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番外編
鍛冶見習い・大晦日特別SS(2019)
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「おう、ソバ、ゆであがったぞー」
「毎年ありがとね、マリル兄ちゃん」
テリテおばさんは、毎年十一月になると冬の出稼ぎに出るけれど、年末年始だけは、マーシャルおじさんと一緒に過ごすために帰宅する。
もちろん、テリテおばさんの出稼ぎに付いて行ったオイラとマリル兄ちゃんも、今年は一緒に帰宅していた。
意外とロマンチストのテリテおばさんは、二十四日に帰宅して、クリスマスは家族と一緒に過ごす。
そこから、マーシャルおじさんが刈っておいた冬の牧草を、専用の魔道具でロールに丸め、二メートルほどの直径のそれを、倉庫にぽんぽんと積み上げていく。
本格的に雪が積もる前の重要な作業で、冬の間の牛たちの食料になる。
それが終わると、今度はお正月用の餅つきだ。
二十九日の餅つきは縁起が悪いと言われていて、さらに、『一夜《いちや》飾りは縁起が悪い』とか言われるので、鏡餅を作るのは、二十八日か三十日と決まっている。
どちらになるかは、その年の牧草(天気)次第だけれど、今年は三十日になった。
餅つきの魔道具も普及しているらしいけれど、テリテおばさんのところは、昔ながらの木の臼でつく。
まあ、やたらな魔道具より、テリテおばさんのパワーでついたほうが早いよね。
前の日の晩から水を吸わせておいたもち米を、かまどで一気に炊き上げる。テリテおばさんちの羽釜は四升炊きだから、一回に四升つけるわけだ。
もち米が完全にふかしあがったかは、さえばしを刺して確認する。
何か所にも刺してみて、ザクザクと音がすればやり直し。
ふかしすぎると、もちがべたべたになって、どんなに水をつけても杵にくっついてしまうから、そのへんの見極めは重要だ。
マリル兄ちゃんよりも、テリテおばさんのほうがまだ一日の長がある。
ふかしあがると、臼にひっくり返して、しばらく蓋をしてなじませる。
その後は、杵をつくテリテおばさんと、水をつけてひっくり返すマリル兄ちゃんの見事なコンビネーションが見られる。
うん、王都の大通りで大道芸としてやっても、十分日銭が稼げると思うんだ。
最初の臼の分は、皆で寄ってたかってお供え餅をつくる。
それを神棚と、仏壇と、床の間と、台所と、手水と、蔵と、牛舎と、家の周りのお稲荷さんや小さな社、玄関にある大黒様恵比寿様に供えるのは、昔からオイラとマリル兄ちゃんの仕事だ。
お供えが終わると、今度こそ人間の番だ。
オイラとしては、つきたてのおもちも好きだけれど、おもちにする前のふかしただけのもち米に、しょうゆを回しかけて食べるのが一番好きだ。
小さい頃は、「餅をつくもんの特権だ」とか言って食べさせてくれなかったマリル兄ちゃんも、オイラに手伝えることが増えてきてからは、渋々食べさせてくれるようになった。
テリテおばさんとマリル兄ちゃんの息の合いっぷりには敵わないけど、何臼かはオイラだってついたもんね。
ちなみに、ひっくり返すのはずっとマリル兄ちゃん。
あっちのほうが難しいんだよね。
「マリルの打つソバは細くて売りモンみたいだけど、イマイチ腹にたまらないんだよねぇ」
「母ちゃんの打ったソバはゴン太だもんな。
きしめんかよ」
文句を言いつつも、大きなざるにつくねたソバが、みるみるうちに消えていく。
ずぞぞぞ、とソバをすする音は、胎内音に似ていて赤ん坊が落ち着く、と聞いたことがあるけれど、テリテおばさんのじゃ絶対眠れないと思う。
「まぁ、テリテおばさん。
オイラもテリテおばさんの打ったソバの方が好きだけど、年越しそばは縁起物だから。
細く、長く生きられますように、っていう。
一年に一回くらいは我慢してやってよ」
「しょうがないねぇ」
「人の打ったもん食っといて、ひどくね?
母ちゃんのソバじゃ、太く短く、だもんなぁ」
しゃべりながらも、次々とソバをゆでていくマリル兄ちゃんの横で、オイラはゆであがったソバを手のひらサイズにつくねていく。
「ノア、そろそろ手ぇ冷てぇんじゃねぇか?
変わろうか?」
「井戸水だから大丈夫だよ。
この時期、川の水よりあったかいしね。
それにオイラ、自分でゆでたのよりマリル兄ちゃんのゆでたの食べたいし」
「そ、そうか?」
照れたように赤くなりつつ、マリル兄ちゃんが窯の中で泳いでいるソバをすくい上げ、水を張ったたらいの中にあける。
マリル兄ちゃんがゆでたほうが美味しいってのもあるけど、自分で大量にゆでると、いざ食べようってときに美味しく思えないんだよね。
匂いだけでお腹いっぱい、っていうか。
その点、台所と離れたところで飲んでる父ちゃんたちはいいよね。
父ちゃん、マーシャルおじさん、満月先生、ご隠居。それにご近所さんが何人か集まっている。
野菜農家のご近所さんもいて、本当は年末年始は野菜が高くなるから稼ぎ時なんだけど、お正月に働きたくなんかないから、とあえて畑を空っぽにして植え替え時期に当てている剛毅な人だ。この辺じゃ珍しい、ハウス(温室)持ちの人なんだけど。
「じゃ、ちょっとあたしは牛見てくるよ」
一通り食べ終わったテリテおばさんが、よいしょと立ち上がる。
もう時間は遅くて、搾乳やエサくれは終わっているけれど、お産が始まりそうな牛が一頭いるんだそうだ。
こんなとき、テリテおばさんはマーシャルおじさんに声をかけない。
年末年始に帰るのは、マーシャルおじさん(と牛)に会うため、とか言っていたけれど、本当は、冬の間ずっと一人で仕事してくれてるマーシャルおじさんに、年末年始くらいゆっくりさせてあげよう、というテリテおばさんなりの気遣いなのかもしれない。
まあ、搾乳とかエサくれは問答無用でマーシャルおじさんもやらされるんだけど。
その辺は年中無休の畜産農家の宿命だ。
徹夜で飲んでた?
じゃあ、仕事してから寝な?
明日の朝、どす黒い笑顔を浮かべるテリテおばさんが目に浮かぶ。
「あれ、母ちゃん、天ぷらあがるのに」
「ああ、すぐ戻ってくるよ。
キャロットはもうベテランだからね。
足忘れでもない限り、一人で産めるだろ」
「じゃ、ついでに大根引っこ抜いてきてくれよ。
そばつゆで食べてもいいけど、天ぷらにゃ大根おろしだろ」
「やれやれ、人使いが荒いねぇ」
テリテおばさんちの天ぷらつゆは、大根おろしにショウガ、砂糖に醬油、それを少しのお湯でとく。
そばつゆで食べちゃうとつゆが油っぽくなるし、せっかくのワサビの風味がどこかへいってしまう。
ちょっとワガママだけれど、オイラは天ぷらは天ぷら用のつゆで食べたい。
去年、ちょろっと言ったことを、どうやらマリル兄ちゃんは覚えていてくれたらしい。
「天ぷらは、サツマイモにカボチャに舞茸、ちくわにネギと小エビのかき揚げ、ゴボウのささがき。
緑があると良かったんだけどなぁ、この時期は……」
「ナスもいいよね。
菊とか」
「ねぇもんあげんなよ。
この時期、緑っつったら、大根の葉っぱか白菜か、菜っ葉のたぐいか」
「あんまり天ぷらにしたくないねぇ」
「菜飯とかはうまいけどな。
まあ、長ネギの緑で勘弁だな」
ソバを粗方茹で上げ、天ぷらにかかりだしたマリル兄ちゃんが油に梅干しを放り込む。
普通に揚げるより、梅干しを入れた方が胃もたれしないらしい。
マリル兄ちゃんて、意外と胃が弱いからねぇ。
この先、オモチが続くことになるから、マリル兄ちゃんとマーシャルおじさんにとっては一年の中でも難所になる。
マリル兄ちゃんの天ぷらは、カリッとしていて美味しい。
コツは、小麦粉と同じ量のとり粉(餅つきの時に使う粉)を入れること、冷やすこと、マヨネーズを入れること、とか言ってたけど、まだまだオイラの天ぷらはマリル兄ちゃんのにかなわない。
「ああ、とうとう降ってきたよ」
天ぷらを揚げ終わる頃、頭を白くしたテリテおばさんが帰って来た。
「遅かったな、母ちゃん」
「もう産まれててね、寒いから毛布を着せて初乳をやって……
こんな気温で濡れたままほっといたら、そっくり凍っちまうよ。
ついでに、水回りが凍らないように囲ってきたから」
「そりゃ大変だったな。
大根は?」
「あんたはいっつも食いモンのことばっかりだねぇ。
とってきたよ、ほら、あと人参も」
テリテおばさんが土間にごろっと置いた、二股に別れた大根と人参を見て、オイラとマリル兄ちゃんは顔を見合わせる。
「「そうだ、人参の葉っぱだ!」」
テリテおばさんのおかげで、色合いの少なかった天ぷらが一気に華やかになり、天つゆも完成した。
その頃には、先にゆでたソバはほとんど売り切れていて、オイラが天つゆを作っている間に、マリル兄ちゃんが最後のソバをゆでてくれた。
やっぱり、天ぷらもソバも作りたてが一番おいしいよね。
「今年は色々あったねぇ」
「ありすぎだろ。
ノアといると飽きねぇよな」
ずぞぞ、とソバをたぐっているところに、ゴーーーーンと鐘の音が聞こえて来た。
いつの間にやら、そんな時間になっていたようだ。
近所のお寺の和尚さんには、母ちゃんのお葬式の時にお世話になったけれど、オイラは毎年、除夜の鐘をつきに行ったことはない。
オイラが行くのは、もっぱら近所の稲荷神社に初もうでだ。
「んじゃ、そろそろ行くか」
「そだね」
テリテおばさんちのでっかい掘りごたつで、打ちあがったトドみたいにゴロゴロと寝っ転がっている父ちゃんたちを尻目に、オイラとマリル兄ちゃんは立ち上がる。
その中に、タヌキも混じって転がっている。
ご近所さんに、面白づくに飲まされていたから、きっと明日も一日ぐでっとしていることだろう。
洗い物はもう、明日でいいかな。
ソバを食べ終わった黒モフを首に巻いて、毎年のように一緒に神社へ向かう。
去年までは、シャリテ姉ちゃんも一緒だった。
来年からは……マリル兄ちゃんも、いなくなるのかも知れない。
狼の獣人も犬の獣人も寒さには強いけれど、来年、オイラは一人で初もうでに来る気には、きっとなれない。
「おや、マリル坊、ノアちゃん、雪だってのによく来たね」
近所の神社の拝殿では、神社世話人のご近所さんたちが甘酒を作ってコタツに入って待っててくれている。
ってか、拝む人と神様の間に、コタツがあるってどーよ、と思わなくもないけれど、寒いんだからしょうがない。
「はい、甘酒」
賽銭箱に銅銭を放り込み、鈴を鳴らして手を合わせる。
オイラはいい加減だけれど、マリル兄ちゃんは隣できっちり二礼二拍一礼していた。
湯呑に入れられた甘酒を受け取ると、いつもの焦げた臭いがした。
これこれ。
これを飲むと、年が明けた、って気がするんだよね。
「明けましておめでとう」
「おめでとう、マリル兄ちゃん」
マリル兄ちゃんは、今年から王都の料理屋に修行に行く。
今年がマリル兄ちゃんにとって、いい年でありますように。
「毎年ありがとね、マリル兄ちゃん」
テリテおばさんは、毎年十一月になると冬の出稼ぎに出るけれど、年末年始だけは、マーシャルおじさんと一緒に過ごすために帰宅する。
もちろん、テリテおばさんの出稼ぎに付いて行ったオイラとマリル兄ちゃんも、今年は一緒に帰宅していた。
意外とロマンチストのテリテおばさんは、二十四日に帰宅して、クリスマスは家族と一緒に過ごす。
そこから、マーシャルおじさんが刈っておいた冬の牧草を、専用の魔道具でロールに丸め、二メートルほどの直径のそれを、倉庫にぽんぽんと積み上げていく。
本格的に雪が積もる前の重要な作業で、冬の間の牛たちの食料になる。
それが終わると、今度はお正月用の餅つきだ。
二十九日の餅つきは縁起が悪いと言われていて、さらに、『一夜《いちや》飾りは縁起が悪い』とか言われるので、鏡餅を作るのは、二十八日か三十日と決まっている。
どちらになるかは、その年の牧草(天気)次第だけれど、今年は三十日になった。
餅つきの魔道具も普及しているらしいけれど、テリテおばさんのところは、昔ながらの木の臼でつく。
まあ、やたらな魔道具より、テリテおばさんのパワーでついたほうが早いよね。
前の日の晩から水を吸わせておいたもち米を、かまどで一気に炊き上げる。テリテおばさんちの羽釜は四升炊きだから、一回に四升つけるわけだ。
もち米が完全にふかしあがったかは、さえばしを刺して確認する。
何か所にも刺してみて、ザクザクと音がすればやり直し。
ふかしすぎると、もちがべたべたになって、どんなに水をつけても杵にくっついてしまうから、そのへんの見極めは重要だ。
マリル兄ちゃんよりも、テリテおばさんのほうがまだ一日の長がある。
ふかしあがると、臼にひっくり返して、しばらく蓋をしてなじませる。
その後は、杵をつくテリテおばさんと、水をつけてひっくり返すマリル兄ちゃんの見事なコンビネーションが見られる。
うん、王都の大通りで大道芸としてやっても、十分日銭が稼げると思うんだ。
最初の臼の分は、皆で寄ってたかってお供え餅をつくる。
それを神棚と、仏壇と、床の間と、台所と、手水と、蔵と、牛舎と、家の周りのお稲荷さんや小さな社、玄関にある大黒様恵比寿様に供えるのは、昔からオイラとマリル兄ちゃんの仕事だ。
お供えが終わると、今度こそ人間の番だ。
オイラとしては、つきたてのおもちも好きだけれど、おもちにする前のふかしただけのもち米に、しょうゆを回しかけて食べるのが一番好きだ。
小さい頃は、「餅をつくもんの特権だ」とか言って食べさせてくれなかったマリル兄ちゃんも、オイラに手伝えることが増えてきてからは、渋々食べさせてくれるようになった。
テリテおばさんとマリル兄ちゃんの息の合いっぷりには敵わないけど、何臼かはオイラだってついたもんね。
ちなみに、ひっくり返すのはずっとマリル兄ちゃん。
あっちのほうが難しいんだよね。
「マリルの打つソバは細くて売りモンみたいだけど、イマイチ腹にたまらないんだよねぇ」
「母ちゃんの打ったソバはゴン太だもんな。
きしめんかよ」
文句を言いつつも、大きなざるにつくねたソバが、みるみるうちに消えていく。
ずぞぞぞ、とソバをすする音は、胎内音に似ていて赤ん坊が落ち着く、と聞いたことがあるけれど、テリテおばさんのじゃ絶対眠れないと思う。
「まぁ、テリテおばさん。
オイラもテリテおばさんの打ったソバの方が好きだけど、年越しそばは縁起物だから。
細く、長く生きられますように、っていう。
一年に一回くらいは我慢してやってよ」
「しょうがないねぇ」
「人の打ったもん食っといて、ひどくね?
母ちゃんのソバじゃ、太く短く、だもんなぁ」
しゃべりながらも、次々とソバをゆでていくマリル兄ちゃんの横で、オイラはゆであがったソバを手のひらサイズにつくねていく。
「ノア、そろそろ手ぇ冷てぇんじゃねぇか?
変わろうか?」
「井戸水だから大丈夫だよ。
この時期、川の水よりあったかいしね。
それにオイラ、自分でゆでたのよりマリル兄ちゃんのゆでたの食べたいし」
「そ、そうか?」
照れたように赤くなりつつ、マリル兄ちゃんが窯の中で泳いでいるソバをすくい上げ、水を張ったたらいの中にあける。
マリル兄ちゃんがゆでたほうが美味しいってのもあるけど、自分で大量にゆでると、いざ食べようってときに美味しく思えないんだよね。
匂いだけでお腹いっぱい、っていうか。
その点、台所と離れたところで飲んでる父ちゃんたちはいいよね。
父ちゃん、マーシャルおじさん、満月先生、ご隠居。それにご近所さんが何人か集まっている。
野菜農家のご近所さんもいて、本当は年末年始は野菜が高くなるから稼ぎ時なんだけど、お正月に働きたくなんかないから、とあえて畑を空っぽにして植え替え時期に当てている剛毅な人だ。この辺じゃ珍しい、ハウス(温室)持ちの人なんだけど。
「じゃ、ちょっとあたしは牛見てくるよ」
一通り食べ終わったテリテおばさんが、よいしょと立ち上がる。
もう時間は遅くて、搾乳やエサくれは終わっているけれど、お産が始まりそうな牛が一頭いるんだそうだ。
こんなとき、テリテおばさんはマーシャルおじさんに声をかけない。
年末年始に帰るのは、マーシャルおじさん(と牛)に会うため、とか言っていたけれど、本当は、冬の間ずっと一人で仕事してくれてるマーシャルおじさんに、年末年始くらいゆっくりさせてあげよう、というテリテおばさんなりの気遣いなのかもしれない。
まあ、搾乳とかエサくれは問答無用でマーシャルおじさんもやらされるんだけど。
その辺は年中無休の畜産農家の宿命だ。
徹夜で飲んでた?
じゃあ、仕事してから寝な?
明日の朝、どす黒い笑顔を浮かべるテリテおばさんが目に浮かぶ。
「あれ、母ちゃん、天ぷらあがるのに」
「ああ、すぐ戻ってくるよ。
キャロットはもうベテランだからね。
足忘れでもない限り、一人で産めるだろ」
「じゃ、ついでに大根引っこ抜いてきてくれよ。
そばつゆで食べてもいいけど、天ぷらにゃ大根おろしだろ」
「やれやれ、人使いが荒いねぇ」
テリテおばさんちの天ぷらつゆは、大根おろしにショウガ、砂糖に醬油、それを少しのお湯でとく。
そばつゆで食べちゃうとつゆが油っぽくなるし、せっかくのワサビの風味がどこかへいってしまう。
ちょっとワガママだけれど、オイラは天ぷらは天ぷら用のつゆで食べたい。
去年、ちょろっと言ったことを、どうやらマリル兄ちゃんは覚えていてくれたらしい。
「天ぷらは、サツマイモにカボチャに舞茸、ちくわにネギと小エビのかき揚げ、ゴボウのささがき。
緑があると良かったんだけどなぁ、この時期は……」
「ナスもいいよね。
菊とか」
「ねぇもんあげんなよ。
この時期、緑っつったら、大根の葉っぱか白菜か、菜っ葉のたぐいか」
「あんまり天ぷらにしたくないねぇ」
「菜飯とかはうまいけどな。
まあ、長ネギの緑で勘弁だな」
ソバを粗方茹で上げ、天ぷらにかかりだしたマリル兄ちゃんが油に梅干しを放り込む。
普通に揚げるより、梅干しを入れた方が胃もたれしないらしい。
マリル兄ちゃんて、意外と胃が弱いからねぇ。
この先、オモチが続くことになるから、マリル兄ちゃんとマーシャルおじさんにとっては一年の中でも難所になる。
マリル兄ちゃんの天ぷらは、カリッとしていて美味しい。
コツは、小麦粉と同じ量のとり粉(餅つきの時に使う粉)を入れること、冷やすこと、マヨネーズを入れること、とか言ってたけど、まだまだオイラの天ぷらはマリル兄ちゃんのにかなわない。
「ああ、とうとう降ってきたよ」
天ぷらを揚げ終わる頃、頭を白くしたテリテおばさんが帰って来た。
「遅かったな、母ちゃん」
「もう産まれててね、寒いから毛布を着せて初乳をやって……
こんな気温で濡れたままほっといたら、そっくり凍っちまうよ。
ついでに、水回りが凍らないように囲ってきたから」
「そりゃ大変だったな。
大根は?」
「あんたはいっつも食いモンのことばっかりだねぇ。
とってきたよ、ほら、あと人参も」
テリテおばさんが土間にごろっと置いた、二股に別れた大根と人参を見て、オイラとマリル兄ちゃんは顔を見合わせる。
「「そうだ、人参の葉っぱだ!」」
テリテおばさんのおかげで、色合いの少なかった天ぷらが一気に華やかになり、天つゆも完成した。
その頃には、先にゆでたソバはほとんど売り切れていて、オイラが天つゆを作っている間に、マリル兄ちゃんが最後のソバをゆでてくれた。
やっぱり、天ぷらもソバも作りたてが一番おいしいよね。
「今年は色々あったねぇ」
「ありすぎだろ。
ノアといると飽きねぇよな」
ずぞぞ、とソバをたぐっているところに、ゴーーーーンと鐘の音が聞こえて来た。
いつの間にやら、そんな時間になっていたようだ。
近所のお寺の和尚さんには、母ちゃんのお葬式の時にお世話になったけれど、オイラは毎年、除夜の鐘をつきに行ったことはない。
オイラが行くのは、もっぱら近所の稲荷神社に初もうでだ。
「んじゃ、そろそろ行くか」
「そだね」
テリテおばさんちのでっかい掘りごたつで、打ちあがったトドみたいにゴロゴロと寝っ転がっている父ちゃんたちを尻目に、オイラとマリル兄ちゃんは立ち上がる。
その中に、タヌキも混じって転がっている。
ご近所さんに、面白づくに飲まされていたから、きっと明日も一日ぐでっとしていることだろう。
洗い物はもう、明日でいいかな。
ソバを食べ終わった黒モフを首に巻いて、毎年のように一緒に神社へ向かう。
去年までは、シャリテ姉ちゃんも一緒だった。
来年からは……マリル兄ちゃんも、いなくなるのかも知れない。
狼の獣人も犬の獣人も寒さには強いけれど、来年、オイラは一人で初もうでに来る気には、きっとなれない。
「おや、マリル坊、ノアちゃん、雪だってのによく来たね」
近所の神社の拝殿では、神社世話人のご近所さんたちが甘酒を作ってコタツに入って待っててくれている。
ってか、拝む人と神様の間に、コタツがあるってどーよ、と思わなくもないけれど、寒いんだからしょうがない。
「はい、甘酒」
賽銭箱に銅銭を放り込み、鈴を鳴らして手を合わせる。
オイラはいい加減だけれど、マリル兄ちゃんは隣できっちり二礼二拍一礼していた。
湯呑に入れられた甘酒を受け取ると、いつもの焦げた臭いがした。
これこれ。
これを飲むと、年が明けた、って気がするんだよね。
「明けましておめでとう」
「おめでとう、マリル兄ちゃん」
マリル兄ちゃんは、今年から王都の料理屋に修行に行く。
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