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番外編4
番外編・ご隠居と満月先生(四巻相当)
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四巻あらすじ
「最強の鍛冶見習い」を目指すノアは、今日も元気に魔獣大暴走を解決したり、友だちの妖精に頼まれてダンジョンを防衛したり。
「いやぁ、ノアちゃんはたくましく成長しとるようだのぉオーマン」
王城に呼び出され、ノア君の『ダンジョン防衛』とやらについて聞かされた帰り。
私――オーマンはご隠居を鶴亀堂へと送って行った。ノア君たち教え子やご近所の皆さんには私の呼び名は『満月先生』で浸透していて、本名を呼ぶのは今となっては目の前の、この御仁くらいのものだ。
鶴亀堂のご主人とおかみさんは、言づてもなくふらりと出て行ったっきりのご隠居をひどく心配していて、無事に帰宅したことをとても喜んでいた。
私もそうだったが、昨夜はご隠居も、とるものもとりあえず、といった状況だったようだ。
私は独り身だから、そのへんは気楽だ。
ご主人夫婦に丁重にお礼を言われると共に、いくばくかのお礼を袂に落とされる。
これは商人の習いなので、私も断らずに素直に頂戴する。
鶴亀堂のご主人は鶴のようにやせていて、おかみさんは亀のようにずんぐりとしている。
鶴亀堂とはよく名付けたものだ、と思う。
ノア君にもらったおみやげの巨大な栗を渡すと、なぜかご主人夫婦は非常に驚いていた。
おかみさんが愛読しいてる百珍本(料理の本)に載っている、とても珍しい栗だそうだ。
奥からその本を持ち出して、その項を見せてくれる。
と、そのついでとばかりに、隠居所になっている離れへと通された。
六畳二間の離れは、とても洒落た造りだ。
庭にはししおどしまで見える。
お茶を持って来てくれた女中を返すと、それまでピシッと背筋を伸ばしていたご隠居が瞬く間にくつろいだ様子になり、脇息へともたれかかる。
「おぬしもご苦労じゃったの」
「少したくましすぎる気もしますが」
自分の手習い処に来ていた頃のノア君を脳裏に描く。多少元気すぎるきらいはあったが、あの頃はまだ、ここまでではなかったはずだ。少し目を離した隙にノア君はどこへ向かっているのか。
「折りに付け聞いてはいたが、まさかそれほどとはの。
どうじゃ、まともに立ち合ったとして、おぬしでも勝てるかの?」
「難しいでしょうね」
自分はノア君の筆の師匠ではあるが、剣の師匠ではない。
あのノア君のこと、まったく思いもかけないような攻撃を仕掛けてくるだろう。
「人型になれる高位火竜が、さも当然におったからのぉ。
事前に聞いておらなんだら、腰をぬかしておったところじゃわい」
王城からの帰途、チラリとノア君の家に寄った。あまりに驚天動地なノア君の日常を確認に行ったわけだが、ノア君とリリ嬢は別の鍛冶場へ行ったとかでおらず、ノマド君の側にいた弟子がお茶を淹れてくれた。
人型の火竜は、あの場にとてもなじんでいた。
鍛冶以外ではとても肝の据わっているとはいえないノマド君が、火竜を脅威として認識しておらず、ただの弟子としてあつかっていた。
有り得ない。
通常なら、とてもじゃないがあり得ない。
「どうじゃ、あの火竜は、王都に入っておったぞ。
おぬし、勝てるかの?」
「ご冗談を。
軍を動員しても無理でしょう」
そもそも、高位竜はモンスターのランク外に位置する。
冒険者個人やパーティ単体に討伐依頼が出されることのない、厄災クラスだ。
もし戦うことになったら、軍での作戦となる。
冒険者も招集されるかも知れないが、軍の一部として作戦に従事してもらう。
「高位竜に、竜の獣人に、土の妖精に、虫の獣人か。
昔話でも聞いたことのない存在がてんこ盛りじゃのお。
チギラモグラもおるんじゃったか?」
「ノア君の首巻きになっているそうですね」
「さすがのわしが、平静を保つのに苦労したわい」
ご隠居が、かかかっと笑う。
豪胆さでは並ぶ者のないご隠居をしてさえ、ノア君の日常は目玉が飛び出そうなものだったらしい。王城で聞かされたのではなく、その場にいたなら叫んでいたかもしれない。
「ご老公。
ノア君のことは、このままですか」
「それが、オムラの遺志じゃからの」
ご隠居……前デントコーン王国国王、クレイタス四世陛下が、鷹揚にうなずく。
デントコーン王国王室にとって、オムラ様という方は特別だった。
絶対的な美貌、絶対的な強さ。
文字通りの、王国の守護者。
そのオムラ様が、一介の鍛冶士と結婚したいと言ったとき……王室は、天地がひっくり返ったような騒ぎだった。
誰もが反対し、誰もが説得しようと試みた。
けれどオムラ様の決意は固く、公には葬儀まで執り行って、死んだことにしてまで意思を貫きとおした。
それがどれだけ大ごとだったのか、おそらく、ノア君とノマド君は理解していない。
オムラ様があえて伝えなかったのもあるだろう。
それにくわえて、ノマド君は、オムラ様の一般的な評価にまったく興味がなかったというのもある。
オムラ様の心を射止めたことで、ノマド君は全騎士の恨みをかったと、少しでも自覚があっただろうか?
おそらくないだろう。
そんなノマド君だからこそ、オムラ様は安らげたのかも知れない。
ノマド君と一緒のオムラ様は、それまで見たこともないような幸せそうな表情だった。
最終的には、誰もがしぶしぶと二人を祝福した。
けれど。
子どもを宿してから、オムラ様は次第に体調を崩していった。
あれほど美しく壮健だったオムラ様が、やつれ、衰え……
ノア君を産んだときも、生死の境をさまよった。
ノア君を産み落としてからも、産後の肥立ちは悪く。
国王としても個人としても、オムラ様に大恩のあったご老公は、王座を降りてまで、オムラ様の家にほど近いこの場所へと居を構えた。
鶴亀堂のご主人とおかみさんは、ご老公の血縁ではない。
店の者も含め、ご老公の身辺警護を兼ねた御庭番集だ。
御庭番集は、薬売りに変装することが多いが、各地に拠点となる店がある。
薬種問屋が主だが、古道具屋もある。
鶴亀堂はその中の一軒だ。
「オムラ様……
いくらオムラ様のご遺言とは申しても、いささか放っておきすぎだったか、とも思いましたが」
「確かにのぉ。
せめておぬしが、剣も教えてやれば良かったのではないか?
元騎士団長の師匠など、滅多におらんぞ?」
「私の剣は、ノア君には合いませんよ」
ノア君の師匠は、テリテさんだと聞いている。
騎士学校の首席を私と競ったマーシャルが、その強さに一目ぼれしたという女傑だ。
私の習った王家指南役の正統な流派とは一線を画すが、文句なく超一流の実践剣術だ。
勝つことではなく、生き残ることに重きをおいた冒険者の剣。
ノア君は、そちらを学んで正解だったと思う。
オムラ様が次第に衰弱していく中で、元気に丸々と成長していくノア君は、みんなの救いだった。
確かに、ノア君を身ごもらなかったなら、オムラ様は未だに生きていたかも知れない。
けれど、そんなことを思いつけもしないほど、ノア君を産んだオムラ様は幸せそうだった。
そして、ノア君が六歳になったある日。
ノマド君の留守をあえて狙って。
オムラ様を心配する全員を集めて、オムラ様は言ったのだ。
『私はもう、長くない。
ノアを身ごもったときから、この日が来るのは分かっていた。
それでも、私はノアを産みたかった。
私が死んだ後、みんなにお願いがある。
どうか、ノマドとノアに構わないでほしい。
あの子はノマドの子。
ノマドと共に、ここで暮らしていってほしい。
どうか、王城に連れて行ったりしないでほしい。
あの子の望むように。
ノマドの望むように。
ただ、手を出さず、見守ってやってほしい。
自由に。
ただ、自由に。
それで傷ついても、死んでも、それはあの子の自由なのだから』
以来、私たちは遠巻きにノア君たちに関わってきた。
ノマド君が酒におぼれ、ノア君が家事を切り盛りしていても。
ノア君が、ご近所の雑用をして、日銭を稼いでいるのを目撃しても。
私はあくまで、手習い所の先生としてのみノア君に接した。
どれほど、手を出そうと思ったか分からない。
どれほど、ノマド君に意見しようと思ったか分からない。
けれど、そのたびに思いとどまる。
なぜなら、いつもノア君は楽しそうだった。
ノマド君のことを、大好きだと言っていた。
オムラ様の遺児が、野良仕事を手伝い、野草をむしる。
世が世なら、王城で何不自由なく暮らしているはずの。
けれど、それこそが、オムラ様にとっての不自由だったのだと、今にして思う。
ノア君は、ノア君になった。
王城で暮らしていたなら、今のノア君にはならなかっただろう。
「結局、オムラ様が正しかったのでしょうね。
ノア君は、いつも楽しそうだ」
「そうじゃの、わしの狭い尺度で、あれこれ言うことではあるまいて。
ところで、オーマン。
わしは決めたぞ」
「なんでしょう?」
ふと、嫌な予感がする。
ご老公は、とても偉大な方だが、時折無茶をかます。
イキナリ退位して鶴亀堂に引っ越したのがいい例だ。
「わしも、ラウルのダンジョンとやらについていくぞ」
「はぁっ!?」
あまりのことに、間の抜けた声を出してしまった。
「ご老公、ご自分の歳をお考えになってください」
「なんのなんの、わしもまだまだジェラルドなんぞに負けはしまいて。
王子どもが悪さするかもしれんじゃろ? 念のためじゃわい」
「……本心ですか?」
「それに、世にいう『ご老公の諸国漫遊記』、あれは、わしのことであろう?
黄表紙の中のわしだけがカッコよく活躍して、現実のわしは古道具屋で日向ぼっことは解せぬではないか。
幸い、ソイミールの代官は悪さをしておるようじゃ、行ってこらしめてくれる」
今のご老公の立場は、御庭番集の取りまとめだ。
ジェラルド陛下よりも多くの情報に通じている。
「おぬしも付き合うのじゃぞ?
『オーさんやノアさんや、こらしめておやんなさい』
『この方をどなたと心得る。
恐れ多くも先の国王陛下、クレイタス四世陛下にあらせられるぞ』を地でやるのじゃ。
わくわくするのぉ。
こっそり印籠も作らせたからのぉ」
「正気ですか」
「なんじゃ、止めるのか」
「止めるに決まってるでしょう!」
「嫌じゃ、わしはやると言ったらやる男じゃ」
「そんなところで見栄を切らないでくださいっ」
「やると言ったらやるのじゃ!」
「ご老公~~」
「いーやーじゃーーーーっ」
後書き
牛雑学・牛は基本的におバカ。トイレは絶対覚えない。知能の順でいっても、馬より豚より羊よりおバカらしい。勝てるのは鶏くらい?
「最強の鍛冶見習い」を目指すノアは、今日も元気に魔獣大暴走を解決したり、友だちの妖精に頼まれてダンジョンを防衛したり。
「いやぁ、ノアちゃんはたくましく成長しとるようだのぉオーマン」
王城に呼び出され、ノア君の『ダンジョン防衛』とやらについて聞かされた帰り。
私――オーマンはご隠居を鶴亀堂へと送って行った。ノア君たち教え子やご近所の皆さんには私の呼び名は『満月先生』で浸透していて、本名を呼ぶのは今となっては目の前の、この御仁くらいのものだ。
鶴亀堂のご主人とおかみさんは、言づてもなくふらりと出て行ったっきりのご隠居をひどく心配していて、無事に帰宅したことをとても喜んでいた。
私もそうだったが、昨夜はご隠居も、とるものもとりあえず、といった状況だったようだ。
私は独り身だから、そのへんは気楽だ。
ご主人夫婦に丁重にお礼を言われると共に、いくばくかのお礼を袂に落とされる。
これは商人の習いなので、私も断らずに素直に頂戴する。
鶴亀堂のご主人は鶴のようにやせていて、おかみさんは亀のようにずんぐりとしている。
鶴亀堂とはよく名付けたものだ、と思う。
ノア君にもらったおみやげの巨大な栗を渡すと、なぜかご主人夫婦は非常に驚いていた。
おかみさんが愛読しいてる百珍本(料理の本)に載っている、とても珍しい栗だそうだ。
奥からその本を持ち出して、その項を見せてくれる。
と、そのついでとばかりに、隠居所になっている離れへと通された。
六畳二間の離れは、とても洒落た造りだ。
庭にはししおどしまで見える。
お茶を持って来てくれた女中を返すと、それまでピシッと背筋を伸ばしていたご隠居が瞬く間にくつろいだ様子になり、脇息へともたれかかる。
「おぬしもご苦労じゃったの」
「少したくましすぎる気もしますが」
自分の手習い処に来ていた頃のノア君を脳裏に描く。多少元気すぎるきらいはあったが、あの頃はまだ、ここまでではなかったはずだ。少し目を離した隙にノア君はどこへ向かっているのか。
「折りに付け聞いてはいたが、まさかそれほどとはの。
どうじゃ、まともに立ち合ったとして、おぬしでも勝てるかの?」
「難しいでしょうね」
自分はノア君の筆の師匠ではあるが、剣の師匠ではない。
あのノア君のこと、まったく思いもかけないような攻撃を仕掛けてくるだろう。
「人型になれる高位火竜が、さも当然におったからのぉ。
事前に聞いておらなんだら、腰をぬかしておったところじゃわい」
王城からの帰途、チラリとノア君の家に寄った。あまりに驚天動地なノア君の日常を確認に行ったわけだが、ノア君とリリ嬢は別の鍛冶場へ行ったとかでおらず、ノマド君の側にいた弟子がお茶を淹れてくれた。
人型の火竜は、あの場にとてもなじんでいた。
鍛冶以外ではとても肝の据わっているとはいえないノマド君が、火竜を脅威として認識しておらず、ただの弟子としてあつかっていた。
有り得ない。
通常なら、とてもじゃないがあり得ない。
「どうじゃ、あの火竜は、王都に入っておったぞ。
おぬし、勝てるかの?」
「ご冗談を。
軍を動員しても無理でしょう」
そもそも、高位竜はモンスターのランク外に位置する。
冒険者個人やパーティ単体に討伐依頼が出されることのない、厄災クラスだ。
もし戦うことになったら、軍での作戦となる。
冒険者も招集されるかも知れないが、軍の一部として作戦に従事してもらう。
「高位竜に、竜の獣人に、土の妖精に、虫の獣人か。
昔話でも聞いたことのない存在がてんこ盛りじゃのお。
チギラモグラもおるんじゃったか?」
「ノア君の首巻きになっているそうですね」
「さすがのわしが、平静を保つのに苦労したわい」
ご隠居が、かかかっと笑う。
豪胆さでは並ぶ者のないご隠居をしてさえ、ノア君の日常は目玉が飛び出そうなものだったらしい。王城で聞かされたのではなく、その場にいたなら叫んでいたかもしれない。
「ご老公。
ノア君のことは、このままですか」
「それが、オムラの遺志じゃからの」
ご隠居……前デントコーン王国国王、クレイタス四世陛下が、鷹揚にうなずく。
デントコーン王国王室にとって、オムラ様という方は特別だった。
絶対的な美貌、絶対的な強さ。
文字通りの、王国の守護者。
そのオムラ様が、一介の鍛冶士と結婚したいと言ったとき……王室は、天地がひっくり返ったような騒ぎだった。
誰もが反対し、誰もが説得しようと試みた。
けれどオムラ様の決意は固く、公には葬儀まで執り行って、死んだことにしてまで意思を貫きとおした。
それがどれだけ大ごとだったのか、おそらく、ノア君とノマド君は理解していない。
オムラ様があえて伝えなかったのもあるだろう。
それにくわえて、ノマド君は、オムラ様の一般的な評価にまったく興味がなかったというのもある。
オムラ様の心を射止めたことで、ノマド君は全騎士の恨みをかったと、少しでも自覚があっただろうか?
おそらくないだろう。
そんなノマド君だからこそ、オムラ様は安らげたのかも知れない。
ノマド君と一緒のオムラ様は、それまで見たこともないような幸せそうな表情だった。
最終的には、誰もがしぶしぶと二人を祝福した。
けれど。
子どもを宿してから、オムラ様は次第に体調を崩していった。
あれほど美しく壮健だったオムラ様が、やつれ、衰え……
ノア君を産んだときも、生死の境をさまよった。
ノア君を産み落としてからも、産後の肥立ちは悪く。
国王としても個人としても、オムラ様に大恩のあったご老公は、王座を降りてまで、オムラ様の家にほど近いこの場所へと居を構えた。
鶴亀堂のご主人とおかみさんは、ご老公の血縁ではない。
店の者も含め、ご老公の身辺警護を兼ねた御庭番集だ。
御庭番集は、薬売りに変装することが多いが、各地に拠点となる店がある。
薬種問屋が主だが、古道具屋もある。
鶴亀堂はその中の一軒だ。
「オムラ様……
いくらオムラ様のご遺言とは申しても、いささか放っておきすぎだったか、とも思いましたが」
「確かにのぉ。
せめておぬしが、剣も教えてやれば良かったのではないか?
元騎士団長の師匠など、滅多におらんぞ?」
「私の剣は、ノア君には合いませんよ」
ノア君の師匠は、テリテさんだと聞いている。
騎士学校の首席を私と競ったマーシャルが、その強さに一目ぼれしたという女傑だ。
私の習った王家指南役の正統な流派とは一線を画すが、文句なく超一流の実践剣術だ。
勝つことではなく、生き残ることに重きをおいた冒険者の剣。
ノア君は、そちらを学んで正解だったと思う。
オムラ様が次第に衰弱していく中で、元気に丸々と成長していくノア君は、みんなの救いだった。
確かに、ノア君を身ごもらなかったなら、オムラ様は未だに生きていたかも知れない。
けれど、そんなことを思いつけもしないほど、ノア君を産んだオムラ様は幸せそうだった。
そして、ノア君が六歳になったある日。
ノマド君の留守をあえて狙って。
オムラ様を心配する全員を集めて、オムラ様は言ったのだ。
『私はもう、長くない。
ノアを身ごもったときから、この日が来るのは分かっていた。
それでも、私はノアを産みたかった。
私が死んだ後、みんなにお願いがある。
どうか、ノマドとノアに構わないでほしい。
あの子はノマドの子。
ノマドと共に、ここで暮らしていってほしい。
どうか、王城に連れて行ったりしないでほしい。
あの子の望むように。
ノマドの望むように。
ただ、手を出さず、見守ってやってほしい。
自由に。
ただ、自由に。
それで傷ついても、死んでも、それはあの子の自由なのだから』
以来、私たちは遠巻きにノア君たちに関わってきた。
ノマド君が酒におぼれ、ノア君が家事を切り盛りしていても。
ノア君が、ご近所の雑用をして、日銭を稼いでいるのを目撃しても。
私はあくまで、手習い所の先生としてのみノア君に接した。
どれほど、手を出そうと思ったか分からない。
どれほど、ノマド君に意見しようと思ったか分からない。
けれど、そのたびに思いとどまる。
なぜなら、いつもノア君は楽しそうだった。
ノマド君のことを、大好きだと言っていた。
オムラ様の遺児が、野良仕事を手伝い、野草をむしる。
世が世なら、王城で何不自由なく暮らしているはずの。
けれど、それこそが、オムラ様にとっての不自由だったのだと、今にして思う。
ノア君は、ノア君になった。
王城で暮らしていたなら、今のノア君にはならなかっただろう。
「結局、オムラ様が正しかったのでしょうね。
ノア君は、いつも楽しそうだ」
「そうじゃの、わしの狭い尺度で、あれこれ言うことではあるまいて。
ところで、オーマン。
わしは決めたぞ」
「なんでしょう?」
ふと、嫌な予感がする。
ご老公は、とても偉大な方だが、時折無茶をかます。
イキナリ退位して鶴亀堂に引っ越したのがいい例だ。
「わしも、ラウルのダンジョンとやらについていくぞ」
「はぁっ!?」
あまりのことに、間の抜けた声を出してしまった。
「ご老公、ご自分の歳をお考えになってください」
「なんのなんの、わしもまだまだジェラルドなんぞに負けはしまいて。
王子どもが悪さするかもしれんじゃろ? 念のためじゃわい」
「……本心ですか?」
「それに、世にいう『ご老公の諸国漫遊記』、あれは、わしのことであろう?
黄表紙の中のわしだけがカッコよく活躍して、現実のわしは古道具屋で日向ぼっことは解せぬではないか。
幸い、ソイミールの代官は悪さをしておるようじゃ、行ってこらしめてくれる」
今のご老公の立場は、御庭番集の取りまとめだ。
ジェラルド陛下よりも多くの情報に通じている。
「おぬしも付き合うのじゃぞ?
『オーさんやノアさんや、こらしめておやんなさい』
『この方をどなたと心得る。
恐れ多くも先の国王陛下、クレイタス四世陛下にあらせられるぞ』を地でやるのじゃ。
わくわくするのぉ。
こっそり印籠も作らせたからのぉ」
「正気ですか」
「なんじゃ、止めるのか」
「止めるに決まってるでしょう!」
「嫌じゃ、わしはやると言ったらやる男じゃ」
「そんなところで見栄を切らないでくださいっ」
「やると言ったらやるのじゃ!」
「ご老公~~」
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