭を撫でた。
すると彼は柄にもなく唇を窄めて拗ねて見せた。
そういうところは年下らしくて可愛らしい。
「俺、もう子どもじゃありませんよ」
「知っているよ。でも、ついねぇ。そんな顔しているから、君が僕の教え子だったころみたいだよ」
「そんなこと言ったって……」
未だ拗ね続ける彼に、マテウスは話題を切り替えることにした。
「そういえば今日の儀式。平民科の最後の子は君を彷彿とさせたね」
「それは俺も思いました。もう十五年前になりますね」
思い出すのは、十五年前の召喚の儀のことだ。
あの日のことは強烈すぎて鮮明に覚えている。
きっと二人が思い出している景色は同じものに違いない。
マテウスは残るひとつとなった靴下をくるりとまとめて所定の位置に戻すと、足早に玄関に向かった。
扉を開けた先には、燃えるような髪と目を持った同僚が学院にいるときよりもラフな格好をして立っていた。
「こんばんは、マテウス先生」
「こんばんは。ちょうどいいタイミングだったよ。今やることが全部終わったところだ」
「本当ですか。我ながらナイスですね。ではすぐに出発しても?」
アイザックは待ちきれないとばかりに手を伸ばしてくるが、マテウスはそれを両手でまあまあと宥めて待ったをかけた。
「ああ待って。良い酒が手に入ったんだ。今日の晩酌にと思ってね。取ってくるから待っててくれ」
「はい」
マテウスは一旦家の中に引っ込み、キッチンの隅にある保冷庫の中からボトルを取り出した。
アストラウス国の西に位置するカーテル地方産の、二十年もののヴィンテージワインだ。
晩酌用の酒を買いに行ったら顔見知りの店員にこのワインを紹介され、まんまと口車に乗せられて買ってしまったが、この店員の勧めるものは間違いがないから後悔はしていない。
「待たせたね」
「待ってませんよ。では手を」
「よろしくね」
「はい」
改めて差し出されたアイザックの手に手を重ねるとふわりと握られる。
彼が歌うように古語で詠唱すると光の粒が二人の体を包み、瞬きをした次の瞬間には違う景色が広がっていた。
美しい庭園に面したテラスには、無垢の木材を使った広いローテーブルとふかふかのクッションが鎮座する手触りの良いソファが置いてある。
そのテーブルの上には見るからに美味しそうな食事が並んでいて、そこから立ち上る湯気はまるで早く食べてほしいと言わんばかりに揺れていた。
アイザックは握ったマテウスの手をそのままにソファまでエスコートし、自身は深くソファに座るとその膝の上に横向きにマテウスを座らせた。
マテウスがアイザックにワインボトルを渡すと彼は慣れた手つきでコルクを開けてグラスに注ぎ、マテウスにそれを手渡してきた。
「今日もお疲れさま」
「乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせるとチンと高い音が響いた。
アイザックはワインを一口飲むと、先生のセンスは流石ですねと言って頬を緩めた。
正確にはマテウスのセンスではないのだが、買うと決めたのはマテウス自身のためそういうことにしておこう。
アイザックはフォークを手に取ると、瑞々しいレタスのサラダにそれを刺してマテウスの口元に持ってきた。
マテウスはそれをパクリと食べる。
レモンの風味のドレッシングがさっぱりしていて食べやすい。
次はムール貝の香草焼き。
口の中に入れると香草の香りが広がり、プリプリとした身を噛めばジュワッと旨みが凝縮された汁が溢れ出る。
溢れ出たそれが熱くてハフハフと口を開けば、間髪入れずにアイザックがハンカチを口元に持ってきてくれる。
「いつ食べてもアイクの手料理は美味しいね」
「ありがとうございます。マテウス先生のためにたくさん練習しましたからね」
至近距離で微笑まれれば、胸の辺りがキュンと疼く。
(ああ、この子はなんて良い子なんだろう)
マテウスは堪らず彼の頭を撫でた。
すると彼は柄にもなく唇を窄めて拗ねて見せた。
そういうところは年下らしくて可愛らしい。
「俺、もう子どもじゃありませんよ」
「知っているよ。でも、ついねぇ。そんな顔しているから、君が僕の教え子だったころみたいだよ」
「そんなこと言ったって……」
未だ拗ね続ける彼に、マテウスは話題を切り替えることにした。
「そういえば今日の儀式。平民科の最後の子は君を彷彿とさせたね」
「それは俺も思いました。もう十五年前になりますね」
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あの日のことは強烈すぎて鮮明に覚えている。
きっと二人が思い出している景色は同じものに違いない。
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