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番外編
鍛冶見習い番外編・お彼岸特別SS(2019)
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「これでよし、と」
母ちゃんのお墓をごしごしとタワシで洗い、仕上げにバケツの水をざばんとかけて、オイラはふぅ、と一息ついた。
周りの花畑の草むしりも終わって、むしった草は片隅に寄せてあるし、墓石へとつながる白い玉石の小道も整えた。
お盆とお彼岸の早朝の墓場掃除は、毎年の恒例行事だ。
いつもの年なら、花畑の隅に咲き誇っているはずの彼岸花も、今年は花が遅いのか、まだようやく蕾が赤くなってきたところだ。
ちなみに、意外と朝が弱いリリィとタヌキはまだ寝ている。
「うん、絶好の墓参り日和!」
澄んだ青空に、一面のウロコ雲が並び、朝日に照らされて一直線に並んでいる。
その中にかすかに香る金木犀の花の甘い匂いは、秋が来たな、と実感させてくれる。
「おや、ノアちゃん!
毎年ご苦労様」
少し離れた、囲いの中に放牧された牛を集めに来たテリテおばさんが、オイラを見つけて笑顔で手を振ってくれた。
テリテおばさんちは、これから朝の搾乳だ。
テリテおばさんちにも先祖代々のお墓があるけれど、朝から忙しいテリテおばさんは、なかなかお彼岸の朝に墓場掃除、というわけにはいかない。
この後、ついでにテリテおばさんちの墓場掃除に寄るのも、オイラの毎年の恒例だ。
その代わり……
「毎年悪いけど、うちのも軽くお願い出来るかい?」
「うん、この後寄るよ」
「その後、母屋に寄ってお行きよ。
マリルが、昨日のうちからアンコ作ってたからね」
「ありがとー」
あんこは、作ったその日よりも、一晩寝かせて砂糖がなじんだほうが美味しい。
さらに、小豆を煮た後で煮詰めるわけだけど、この時、ちょっとでも焦がそうもんなら。全体に焦げの風味がまわって味が台無しになる。
この、焦がしちゃダメ、っていうのが結構難しくて、小さい頃から何回か小豆をダメにしたオイラは、毎年大めに作るテリテおばさんから分けてもらうのが定番になっていた。
そのテリテおばさんの味を、何年か前からマリル兄ちゃんが完璧に引き継いでいる。
もちろん、テリテおばさんちのことだから、小豆からして自家産だ。
「ああ、そうそう、ノアちゃん。
いくらキレイだからって、彼岸花を持って帰っちゃダメだからね?」
「わかってるよー」
未だ蕾の彼岸花を見つつ、オイラはうなずく。
彼岸花は、花火に似た綺麗な花だ。
葉っぱも何もないところから、季節になるとにゅっと生えてくる不思議な花だ。
よく田んぼの畔や土手に咲いていて、そんな場所に咲いているのがもったいないほど見事な花だと思う。
けれど、彼岸花には毒がある。
土手によく植えられるのも、その毒で、モグラやネズミを退ける意図があるそうだ。
そしてもうひとつ。
この辺の農家では、彼岸花を家の中に飾ると、火事になる、という言い伝えがある。
根拠は特にないと思うけれど、この手の言い伝えは結構あって、○○の日に田植えをしてはいけないとか、正月三日までは毎日ソバを食べなければいけない、とかある。
理由を聞いたことはないけれど、農家の昔ながらの知恵とか縁起担ぎなんだろうなー、と理解しているオイラは、特に逆らうでもなく習慣に従っている。
「特に鍛冶の素材にはならないしね」
「鍛冶の素材になったら持って帰るんだね」
「うん」
複雑な顔をしているテリテおばさんに手を振って、オイラは水とタワシを担ぐとテリテおばさんちのお墓へと向かった。
母ちゃんのシンプルなお墓と違って、お地蔵様とか過去碑とか塔婆とかある、ちゃんとしたお墓だ。
確か去年が、テリテおばさんの父ちゃんの十三回忌だったっけ。
オイラは直接の面識がないけれど、テリテおばさんの父ちゃんも、エルダーボアを片手で担ぎあげる豪快な人だったそうだ。
「おう、ノア!
うちの墓場掃除してくれてたのか?
まったく母ちゃんも、毎年ノア任せにしてよぉ」
テリテおばさんちのお墓掃除を終わり、道を下っていくと、畑にいるマリル兄ちゃんに声をかけられた。
「いや、マリル兄ちゃんが掃除しても良くない?」
「いやぁ、俺はじーちゃんとかほとんど覚えてねぇし。
直接の知り合いでも入ってりゃ、ちったぁ気合が入るんだけどなぁ。
まぁ、後でぼたもちでも供えに行くよ」
言いながらも、マリル兄ちゃんは足元の柔らかな緑色の葉っぱをちゃっちゃか引き抜き、そろえて、小脇に抱えたかごの中へと放り込んでいく。
「おはぎ?」
「ぼたもち。
まあ、秋はおはぎっつぅらしいけど、ぼたもちって言った方がうまそうじゃん?」
「そうかな?
それより、美味しそうだね、それ、大根?」
「おう、大根の若葉だ。
この時期にしか食えねぇモンだからな。
季節のモンが、一番のご馳走だよな」
マリル兄ちゃんが引き抜いていたのは、根っこが太くなる前の、大根の若葉だ。
そういえば、芋名月より前に、冬に食べる用の大根の種をマリル兄ちゃんがまいていたのを思い出す。
大根ていうのは、一列に種をまき、一斉に芽を出したうち、大きく育てたいものだけを残して、他はすぐってしまう。
すぐった柔らかい葉っぱをおひたしにして食べると、育ち切った大根葉とは一線を画す柔らかな歯ごたえでとても美味しい。
この時期の大根はすぐに大きくなってしまうから、マリル兄ちゃんじゃないけれど、一時しか食べられない、季節のご馳走だ。
もう少し大きくなったものも、また違った歯ごたえで美味しいけれど、このやわやわとした大根葉は、確か婆ちゃんたちの好物だった。
婆ちゃんたちの好物といえば……
「そういえばさ、みょうがってもう出てる?」
「おう、出てる出てる。
今年はみょうがの当たり年だな。
昼にうどんも食うだろ?
うどんは俺が、こねるから、ぼたもちとみょうが採りは任せた」
「えーっ、オイラが採りに行くの?
楽しいんだけどね……」
「はは、みょうがんとこは蚊が多いからな。
けど、ノアのスピードなら、蚊に刺される前に行って来られるだろ?」
「あんまりスピード出したら、みょうがの木まで引きちぎっちゃうじゃん」
口を尖らせたオイラの頭をポンポンしてくれたけれど、結局、マリル兄ちゃんは、自分が代わりに行ってくれる、とは言わなかった。
「あー、かゆっ」
「はは、さすがのノアも蚊にゃ敵わねぇか」
「だって、いる量が違うんだよ?
乱暴にしたら、来年みょうが生えないかも知れないし」
首筋を掻きながら、塩を刷り込むオイラを、マリル兄ちゃんが笑う。
テリテおばさんちの母屋で、マリル兄ちゃんの足元には、塩を入れてこねて丸めたうどん粉の塊があって、その上にござを乗せて、踏んづけてこねている真っ最中だ。
「俺が知ってる中で、一番蚊がいる空間だよな」
みょうがというのは、日陰を好む植物だ。
手前にあった木を切って日向になったら、群生地がそっくり枯れてなくなってしまった、とかいうエピソードもある。
50センチほどの、木というか葉っぱというかが群生していて、お彼岸らへんになると、その根元から、いわゆるみょうかがひょっこり顔を出す。
このみょうが、いわゆる花のつぼみで、放っておくとそこから白い花が咲いてくる。
花が咲いちゃうと、風味が落ちたり変色するとかで市場には出回らないけれど、農家は別に気にせず食べる。
そして、このみょうがの花だけを引き抜いて酢の物にすると、ルル婆ララ婆の好物になる。
「じゃあ、この花を酢の物にして……」
「みょうが本体も梅酢で漬けるか?」
「ああ、しその色に染まってキレイだよねぇ」
「子どもの頃は、どこがうまいんだと思ってたんだけどな。
最近、歳かなぁ。
妙に食いたくなるときがあるんだよな」
「ってマリル兄ちゃん、まだ十八じゃん」
「ノアよりゃ歳だろ?」
十四で、普通にみょうがが好きなオイラはなんだってのさ。
「あ、そうだ、もち米も炊いといたぞ」
「そうなの?
ありがと」
「母ちゃんが、牛舎のほうはいいから、ノアちゃん手伝ってやれってさ」
おはぎの中のご飯は、うるち米ともち米を混ぜて使う。
オイラは、うるちともち米と半々の比率が好きなんだけれど、今年はマリル兄ちゃんに頼んで、もち米百パーセントにしてもらった。
うるち米が入ると、どうしても時間が経つと固くなるんだよね。
まあ、オイラはその固いおはぎも好きなんだけど。
「じゃあ、ご飯潰しておはぎにするか」
羽釜からおひつに移してあったもち米を、しゃもじで軽くつぶすと、うるちの入っていないもち米ご飯は簡単に潰れてもちっぽくなる。
それを、水に浸した手でひと口大に丸めていき、半分ほどをあんこでくるんであんこのおはぎに、四分の一をきなこのおはぎに、残りをゴマのおはぎにする。
きなこのおはぎの、さらに半分は中にあんこを仕込んで当たりにする。
「相変わらず、ノアのぼたもち作りは速ぇな」
「って、マリル兄ちゃん、何合炊いたのさ?」
「三升だけど?」
「三升!?」
「その大きさの羽釜で、一升以下ってめんどくさいんだよ」
「まぁ、テリテおばさんもいるしね」
「いるしなぁ」
詰めても詰めても終わらない重箱の山に、思わず尋ねてみたけれど、マリル兄ちゃんの答えに納得する。
テリテおばさん、お酒も飲むけど、甘いものも好きなんだよねぇ。
「あ、ゆずの青いのも取ってきといたから」
うどん粉の塊を薄く伸ばしながらのマリル兄ちゃんの言葉に、オイラは青柚子をおろして小皿に盛る。
テリテおばさんちの、大きなちゃぶ台に、オイラが作ったおはぎが入った重箱の山と、みょうがの輪切り、いりごま、きざみ海苔、青柚子、ワカメ、キュウリの細切りなんかの薬味が並ぶ。
炭水化物ばっかりで、変ていえば変だけれど、この辺のお彼岸のお昼定番は、おはぎにうどん。
お盆だと、そこに天ぷらがつく。
マリル兄ちゃんが凄い勢いで切り始めたうどんを、かまどで煮立った鍋に半分放り込み、吹きこぼれないようにさし水をしつつ、引き上げるタイミングを計る。
テリテおばさんの好みに合わせて、少し太めに切ってあるうどんは、茹でるのにそれなりの時間がかかる。
「よしっ、こんなもんかな」
ざばぁ、っと大ざるに鍋ごとひっくり返して、たっぷりの井戸水でしめたうどんをちゅるっとつまんだマリル兄ちゃんが、さすがノア、ばっちり、と太鼓判を押してくれる。
再び鍋に水を満たしてかまどにかけたところで、玄関の方で物音がした。
「ノアしゃん、いるかい?
鍛冶場のほうに寄ったら、ノマドがこっちだって言うから……」
「あ、婆ちゃんたち!
いらっしゃい!
今、ちょうどうどんが茹で上がったよ」
「じゃあ、お昼をご馳走になってから、オムラの墓参りに行くとしゅるかね」
「お彼岸に墓参りなんて、何年ぶりかねぇ」
「お盆にしゅら来てなかったからねぇ」
「あれ、父ちゃんは?」
「二日酔いのを、後で火竜の弟子が引きずってくるって言ってたよ」
「二日酔いの猫もいたねぇ」
「父ちゃんてば」
お盆には、あの世に行った魂が、この世に帰って来るという。
お彼岸は、あの世とこの世が近くなって、声が届きやすくなるという。
父ちゃんが、彼岸の入りから、母ちゃんのお墓の前で、毎晩酒盛りしては、酔いつぶれたところをリムダさんに運ばれていたのは知っていた。
今日は他に、ジェルおじさんとマツ翁も来てくれる予定だ。
久しぶりに、かつてのパーティ揃って酒盛りしよう。
墓場でやれば、きっとオムラ姉に声も届くはず。
そんなことを言い出したのはジェルおじさんだったけれど、そこには絶対、父ちゃんもいなくちゃ。
リムダさんに任せておけば心配ないとは思いつつも。
オイラは父ちゃんを呼びに、玄関の外へと駆け出した。
(リリィは、ルル婆に会うのが気まずいので来ない)
母ちゃんのお墓をごしごしとタワシで洗い、仕上げにバケツの水をざばんとかけて、オイラはふぅ、と一息ついた。
周りの花畑の草むしりも終わって、むしった草は片隅に寄せてあるし、墓石へとつながる白い玉石の小道も整えた。
お盆とお彼岸の早朝の墓場掃除は、毎年の恒例行事だ。
いつもの年なら、花畑の隅に咲き誇っているはずの彼岸花も、今年は花が遅いのか、まだようやく蕾が赤くなってきたところだ。
ちなみに、意外と朝が弱いリリィとタヌキはまだ寝ている。
「うん、絶好の墓参り日和!」
澄んだ青空に、一面のウロコ雲が並び、朝日に照らされて一直線に並んでいる。
その中にかすかに香る金木犀の花の甘い匂いは、秋が来たな、と実感させてくれる。
「おや、ノアちゃん!
毎年ご苦労様」
少し離れた、囲いの中に放牧された牛を集めに来たテリテおばさんが、オイラを見つけて笑顔で手を振ってくれた。
テリテおばさんちは、これから朝の搾乳だ。
テリテおばさんちにも先祖代々のお墓があるけれど、朝から忙しいテリテおばさんは、なかなかお彼岸の朝に墓場掃除、というわけにはいかない。
この後、ついでにテリテおばさんちの墓場掃除に寄るのも、オイラの毎年の恒例だ。
その代わり……
「毎年悪いけど、うちのも軽くお願い出来るかい?」
「うん、この後寄るよ」
「その後、母屋に寄ってお行きよ。
マリルが、昨日のうちからアンコ作ってたからね」
「ありがとー」
あんこは、作ったその日よりも、一晩寝かせて砂糖がなじんだほうが美味しい。
さらに、小豆を煮た後で煮詰めるわけだけど、この時、ちょっとでも焦がそうもんなら。全体に焦げの風味がまわって味が台無しになる。
この、焦がしちゃダメ、っていうのが結構難しくて、小さい頃から何回か小豆をダメにしたオイラは、毎年大めに作るテリテおばさんから分けてもらうのが定番になっていた。
そのテリテおばさんの味を、何年か前からマリル兄ちゃんが完璧に引き継いでいる。
もちろん、テリテおばさんちのことだから、小豆からして自家産だ。
「ああ、そうそう、ノアちゃん。
いくらキレイだからって、彼岸花を持って帰っちゃダメだからね?」
「わかってるよー」
未だ蕾の彼岸花を見つつ、オイラはうなずく。
彼岸花は、花火に似た綺麗な花だ。
葉っぱも何もないところから、季節になるとにゅっと生えてくる不思議な花だ。
よく田んぼの畔や土手に咲いていて、そんな場所に咲いているのがもったいないほど見事な花だと思う。
けれど、彼岸花には毒がある。
土手によく植えられるのも、その毒で、モグラやネズミを退ける意図があるそうだ。
そしてもうひとつ。
この辺の農家では、彼岸花を家の中に飾ると、火事になる、という言い伝えがある。
根拠は特にないと思うけれど、この手の言い伝えは結構あって、○○の日に田植えをしてはいけないとか、正月三日までは毎日ソバを食べなければいけない、とかある。
理由を聞いたことはないけれど、農家の昔ながらの知恵とか縁起担ぎなんだろうなー、と理解しているオイラは、特に逆らうでもなく習慣に従っている。
「特に鍛冶の素材にはならないしね」
「鍛冶の素材になったら持って帰るんだね」
「うん」
複雑な顔をしているテリテおばさんに手を振って、オイラは水とタワシを担ぐとテリテおばさんちのお墓へと向かった。
母ちゃんのシンプルなお墓と違って、お地蔵様とか過去碑とか塔婆とかある、ちゃんとしたお墓だ。
確か去年が、テリテおばさんの父ちゃんの十三回忌だったっけ。
オイラは直接の面識がないけれど、テリテおばさんの父ちゃんも、エルダーボアを片手で担ぎあげる豪快な人だったそうだ。
「おう、ノア!
うちの墓場掃除してくれてたのか?
まったく母ちゃんも、毎年ノア任せにしてよぉ」
テリテおばさんちのお墓掃除を終わり、道を下っていくと、畑にいるマリル兄ちゃんに声をかけられた。
「いや、マリル兄ちゃんが掃除しても良くない?」
「いやぁ、俺はじーちゃんとかほとんど覚えてねぇし。
直接の知り合いでも入ってりゃ、ちったぁ気合が入るんだけどなぁ。
まぁ、後でぼたもちでも供えに行くよ」
言いながらも、マリル兄ちゃんは足元の柔らかな緑色の葉っぱをちゃっちゃか引き抜き、そろえて、小脇に抱えたかごの中へと放り込んでいく。
「おはぎ?」
「ぼたもち。
まあ、秋はおはぎっつぅらしいけど、ぼたもちって言った方がうまそうじゃん?」
「そうかな?
それより、美味しそうだね、それ、大根?」
「おう、大根の若葉だ。
この時期にしか食えねぇモンだからな。
季節のモンが、一番のご馳走だよな」
マリル兄ちゃんが引き抜いていたのは、根っこが太くなる前の、大根の若葉だ。
そういえば、芋名月より前に、冬に食べる用の大根の種をマリル兄ちゃんがまいていたのを思い出す。
大根ていうのは、一列に種をまき、一斉に芽を出したうち、大きく育てたいものだけを残して、他はすぐってしまう。
すぐった柔らかい葉っぱをおひたしにして食べると、育ち切った大根葉とは一線を画す柔らかな歯ごたえでとても美味しい。
この時期の大根はすぐに大きくなってしまうから、マリル兄ちゃんじゃないけれど、一時しか食べられない、季節のご馳走だ。
もう少し大きくなったものも、また違った歯ごたえで美味しいけれど、このやわやわとした大根葉は、確か婆ちゃんたちの好物だった。
婆ちゃんたちの好物といえば……
「そういえばさ、みょうがってもう出てる?」
「おう、出てる出てる。
今年はみょうがの当たり年だな。
昼にうどんも食うだろ?
うどんは俺が、こねるから、ぼたもちとみょうが採りは任せた」
「えーっ、オイラが採りに行くの?
楽しいんだけどね……」
「はは、みょうがんとこは蚊が多いからな。
けど、ノアのスピードなら、蚊に刺される前に行って来られるだろ?」
「あんまりスピード出したら、みょうがの木まで引きちぎっちゃうじゃん」
口を尖らせたオイラの頭をポンポンしてくれたけれど、結局、マリル兄ちゃんは、自分が代わりに行ってくれる、とは言わなかった。
「あー、かゆっ」
「はは、さすがのノアも蚊にゃ敵わねぇか」
「だって、いる量が違うんだよ?
乱暴にしたら、来年みょうが生えないかも知れないし」
首筋を掻きながら、塩を刷り込むオイラを、マリル兄ちゃんが笑う。
テリテおばさんちの母屋で、マリル兄ちゃんの足元には、塩を入れてこねて丸めたうどん粉の塊があって、その上にござを乗せて、踏んづけてこねている真っ最中だ。
「俺が知ってる中で、一番蚊がいる空間だよな」
みょうがというのは、日陰を好む植物だ。
手前にあった木を切って日向になったら、群生地がそっくり枯れてなくなってしまった、とかいうエピソードもある。
50センチほどの、木というか葉っぱというかが群生していて、お彼岸らへんになると、その根元から、いわゆるみょうかがひょっこり顔を出す。
このみょうが、いわゆる花のつぼみで、放っておくとそこから白い花が咲いてくる。
花が咲いちゃうと、風味が落ちたり変色するとかで市場には出回らないけれど、農家は別に気にせず食べる。
そして、このみょうがの花だけを引き抜いて酢の物にすると、ルル婆ララ婆の好物になる。
「じゃあ、この花を酢の物にして……」
「みょうが本体も梅酢で漬けるか?」
「ああ、しその色に染まってキレイだよねぇ」
「子どもの頃は、どこがうまいんだと思ってたんだけどな。
最近、歳かなぁ。
妙に食いたくなるときがあるんだよな」
「ってマリル兄ちゃん、まだ十八じゃん」
「ノアよりゃ歳だろ?」
十四で、普通にみょうがが好きなオイラはなんだってのさ。
「あ、そうだ、もち米も炊いといたぞ」
「そうなの?
ありがと」
「母ちゃんが、牛舎のほうはいいから、ノアちゃん手伝ってやれってさ」
おはぎの中のご飯は、うるち米ともち米を混ぜて使う。
オイラは、うるちともち米と半々の比率が好きなんだけれど、今年はマリル兄ちゃんに頼んで、もち米百パーセントにしてもらった。
うるち米が入ると、どうしても時間が経つと固くなるんだよね。
まあ、オイラはその固いおはぎも好きなんだけど。
「じゃあ、ご飯潰しておはぎにするか」
羽釜からおひつに移してあったもち米を、しゃもじで軽くつぶすと、うるちの入っていないもち米ご飯は簡単に潰れてもちっぽくなる。
それを、水に浸した手でひと口大に丸めていき、半分ほどをあんこでくるんであんこのおはぎに、四分の一をきなこのおはぎに、残りをゴマのおはぎにする。
きなこのおはぎの、さらに半分は中にあんこを仕込んで当たりにする。
「相変わらず、ノアのぼたもち作りは速ぇな」
「って、マリル兄ちゃん、何合炊いたのさ?」
「三升だけど?」
「三升!?」
「その大きさの羽釜で、一升以下ってめんどくさいんだよ」
「まぁ、テリテおばさんもいるしね」
「いるしなぁ」
詰めても詰めても終わらない重箱の山に、思わず尋ねてみたけれど、マリル兄ちゃんの答えに納得する。
テリテおばさん、お酒も飲むけど、甘いものも好きなんだよねぇ。
「あ、ゆずの青いのも取ってきといたから」
うどん粉の塊を薄く伸ばしながらのマリル兄ちゃんの言葉に、オイラは青柚子をおろして小皿に盛る。
テリテおばさんちの、大きなちゃぶ台に、オイラが作ったおはぎが入った重箱の山と、みょうがの輪切り、いりごま、きざみ海苔、青柚子、ワカメ、キュウリの細切りなんかの薬味が並ぶ。
炭水化物ばっかりで、変ていえば変だけれど、この辺のお彼岸のお昼定番は、おはぎにうどん。
お盆だと、そこに天ぷらがつく。
マリル兄ちゃんが凄い勢いで切り始めたうどんを、かまどで煮立った鍋に半分放り込み、吹きこぼれないようにさし水をしつつ、引き上げるタイミングを計る。
テリテおばさんの好みに合わせて、少し太めに切ってあるうどんは、茹でるのにそれなりの時間がかかる。
「よしっ、こんなもんかな」
ざばぁ、っと大ざるに鍋ごとひっくり返して、たっぷりの井戸水でしめたうどんをちゅるっとつまんだマリル兄ちゃんが、さすがノア、ばっちり、と太鼓判を押してくれる。
再び鍋に水を満たしてかまどにかけたところで、玄関の方で物音がした。
「ノアしゃん、いるかい?
鍛冶場のほうに寄ったら、ノマドがこっちだって言うから……」
「あ、婆ちゃんたち!
いらっしゃい!
今、ちょうどうどんが茹で上がったよ」
「じゃあ、お昼をご馳走になってから、オムラの墓参りに行くとしゅるかね」
「お彼岸に墓参りなんて、何年ぶりかねぇ」
「お盆にしゅら来てなかったからねぇ」
「あれ、父ちゃんは?」
「二日酔いのを、後で火竜の弟子が引きずってくるって言ってたよ」
「二日酔いの猫もいたねぇ」
「父ちゃんてば」
お盆には、あの世に行った魂が、この世に帰って来るという。
お彼岸は、あの世とこの世が近くなって、声が届きやすくなるという。
父ちゃんが、彼岸の入りから、母ちゃんのお墓の前で、毎晩酒盛りしては、酔いつぶれたところをリムダさんに運ばれていたのは知っていた。
今日は他に、ジェルおじさんとマツ翁も来てくれる予定だ。
久しぶりに、かつてのパーティ揃って酒盛りしよう。
墓場でやれば、きっとオムラ姉に声も届くはず。
そんなことを言い出したのはジェルおじさんだったけれど、そこには絶対、父ちゃんもいなくちゃ。
リムダさんに任せておけば心配ないとは思いつつも。
オイラは父ちゃんを呼びに、玄関の外へと駆け出した。
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奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
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