レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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1巻

1-2

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「わしゃが、なんじゃって? ジェル坊」

 ルル婆、ララ婆の呼び方には、絶対のルールが存在する。つまり、二人を『婆ちゃん』と呼べるのは、この世でオイラだけ。父ちゃんやジェルおじさんは、『姐さん』と呼ぶのが決まりだ。
 英雄王さえ足蹴あしげにする、絶対強者。それが大賢者ルルと大盗賊ララ。
 って、大賢者なのと大盗賊なのは、ついさっき知ったんだけども。

「……ル、ルル姐さん……」
「そうかい、さっきのは、わしゃの聞き違いじゃね?」
「あたしゃにも、聞こえた気がするけどねぇ」

 ララ婆にまでジロリとにらまれ、ジェルおじさんは首をブンブン横に振ると、そのまま青い顔をしてカクッと倒れた。
 返事がない。……ただの気絶体のようだ。

「さて、ノアしゃん」

 ジェルおじさんが気絶しているのを確かめると、ルル婆が笑顔でオイラに尋ねる。

「スキルポイントに、余りはあるかの?」

 オイラは首を傾げる。
 この世には、スキルポイントというものが存在する。経験値をためることでレベルが上がり、レベルがひとつ上がるごとに、好きなスキルにひとつスキルポイントをプラス出来る。スキルの種類は数知れず。
 また、種族ごと、職業ごとに固有のスキルというものもある。例えば、母ちゃんは鹿の獣人だったから、鍛冶スキルを選択することが出来なかった。そのぶん、父ちゃんの選択肢にない、治癒ちゆや聖魔法、といったスキルがあった。
 オイラは父ちゃん似で良かったと思う。
 鍛冶のない人生なんて人生じゃない!
 って、その鍛冶すら自己流なんだけど。
 ちなみに、普通の仕事をしてても経験値は得られる。戦闘職じゃない父ちゃんのレベルが80なのは、そんな理由からだ。とは言っても、普通の仕事より魔獣と戦闘したほうが多くの経験値を得られるのは間違いなく、当然、一般人よりは冒険者のほうがレベルは高い。
 また、経験値を得たものごとにスキルポイントを振る必要は全くなく、剣での戦いで得たスキルポイントで魔法のスキルを獲得かくとく、なんて裏技も存在する。というか、最初は魔法なんて誰にも使えないわけで、そうでもしないと魔法使いなんて生まれない。
 で、オイラのスキルポイントに余りがあるか、というと。

「んー、昨日鍛冶スキルに全部振っちゃったばっかりだから、今はないかな」
「しょのようじゃな」

 再びグルグル眼鏡をかけたルル婆が、オイラをじっくりと眺める。
 鑑定って、レベルやステータスの他に、スキルポイントまで見えるんだ。
 婆ちゃんたちが考え込んでいる間に、オイラは土間から上がった先の板間に座布団を並べ、火鉢ひばちの上に載っていた鉄瓶からお湯を注いで玄米茶げんまいちゃれる。普段は番茶ばんちゃだから、戸棚の茶筒に玄米茶が残ってて良かった。なんでか、婆ちゃんたちっていうと玄米茶な気がするんだよね。

「スキルポイントに余裕があれば、ジェル坊が寝てる間に、テイマースキルを1でも振らせて、テイマー免許を申請しちまおうと思ったんだけどねぇ」
「ジェル坊は、魔獣にゃトラウマがあるからねぇ」
「ああ、あれか……」

 父ちゃんとマツ翁は思い当たることがあるのか、うんうんとうなずいている。
 オイラの用意した座布団にマツ翁がどっしりと腰かけると、床板がギシッと悲鳴を上げた。
 うち、結構古いからなぁ。床、抜けないといいけど。

「ん? ちょっと待って。テイマー免許って、そんな簡単に取れるの?」
「テイマースキルさえあることが、冒険者ギルドで確認出来ればね。スキルの有無は、魔道具で簡単に分かるからの。冒険者登録をして、しょのまま申請しちまえばいい」

 首を傾げたオイラに、ふわふわと浮いたまま玄米茶をすすっているルル婆が説明してくれる。

「なるほど……って、冒険者登録? オイラが?」
「冒険者登録をしている鍛冶士だっているしゃね。しょこのノマドのように」

 オイラはびっくりして父ちゃんを見つめる。父ちゃんが冒険者をしていたなんて知らなかった。

「……オムラに付いて行きたかったんだよ」

 ぷいっ、と明後日あさってのほうを向いて、父ちゃんがボソッと言う。
 やばい、照れてる父ちゃん、かわいい。

「まぁ、ノアがその魔獣を捨ててくる、ってのが一番の近道だが」
「待て」

 父ちゃんの、照れ隠しにしてはヒトデナシな言葉に、意外にもマツ翁が待ったをかけた。
 マツ翁は見た目に似合わず猫舌で、でっかい手のひらにちょこんと湯呑ゆのみを置いたまま飲めずにいる。

「その魔獣……チギラモグラじゃないのか?」
「チギラモグラ?」

 聞いたことのない名前に首を傾げると、ララ婆が驚いたように湯呑をガツッと置いた。

「チギラモグラだって⁉ あの、冒険者垂涎すいぜんの、経験値オバケ⁉」
「経験値オバケ?」
「ほっほっほ。さすがはマツ。よく分かったねぇ」

 鑑定を使って黒モフも見たのか、ルル婆が笑顔で肯定こうていする。

「チギラモグラってのはね、『無限の荒野』だけに現れる、レア魔獣でね。攻撃力も防御力もないんだが、とにかく逃げ足が速い。見かけるのも奇跡、攻撃を当てるのはさらに奇跡、けどもし倒せたら……。とてつもない経験値が手に入るんじゃよ。見たら即攻撃、が、鉄則の魔獣。なんじゃけど……」
「けど?」
「どうやら、わしゃらは、とんでもない早合点はやがてんをしていたみたいじゃわ」
「早合点て? もったいぶらんで、早く言っとくれ、ルル」

 せっつくララ婆に、ルル婆がにんまりと笑った。

「見かけたら脊髄反射せきずいはんしゃで攻撃しとったから、今までチギラモグラの鑑定なんぞしたことがなかったが、コイツ、とんでもないユニークスキルを持っちょる。なんと、パーティメンバー全員に、獲得経験値五倍、じゃ」
「「「経験値五倍っ⁉」」」

 オイラとルル婆以外の声が、綺麗にハモった。



 04 オイラの何の変哲もない日常①


「なに、それ? すごいの?」

 首を傾げたオイラの肩をルル婆が掴み、ぐわんぐわんと前後にゆする。
 ちょっ、お茶がこぼれるっ。

「知らなかったのかい⁉ 経験値五倍ってこたぁ、普通の五倍の速さで経験値がたまる、つまりレベルアップ出来る、ってことだよ! 知らずに、なんでこんな魔獣とパーティなんて組んでるんだいっ?」
「え? 拾ったから?」
「拾ったぁ? 逃げ足だけはとんでもない、チギラモグラを?」

 ルル婆の眉が、きれいに八の字に寄った。

「五年くらい前だったかな? 今よりずっと小さくて、ホントに毛玉みたいで。弱ってるみたいだったから、オイラの弁当を少しやってみたら、食うわ食うわ、あっという間に弁当全部食べちゃって。そしたら、なつかれちゃってさぁ」
「『無限の荒野』で?」
「『無限の荒野』で」
「はぁ……」

 ルル婆にもため息をつかれた。

「でも、パーティなんて組んでたかな? まぁいいや。ララ婆、要するに、レベルがひとつ上がってスキルポイントが手に入れば、黒モフを連れてても良くなるんだよね? 放そうにも離れないし、オイラもなんだかんだで愛着があるし、べつにジェルおじさんが言うみたいな悪いやつには思えないし。出来れば、このまま飼っててやりたいんだ」

 ジェルおじさんが気を失って安心したのか、ふところから少し頭を覗かせて、おどおどと周りを見回している黒モフを、オイラはそっと撫でた。
 大きな目をうれしそうに細めた黒モフに、やっぱりオイラは、こいつのことが好きなんだと思う。
 オイラには経験値とかレベルとか、そんなには必要ないけれど、こいつはオイラの友達だ。捨てるなんてとんでもない。

「そうは言ってもね、ノアしゃん。レベルっていうのは、高くなればなるほど、上がりにくくなるものなんじゃよ。現にわしゃは、レベル623じゃけれど、600からここまで上げるのに、十五年かかったんじゃ。ノアしゃんはレベル596。ひとつ上げるのに……はて、その魔獣の力があっても、ひと月はかかるじゃろうて」

 浮いたまま鉄瓶から急須にお湯を入れ、おかわりを注いだ婆ちゃんたちがしぶい顔をする。
 え? とオイラの頭に疑問符が浮かぶ。

「ひと月? いや、ちょっと待っててよ。そんなにかかんないと思うし。試しに……うん、二時間くらい待っててくれる?」
「二時間?」
「うん、ちょっと友達に会ってくるから」
「友達?」

 ふよふよと浮きながら、体ごとそろって首を傾げるルル婆とララ婆に、ようやく一杯目のお茶をすすれるようになったマツ翁がゆっくりと声をかける。

「ルル姐、ララ姐。五年前からチギラモグラのスキルがあったとしても、計算が合わない」
「は?」
「……しょうか。毎日毎日、『無限の荒野』で魔獣を狩ってたとしても、五年でレベル100にしゅらとても届かないじゃろう。獲得経験値五倍があったとしても、普通の手段で、十四歳で596になんてなりっこないわの」
「どういうことだ?」
「ノアしゃん。普段ノアしゃんがしてることを、しょっくりそのまま、やってみせてくれましぇんかねぇ?」

 いつにない丁寧な口調で、ルル婆に凄みのある笑顔を向けられたオイラは、黙ってこくこくと頷くしかなかった。

「えーと、まず、朝、父ちゃんのご飯を用意して」

 土間にあるかまどの前で、オイラは説明を始める。この時点で、既に父ちゃんはルル婆に睨まれて体を小さくしている。
 ちなみにジェルおじさんは、ルル婆に睡眠すいみんの魔法を重ね掛けされて、あと四時間ほどは起きないそうだ。父ちゃんもルル婆の魔法で乾かされていた。

「まだ父ちゃんは寝てることも多いし。父ちゃんのお昼ご飯用のおにぎりと、漬物つけものと、オイラと黒モフの弁当のおにぎりもここで一緒に作って。……ほんとに作る?」
「今日は二時間でレベルアップという目的があるからね。はしょってはしょって」
「じゃ、次は倉庫に移動」

 オイラの後について、ルル婆とララ婆、マツ翁に父ちゃんがぞろぞろと移動する。
 本来の鍛冶屋の倉庫には、今はほとんど何も入っていない。
 オイラが集めた鉱石や素材も最初はここに入れていたんだけれど、酔っぱらった父ちゃんが次々に持ち出して酒に変えちゃうんで、オイラは父ちゃんの倉庫の裏に、自分用の倉庫として穴を掘っていた。入り口は小さいものの、数年をかけて拡張に拡張を重ねたそこは、もう父ちゃんの倉庫よりもずっと広くなっている。
 父ちゃんにオイラの倉庫の中身を見せるのは、また色々と売られそうで不安。
 だから、ルル婆たちには父ちゃんの倉庫のところで一旦待ってもらって、オイラは自分の倉庫から、鉱石や素材拾い用の装備を取ってきた。
 身のたけほどもあるバカでかい古いリュックと、自分で打った剣が三本。一本は腰に、残りの二本はリュックにくくりつけてある。
 なんで三本なのかというと。
 剣には耐久力というものがある。
 何度も何度も戦っていると、剣は疲れ、その内に割れたり折れたりしてしまう。
 軽い剣は速く振れるけれど耐久力が低く、重い剣は速度は遅くなるけれど耐久力が高い。剣の『耐久力』『速さ補整』『攻撃補整』『防御補整』は、鍛冶スキルの『武具鑑定』で数値化して見ることが出来る。
 マツ翁みたいな重戦士なら、重くて耐久力の高い剣でもいいんだろうけれど、オイラみたいなチビはスピード重視。折れること前提で三本持っていく、というわけだ。
 ちなみに、オイラが自己流で打った剣にちょうどいいさやなんて毎回用意出来るはずもなく、剣は全部、ボロ布でグルグル巻きだ。

「剣が、三本」
「そいつぁ、ノア、お前が打ったのか?」

 父ちゃんは布を取って中身を見たそうだったけれど、今日は黒モフのため、なるべく急がないと。

「そうだよ。毎日、鉱石を拾ってきては練習してるんだ。父ちゃんみたいにはまだ打てないけど。それで、その打った剣を持って、また鉱石を拾いに行く」

 ちょっと感心したようなビックリしたような父ちゃんの表情に、鼻の奥がムズムズする。
 どうだい、ちょっとはオイラを見直した?
 いつか、父ちゃんを超えるような剣だって、打ってみせるんだから。

「で、走る」

 水筒を腰にくくりつけると、オイラは一、二回その場でぴょんぴょんと飛びねて、足の調子を確認。そのまま一気に加速して、『無限の荒野』へ向けて走り出した。
 チラッと振り返ると、ルル婆とララ婆、マツ翁に父ちゃんが見る間に小さくなり、置いていかれたルル婆が慌てて何かの魔法を発動したようだった。
 十分後、『無限の荒野』を走っているオイラのところに、ルル婆の魔法の長座布団に乗ったみんなが追い付いてきた。
 普通よりはだいぶ大きい長座布団だけれど、だいぶきゅうくつに見える。

「ノ、ノアしゃんノアしゃん。ちょっと待ちんしゃい」

 スピードのせいか、切れ切れに聞こえる声は、かなりきつそうだ。
 さすがのルル婆でも、マツ翁を浮かせて運ぶのは大変なんだろうな。

「急がないと、ジェルおじさんが目を覚ますのに間に合わないよ?」
「た、ただ走っただけでこのスピード……それに、途中に何匹か魔獣がおったが……」

 そういえば、途中に何かいたような気がする。
 鍛冶の素材になる魔獣じゃなかったから、あんまり気にしなかったけど。

「あ、あれ? よけたよ?」
「よけた⁉ 岩オオカミと、鬼アザミ、針トカゲを⁉ ベテラン冒険者だって、数人がかりで相手にする魔獣だよ⁉」

 荒野に出てくる魔獣って、そんな名前なんだ。岩オオカミと針トカゲは、見たまんまの名前だな。

「オイラ、逃げ足だけは自信あるんだよね。素材になるなら戦って回収することもあるけど、今日は急いでるからね。早くエスティのとこに行かないと」
「エスティ?」
「そ。オイラの友だち。ルル婆たちは? 魔獣どうしたの?」

 走りながら聞くオイラに、ララ婆が胸を張った。

「ふん、しょんなの、あたしゃの投げナイフで一撃だよ」
「すごいねぇ。でも、投げちゃったナイフがもったいないね。帰りに回収してる時間、あるかな?」
「盗賊は投げナイフが得意だからね。みんな、『ナイフ回収』のスキル持ちなのしゃ。当然、あたしゃもバッチリ回収してるよ」

 そう言って、ララ婆は腰のホルダーから取り出した投げナイフを、片手に五本、カードのように広げて見せた。

「そんなスキルがあるんだね」

 オイラの言葉に、なぜかルル婆が得意そうに笑った。

「ほっほ。わしゃの魔法の座布団の最高スピードに乗っておって、ナイフを投げて魔獣に当てるなんて軽業かるわざをしてのけるのは、世界広しとはいえララだけしゃね」
「ちんまい頃から乗しぇられてたからねぇ」
「いざというとき、二人分の重さにれてなくちゃ、一緒に逃げられないじゃないか」
「ルル……」
「なんだい、今しゃら感動したのかい?」
「大好きしゃ、ルル~~」

 ララ婆がルル婆に抱きつこうとしたところで、マツ翁がその襟首えりくびを掴んで止める。

「ララ姐、このままだと、竜の領域に入る」
「えっ⁉」

 ララ婆が慌てて辺りを見回す。
 話しながらも走り続けたオイラたちは、そろそろ『無限の荒野』を抜けて、『竜の棲む山脈』のふもとに到達とうたつしようとしていた。

「ノアしゃん⁉ あんたの友だちとやらのとこには、まだ着かないのかい⁉」
「まだまだこれからだよ。オイラには慣れた道だけど、ルル婆とララ婆は、いちいち戦ってたら時間かかってしょうがないでしょ? どうする?」
「慣れた道、って……」

 そういえば、さっきから何となく父ちゃんの存在感がないな、と思っていたら、マツ翁の背中に寄りかかって目を回していた。
 レベル80とはいえ、酒浸さけびたりのグータラ生活をしていた父ちゃんには、ルル婆の全力座布団疾走しっそうはキツかったみたいだ。

「わしゃらのことは気にせんでええ。魔獣の知覚を外す魔法があるからの。わしゃらよりレベルが下の魔獣にしか効かんし、こっちから攻撃を仕掛ければ気付かれるが、ノアしゃんに付いて行くだけなら何とでもなる。ただし、わしゃらもノアしゃんの手助けはせんから、しょのつもりでの」
「ちょっと、ルル!」

 顔をしかめたララ婆に、ルル婆が穏やかに笑う。

「ええから。ええから。ノアしゃんの『いつも』を見せてもらうんじゃろ? 慣れた道と言うんじゃ。大丈夫なんじゃろうて」

 そうしてオイラたちは、『竜の棲む山脈』へと突入した。



 05 神の鍛冶士ノマドから見た異常な日常


「ウソだろ?」

『無限の荒野』よりはだいぶスピードが落ちたせいか、それまで目を回していた俺――ノマドは、ようやく意識がはっきりした。気が付いてみれば、周りは『竜の棲む山脈』……というのも相当にアレな現実だが、それよりも信じがたいものが俺の目の前にあった。
 ……ノアが、自分の子どもが、グリフォンのすぐ目の前にいる。
『竜の棲む山脈』とはいえ、『無限の荒野』から連なるふもと付近には、純粋な竜種は滅多に現れず、その眷属を含む様々な魔獣が現れる。グリフォンや大蛇、ワイバーン、タラスク(甲羅こうらのある六本足のドラゴン)などの亜竜ありゅう。様々なゴーレムに、竜をあがめるラミアやリザードマンなどの亜人あじん
 竜の眷属たちは縄張り意識が強く、見慣れない生き物がいると普通は排除しようとする。
 それなのに、ノアのことは、ほとんどの魔獣がチラッと見ただけで黙殺もくさつする。
 まるで、竜の眷属同士のように。
 いるのが当たり前であるかのようだ。
 たまに、血の気の多そうな若い魔獣が、ノアにおそい掛かることもある。
 最初、それを見たとき、俺は思わず叫んだ。

「ル、ルル姐、ララ姐! 助けて、助けてやってくれ! ノアが……ノアが殺されちまう!」

 自分で助けに飛び出したいのはやまやまだが、俺の力では、グリフォンに一撃だって当てるのは難しい。それどころか、ルル姐の魔法の座布団から、無事に飛び降りることが出来るかどうか。
 取り乱した俺とは対照的に、ルル姐、ララ姐、マッセイ翁は不思議なほど冷静だった。

「なんだい、今ごろ気が付いたのかい。慌てるこたぁないよ」
「そ、そんなこと言ったって、あれはグリフォンだ! ノアがかなうわけない! 熟練じゅくれんの冒険者パーティだって、チームを組んで討伐する相手だ!」
「見りゃあ分かるよ、しょんなこと。でも黙って見てな。いくらルルの認識阻害そがいの魔法がかかっているとはいえ、大声を出しゃあ気付かれないとも限らない」
「認識阻害? そうか、グリフォンの意識がこっちに向けば、ノアが助かる確率が上がる!」

 改めて叫ぼうとした俺の頭を、ルル姐の巨大な杖が小突こづく。

「やめんか、バカモノ。余計なことをしゅると、かえってノアしゃんの足手まといになるってもんじゃよ」

 そうこうしている内に、グリフォンの凄まじい攻撃がノアへと繰り出される。
 グリフォンは、たかの頭と翼、ライオンの体を持つ魔獣だ。空からの攻撃が可能な上、強力な四肢ししの一撃は岩をもくだく。もちろん肉食。
 血ダルマになったノアの幻が脳裏のうりに浮かび、俺は顔を絶望にゆがめる。
 ところがノアは、慣れた様子でグリフォンの攻撃をひらりひらりとよけ、すれ違いざまに、一瞬、剣を抜いた。
 キィィン、とんだ音がしたと思うと、ノアの手には、グリフォンの巨大なつめにぎられていた。
 ノアが剣でたたったのだろう。
 グリフォンの爪は、滅多めったに流通しない鍛冶の希少きしょう素材だ。
 よくやった、ノア! と拳を握った直後、ふと思い当たってサァッと青ざめる。
 確かにグリフォンの爪は欲しい。でも、爪なんか折ったら?
 鍛冶馬鹿と散々周りに言われている俺が言っても説得力がないのは分かっているが、いくらいい素材が目の前にぶら下がっていたって、生きて持って帰れなくちゃ意味はない。
 中途半端に傷つけられたグリフォンは、さらに怒り狂ってノアを追撃ついげきしてくるに違いない。グリフォンにとって、爪の一本が折れたくらい、大したダメージにはならないだろう。
 なんで俺は、鍛冶にばかりスキルポイントを振って、いざというときにノアを助けられるスキルのひとつも取らなかった? ノアもノアだ。戦い慣れているなら、素材を採る前に致命傷ちめいしょうのひとつも負わせたらどうなんだ⁉ 半端に傷つけて手負いにするより、大技で行動不能にさせるかあきらめて逃走するのが、魔獣と戦うときの鉄則てっそくだろう⁉
 手に汗を握り、必死に心の中で『逃げろ、逃げろ、出来れば爪を持ったまま、いやしかし』とかうなっている俺を尻目に、事態は意外な展開を見せた。くやしそうに一声うなったグリフォンへ、ノアが笑顔で「ありがとね」とか言って手を振ったのだ。
 ふん、と鼻を鳴らして、グリフォンはくるりと後ろを向いて去っていく。

「……は?」

 背を向けるグリフォンを指さし、目を丸くして振り返ると、ララ姐が軽く肩をすくめた。
 俺は唖然あぜんとしたが、ルル姐たちは既に見た光景だったのだろうか。やはり平然としていた。
 そんなことが、何度も繰り返された。
 さすがに『竜の棲む山脈』にいる魔獣は、『無限の荒野』の魔獣とはレベルが違う。
 ノアのスピードをもってしても、ただ走って振り切ることは無謀むぼうだろうから、戦うのは理解出来る。しかし、ウロコや爪、牙、羽を取られた……つまり、傷つけられた魔獣がノアを見逃す理由が分からない。普通なら、さらに怒り狂って追撃してくるはずだ。
『竜の棲む山脈』を登るにつれ、現れる魔獣もどんどん強くなっていく。ふもとと同じ種族の魔獣だったとしても、レベルが遥かに違う。
 中腹にもなると、亜竜が増え、飛竜もぼちぼち現れ始める。
 それでもノアは多くの竜種に無視され、襲われたと思えば器用に素材をぎ取っていく。
 殺しも、殺されもしない。
 剥ぎ取った素材は、たまに拾っているらしい鉱石と共に、背中の巨大なリュックに無造作むぞうさに放り込まれる。
 もはやかなりの重さになっているはずなのに、ノアの足取りに乱れはない。休憩きゅうけいすら挟まず、『竜の棲む山脈』の急な斜面を凄まじい速さで登っていく。
 そしてついに、中腹を過ぎる頃、ひとつの洞窟へと辿り着いた。


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