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03 潜入
023
しおりを挟む宿屋で借りた部屋から出ると、カウンターで繁盛している酒場の場所を聞き、夕暮れ時の町を勇者と魔王は歩く。
酒場は宿屋から近かったのですぐに到着して扉を潜る。すると一斉に視線が飛んで来るが、勇者は気にせずカウンターに座り、魔王は遅れて隣に座る。
「皆さんこちらを見ていましたけど、どうしてでしょうか?」
「サシャが、かわいいからじゃないか?」
「か、からかわないでください!」
魔王があたふたしている内に、勇者は酒と夕食を注文する。注文した物が揃うと魔王はさっそく口に入れるが、どれも魔王の口に合わなかったようだ。
残念がる魔王を他所に、勇者はスキンヘッドの店主に声を掛ける。
「儲かっていそうだな~」
「おかげさんで。でも、最近兵士が減って来たから、困りどころだな」
「そうなのか? いっぱい居るじゃないか?」
「前は外までテーブルが埋まっていたんだ」
「ふ~ん。みんな何処に行ったんだ?」
「知らないのか?」
「今日、この町に着いたところでな」
「それじゃあ、知らないか。近々新しい町を落とすから、一番近い町に兵士を集めているんだ。いま居る兵士も、数日後には出発するはずだ」
店主の話に魔王は驚き、声を出し掛けたが、口を塞いで止める。
「なるほどね。それで勝てそうなのか?」
「さあな~。でも、この町もその他の町も、魔族は戦わずに逃げたから楽勝ムードだよ」
「へ~。それはよかった。そういえば、魔族と人族って不可侵条約を結んでいなかったっけ?」
「なんだそれは?」
「あれ? 俺の聞き間違いだったかな」
「そんなわけはないだろう。元々攻めて来たのは魔族だ。だからこれは、聖戦だ」
「魔族が攻めたですって!?」
「なんだ。あんたらは何も知らないんだな」
魔王は声を出した後、何やら考え込み、下を向いてしまう。
「ああ。田舎暮らしが長くてな。ここに来たのも、仕事があるって聞いて来ただけなんだ」
「駆け落ちか何かか?」
「まぁそんなところだ」
「じゃあ、気を付けろよ」
「何がだ?」
「チッ……もうダメだ」
酒場のオヤジはそれだけ言うと、カウンターから離れる。その少し後に、男達が勇者と魔王を後ろから囲み、酒瓶を持った男が勇者達に話し掛ける。
「よお。いいお嬢ちゃんと飲んでるな」
「見る目があるな。すっごくかわいいだろ」
「そのかわいいお嬢ちゃんを貸してくれないか?」
「妹にお酌させようと言うのか?」
「いや。一晩中楽しませてやるよ。俺様の仲間は多いから、二十晩じゃ足りないか」
「は? バカなのか? んな事に妹を貸せるわけないだろ!」
「ハッ。じゃあ、勝手に奪うまでだ」
リーダーらしき男は、片手に持っていた瓶を勇者の頭に振り下ろす。酒場の中にガラスが割れる音が鳴り響き、勇者は残っていた酒で濡れる。
身動きしない勇者を見て、リーダーは下品に笑いながら魔王に近付く。
「さあ。お嬢ちゃん。行こうか」
「え? どちら様ですか?」
「聞いてなかったのか!?」
「あ……申し訳ありません。はじめから説明してください」
「はあ? この騒ぎの中で、ずいぶん図太い神経をしているんだな。気に入った。一晩と言わず、何日も抱いてやるよ」
「騒ぎ? お兄ちゃん! どうして濡れているのですか!?」
「お前の代金を払ってやったからだ。さあ、行くぞ!」
リーダーは魔王の手を掴もうと伸ばすが、二人の間に勇者は割り込んだ。
「まだ痛い目にあいたいみたいだな」
「痛い? 全身で酒を浴びただけだ」
「がはははは。強がっていても、結果は同じだ。喰らえ!」
リーダーは勇者を殴ろうとするが、勇者は避けると同時に魔王の手を引いて、部屋の隅に移動する。そこで勇者は、角を使って魔王を守るように立つ。
「そんな所に逃げてどうする。逃げ場がなくなっただけだ」
「ゲームでもしようと思ってな」
「ゲーム?」
「お前達が俺を殴る。俺が倒れたならば、お前達の勝ちだ」
「がはははは。なんだそのゲーム。今から俺達がする事じゃないか!」
「最後までルールを聞けよ。殴るお前達が勝ったら、商品は妹だ。俺が買ったら金貨100枚寄越せ」
「おお! 払ってやろうじゃないか。そんな事は出来ないだろうがな」
「皆にも時間があるだろうから、いちおう俺が耐える回数を決めておこうか? 何発がいい?」
「百発だ!」
「う~ん……」
「なんだ? 怖じ気付いたのか?」
「少な過ぎるだろ? 一万発にしようか」
「一万!? ……ぎゃはははは」
「「「「「ぎゃはははは」」」」」
勇者の発言に、酒場に居る全ての者が笑い出す。
「なんだ? 少な過ぎたか? じゃあ、いま笑った奴も参加して、一億発にしとこう」
「ぎゃ~はっはっは。お前の勇気に免じて一万でいい。ただし、終わるまで帰さないからな!」
「ああ。ルールは決まったな。お前らも終わるまで帰るなよ」
「まずは俺からだ! 死ね!!」
リーダーは大振りに振りかぶり、勇者に拳をぶつける。
「へ?」
ゴンッと鈍い音が酒場に響いた後、リーダーは気の抜けた声を出した。
「ぎゃ~~~! 手が~~~!!」
勇者を殴ったリーダーの手は、手首の上から折れて悲鳴をあげる。それは当然の結果だ。微動だにしない勇者は、鉄の塊に相当する。ただの塊ではなく、一切動かない鉄の塊だ。そんな物を素手で殴って無事なはずがない。
「ほい。一発。あと、9999発だ」
「貴様~! 何か汚いマネをしやがったな!?」
リーダーの折れた腕を見た、がたいのいい男は叫ぶ。
「ずっと見てただろ? まだまだあるんだから、つぎ、殴ってくれよ」
「やってやるよ! ……ぎゃ~~~!」
がたいのいい男も勇者を殴ると拳が砕け、悲鳴をあげる。さらに怒った男達が勇者を殴るが、皆、拳を砕き、悲鳴をあげる事となった。
「九発……おいおい。このままじゃ、いつになったら終わるんだよ。もっとパッパッと掛かって来てくれないか?」
「ふ、ふざけやがって!」
痛みに顔を歪めていたリーダーが、立ち上がって叫ぶ。その手には、剣が握られていた。
「利き手じゃないんだろ? なら、やめておけ」
「ハッ。誰がやめるか! 剣にはビビっているんだな」
「と言うより、ルールは殴るだ。剣の腹ならセーフだが、刃はルール違反だ」
「知るか! これだけ恥を掻かされたんだ。死ね~~~!!」
リーダーは左手に握った剣に、折れた右手を添え、勇者の頭に振り下ろす。当然その剣は、勇者に当たるが半ばで折れ、剣先は宙に舞った。
「は?」
「まぁいいや。それも一発に入れてやる」
「嘘だろ?」
「10発な。つぎ、早くしてくれよ」
勇者の化け物っぷりに、酒場に居た者は、さーっと血の気が引き、顔を青くする。そうして静まり返るその空間に、ブスリと音が鳴った。
「ぎゃ、ぎゃ~~~!」
先ほど宙に舞った剣がリーダーの肩に突き刺さった音だ。運悪く剣が刺さったリーダーは叫ぶ事となった。
「あ~。言わんこっちゃない。それでまだ10発なんだが、もう殴らないのか?」
「ば、化け物……」
「「「「「うわ~~~!」」」」」
「おい! まだゲームの途中だろ!!」
勇者は止めるが、一人が逃げると雪崩の如く。酒に酔っていたせいなのか、酒場に居た者は全員逃げ出すのであった。
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