レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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42 / 133
3巻

3-3

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 そんなオイラが再び前を向くと、エスティがセバスチャンさんをまっすぐ見つめていた。

「我は、セバスのことを、すっ、す、好いておるのじゃ。我は、我の認めた者としかつがいたくはない」

 セバスチャンさんが、冷たい目つきをさらに細める。

「ですからそれはノア様でございましょう? 消えゆくこの身を惜しんでくださるのは嬉しゅうございますが、ただ一人のお嬢さまの夫の座を犠牲にしてまで、このような老骨になどこだわる必要はございません」
「どう申せば分かるのじゃ。我はセバスを失いたくはない。われが幼竜の頃より、長老共の認める最強はセバスただ一人。奴らの認める我が伴侶もまた、おぬしを置いて他にない」
「老害どものたわごとなど、お嬢さまがお気になさる必要はございません。確かに、ノア様は彼らに遠く及ばないでしょうが、それは未熟によるもの。あと千年もすれば、今の長老たちにも比肩しましょう」

 必死で理屈をひねり出すエスティに、無表情にその築き上げた山を突き崩していくセバスチャンさん。
 エスティの顔が次第に紅潮していく。まあ、元々理詰めで考えるタイプじゃないしなぁ。

「そんなことはどうでもよいのじゃ! なぜ分からぬ!」
「何をおっしゃっておりますのやら。いつまでも幼竜のように駄々をこねられて。お嬢さまも、そろそろじじ離れなさってください。そもそも私はお嬢さまの祖父。いくら血のつながりがないとはいえ、お嬢さまの伴侶にはなり得ません」

 静かに。
 けれどとりつく島もなく断言しきったセバスチャンさんに、エスティが音もなく号泣する。
 変な言い回しだけれど、そうとしか言いようがなかった。
 エスティの両目から、とめどもなく涙があふれる。
 火竜の涙も、透明とうめいなんだと。場違いに、オイラはそんなことを考えていた。
 エスティの悲嘆、セバスチャンさんからオイラに向けられる怒りと殺気、それに当てられて虫の声ひとつしない静まりかえったススキ野原。
 月明かりに照らされて、それはとても恐ろしく――また、美しい光景だった。

「ノア、ノア。やはり……やはりダメだったようじゃ。こう言われることが分かっておって……こう言われることが怖くて。百年もの間、言い出すことが出来ずにおったが……やはり、のお。セバスにとって、我は大恩あるおばあ様の孫でしかないのじゃ。おぬしに励まされて、セバスがセバスであるうちに、と思うたが……」

 力なくオイラにすがり、嗚咽おえつを漏らし始めたエスティの背後に遠く、セバスチャンさんの影が見える。
 なぜかそれは、とても寂しそうで。
 孤独の闇に揺れていた。

「やはり、お嬢さまは、いざというときにはノア様を頼られる。お嬢さまが心許されるのはノア様だけ。こんな老いさらばえた化石より、どれほどふさわしいことか。ノア様。重ねてお願い申し上げます。お嬢さまを、どうか、どうか……」

 フッ、とオイラに向けられていた負の感情が霧散した。躊躇ためらいがちに、リ、リーンと虫の声が戻ってくる。
 薄く。
 セバスチャンさんの影が、滲んだような気がした。
 存在が。
 周囲の魔素に、溶けてゆく。
 これは。これはこれはこれは。
 全身の毛が逆立つ。これはマズイ。よりによって、なんでエスティが腑抜けてるこのタイミングで。

「エスティ!」

 まだ泣きほうけているエスティの胸ぐらを掴み、オイラは叫んだ。

「セバスチャンさんの名前は!? 考えてたんだろ!? エスティのばあちゃんが名付けたのとは別の、エスティだけの、セバスチャンさんの名前!」
「そ、それはむろん……」

 まだ状況が分かっていないのか、エスティがギクシャクと頷く。いつものエスティなら、こんなに察しが悪くない。精神的に参ってる。

「呼べ! 呼ぶんだ、今!」
「な、なにを」
「早く! 今引き戻さないと、セバスチャンさんが!」

 オイラが指さすほうを見やったエスティが大きく目を見開き……全てを、理解したのだろう。
 絶望に表情が凍り付き、両の頬が引きつる。

「ま、まさか。消えるというのか? セバスが? 今? 我を置いて?」

 家族との別離。どれだけ手を尽くしても、すり抜けてしまうこともある。覚悟を重ねても重ねても、耐えられずに壊れてしまうことも。失ってから、どれだけ後悔しても遅い。
 もう、オイラの中から大分薄れてしまった母ちゃんの笑顔もそうだ。そのうち、完全に忘れてしまう日が来るのかもしれない。
 でも、エスティはまだ、手を伸ばせば間に合う。名付けられ夫になったことで救われた、というセバスチャンさんの体験談に基づくなら……

「早く! 早くしないと、もう永遠に……」

 会えなくなる……
 オイラがそう続けるより早く。エスティの瞳に、炎が宿った。
 それは、戦いにおもむく女王の気炎。

「クラウン……クラウンローダ!! 我が夫よ! 勝手に消えるなど、誰が許した!? 火竜である限り、その身、その魂までもが我のもの。く来て我が前にひざまずけ!」

 エスティの、りんとした声が響いた。
 そこには、躊躇ためらいも何も存在しない。
 あれだけ、セバスチャンさんに振られたらどうしようとか、弱い魔獣に戻ってから口説けばいいじゃないかとか、ぐだぐだ悩み迷っていたのが嘘のように。
 それでこそエスティ。当代最強の火竜女王。見とれるほどに美しい、毅然きぜんとした横顔。オイラが一番好きな、肝を据えたエスティの顔だ。
 次の瞬間、エスティが炎に包まれた。
 そしてエスティからセバスチャンさんに向かって、一直線に炎の帯が伸びる。
 エスティのセバスチャンさんへの想いを表すかのように、しゃくねつの、紅蓮ぐれんの炎。
 霧散しかけていた存在が、一気に収束する。
 一瞬、一抱えほどの光の塊になったものが、次第に形作られていく。
 そのまま、赤い光に包まれて、人型だったセバスチャンさんは、巨大な火竜の姿へと変わった。火竜にしては黒みを帯びたウロコがつややかに光る。
 ほんの少し、若返ってさえいるような?

『お嬢さま……。なんということを』

 巨大な火竜が、首をふりつつ頭をおさえる。痛恨の極み、とでも言いたげなその声は、セバスチャンさんにしてはあり得ないほど、様々な感情に揺れていた。

『こんな老躯を引き留めるために、ただ一度の伴侶の誓いを成されるとは……。もはや、もはややり直しは出来ぬのですぞ。この力を私めに使ってしまったということは、お嬢さまが伴侶にと望まれたノア様は、高々百年もせぬ内に老いさらばえ、お嬢さまを置いて逝かれることになる。王配を亡くされたグレンローダ様の嘆きを――身を損なうような悲哀を、お嬢さまはご覧にならなかったから分からぬのです。まさか私なぞのせいで、お嬢さまに味わわせることになろうとは』

 竜体でも分かるほど辛そうに顔を歪めるセバスチャンさんへ、エスティが鼻息も荒く牙をいた。

「何度言わせる気じゃ! ノアは友だと言っておろう! 死に別れたところで、我の寿命など縮みはせぬわ! 我が好いておるのは、おぬしじゃセバス……いやクラウン! まったく、しおらしくおぬしを口説こうなどと我もどうかしておったわ。我は火竜女王。望みは実力で叶えるが火竜の流儀。我の夫はおぬしじゃ、異論は認めぬ」
『されど、お嬢さま……』

 さらにセバスチャンさんが言いつのろうとした瞬間。

「くどい!」

 エスティの手に、扇子がひらめいた。
 次の瞬間、それは長大なパルチザンへと変わり、それを腰だめにしたエスティが、苦悩に身を丸める老火竜へと躍りかかる。

「えっ!? エスティ!? 何すんの!?」

 ギャギィィィッッと耳障りな音を立てて、身をひねったセバスチャンさんのウロコの上を『金烏ジンウ』の刃が滑る。衝撃に割れたウロコが数枚、ボタボタと落ちた。
 まともに受ければ、おそらくセバスチャンさんのウロコをしても、『金烏ジンウ』に切り裂かれ、貫かれただろう。それを咄嗟とっさに身をひねって受け流したセバスチャンさんもさすがだったが、その隙に死角へと回り込んだエスティが、巨大な火竜の体へと足払いをかけた。
 オイラには逆立ちしたって出来ない技だけれど、人型になったところでエスティのバカ力は竜形体とそんしょくない。
 ごお、と音を立てて、巨大な火竜の体が横倒しになる。
 とっさに跳ね起きようとしたセバスチャンさんの喉元のどもとに、『金烏ジンウ』の刃が突き付けられていた。

「エスティ!」

 横倒しになったセバスチャンさんの肩口に立ち、あごに足をかけたエスティが、セバスチャンさんの首へと『金烏ジンウ』を振り下ろす。
 思わず片目をつぶって顔をしかめたオイラの耳に、ギャリンッと嫌な音が届いた。



 05 エスティの告白③


「ふふ、ふははっ」

 喉元を切り裂かれたセバスチャンさんの赤黒いウロコに、鮮やかな紅い血が流れる。
 首の三分の一ほどを切り裂かれながらも、さすがは火竜というか、セバスチャンさんは取り乱すでもなく意識もはっきりしているようで、かすかに顔をしかめている。
 ぶしゃりと噴き出たしおを片手で押さえ、喉の奥で低くうなって鼻にしわを寄せ、エスティの真意を問うようにその返り血に濡れた姿を見つめていた。

「エ、エスティ? なんで……セバスチャンさんに攻撃なんて」

 フラれ続けて、どうかしちゃったのかと心配するオイラには目もくれずに、エスティはヒラリとセバスチャンさんから飛び降りると、何事もなかったかのように平然と言った。

「何をしておる。とっとと治癒ちゆせんか」
『……』

 セバスチャンさんは体を起こし、治癒の魔法か何かを使ったのか、傷口が淡い水色に輝き、次第に傷がふさがっていく。
 リムダさんが火竜で唯一の治癒魔法の使い手だったはずなんだけど、まあ、セバスチャンさんだしなぁ。どんなあり得ないことをやっても「セバスチャンさんだし」で済む気がする。
 ってか、エスティが何を考えてたのかは分からないけど、人間だったら確実にめいしょうレベルだと思うんだよ、これ。

「我は強くなった。我はもう、じいやが必要な幼竜ではない」

 返り血に濡れた髪を掻き上げ、エスティは威風堂々と老火竜をへいげいした。

「おぬしが言ったのであろう。もはや我に守りは必要ないと。立派な女王になったと。それなのにおぬしは、いつまでもじいに甘えたいからと、公私を混同し、唯一無二の王配への権限をわたくししたのだと、女王たる我をあなどったな。その無礼、万死に値する。ちゅうさつされるのも当然のことと心得よ」

 驚きに目を見張ったセバスチャンさんの視線が、徐々に下を向く。
 キツく噛みしめた牙が丈夫な火竜のウロコを砕き、治癒魔法をかけていたはずの手が力なく垂れた。治りきっていない傷口からは、未だにじくじくと血が流れている。

『早くに母君を亡くされ、後ろ盾を亡くされたお嬢さまを、誰にも侮られぬようお育てしたはずなのに……その私めが、一番、お嬢さまを侮っていた、と……』

 打ちひしがれるセバスチャンさんの元へエスティが歩み寄り、その血濡れた手にそっと触れる。

「のぉ、セバス。我の判断は、それほどまでに信用ならぬかや。我はもう、百やそこらのヒヨッコではない。女王として百年、我が治世はそこまで不安であったかや。女王たる我が判断したのじゃ。今世の火竜女王の王配には、セバス、いや、クラウンこそが相応しい。我の判断に異を唱えるならば、我が納得するだけの根拠を示せ。聞く耳くらいは持ってやろう。我は女王。女王とは寛容であらねばならぬゆえ」
『……』

 祖父だから。先々代女王の夫だったから。年が離れているから。
 おそらくそんな理由では、エスティは納得しない。エスティが納得するとしたらそれは多分、「愛していない」「愛せない」――そんな理由なら、おそらくエスティだって引き下がる。
 でもきっと、セバスチャンさんは言えない。だって多分セバスチャンさんは……。

「何も、言い分はないのかや?」

 自らの慕う竜の血潮にまみれているとは思えないほど、はかなく美しく笑うエスティを、セバスチャンさんの手が抱え上げ、爪で傷つけぬようにそっと胸元まで持ち上げた。
 その胸元を未だじくじくと濡らす血潮に、エスティの白い指先が触れる。

「すまぬの。夫たる身をここまで傷つけるつもりはなかった。おぬしがあまりにかたくなゆえ、つい力が入りすぎてしもうた。痛かったかや?」

 そのまま。
 エスティはセバスチャンさんの傷口に優しく口づけた。

『……!』

 人間でいうなら、鳥肌だろうか?
 セバスチャンさんのウロコが、しっぽまで一気にぞわわっと逆立った。
 それを知ってか知らずか、エスティの舌が、セバスチャンさんの血潮をゆっくりと舐め取る。
 やばい、なんかオイラまで恥ずかしくなってきた。
 ここは場を外したほうがいいのではなかろうか?
 そう思って、オイラが抜き足差し足で消えようとしたとき――

「ふふっ、ふははははっ!」

 エスティの勝ち誇った笑いが辺りに響いた。

「やった、やったぞ! 我の勝ちじゃ、セバス!」

 セバスチャンさんの手のひらに乗りながら、ビシイッと彼の顔を指さすと、エスティは血で赤く染まった唇でにまあっと笑った。
 そのあまりの場違い感に、逃げ出そうとしていたオイラも思わず声をかける。

「エスティ? 勝ちって? どういうこと?」
「おう、ついに我はやったぞ! 夫と告げた相手の細胞を取り込んだのだ!」

 さっきまでのようえんな佇まいは何だったのか。いつもの脳筋ぶりを全開に、オイラを振り返ったエスティがブンブンと手を振ってよこす。そのままセバスチャンさんの手から飛び降り、土煙を上げて走り寄るとオイラにガバァッと抱き着いてきた。
 オイラの手を取ると、くるくると踊りながらオイラを振り回し始める。

「ちょっ、どういうことっ!? 状況説明っ!」

 物凄い勢いで振り回されているし、ここで手を放されたら確実にすっ飛んで大ダメージだ。
 それでも、嬉しそうに顔を赤らめてはしゃいでいるエスティは可愛いと思った。

「女王竜の伴侶は、男でも女でも犬猫でも構わぬっ! 相手の細胞を取り込み、それを核に卵を形成する! つまり! 今、我は! セバスとの卵を身ごもったのじゃ!」

 …………一瞬の思考停止。

『「ええっ!?」』

 セバスチャンさんとオイラとの声がハモった。

「既成事実というやつじゃ! これで。晴れてセバスは、我の夫ということじゃ~♪」

 超~~嬉しそうなエスティは、オイラを抱きながらくるくると踊っている。スピン、ターン、リフト。オイラはダンスをやったことなんてないけど、そもそも足が地上についていないから、ステップを踏む必要もない。エスティが楽しそうなのは良かった。
 でも、あの。
 セバスチャンさん、背後でカコンと口開けて顎落っことしそうになってるんだけど。
 いいのかな、あれ。
 まあ、普通。殺されかけて血を舐められて妊娠されるとは思わないよね。うん。
 セバスチャンさんのあんな顔、初めて見た。

「セバスと我の卵~~♪ 楽しみじゃの~~♪」

 ついには自作の歌を歌いだしたエスティに、まあそのうちセバスチャンさんも観念するだろうと、オイラは気になっていたことを尋ねる。

「そういえば、セバスチャンさんの新しい名前? クラウンローダさん? って、どういう意味なの?」

 オイラの腰を抱いてクルリと回りつつ、エスティが満面の笑顔で答えてくれる。

「クラウンというのはおうかんじゃ♪ そして、語源はコロナ」
「コロナって?」
「コロナというのは、太陽の炎のことじゃ。太陽から産まれたにもかかわらず、太陽よりも遥かに高い温度を持つ。他の火竜より遥かに強いセバスにはピッタリであろ? 本当はコロナと名付けたかったが、ちと可愛すぎる気がしての。そこでクラウン。我とおばあ様と揃えて、クラウンローダじゃ」

 自信満々に答えたエスティの背後から、ようやく口を閉じられたらしいセバスチャンさんのどんよりとした声が響く。

クラウン道化者ですか。確かに私には、似合いの名でございますね……」

 竜形体から人型に変わったセバスチャンさんが、はっ、と自嘲気味に笑う。

「ちょっ、やばいよエスティ! 明らかに違う意味でとってるよ、セバスチャンさん」
「セバスは昔から、気持ちを切り替えるのが不得手でのぉ。まあ、百年もすれば諦めもつくであろ」
「百年て」

 苦笑を浮かべたエスティがオイラの体を放し、オイラを宥めるようにポンポンと頭に手を置く。
 無礼打ちだの誅殺だの脅されてからの、とうの既成事実。
 エスティに見事にはめられて、どんよりと影を背負ったセバスチャンさんに、オイラはつかつかと歩み寄る。

「ねぇ、本当は、オイラが口を出すことじゃないと思って、言うつもりはなかったんだけど。いい加減に認めなよ。セバスチャンさんも、エスティのことが好きでしょう? 主としてとかじゃなく、ちゃんと女の人として」
「「なっ……!」」

 想像もしなかったのか、セバスチャンさんは鼻白み、エスティは口元に手を当てて頬を赤らめた。

「人ごときが、何の根拠があって私の心情を語るのですか」

 憎々しげにオイラをねめつける目。鼻の頭にしわさえ寄せて。
 自分で気付いてないのかな? セバスチャンさん、今まで一度だってそんな顔を見せたことがないのに。

「セバスチャンさん、さっき『ノア様を始末しなければ』って言ったときから、オイラへの殺気が隠せてないよ?」
「隠す必要もございませんから」

 苦笑を浮かべるオイラに、セバスチャンさんがなく返す。

「ねぇ、分かってる? 普通、竜が人間に殺気を向けることはないんだよ。当たり前だよね。竜と人間とじゃ、存在が違い過ぎる。アリ一匹に本気で殺気を向ける人間がいないように、人間に殺気を向ける竜もいない。殺気ってのは、ある程度互角な相手に対して向けるものだからさ」

 オイラの言いたいことが分かったのか、苦虫を噛みつぶしたような顔になるセバスチャンさんと、小首を傾げるエスティ。もうひとつ、あえてオイラに殺気を向けているとエスティに知らせけんせいするため――って可能性も考えていたけど、この様子だとなさそうだ。

「オイラとセバスチャンさんが、戦闘能力で互角なんてことはあり得ない。だったら、何がセバスチャンさんのげきりんに触れたのか? オイラが竜に比肩出来そうなことなんて、エスティとの仲の良さくらいだよね。オイラに向けられた殺気と負の感情。つまりは、『自分がなりたくてもなり得ない女王竜の伴侶にと望まれながら、ありがたがるでもなくむしろ迷惑そうにしている人間』へのねたみと苛立いらだち」
「人間のわっぱごときが、さも全て分かっているかのように」

 ギリギリと歯がみするセバスチャンさんとひょうひょうとしたオイラを、エスティが心配そうに見比べている。

「分かるよ。だってオイラ、すんごい馴染なじみある殺気だったんだもん。いるんだよね、身近に一人。戦闘中でもないのに、オイラに常に妬みと殺気を向けてくる火竜が」

 自覚のないエスティが不思議そうに目をパチクリさせ――セバスチャンさんは一瞬虚をかれたような顔をしてから……物凄く嫌そうな顔になった。

「私めが、愚孫と同じだと」

 やっぱりセバスチャンさんは分かってるか。
 エスティのことが大好きで、好き過ぎて空回りして告白も出来ずに、エスティの気に入っているオイラにやたらと当たってくる火竜。こう考えると、火竜って不器用なのかもしれない。

「鏡見てみなよ。年の功っていうか、セバスチャンさんは自分を隠すのが上手くて今まで全く気付かなかったけど、今はラムダさんとそっくりな顔してるよ。本当はセバスチャンさんも気付いてたんでしょ? エスティが、ずーっと昔からセバスチャンさんのことを好きだったってこと」

 期待で目をキラキラとさせているエスティから、セバスチャンさんはついっと視線を逸らした。

「私の心情など取るに足りません。大切なのは、お嬢さまがお幸せになられることのみ」
「強情だなぁ。それって、もうエスティが好きだって言ってるようなもんなのに。そこまでしてセバスチャンさんが認めないのは、血がつながってなくてもエスティとは近親婚になるから?」

 くっ、と拳を握りしめたセバスチャンさんを見るに、図星なのだろう。
 一方で、エスティは不思議そうな、納得のいかない顔をしている。論より拳派のエスティは、異論があっても上手く説明出来ないのかもしれない。

「ねぇ、セバスチャンさん。確かに、人間の間では、親子とか兄弟、祖父母と孫の婚姻は認められてないよ。教えてくれた手習てならどころまんげつ先生に、なんでかって聞いたら、血が近すぎると、弱い子とか長く生きられない子とかが産まれやすくて、さらに代を重ねると、子ども自体産まれにくくなるからだ、って言ってた」
「おっしゃるとおり。血を残さねばならぬお嬢さまにとって、私めとの婚姻は祝福されない……」
「でもね」

 頭の固い老火竜へ、噛んで含めるかのようにオイラはゆっくりと話しかける。

「それは、人間の論理だ」

 不意を突かれたように、セバスチャンさんのうつむいていた視線がオイラの顔へと持ち上がる。

「神たるエスティに当てはまる理屈じゃない。八百年も人間に紛れて生きていたっていうセバスチャンさんが、人間の論理に染まっているのは理解出来るよ。でも、それは火竜たるエスティには関係のないことだ。オイラ、手習い処で習ったよ。全てを生み出した創造の神は、双子の兄妹神。神に、血の近さは関係ない。祖父と孫も、兄妹も血の近さでいえば同じ。まして、セバスチャンさんとエスティに血のつながりはないんでしょ?」
「あ、あ、あぁぁ……」

 言葉もなくかたを呑んで見守っていたエスティを、セバスチャンさんの震える腕が抱きしめる。エスティの白い顔が朱をはいたように一瞬でであがり、あわあわと口をふにゃふにゃさせる。
 しかし、エスティの首筋に顔をうずめながらも、えつ混じりにセバスチャンさんが話しかけたのはオイラだった。

「ノア様……いえ、ノアどの。私は自我のない、形のないもやもやとした力の塊だったと言いましたでしょう。私は……私は、創造神の最初の子。上手く産まれることの出来なかった、出来損ないの長子なのです。神にも近親婚の禁忌はある――それでも、それでも、私のこの想いは許されるのでしょうか」

 なぜ、これほどまでセバスチャンさんが近親婚をみ嫌っていたのか。その答えがそこにあった。
 自分自身が、近親婚のよどみを一身に引き受けた身だったから。血のつながりがないのを頭で分かってはいても、どうしても一歩が踏み出せなかったのだろう。

「許す。誰が何て言っても、オイラは許すよ。第一、そんなこと言ったら、オイラ含めてこの世界の全てが、創造神の生み出したものじゃないか。たとえ本当に血のつながりがあったとしたって、神様には乗り越えられる方法があるってことでしょ? 気にしない気にしない。大事なのは、セバスチャンさんにとってもオイラにとっても、大好きなエスティが幸せになることでしょ?」

 茹で上がったまま固まり、おそらく話の内容は一切頭に入っていないだろうエスティを横目に、オイラはニッと笑った。

「だってホラ、可愛いじゃない。こんなに。こんなエスティの顔、オイラ見たことないよ。オイラじゃさせられない。セバスチャンさんだからこそだよ」

 オイラの言葉に目を見開いたセバスチャンさんは、ぐしぐしと顔をこすると、腕の中にエスティを隠すようにしてコホンと咳払せきばらいした。

「感謝いたします、ノアどの。そして、巻き込んでしまって申し訳ない。けれど――お嬢さまのこのようなお顔は、今後一切、私め以外に見せるつもりはないので、そのおつもりで」
「うっわ、独占欲。ひどくない? オイラ結構命がけだったんだけど。あーあ、エスティが頭パンクしてるのがもったいないなぁ。今のセバスチャンさんのセリフ、聞こえてないよね」

 エスティへの執着っていうか愛情っていうかみたいなものが、これ以上なく分かりやすいセリフだったのに。残念。


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