統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚

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◇一章後編【禍群襲来】

一章後半【用語解説】

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用語集・五十音


(※一章の結末までを含んだ内容あり)


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◆イシネレップ【某之怪】

 説明のつかない奇妙な事柄。その場に存在する筈のない存在。未知、正体不明の何かへのとりあえずの形容など。広域で、人智じんちおよばぬ怪異かいいへの表象的な共通認知とされる某之怪シトマクゥの一種。
 その名は古い言葉から『夜闇よやみまぎれて現れ出て、何処かへと誘う者』の意であり。
 名の通り。主に物音や灯りや見知った者を思わせる声などで気を引く事により、人を深い深い闇の中へと誘って行ってしまう存在だとされる。
 これに誘われてしまった者の末路は、親の語り部によって大きく異なっており。『誘われた者は次のイシネレップにされてしまう』『取り殺され、骸は頭から喰われる』『凶兆の前触れの化身』といった人に害を及ぼす危険な怪異だとされるものから。『無くした物が見付かる』『誘われる事で、むしろ差し迫った危険を回避させようとする和御魂』といった風に人にとって有益な存在とされるまで。実のところ事柄にあまり統一性がない。
 これが『人に害を及ぼすもの』であると語られる場合には対処法が有り。まず二人以上で居れば遭遇せず。これに誘われそうになっても意識を強く保ち続けて振り払う。刃物などの尖ったものを周囲に向けて一度二度振って威嚇する。その場に自身の“身代わり”となる物や“食い物”を置いておくなどといった方法で対処できるという。
 その多くは、語り手が聞き手に注意を促す言葉で締め括るのが習わしであり。従って、その正体や実在性はともかくとして『夜道を進む場合は、常に気を張っておけ』といった先人達の教訓から生まれた民俗怪奇譚の一種だとされる。



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◆カメアシュマリ【化狐】

 説明のつかない奇妙な事柄。その場に存在する筈のない存在。未知、正体不明の何かへのとりあえずの形容など。広域で、人智じんちおよばぬ怪異かいいへの表象的な共通認知とされる某之怪シトマクゥの一種。
 狐が正体とされる、不穏な出来事のこと。
 人が野山で不必要な殺生などを繰り返して、その因果として人に怨み辛みを募らせた野狐が転じてしまい。人に災いを呼ぶとされる民話から。



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◆コムイセポ【毛毬兎】

 毛に包まれた毬玉のような姿をした兎。実際の体躯は細くしなやかであるが、それを覆うように油分を含む多量の縮れた毛が生えている。天敵との遭遇時に危害を受けた際、強い外的刺激等により、表皮ごと毛塊を身体から切り放し囮とする。
 夏の始まりと秋の終わりに換毛期があり。比較的楕円形となり毛量が少ない夏毛と、完全に四つ足と長耳が生えた毛毬の見た目となる冬毛とを交互に繰り返す。夏毛の際は『コムイセポ』と、冬毛の際は『コムコムイセポ』と呼び分けられており。毛織物として使用される抜けた毛にも含有油分や繊維の太さといった質に違いがある為に区別される。
 刷り込みや餌付けでは懐いたりはせず。一定期の間に近距離で過ごしていても己に対し危害を加えてこなかった動く存在達の匂いを覚えて群れの仲間であると認識する。群れであると認識すると、認識した群れから離れようとせず。追従し付いて回るようになるが、暫くその群れでまともな餌がありつけないと興味を失くしたように去ってしまう。
 見た目に似合わず肉食傾向が強い雑食性で、上述のように自ら狩りを行ったりはしないが。追従している他の生物(※群れの仲間)が食い残した死肉等を漁る習性があり、血の匂いに敏感に反応する。



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◆しんせん【神饌】

 神々に捧げられる食事の事。神々“彼ノ者”達の代行、化身たる統巫達が口に入れる食物を他者が謙ってこう呼ぶ場合もある。
 どの統巫も決まって、食物を摂取する行為に並ならぬ警戒心を持っており。それがたとえ心を許した者の前であっても変わらないとされる。理由として、統巫は自らの身に及ぶ直接的な暴力や障害などには纏う“羽衣ユリカゴ”により無類むるい堅牢けんろうさを持つが。
 反面、毒気や大気の汚染といった“身体の内”よりむしばむ類いの害には徒人万人の身と同様に無力だと語られ。そういった点では、その身を絶対に害されないという訳ではないからだ。
 生命であり、食事をするのだから“水や食料を取らないこと”による衰弱も有り得るものの。統巫達は、よっぽどの事でなければ物を口にしようとはしないという。それを知らずに接するのは憚りがある。
 過去には、統巫が愚か者に毒で殺害されてしまったり、監禁され慰み者にされてしまったりした記録がいくつか残っている(※だが、どれも不確か曖昧な記録であり。直接の当事者は誰一人として生存していないので、詳しくは不明)。



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◆タマカギル

 茎より上はただ苦味のある草だが、根の部分を干し煎じて飲むと強い鎮痛作用がある多年生の草。特徴的な五角の形で、斑模様の紫色をした葉が目印。



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◆トゥランケ/トャランケ【諍裁和】

 二柱以上の統巫、及びその眷属達が行う儀式。
 統巫同士の間で発生した、互いの意見の相違、相手に譲れぬものがある事柄、どうしても自らの主張を相手に通したい場合等に“そのいさかい”に一種の“折り合い”を付ける為に行われるものだとされる。
 挑み、挑まれ。双方の合意の上でのみ執り行われるらしく。挑まれたとしても、統巫同士(※)は対等なために一方的に拒否する事は可能らしい。
 また統巫が徒人に対して行う事はなく。そもそも成り立たない。ただし儀式の最中に、故意的にそれを邪魔しようとされた場合はその限りではない。人と統巫の間に『人が儀式を邪魔するならば、先ずはその身を排除する』といった契約が強制的に結ばれてしまうという。
 互いの権能、エムシ羽衣ユリカゴ、誇りや理念、牙や爪といった全てを交る神聖な儀式なのだと謳われており。どのように小さな諍いだとしても、いざ雌雄しゆう決すれば諍裁和トゥランケによって交わされた約定は絶対の束縛であり。仮に相手より『獣のような服従』を求められたとしても抗う事はできないという。これ以上は詳細不明。



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◆フラエレムゥ【匂鼠】

 野山に生息する鼠の一種。
 特定のおやを中心とした十数から数十匹規模の群れを築き、発達した外分泌線から放出する(※体内生成された化合物質の気化する際に発生する独特な匂いである)体臭による個体間の意思伝達、及び群れ内での役割分担をする風変わりな鼠。自然界でも稀な原始的な社会性を形成する生物として研究されている。
 群れそのものや、群れの中心である『おや』に危機が訪れたとしたなら、それを『匂い』により理解し一斉に防衛行動を取る。外敵の排除をする。
 それでも『おや』が絶命した際は『おや』が死の際に出す『匂い』により。或いは『群れ』が外敵に太刀打ちできぬとなるや、肥えた『おや』と弱った個体が外敵のおとりになり。群れの存続のため『全ての個体』が散り散りに逃げだしてしまう。
 ひとたび『おや』が失われれば、無作為に違う個体の雌が群れを再びまとめ始めて、中心の『おや』に成り代わる。その繰り返しを重ねることにより、過程で群れが外敵への対策を学習し。また弱い個体が間引かれ、強靭な個体が生き残ることによって淘汰的個体数調整が行われる。いわば個体ではなく群体として成長してゆく、特異な生態を持つ生物であろう。
 通常、ある程度の規模を越えた群れは『おや』の役割をする個体が一時的に二匹以上となり。そこから世代が新しい個体を中心とし、次第に分化して別々の群れとなる。
 しかし不思議なことに、必要な過程を経られない群れの再構成は困難であり。よって非常に繊細かつ複雑な群れの形成がなされているようである。
 実験で人為的に手を加え、群れが『おや』の個体の喪失を完全に知覚できない特定条件下で『おや』を失う状況を作ると、群れが機能する上で複数の致命的な問題が発生すると判明しており。その場合は新たな『おや』が現れることは無くなり。残された個体は徐々に異常行動(※自傷、共食い、不活発化、常同行動等)を始め、最終的に個体個々に分散し全滅してしまう。原始的な社会性を獲得するにあたって、どうしようもない種としての欠陥や個体としての脆弱性を孕んでしまったということか。それは進化なのか、はたまた退化なのかと議論が分かれる。




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◆ぼんせふくぐんのそ【凡世覆軍の鼠】

 子の厄災。命の『繁栄はんえい』の禍淵マガフチ
 ある種の繁栄とは、他種の衰退すいたい減衰げんたいに等しく。自然界において、他種との共存や調和の中ではいちじるしい繁栄なぞ有り得ぬもの。命は均衡をしてしかるべき。命は共存してしかるべき。命は闘争してしかるべき。共存と闘争を以て緩やかに繁栄し、時に衰退する。環境の変化や天変地異や疫病等の要因により、一時的な生態系の乱れこそ生じること有れども。少が多になれば多が少になり、どこかで揺り戻しの働きが起こる。そうしておのずと釣り合いを取り、整った状態に帰結回帰せしものなり。それが必定。繁栄と衰退を繰り返し、生態系は無常に巡り、大いなる流れとなる。それが調和。食物の連鎖として形成されたことわりたるもの。
 しかしもしも【厄災】と呼び称されるような。際限や限度を逸した繁栄をする種が沸いてしまったならば、それは最早【禍淵マガフチ】と扱い、畏れる他に無い。たとえ『繁栄』こそ、生命すべての持つ根源的な願いだとしても。見過ごしてはおけない。必ずや調伏しなければならない。他種を蹂躙し、食らい尽くす暴虐の末には、子孫繁栄なぞ有り得ぬもの。放置すれば、やがて此土しどは増え過ぎた厄災の身に覆われ、タチガレへと至る。すべてを道連れとした自滅という破局が迫っているのだから。

 自らの種が繁栄可能な範囲を、自然の中で培われた法則や、増え過ぎて自滅すらし兼ねない危険性を無視し。ただ同族以外の生を貪り喰らって、制御を越えた繁殖に重点を置き暴走した悲しき命。
 本来は大人しく、警戒心が強く、少数の群れで虫や植物性の僅かな栄養を糧とする命。それが人身さえも己が獲物とし、群れで襲い食らうようになってしまった。そうして喰らえば、その分だけ無秩序に繁殖する。同じ性質を持った個体が増える。
 全にして一、一にして全の群。
 その実態は驚くほどに単純であり、己の複製個体を生殖もせずに産み落とす歪な変異をした鼠。
 故に、凡世覆軍。放っておくと、ある地域ーつの生態系のみならず。万の世を、此土そのもののあらゆる世を貪ってしまい。その末に、此土を同族で覆ってしまうのではと畏れ喩えられた災厄。




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◆マガノミ【禍巫(様)】

 統巫と本質的には同じ存在なものの、統巫とは逆にその統べる力の“柱と役“から、人々や此土に厄災を呼び込んでしまう存在達だとされている。
 この辺りの土地(※シンタニタイの地、周辺)に確かな記録としてあるのは、数百年前に何処からか現れて、大國を“その身より振り撒いた厄病”のみで滅ぼしたとされる蝕統しょくとう導巫どうふという禍巫ただ一柱のみ。
 人類の健やかな営みという上では『居てはならぬ』存在であるのだが、嵐によって起きた災害が転じて土壌に恵みをもたらすように、此土の恒久的存続の為には必ず何処かに『居なくてはならぬ』面も有るとされ。矛盾した在り方をする悲しき者達という。
 



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◆マガフチ【禍淵/魔淵】

 厄災、災害の如きもの。“架空”の化物。または世を脅かしうる“空想”の事象や現象とされている。
 大衆的認識では上記のとおり。けれど何かが『禍淵』と定義される所以ゆえんにして某之怪シトマクゥとの差異は、明確な“実害じつがい”であり。(※古代の地層より出土した今の技術を遥かに越えてしまっている現行使用可能な戎具といった事例や、生贄を放り込めば放った者の寿命を際限なく伸ばせる幽谷等)目に見える形で、禍淵マガフチとされうる程の“実害”(※ここでの実害とは、此土存続の調和を脅かすという広義的な意味合いである)が発生している、発生したかどうか。それにより國々の要人により迅速かつ必要な判断がされ、対策と対処がなされる。
 放置すればマガフチは、此土全体をおかフチと転じ、厄災は伝染し侵食するもの。発生した“それ”が禍淵マガフチと定められた場合、周囲一帯が禁足地きんそくちとされ。古来こらいより伝わるその土地事の禍淵マガフチしずめる為の、しかるべきはらい事ときよめのならわしが取り行われる。



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◆マホロバぜみ【楽土蝉】

 翡翠ひすい色に反射する身体に、薄葵うすあおい色のはね。翅には対の瞳模様ひとみもようが特徴の蝉。雌と雄ではその模様の大きさと位置に僅かな差違がある。
 この種は外的刺激に弱く、温度変化にも弱く、大きめな身体から飛行も得意ではなく。顕著な体色の為に目立つので鳥類等の天敵にも狙われやすく。おまけに繁殖力が極めて低い。したがって楽土マホロバと名前に付いているように、いくつかの条件が重なった自然豊かで静穏な土地にしか生息できない希少な蝉である。
 一度聴けば、忘れ難い鳴き声の蝉としても有名。鳴き始めは高く力強くて、徐々に低く細やかにしていく『キュル、キュル、キュルリ』と表される、美しく寂しげな鳴き方をするという。
 生存戦略なのか、特定の種の蜂と共生(※片利共生)をしており。成虫は蜂の巣周辺で活動し、蜂に身を守ってもらいながら交尾を行う。この蝉は、蜂に攻撃されない何らかの手段を持っているのだろう。



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