変貌百伝忌譚―人知れず路地裏喫茶にお越し―

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◆序章【路地裏喫茶】

誰かの物語(後)【序閉締結】

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 ◆◆◆



「今宵の物語は、ここまでです──」

 顔を上げた少女は、そう言って締めくくり。
書見台しょけんだいに載せていた古和紙の束を纏め、日焼けて年季の入った表紙へとじ込んでいく。

 終わってしまったのか。

 それは少しの間のようにも、数時間にも及んでいたのではとも感じられる朗読会だった。
 意味も状況も分からないままで、流されるままに参加してしまった雨宿りの合間あいまの出来事。だが、

 なぜだか、なぜだか無性に……。
終わってしまったのが、惜しい。

「…………」

 目を瞑って、聴いた物語を振り返る自分。
 ここのところつのらせていた鬱憤うっぷんが、どこかへと流されてしまったかのような清々しい気分だ。

 地獄の日々。否定される自分の人格、休日出勤やら深夜の呼び出し、残業に次ぐ残業。悪化の一途を辿っていた私生活。これまでの環境だったならば、夜間の貴重な時間を『謎の朗読会』の参加に当ててしまった自分自身に多少なり後悔や自責の念でも抱いてしまったんだろう。でも今は、まぁそんな些細なことはどうでも良かった。参加した結果、心穏やかとなり。物語の内容はともかく、少女の声と雨音だけの静けさの中に深い安らぎを見出だしてしまったから。

 いや、自分の事は、本当にどうでもいい。
 聴いた物語の内容が、それらに触れながら想像した情景がやけに頭の中に残っている……。


【人に裏切られた水神の悲しい物語】


【血の繋がった弟を身勝手に殺し、己の顔を捨てた男が、捨てた己が顔に取り殺される物語】


【井戸の底の世界に焦がれ、そこへと身を投げてしまい。水棲の生物に成り果てた者の物語】

 ……どれも感慨かんがい深くて不思議な物語だった。
全てが、この土地【黒百愛くろひゃくあい】に伝わる、はばかられ忘れ去られゆく奇譚ものがたりであるという。それはどうしてなのだろうかと、疑問。自分にはこの土地でそんな扱いを受けている事が信じられない。絶対に忘れられてはいけない。きっとこの土地の過去の教訓などを所以としている“素晴らしい物語”達なのだから。事実、自分は一度内容を耳にしてしまってから、読み進められた分だけ物語に惹き付けられてしまったからだ。

 なぜ止めてしまうんだろう。

 もっと聴いていたいというのに。

 もっと知りたいのに。もっと触れたいのに。
もっともっといつまでも、ずっと。ずっと朗読を続けてほしい。仮に自分の全てを差し出してでも、自分がどうなろうとかまわないから、次の物語を……。

「……ッ!!」

 パシンッと、空気を震わせる音が鳴り。
それによって自分は我に返って、目を開く。

 どうやら少女が手を打ったらしい。
彼女は、こちらに強い眼差しを向けていた。

「──ここはあくまで、しずめの場。ここで人が忌譚に魅入られるのは本意ではありませんので」

「……?」

かくまいがてらに、途絶とだえぬようにと。普通の人に忌譚きたんを聞かせてしまったのは私のあさはかでしたね」

「…………?」

「私達を忘れないで欲しかった。それが過去に痛みや苦しみ、様々なものをともなっていたとしても」

 彼女の瞳孔が細くなり、苦い表情をされて。

「途絶えさせる事にも、意味は有ります。
禍因を未来に残さない為にも。けれどそれで、はたして全てを無かった事にするべきなのか……」

 自分こちらに、何かを尋ねるかのような視線。

「…………」

「……不要なお話でした。ごめんなさい。
私達の言葉は夜迷よまい言です。忘れてください」

 疑問と困惑と、ほんの僅かの恐怖を感じた。
 どうして少し前までの自分は、たかが物語にあそこまで執着をしたのだろう。そして、物語を朗読して意味深い言葉を重ねる彼女は、何者か。

 冷静になって自分は、つい後退あとずさりをした。

 彼女は瞳を揺らし、物憂げに下を見つめる。
物憂げで、どこか悲しげ寂しげな顔をされる。

「…………!」

 その時、自分はとても後悔してしまった。
 雨宿りをさせてくれ、朗読を聞かせてくれた少女に対して、そんな顔をさせてしまった自分の振る舞いを恥じたのだ。だから彼女へと一歩二歩と近付いて行き「お疲れさま、ありがとう」と。加えて「思わず聞き入ったよ」と簡単な言葉を送っておく。
 そういえば民宿の婆さんから貰って上着の内ポッケにあった饅頭おかしを「聞かせてくれたお礼」と渡しておいた。饅頭を遠慮がちに受け取った彼女のきょとんとした顔が、妙に印象的で可愛らしくあり。彼女の正体が『得体の知れない存在ではないか?』という自分の疑念を払拭ふっしょくした。

「え。これ。あ、ありがとうございます……。
これは皆で、後でいただきますね?」

 皆とは、周囲の幼い少女達の事だろうか。
そう思って周囲を見回すと。だがしかし、部屋には初めからそうであったかのように自分と彼女の二人しか人間は存在していなかった。
 驚いてバッと立ち上がり。いや待て「あの子達はどこへ行ったんだ?」自分がそう尋ねるよりも早く、彼女は人差し指を口の前で立てていて。こちらと視線が合うと小さな口で僅かに微笑みを浮かべ、その状態のまま首をゆっくりと何度か横に振ってきた。

「…………」

 察するに、詮索はするなと。そういう事か。
ならば、背筋が寒くなるのを我慢して自分の頬を強く叩いておこう。この場は流す他にない。

 余計な事を言ったりやったりして、また少女のあんな表情を見せられたとしたら良心が痛む。

 ともかく、

 曖昧だった思考が働く。夜闇が薄れてくる。
視界の端では、窓の外の空が白み初めている。

 もうじきに朝なのかと、呆ける自分。
実際に数時間が経過していたということ。

「さぁ払暁あけがたです。夜雨よさめも上がります。つまり私達があなたを匿えるのはここまでということ。お帰りはあちらから、出口までご案内いたしましょう──」



 ◆◆◆



 非日常の終わり。そろそろ別れの時だろう。

「──ここから、外へと戻れますので」

 古い木造校舎のような空間で延々と続く廊下。ずるずると何かを引きずる音を出しながら、背後から道案内をしてくれた彼女は、長い廊下の突き当たりにあった木扉の前まで来るとそう伝えてくれた。

 ただ、その出口だという扉は、

「…………」

 周りを含めて、とても異様な光景。

 天井には紙垂のある注連縄が結ばれ、茶錆びた鎖が巻き付いていて、閂がされており、内側から何枚もの御札が貼られている重厚な両開き扉であり。

 封印か何かか? 開いていいものか?
自分が固まっていると、後ろから笑われた。

「ふふっ、私達が閉じ籠るためのものですから。
気にせずに、あなたの手で開いてください」

「…………」

 そう言うのなら、開いても大丈夫だろう。
 外ではなく、内側からの封なのだ。なら、物語等では有りがちな『悪い存在』を封じ込める目的の扉ではないのだろう。彼女の言葉は引っ掛かったが。

「私達では、もう開けられませんので」

「…………」

 いや本当に開けて大丈夫なのか?
 とはいえ、指示された通りにするしかない。

 鎖を外し、閂となっている木材も扉から外し。腰を入れて何度も腕を押し込んでみてやっと、扉と床の擦れ合う重々しい音と共に両開きの扉が開け放たれた。

「出立に相応しい、良い天気ですね。
眩しい……。夜間の雨が嘘のようです」

 出立、か。また鬱憤が吹き出してくる。
日常に戻っても、どうせ自分には……。

 外からの日光が廊下の埃を照らし、輝かせる。
新鮮な空気が入ってきて、さっと吹き抜けて行く。

「行ってらっしゃいませ。一夜だけの御客さん。
振り返ったりはせずに、陽の当たる方へと」

 そんな見送りの言葉を貰って、数秒後。

 扉の外に乗り出した自分は背中を押された。

「そうそう、それと。ご安心を。あなたが忌譚の内容を聴いた対価として、あなたを害そうとしていたアレは私達が引き受けて、沈めておきますから……」

 扉の外に踏み出しながら、自分は振り返る。
『振り返るな』と言われたが、最後の言葉の意味を尋ねたかったのもあるし。何よりも、彼女にはまだ一夜の世話になった礼を伝えていなかったからだ。


「……あ」

 その行動によって驚かせてしまったのか。
大切そうに抱えていた先ほどの表紙を落とし。宙を舞った古和紙の数枚を受け止め、少女は放心する。

「…………!」

 そこに居たのは、人ならざる少女であった。薄れ行く視界の中で、優しげで寂しげに、その姿を見られてしまった故か、困ったよう顔を隠す異形の存在。
 蛇と人の合の子であるかのような。蒼鱗の生えた身体をした、通って来た廊下を塞いでしまうほどに長い蛇の尾で蜷局とぐろを巻いている、恩人の少女。

 彼女は、化物だった。

 けれど、化物だからどうした?

 遠ざかる彼女に、お礼の言葉を叫ぶ。

 どれくらいぶりか、喉が痛むほど叫んだ。

「────ッ!!」

 どんな姿形をしていて、どんな存在だろうと、
恩人は恩人であるのだから。礼を尽くすべきだ。

「私達のこの姿を見て、お礼ですか。
あなたは変者かわりものさん、ですね。ありがとう」

 自分こちらに忌嫌の感情が無いと伝わったか、

「私達は、祈追キツイ水底すいじんむくろ、祈りの跡。
もしもご縁があれば、またお会いしましょう」

 彼女は微笑んで、遠慮がちに手を振ってくる。

 出立。送り出されたからには、行かなくては。

 仕方ない。背中を押されてしまったのだから。

 もう少しだけ、嫌な現実に向き合ってやろう。

 でも、そうだな。ご縁があれば、叶うならば、

 自分はまた、彼女キツイに会いたいと思った──。


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