レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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番外編

鍛冶見習い番外編・志村さん追悼SS

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 そのおじさんは、満開の桜の下で、優し気に微笑んでいた。

 あれ?
 いつの間にオイラ、花見になんて来てたんだっけ?

「ノアー、つまみ作って。
 卵焼きの甘いヤツがいいな」

「ほーい」

 母ちゃんに言われて、オイラは即席のかまどで花見の宴会の追加の料理を作り始める。
 辺りを見回せば、確かに知った顔がいっぱいで、次々にゴザに合流して、オイラが持ってきた重箱の弁当は、既に半分ほど底が見えている。
 懐かしいな。
 あのおばあちゃんもおじいちゃんも、近所に住んでるのに久しぶりに会った気がする。
 あれ、なんで会わなくなったんだったけ?

「ノアー、まだー?」

「ほいほーい」

 いつもなら、こんな時には必ず駆り出されるはずのマリル兄ちゃんの姿は、なぜか見えない。
 テリテおばさんも父ちゃんも来てないみたいだし、別の花見の席にでも呼ばれてるのかな?
 母ちゃんと向かい合って穏やかに清酒を呑んでいるおじさんも、確かに見覚えがあるのに、喉に引っかかったように名前が思い出せない。
 水色のサロペットに、ピンク色のバンダナを首に巻いて、お尻のところにはソファーのように茶色い大きな犬がまとわりついている。

『おおっ、なんだよ、こんなんやってるなら呼べよぉ』

 宴会には物の怪が寄ってくる、なんて話を聞いたことがあるけれど、現れたのはピンクのクマたちノッカーだった。
 優し気な桜色の中で、クマのぬいぐるみの鮮やかなピンクが浮いている。
 オイラが追加したばかりの菜の花の和え物をつまみつつ、大興奮でおじさんに話しかけていた。

『生麦生米生卵!』

『すもももももももものうち!』

『かえるぴょこぴょこむぴょこぴょこ!』

『最初はグー!ジャンケンぽん!』

 楽しそうなピンクのクマの声ははっきり聞こえるのに、おじさんの声だけは、そこだけ切り取られたようによく聞こえない。
 しばらく嬉しそうにおじさんにまとわりついていたピンクのクマが、オイラの炒めているキンピラをのぞきにやって来た。

「ね、ミュールちゃん、あのおじさんと知り合いなの?」

『当たり前だのクラッカー。
 なんでぇノア、まさか知らねぇってのか?』

「確かに知ってるはずなんだけど……」

『そりゃそうだろ。
 国で一番偉大なおじさんだからな』

 器用にぬいぐるみの口元をゆがめてニヤニヤ笑うピンクのクマの後ろ、手酌で穏やかに酒を進めるおじさんの周りには、綿毛猫たちダンジョンの動物も集まってきている。
 ダンジョンだけじゃない、丸っこくて大きな鳥や、大きなヒョウのような動物、トドのような動物たちまでもが、おじさんから料理を分けてもらい、楽しそうに宴席に参加している。
 母ちゃんまでもが、頭に肩にハトを乗せて、手の中の煎り豆を取られまいと格闘している。
 いつの間に、こんなに動物が集まって来たんだろう。
 遠くには、竜の姿さえ見える。
 人間も動物もたくさん集まって来たけれど、その中心はおじさんなんだというのがなんとなく分かる。
 集まって来たみんなが、おじさんのことが大好きなんだ。

「あれ?
 そういえば、ミュールちゃん。
 なんでここにいるの?
 確かダンジョンから出られないんじゃあ……」

 言いかけたオイラの周りを、ザァっっと花吹雪が舞った。
 花の嵐の向こうに霞んだおじさんが、何か言った気がした。
 百年くらいしたら、また一緒に酒でも飲もうや、と。

「百年?
 百年も経ったら、オイラ、よぼよぼのじいちゃんだよ?」

 その時。
 オイラの耳に、確かに聞こえた。
 優しいおじさんの声で、「だいじょぶだぁ」と。


「ノア、ノア!」

「え?父ちゃん?」

 目を開けたオイラは、目の前いっぱいに広がる、舞い散る桜の美しさとはかけ離れた父ちゃんの顔に目を瞬かせた。
 見回せばそこは、いつものうちの土間だった。

「あれ、オイラ、母ちゃんと花見してたはず?」

「なんだそりゃ、うらやましいな。
 お前は、棚から金だらいが落ちてきて、頭に直撃して気ぃ失ってたんだ」

「え、何それ危な」

「まさか棚の足が外れるたぁな。
 もう古ぃからなぁ」

 傾いた棚を見上げる父ちゃんを見ながら、オイラは思い出していた。
 あの満開の桜の下、宴会をしていたのは、今はもう会えなくなってしまった人達だった。
 そして、あの動物たちに囲まれて穏やかに笑っていたおじさんは。
 この国の人間なら、誰もが知っている芸人さんだった。
 動物好きで有名な人だった。
 ちょうどさっき、その人が亡くなったと聞いて、物凄く悲しいと思っていたところだったから、あんな白昼夢を見たのかもしれない。
 いつか、また。
 いつかオイラが桜の季節に死んだら、再びあの宴会に行くことができるだろうか。
 今は亡い人達に、いつか会える日が来るといいなと思いながら、オイラは納屋へと釘を取りに向かった。



後書き
うちの小4の娘さえもが、志村園長が亡くなったことにショックを受けていました。小1の娘さえ、見たことがないはずの「へんなおじさん音頭」が踊れます。彼は文化だったと思います。もちろん、志村さんとの面識はありませんが、私なりの追悼の気持ちです。どうか、動物たちと心穏やかに過ごされますように。
志村さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
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