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第五章 ハンター編其の三 旅に出るにゃ~
124 聞いて欲しかったにゃ?
しおりを挟む女王と三王女に、ビーダールへの行き方を撫でられながら質問されていたわしであったが、仕事や勉強の時間になったらしく、ようやく諦めてくれた。
「どうやって行くのか気になるけど、買い付けは任せるわ。書類は後日、届けさせるからお願いね。私はそろそろ仕事に戻るわ」
「サティも勉強に戻りますよ」
「歴史の授業を重点的にやらないといけないですわ」
「え~~~!」
「え~。じゃありません」
「もうシラタマ成分は補給できたでしょ?」
「はい! シラタマちゃんまたね~」
だから、シラタマ成分って何!? みんなわしを撫で回してツヤツヤして帰って行くけど、わしから何か出ているのか? 加齢臭じゃありませんように……
王族が去って行くと、撫で回されて毛並みの乱れたわしは、エミリとガウリカを迎えに行く。ガウリカとは合流できたが、エミリが見当たらなかったのでメイドさんに行き先を聞き、調理場に向かう。
「エミリ~。帰るにゃ~」
「あ! ねこさん。これ食べてみてください!」
「にゃ? ああ。……さっきより口当たりが滑らかになったかにゃ?」
「そうなんです! 料理長さんのアドバイスで植物性の油を入れたら、うまくいったんです!」
「これで完成にゃ?」
「もう少し調整が必要かな~?」
まだか……でも、連れて来て正解じゃったな。さすがこの国の料理人のトップに君臨する料理長じゃ。的確なアドバイスをしてくれたみたいじゃな。
「料理長。ありがとにゃ」
「いえ。こちらも勉強になりました。出来ればエミリを王宮で働かせたいのですが、どうですか?」
「わたしをですか!?」
「私の元で修業してみませんか?」
「ねこさん……わたしはどうしたらいいですか?」
どうやらエミリは、料理長に気に入られたみたいじゃな。エミがお母さんのレシピで店を出すなら、ここで修業するのもいいかもしれん。じゃが、わしの決める事ではないな。
「大事な事だから、エミリが好きに決めればいいにゃ」
「……わかりません。決めれないです」
九歳の少女には少し酷か……ヒントぐらいは必要じゃな。
「メリットは、ここで修業すれば店を持った時に箔が付くし、色々な食材に触れる事が出来るにゃ。デメリットは修業は厳しく辛いものにゃ。それとエミリがここを気に入って、辞めづらくなるかもしれないにゃ」
「ねこさん……」
わしの話を聞いても答えの出せないエミリに、料理長は優しく微笑み掛ける。
「今すぐにとは言いませんよ。時間がある時に、遊びに来なさい。決めるのは、それからでもかまいませんよ」
「料理長さん……」
「そんなのいいにゃ?」
「私がエミリに教えたいだけなので、かまいません」
「ありがとにゃ」
「あ、ありがとうございます!」
料理長はいい人じゃな。これならエミリを預けても問題無いじゃろう。
城をあとにして、今度はガウリカの家に向かう。家族に会った時には猫、猫とうるさかったが、無事、コーヒー豆は買い取れた。わしの取り分は四分の一として、残りは城に納品してもらう手筈となっている。
猫、猫とうるさかった家族も、最後にはわしに感謝していた。ガウリカと買い付けに行く日取りを約束し、エミリと共に家に帰る。
今日は腕によりをかけて夕食を作ってもらう予定だ。
夕食はエミリに任せて、夕刻になるまで庭いじりをしていると、リータとメイバイが帰って来たので、わしは玄関で出迎える。
「ただいま戻りました~」
「ただいまニャー」
「お帰りにゃ~」
ん? 血のにおい……まさか犯罪に手を染めて帰って来たのか!? って、んなわきゃない。ビックポーターも持っているし、二人で狩りに行っていたのか。
わしを仲間外れにした理由はわからないけど、黙っているって事は聞かれたくないのかな?
「いい匂いがします~」
「お腹ペコペコニャー」
「今日はエミリが、食事を作りに来てくれてるにゃ」
「エミリちゃんが!?」
「いい匂いだけど……」
「もうすぐ出来るから、先にお風呂に入って来るといいにゃ」
「はい……」
「はいニャ……」
何か含みがある返事だったが、聞いてしまうと隠している今日の狩りの事についても聞いてしまいそうなので、せかせかとお風呂の準備をする。珍しく一緒に入ろうと言われなかったので、そのまま風呂場をあとにした。
二人が居間に揃うと、エミリを含めて夕食をとる。その時、数日後にコーヒーの買い付けに行くから一緒に来て欲しいと頼むと、笑顔の返答をもらえた。
暗くなって来ると、エミリを孤児院に送り届ける。帰って来たら二人とも寝室で寝ていたので、一人で湯に浸かる事にする。
ふぅ……一人の湯船なんていつ以来じゃろう? 森の我が家に居たとき以来か。人型で足を伸ばして入るのもいいのう。しかし、いつも女の子と一緒じゃったから気恥ずかしいのもあったが、少し寂しくなるな。
二人は狩りに行ったから疲れたのかな? 大丈夫だったじゃろか? 一緒にお風呂に入ろうとしなかったのは、怪我をしたからじゃなかろうか? いまさらじゃけど、心配になってきた。
わしはお風呂から上がると縁側に腰掛ける。そうして少し欠けた月をボンヤリと眺めながら、酒を片手に涼む。
「シラタマさん」
月が僅かに動いた頃、寝たと思っていたリータが声を掛けて来た。
「どうしたにゃ?」
「ご一緒していいですか?」
「いいにゃ」
わしはリータ用に水割りを作って差し出す。リータは水割りを口に付け、無言で空を見上げる。
辺りが静寂に包まれる中、しばらくして、リータが口を開く。
「何も聞かないのですね……」
「にゃ?」
「今日の事です」
「聞いて欲しかったにゃ?」
「いえ……」
また無音が続き、今度はわしが口を開く。
「ひとつだけいいかにゃ?」
「……はい」
「怪我はしてないかにゃ? それだけが心配にゃ」
「……はい!」
わしの問いにリータは嬉しそうに答える。その後、わしの酒に付き合っていたリータは舟を漕ぎ始めたので、抱き抱えて寝室に連れて行く。
わしはご褒美になるかわからないが、人型のまま二人の間に入り、眠りに就くのであった。
チョコレート製作の翌日、リータとメイバイは、また早く起きて狩りに出掛けた。わしも目が覚めていたが、気を使って寝た振りを続けた。
そして、二人が家から出たのを感じとり、ムクリと体を起こす。
マジか……昨日もあんなことやそんなことをされていたのか? うぅ。恥ずかしい。もうお婿に行けない!
しかし、メイバイのあの行動はなんだったんじゃ? リータもあんなところを……いやいや、考えるのはよそう。思い出しただけで顔が火照る。
わしは赤らめた顔をモフモフと叩いてから朝食をとり、庭の水やりをする。それから何をしようか考えた結果、一人で出掛ける事にした。
目的地は森の我が家。転移魔法で移動し、空気の入れ替えと掃除を済ます。次におっかさんの墓を掃除して手を合わせる。そして、香草のプランターも手入れしてから縄張りを走る。
リス家族にも挨拶し、大蚕の糸や薬草、香草を出来るだけ集めたら、飛行機でローザの街に向かう。空から飛び降りて怖い思いはしたが、門兵は覚えていたみたいなので、すんなり中に入れてもらえた。
だが、王都と違って他の街は猫コールが凄まじく、走ってローザの屋敷に逃げ込む事となった。
「ねこさん!」
「いらっしゃい。今日はどうしたの?」
ローザの屋敷に入るとメイドに案内され、応接室でローザとロランスに出迎えられる。
「暇だったから遊びに来たにゃ。それと大蟻もお願いするにゃ」
「大蟻はわかったけど、暇だからって遊びに来れる距離では……」
「まあまあ。面白い物を持って来たにゃ。匂いの強い物だから外でいいかにゃ?」
「面白い?」
わしはローザとロランスと一緒にバルコニーに移動して、テーブルにコーヒーとチョコレートを並べる。
「ねこさん、臭いです~」
「たしかに……」
「二人ともダメかにゃ~? それじゃあ、ミルクと砂糖を入れるにゃ。これで飲んでみるにゃ」
顔をしかめる二人にコーヒーを勧めると、二人は恐る恐るカップに口を付ける。
「やっぱり美味しくないです!」
「そう? 変わった味だけど美味しいわよ」
「子供と大人の味覚の違いにゃ。はい。果汁ジュースを飲むにゃ」
「ねこさんは、よくそのまま飲めますね」
「わしは大人にゃ」
「「大人……」」
「見えないのはわかってるにゃ~! つぎは、そっちの黒いお菓子を食べてみるにゃ」
今度も二人は、黒い物体を恐る恐る小さく齧ったのだが、驚いた顔の後、すぐに笑顔に変わった。
「あ……美味しいです!」
「これは……この飲み物と同じ味わいね」
「正解にゃ。この飲み物はコーヒーと言って、コーヒー豆から作られているにゃ。こっちのお菓子はチョコレートと言って、コーヒー豆を使ったお菓子にゃ」
「こんな味、初めてだわ」
「もっとください!」
「食べ過ぎると、太るからやめておくにゃ~」
「太るのですか?」
「砂糖を多く使っているから、いっぱい食べたら太るにゃ。にゃんでもほどほどが一番にゃ」
「でも……」
ローザの顔が曇ったのを見て、わしは残っていたチョコの入った箱を取り出してローザの目の前に置く。
「少し置いて行くから、数日に分けて食べるといいにゃ」
「ねこさん。ありがとうございます!」
「それより今日は、お父さんとじい様は居ないのかにゃ?」
「今日は仕事で外に出ているわ」
「そうにゃんだ~」
わしの周りに女の子しかいないから、コーヒーの味見を頼もうと思っていたが、空振りか。居たら居たで睨み殺されそうじゃけどな。
「ねこさんも一人なんですね。リータ達はどうしたのですか?」
「たぶん二人で狩りに行ってるにゃ」
「だからわたしに会いに来たのですね!」
「にゃんでそうなるにゃ~」
「サンドリーヌ様のお手紙で、ねこさんはいつも女の子と一緒に居るって書いてましたよ」
「そんにゃこと……あるにゃ……」
男の知り合いがいない。セベリぐらいか? あ! 黒狼……カウントされないな。
「もっと頻繁に会いに来てください」
「そう言われても、わしも忙しいにゃ~。明後日には南の小国ビーダールに旅立つにゃ」
「それじゃあ長旅になるわね。それで挨拶に来たのね」
「お母様。その国はどれぐらい距離が離れているのですか?」
「少く見積もっても、馬車で往復三十日ぐらいかしら?」
「一ヶ月も!?」
「いや、一週間も掛からないにゃ」
「「え?」」
「向こうで観光するつもりだから、正確な日数はわからないにゃ~」
「いま、なんて言いました?」
「だから観光して来るにゃ」
「その前です!」
「えっと~……一週間かにゃ?」
「それです! どうやったらそんなに早く帰って来れるのですか!!」
「そこは魔法でチョチョイとかにゃ?」
飛行機は女王にはバレていたけど、ローザ達にはバレてないじゃろう。
「先日見送りに見た、馬のいない馬車かしら?」
「まぁそんなところにゃ」
「その馬車なら王都までどれくらい掛かるのですか?」
「一日あれば着くかにゃ~?」
「つまり他の乗り物があるって事ですか……」
しまった~! 誘導尋問に引っ掛かってしまった。ローザは相変わらず鋭いな。
「わたしもそんな乗り物欲しいです!」
「欲しいと言われても、わしの魔力で動くから無理にゃ~」
「その乗り物があれば、もっとねこさんと会えるのに……」
「また来るから、そんにゃに悲しそうな顔しないでくれにゃ~」
「ローザ、猫ちゃんが困っているわよ。来月には女王陛下の誕生祭もあるし、我慢しなさい」
「あ! そうでした!」
「二人も来るにゃ?」
「ええ。私は行く予定じゃなかったけど、猫ちゃんに会いに行くわ」
わしに? 女王の誕生日を優先しないでいいのか?
「領地はどうするにゃ?」
「それは夫とお父様に押し付けるから大丈夫よ」
「お母様……」
「言い方が悪いにゃ~」
その後、散々撫で回されて泊まって行くように言われたが、旅の準備があると嘘をついて、慌ててローザの街を出て転移するわしであった。
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