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異世界畜産08・ガウチョ?①

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「取って食いやしねぇから、そこへ下ろしてやっちゃあどうだい?」

 ふっさふさしたしっぽのマルコさんに顎で示されて、僕は一緒に座り込むようにして、長椅子の上にフクちゃんを寝かせた。
 アリクイって、アリを食べるイメージしかなかったけど、こんなにしっぽフサフサだったんだね。
 一度寝たら、雷が鳴っても起きないフクちゃんは、百合姉から『スッポン娘』と呼ばれている。
 それにしても、これだけ移動しても起きないなんて、へたしたら誘拐とかされ放題なんじゃあ……?

「ありがとうございます、流石に限界だったんで」

「こんなちっこい嬢ちゃんを背負って青色吐息たぁ、頼りねぇ坊主だな。
 まあ、そんなひょろっこいなりじゃあ、しょうもねぇか」

 言いながら、マルコさんはローテーブルを挟んで僕の向かいの長椅子に座り、用意してあったらしい二つのカップにドバドバと何かの葉っぱを入れた。
 日本茶の常識からいくとあり得ない量の茶葉?にポットからお湯を注ぎ、金属製のストローを刺して片方のカップを僕のほうに押しやる。

「ま、飲みな。
 毒なんぞ入ってやしねぇからよ」

 ギルドマスターとか名乗っていたし、多分偉いだろうマルコさんが、手づから淹れてくれたお茶を断るのも気が引ける。
 マルコさんの分も同じ茶葉とお湯で淹れていたし、多分大丈夫だろう。

「熱っ!」

 ストローが金属製なのを忘れていた。
 そのまま普通にくわえた僕は思わず悲鳴を上げ、それをマルコさんはニマニマと見ている。
 どうやら分かってて注意しなかったらしいとみて口を尖らせた僕を、マルコさんはさらにニヤニヤを深くして見つめる。
 飲め、ってことだよね。
 熱いと分かっていてくわえれば、なんとか飲めないこともない。
 ズッ、と吸い込んで……

「苦ぁ……」

「ぷっ、ハハ、やっぱりこの辺の出じゃねぇこたぁ確かだな。
 マテ茶の飲み方も知らんとは」

 膝を叩いて笑われて、僕は何やらマルコさんに試されていたらしいことを知った。
 っていうか、マテ茶?
 確か南米のお茶?
 王子たちはアルマジロの獣人だったし、このマルコさんはアリクイ。
 獣人だから、地球じゃないのは確かなんだろうけど、この国は地球でいう南米っぽい文化圏なのかもしれない。
 ひょっとしたら、探せば日本ぽい文化圏もあったりするのかも?

「こりゃあ、最初が苦ぇんだ。
 一口吸って吐き出す。
 三回もやりゃあ、ちょうど飲み頃だ」

 そう言ってマルコさんは、その辺にぺっぺと吐き出してみせる。
 確かに椅子の下は土間みたいだから、水をこぼしても大丈夫なんだろうけれど、現代日本人の感覚からすると抵抗がある。
 苦いお茶を我慢してすすり、マルコさんに尋ねた。

「僕たちのこと、どこまで知ってるんですか?」

「もちろん、ほとんど知らねぇよ。
 俺が知ってるなぁ、三つだ。
 一つ、お前さんたちが第二王子に追われてるってこと。
 一つ、国外へ脱出したがってるってこと。
 一つ、俺にお前さんたちを引き合わせたなぁ第一王子の使いだが、第一王子はそれを第二王子に知られたくねぇ、ってこと」

 まだ、僕らが城から抜け出したのは、オステルダーグ王子にはバレてないと思うけれど、大筋じゃ合っている。
 詳しいことを知らないほうが、情報とかがもれなくていいのかもしれない。

「大体その通りです。
 三番目のは、シルダール王子の都合ですけど」

 そう言った僕の言葉を、マルコさんが片手を上げて制した。

「おっと、やっぱりこの国の常識がねぇようだな。
 お偉いさんの名前は、無暗に言っちゃあならねぇのが、暗黙の了解だ。
 第一王子か第二王子、もしくは西の殿下か東の殿下って呼ぶのが普通だな」

 確かに、時代劇とかでも、将軍の名前は呼ばずに「公方様」とか「上様」って呼んでた気がする。
 天皇陛下も、今上って呼ぶのが正しかったような?

「えっと、じゃあ、マルコさんって呼ぶのも間違ってますか?」

「ハハ、俺は貴族でもなんでもねぇから、名前で構わねぇが……冒険者連中にゃ、ギルマスか親父って呼ばれてるな。
 目立ちたくなかったら、お前さんもそう呼ぶがいいさ」

 分かりました、と言ってから僕は首をかしげた。

「あの、僕も、冒険者っていうのになれますか?」

「おう、そのつもりだ。
 西の殿下も、その算段で俺のとこにお前さんたちを寄越したんだろうからな。
 冒険者カードは市民証代わりの身分証明書にもなるし、冒険者ってのは、定住してねぇ根無し草が多い。
 どこの誰とも名乗れねぇ人間が身をやつすにゃピッタリだ。
 子ども連れってなぁどの道目立つが……まぁ、子連れ冒険者だって、いねぇこともねぇ」

 考えていたことをそっくりそのまましゃべられて、僕は頷いた。
 
「何か仕事をしたら、お金がもらえますか?」

「そりゃあ当然だ。
 だが、西の殿下から大分支度金ももらったようじゃねぇか。
 お前さんたちぁよほど大事なコマなのか、あの渋い殿下が随分と張りこんだもんだ」

 ちらり、と床に置きっぱなしになっている革袋を見やって言うギルマスに、僕は困惑顔で首を横に振った。

「あれは、僕が売り飛ばした魔道具?代です。
 シル……西の殿下は、僕がどうなってもさほど気にしませんよ」

 僕の言葉に、ギルマスは目を丸くしてから、立ち上がって僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「がはは、変な坊主だな。
 普通、そういうこたぁ思ってても黙っとくもんだ。
 殿下にとりわけ目をかけられてる、そう思わせりゃあ坊主の扱いも変わってくるってなもんだ。
 だが、そういう駆け引きベタぁ、俺ぁ嫌いじゃねぇぞ」

 頭をぐりぐりとされながら、シカ耳にもちゃんと感覚があるんだなぁ、とか、角にはあんまり触感がないんだなぁ、とか変なことに感心していた。

「じゃあ、早速冒険者ギルドカードを作ってやろう。
 このカードさえあれば、冒険者ギルドの窓口で金を預けたり引き出したりすることもできる。
 ひょろっこいお前さんじゃ、その金袋を持って歩くのも危ねぇだろう。
 ギルドカードは魔道具の一種だ、本人にしか使えねぇから、盗まれることもない。
 ただ、その嬢ちゃんを人質に取って坊主本人に金を引き出させることは出来る。
 気をつけろよ」

 ギルマスが好意で言ってくれているのは分かったけれど、僕にはひとつ気になることがあった。

「そのカード、GPS――じゃなかった、持ち主の位置をギルドや国が把握したりできるんですか?
 現在位置が分からなくても、登録したギルドの支所名とか、お金を引き出した町とかが照会できたり……」

「こんなカード一枚に、所有者の位置を知らせるほどの機能を詰め込むにゃあ物凄い金がかかる。少なくとも、初回発行料無料、再発行でも銀貨一枚のFランクカードじゃあ無理だ」

 ってことは、出来なくはないんだ。
 僕が登録したてでFランクってことは、Fランクが最初で、徐々にランクが上がっていく仕様なんだろう。

「カード自体にそういう機能がなくても、ここで預けたお金がよその町でも引き出せるってことは、何かギルドの支所間をつなぐネットワークがあるんじゃないですか?」

 確か、コンビニとかだと、電子マネーで購入したデータは本社のデータバンクに蓄積されて、購入層とかの分析に使われていたはずだ。
 なんでそんなことを気にするかというと、もちろん、第二王子に居場所を特定されないためだ。
 いくら国を出ても、秘密裏に移動しても、お金を引き出すたびに居場所を特定されていたらどうしようもない。
 あの王子に捕まったら、辰の獣人である僕とフクちゃんは、徹底的に利用される未来しか見えない。
 正式に勇者候補とかに擁立されてしまったら、もう、シルダール王子だって秘密裏に逃がしてくれることは不可能だろう。
 むしろ、『龍神の加護』とかいうのを黙殺して、秘密裏に殺される可能性だってあるかもしれない。
 第六感ていうのか、あの第二王子には強烈な拒否感がある。
 僕たちを殺す可能性でいったら、シルダール王子のほうが高いと思うんだけど……

「ネットワーク?
 確かに、有名なSランク冒険者の居所なんかはギルド間で共有したりもするが……
 たかだか新人Fランク冒険者が、どこの町でいくら引き出したかなんてものをわざわざ連絡し合うなんて、かかるコストに見合わんだろ?」

 首を傾げつつ不思議そうに言うギルマスから察するに、預金の額はカードそのものに記録され、ギルド共有のコンピュータ的なものはなさそうだった。
 ってことは、いっぱい預けられたギルドは懐が温かくなって、いっぱい引き出されたギルドは懐が寒くなるんじゃないだろうかと思ったけれど、実際その通りみたいで、だからこそギルマスはここで僕が冒険者カードを作ってお金を預けるように熱心に勧めているらしい。
 なんだかその必死っぷりが微笑ましくて、僕はここで冒険者登録をしてお金の大部分を預けることにした。


後書き
牛雑学・牛の妊娠期間は、人間とほぼ同じ十か月。生まれるのは大抵一頭。それなのにおっぱいの数は四つ。二頭生まれるヤギは二つなのに、なぜ?
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