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11 人族軍 撤退

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 第二次魔界侵略計画が失敗に終わった長兄は、四万の兵士を連れて六日の撤退の後、魔の森にある砦へ入る。
 砦に足を踏み入れると、残していた騎士に心配する声を掛けられるが、軽くあしらって会議室にこもり、誰も入れるなと命令する。

「くそ! くそ~~~!!」

 会議室に入るなり、長兄はテーブルを叩き割り、悔しそうに言葉を発する。冷静沈着な長兄からしたら、初めての経験。自分の痛む手を眺め、椅子にドサリと腰掛ける。

「……こんな事をしても無意味だ。まずは整理して考えねば」

 痛みによって、少し冷静さを取り戻した長兄は、サシャの言葉を思い出す。

「魔王が勇者を召喚しただったか……信じられないが、サシャが嘘を言う理由はない。あの強靭な肉体の男が勇者で間違いないのだろう」

 勇者の剣が通じなかった男が勇者だと気付く長兄。

「この事実は、魔族に勇者が二人も加勢した事になる……サシャが二人だと? ……勝てるわけがない」

 勇者をサシャ並みの攻撃力を持っていると勘違いする長兄。過大評価だが、サシャの攻撃すら耐える勇者なら、当たらずとも遠からずだ。

「これでどうやって侵略すれば……父上に直訴するか? いや、父上の事だ。そんな言葉、聞くわけがない。それにクリスが魔族側に居るのも厄介だ。三万の兵を手に入れたのだから、攻め入ってくるのも時間の問題だろう」

 長兄の考えでは魔族侵略は手詰まり。姫騎士軍に勇者が二人加わると、帝国終焉しゅうえんの未来にまで辿り着く。
 代案に、サシャの元へ向かったであろうヨハンネスに仲介をしてもらうかと考えるが、皇帝が許すわけもなし。
 せめて自分だけは助かる方法がないかと考えるが、魔界に亡命するにも、他国に亡命するにも現実的ではない。どこに逃げようとも、皇帝と姫騎士が長兄を追い詰めるのだから……


 長い思案を繰り返していると、会議室にノックの音が響く。長兄は誰も入れるなと命令したのにも関わらず、騎士は何をしているのかと苛立つが、緊急の用件があるのかと思い、「入れ」と声を掛ける。
 そうして苛立ちを隠し、入って来た騎士に質問する。

「何用だ?」
「はっ! 殿下がお困りになっているかと思い、妙案を持って参りました!」
「妙案だと? そんなもの、私に必要だと思うのか!!」

 騎士の突然の申し出に、長兄は苛立ちが破裂する。しかし、騎士は直立不動で表情を変えず、話を続ける。

「自分は必要だと考えております!」
「ほう……どこの部隊かわからぬが、死にたいようだな」

 長兄は腰に帯びた勇者の剣を抜きながら騎士に近付く。だが、それでも騎士は喋る事をやめない。

「このままでは、殿下の地位が危ういと存じます!」
「もういい。喋るな……」
「ですので、魔獣を使役する方法を試す事が妙案だと考えます!」
「魔獣だと……」

 長兄は怒りのまま剣を振り上げたが、魔獣と聞いて動きが止まった。

「ここは魔の森です。南に進めば死の山が近く、強い魔獣がゴロゴロと居るはずです!」
「死の山……」

 長兄は騎士の言葉で、頭の中で地図を思い浮かべ、その後の未来までも計算する。
 その答えは一瞬で出た。魔獣を使役する魔法もある。魔法使いもいる。魔獣を押さえる兵も、四万もいる。これならば、片っ端から魔獣を使役できるはずだと……
 そのあとも簡単だ。それだけの兵力を手に入れたなら、魔界に侵攻するのも容易たやすい。皇帝も勇者を手放した自分を叱責する事もなくなるのではないかと……

 未来に活路を見出みいだした長兄は剣を鞘に収め、騎士の顔を見る。

「貴様……名は?」
「はっ! ウッツと申します!」
「聞かぬ名だな……まぁいい。貴様の案、確かに妙案だった。褒めてつかわす」
「はっ! 有り難き幸せ」
「ではウッツ。貴様の案を遂行する為に、軍事会議を執り行う。貴様も出席を許す」
「はっ!」

 長兄は、ウッツを下がらせる。ウッツが部屋から出るその時、歪んだ笑いを一瞬見せたのだが、長兄は気付かなかった……


 そうして会議を開き、二日後、軍は南に向けて進軍する。反対意見はあったが、残った騎士の上層部は長兄の息の掛かった者なので、渋々だが全会一致で決定した。
 長兄を置いて帝国に帰るわけにも行かず、かと言って姫騎士や魔族に負けると自分の領土が無くなると心配をする貴族ならば、異を唱えるわけにも行かなかったのだろう。

 しかし、下級兵は違う。この侵略には農夫も多く召集されているので、聞いていた話と違う死の山へ向かう事に反発する者は多くいる。
 数日は隊長クラスが抑えていたが、暗い森、何度も出くわす魔物や魔獣に傷を負い、死者も出ては士気が下がって行く。
 そうなれば、あとは雪崩の如く。脱走兵がひとり、またひとりと現れ、集団で抜け出す兵まで現れてしまった。

 そうして兵は徐々に減りながらも長兄軍は南に進み、半数の兵が減ったところで引き返すにも難しくなったのか、脱走兵はピタリと止まる。
 長兄もある程度は予測していたのか、腹をくくった兵が残ったので「上々」と言って、おとがめなし。
 長兄軍は、魔の森の奥深くに進軍するのであった。

 そうして五日後……休憩をしている際に、斥候に出していた兵が戻り、長兄に報告を伝える。

「そうか見えたか」

 斥候の報告では、もうしばらく進めば森が切れ、死の山が目の前に現れるとのこと。しかし魔獣はおらず、辺りにも気配が無い事に長兄は不思議に思う。

「ウッツ。貴様の妙案……当てが外れたか」
「そんな事はありません! たまたまこの周辺に居ないだけであります! むしろ陣営が張れて幸運だと言えます!」
「なるほどな……」

 ここ数百年、死の山を見て帰って来た者は皆無。帝国も、何度も兵を送っているが、辿り着けず逃げ帰る者しかいなかった。
 その少ない情報では、大型の魔獣に襲われ、軍が瓦解がかいしたと聞いている。そんな場所に魔獣が居ないはずがない。

 ウッツに意見を求めた長兄は、決断する。

「よし! 全軍前進だ!!」

 休憩を終えた長兄軍は森を掻き分け前進し、程なくして死の山の全貌を確認できる空き地にて陣営を張る。
 兵士は恐れる者、興味深く見る者、少ない被害で辿り着かせた長兄を褒め称える者と千差万別。興奮しているには代わり無いので、今日は褒美の酒を振る舞い、浮かれる気分のまま休むのであった。


 最後の酒とは露知つゆしらず……
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