攻撃の出来ない勇者は誰が為に拳を振るう・・・

ma-no

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09 帝国

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 帝国軍が進軍して初日、二日目、三日目と進んだその日。サシャはある事に気付いて、長兄との食事の席で質問をする。

「あのさ~……ボロボロの服の人って奴隷?」
「そうだが……どうした?」
「まだ奴隷制度なんてあるんだ」
「まだと言われても……サシャの世界には、奴隷が居ないのか?」
「昔は制度があったらしいけど、大昔に廃れたみたい」
「これほど優れた制度が廃れるものなのか?」
「優れていると思っているのは、お金持ちだけっしょ。安い賃金でぶたれて働かされる身になってみろしぃ」
「それでも生産性は上がるだろう」
「あんた馬鹿? 奴隷も含めて全ての人が、貴族と同じ学力になったらどうよ? 新しい技術、効率のいい生産性、みんなが考えてやってくれるんだよ。どっちが国が発展するか、考えなくてもわかるしぃ」

 サシャに馬鹿と言われて眉を上げた長兄だったが、続きの言葉に目からうろこが落ちる。ヨハンネスも同感なのか、目をパチクリさせてから口を開く。

「馬鹿勇者じゃないのか……」

 いや。目から鱗ではなく、賢い事を言った事に驚いていたようだ。

「失礼だしぃ! 絶対、ヨハンより賢いしぃ!!」
「はあ? 俺のほうが賢いに決まっている!!」
「じゃあ、相対性理論を説明してみろしぃ!」
「相対性理論?」
「そんなのも知んないの? じゃあ、慣性の法則を説明しろしぃ!」
「慣性の法則??」
「要するに、走っている馬車が急に止まった時に、乗っている物が止まる前の速度で進行方向に進んでしまう現象が慣性の法則だしぃ!」
「あ……なるほど。だから急停車した時に荷物が前に進むのか……」
「ほら! ウチのほうが賢いしぃ」

 サシャは勝ち誇って勝利を宣言し、ヨハンネスはサシャに教わった事で、微妙な顔をする。その二人の口喧嘩を黙って聞いていた長兄は、サシャに質問する。

「相対性理論とは、どう言う事だ?」
「まぁウチも詳しくは説明できないんだけど、光の速度の話だしぃ」
「光に速度があるのか?」
「音にだって速度があるしぃ」
「音にだと……」
「雷を見た事があるっしょ? 光ったあと、音が遅れてやって来るっしょ? これは音より光の方が速いって事の証明だしぃ」
「確かに……雷の謎が解明されている。サシャの国では、その様な学者が考える事を、皆が知っているのか?」
「ウチの世界では勇者の残した書物があって、それを読んでいたから知ってるだけだしぃ。そういえば、近々、学校で広く教えるって王のじいちゃんが言ってたかな?」

 長兄は学校と聞いて、貴族の通う場所なら優れた知識は必要と納得してが、サシャから平民が多く通う場所と聞いて驚いていた。

「その様な内容なら通ってみたいものだ」
「ひょっとして、ライナーは学者になりたかったの?」
「いや……知らない事を知るのは楽しいだけだ」
「それが学者だしぃ。誰も知らない事を調べて発見するんだかんね。みんなが学ぶ事が出来たら、わかる事が増えるんだしぃ」

 サシャは長兄の意外な一面を引き出し、長兄も奴隷制度の今後を考える。だが、結論は出ているのであろう。
 王制維持には、奴隷が不可欠。どうメリットを説明しても、現実問題わかってもらえない。時間の掛かる改革は、いまが大事な貴族には通じないのだから……

 その後、いろいろ質問する長兄とヨハンネスだったが、サシャは面倒になって逃げ出す。追い掛けても飛ばれては捕まえられないので、二人で夜遅くまで復習していたようだ。

 サシャの意外な一面を見た長兄とヨハンネスは、次の日もサシャに講義をお願いする。だが、サシャは面倒くさがって質問は一日一個までと切り捨て、二人は質問すべき問いを考える事に時間を費やす。
 そうしていると、森の入口に到着し、帝国軍は陣を張って休憩する。

「ここから森を抜けるのは、何日かかんの?」
「そうだな……早くて10日。遅くとも15日ってところだ」
「そんなに!? もう、一人で飛んで行っていい?」
「ダメだ」
「え~! 飽きたしぃ」
「ほとんど寝てただろう!」

 長兄と話していたサシャに、ヨハンネスはツッコム。チャリオットでゴロゴロしているサシャに対しての、正当なツッコミだ。
 ヨハンネスのツッコミにサシャはブーブー言い、いつもと同じく長兄がサシャを宥める。

「魔族は数万の兵で待ち構えているはずだ。一人でそれほどの兵とは戦えないだろう」
「あ、それなら大丈夫だしぃ。10万の魔族とやりあった事があるしぃ」
「10万だと!? それを一人でか?」
「あ~……正確には二人だしぃ……」

 長兄の質問に、サシャはテンションを下げて答える。

「二人でも有り得ないぞ……。サシャの仲間も、かなりの使い手なのだな」
「ううん。ずっとついて来てただけ。魔族を全部倒したのはウチだしぃ」
「その仲間は何をしていたのだ?」
「だから、ずっとついて来てた……気持ち悪いから、もう話したくないしぃ!」
「「??」」

 昔を思い出し、サシャはブルッと震える。二人は不思議に思うが、質問すると、ヘソを曲げそうなのでやめたようだ。
 結局、進軍の間、出会った魔獣との戦いはサシャが行う事で手を打ち、二日後、人族軍は森に入る。
 宣言通り、サシャは感知魔法を使って魔獣を狩り、兵士からチヤホヤされてご機嫌になっていた。


 そして六日後、帝国軍は労せず中間地点の砦に到着する。

「で、殿下!!」
「お前達……無事だったのか」

 砦で出迎えて来た兵士は、長兄と共に人界に向かっていた兵士達であった。長兄は使い捨てしていたのだから、当然死んでいるものだと思っていたようだ。
 この兵士達は姫騎士の生存を知る唯一の生き残り。長兄からしたら、死んでくれていたほうが都合がよかったため、サシャと話をさせないように会議場に隔離して話を聞く。

「殿下なら、戻って来てくれると信じていました」
「そうか。苦労をかけたな」
「もったいないお言葉……」
「しかし、砦にも百人以上居たはずだが、数が少ないな。あの魔族がやったのか?」
「いえ、それが……」

 兵士の話では、長兄と別れてから姫騎士側につこうとする者が現れ、喧嘩別れをしたとのこと。そして、長兄についた兵士は元々の行き先、帝都に向けて歩いていると、砦を守っていた兵士と遭遇したらしい。
 兵士達に行き先を聞くと、こちらも姫騎士に会いに行くと言われ、ひと悶着あったが止められず、砦に入った。
 当然、砦はもぬけの殻で、守る者が居なくては長兄に迷惑が掛かると、少ない食糧の中、長兄を待ち続けたらしい。

「なるほど……よく砦を守ってくれた。お前達の忠義、感謝する」
「はっ! もったいないお言葉」
「それでクリスティアーネの件だが、こちらの掴んだ情報ではヴァンパイアに殺され、無理矢理死体を動かされているようだ」
「やはり魔族の戯言ざれごとだったのですね!」
「そうだ。しかし、変な噂が立つと兵への士気に関わる。魔族との会話は他言無用にしてくれ」
「はっ! わかりました」

 兵士からの聞き取りを終えた長兄は、次の任務、砦の防衛に任命してから外へ出る。
 そこでは、兵士達の前でサシャが歌って踊り、馬鹿騒ぎをしており、長兄はため息まじりでヨハンネスに声を掛ける。

「はぁ……よく毎日、あれほど騒げるものだな」
「本当です。アレで勇者なのが、いまだに信じられません」
「それで、私が居ない間、サシャに変わった動きは無かったか?」
「目を離さず見ていましたが、呪文の詠唱もしておりませんでした。ずっと歌って踊っていたので、おそらくは盗み聞きはされていないかと……」

 長兄は、ヨハンネスが部屋で愚痴を言っていた事を聞かれたと報告を受けていたので、警戒していたようだ。やり方すらわからないので、見張る事しか出来ないみたいだ。

「それなら大丈夫そうだな。それにしても、ずっと踊っていたとは驚きだ」
「なにやら『アイドルコンサート』なるものを開いているようです」
「またわけのわからん事を……」

 二人の心配を他所に、サシャは歌って躍り続け、夜は更けて行く。その六日後、順調に進軍は続き、魔族の治めるキャサリの町近くに陣を張って休む。


 そして翌日……

「やっとウチの出番っしょ~!」

 朝食を食べたサシャは、お気に入りの戦闘服(セーラー服)に着替え、刀を差して準備万端。意気揚々と宙を舞う。それを見た長兄は慌てて止める。

「待て! どこに行くつもりだ!!」
「ん? 一人で突っ込むつもりだしぃ」
「一人でやらなくとも、我々と行けばいいだろう」
「え~! もう我慢できないしぃ」
「だから待て!!」
「無理だったら、偵察だけして帰って来るしぃ! じゃね~」

 長兄の制止を聞かず、サシャは勝手に飛んで行く。残された長兄は、怒りの表情のまま兵士に指示を出す。


『全軍、前進だ~~~!』


 くして、第二次魔界侵攻が始まるのであった。
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