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5巻
5-1
しおりを挟むオイラはノア。鍛冶見習いの十四歳。
オイラの父ちゃんは、「神の鍛冶士」とまで言われた凄腕の鍛冶士だったんだけど……母ちゃんが死んで以来、酒浸りのダメダメ親父になってしまった。
そんな父ちゃんにやる気を出してもらうべく、近所にある魔物の領域『無限の荒野』や『竜の棲む山脈』に行っては珍しい鉱石や鍛冶素材を集めていたオイラは、気が付けば英雄王をも超えるレベル596とかになっていた。
火竜女王にヒヒイロカネを預けられた父ちゃんとオイラは、全身全霊を傾けて攻撃補整二万超えの武具、【神話級】のパルチザン『金烏』を打ち上げる。その腕を認められた父ちゃんは、「竜王の鍛冶士」の称号を授けられる託宣を受けた。
それからオイラはエスティに、冒険も鍛冶も出来る「最強の鍛冶見習い」を目指すことを宣言し……それからはまぁ、火竜のリムダさんが弟子入りしてきたり、風竜の獣人であるリリィがうちに住んで鍛冶を手伝ってくれることになったりと、それはもういろいろとあった。
そんなある日、風竜であるリリィの父ちゃん――科戸さんが、風竜の領域で幽閉されているとエスティから聞いたオイラたち。彼を解放してもらうために、風竜の領域に行くことを決める。
しかし風竜の領域があるのは、『風の大砂漠』の上空一万メートルという前人未到の高度。
普通に考えればたどり着けない場所だけど――『妖精の国』を通るとっておきの方法を思いついたオイラは、エスティから風竜女王への紹介状を書いてもらい、さっそく風竜の領域へと出発するのだった。
01 風竜の女王
最初に感じたのは、身を切るような寒さ。
それから眼下に広がる圧倒的な絶景に、オイラは目を見張る。
「凄い、こんな場所があるなんて……これが風竜の領域……」
海も何もない、雲すらない紺碧の空のただ中に、巨大な島が浮いていた。
空中だというのに緑に溢れ、島々から流れ落ちた川の水が、幾筋もの帯となって遥か下へと消えていく。細長い五角形のような大きな結晶体があちこちに浮かび、日の光を浴びて澄んだきらめきを放っていた。島の中央には、白亜の城まで見える。
オイラとリリィは今、『妖精の国』を抜けて風竜の領域の上空を落下していた。
「あのキラキラしているのが、全部ツムジ石。風竜の領域を空に浮かべている基礎でもある」
「ツムジ石!?」
リリィの淡々とした解説に、思わず勢い込んで聞いたオイラは、盛大にむせた。
「ぐっ、ごほっ、ゴホッゴホッ」
「ここは、地上一万メートル。大気圏ギリギリ。地上よりかなり空気が薄い。だから、常に風をまとう風竜しかたどり着けない領域」
リリィがオイラの首にはめた魔道具のスイッチを入れた。ふわっ、と空気の質感が変わり、黒モフが毛を逆立てた。首輪の魔道具は、予め婆ちゃんたちに持たされたものだ。
「すーっ、はーっ」
ようやく息が出来るようになり、深呼吸を繰り返すと、空気が体の隅々へと行き渡っていく。
「もし風竜ともめても、首輪を壊されないよう注意」
……それって、首輪を壊されたら窒息するってことだよね?
でも、まあ、ここまで来たら後戻りは出来ない。腹をくくってやるだけだ。それにツムジ石は鍛冶屋の悲願、しっぽを丸めて逃げ出せるわけがない。
「とりあえず、あそこの森に降りよう」
リリィの風で角度を調整してもらい、巨大な城の横手にある森へと落下する。その途中で『妖精の粉』を半分ほど自分に振りかけた。この『妖精の粉』は『妖精の森』のポポちゃんにもらったもので、ほんのちょっとだけ人間も浮くことが出来る。
どんどんと速度を増して落下していた体が、柔らかく減速していき――不意に効力が切れて、オイラはバランスを崩し『どすん』と尻餅をついた。
「いたたたた……」
落ちたのが柔らかな落ち葉が積もった森の中で助かった。
そう思いながらお尻をさすっていると、不意に背後から、コロコロと鈴を鳴らすような笑い声が響いた。
「くふっ、くふふふふ」
「え、リリィ……に、そっくりな、女の子?」
リリィは確かにオイラの隣に立っているのに、まるで鏡写しのようにそっくりな女の子が、面白そうに扇子で声を抑えて笑っていた。
違いは服装と、ほんの少しリリィより身長が大きいところ、楽しそうに細めた目が赤ではなく翡翠色なところ、背中の羽が天使のような翼なところ――
「くふふっ、まさかの風竜の領域に尻からどすんっと降ってきて、葉っぱまみれ泥まみれ、敵地でとんだ間抜け面……愉快なわっぱでおじゃるの」
「えっ?」
敵地という言葉に思わず聞き返そうとすると、女の子はオイラの腕をむんずと掴んだ。
そしてそのままキャラキャラと笑いながら森の中を走り抜けていく。
「ノア、待って!?」
リリィの声が後ろから追いかけてきたけれど、思いがけない力の強さとスピードに、オイラは呆気にとられたまま引きずられ――いや、お尻も足も地面に付くことなくふんわりと浮いていて……何コレ?
「青嵐、青嵐っ! 妾、このわっぱが欲しいでおじゃる! 飼っても良いでおじゃろう?」
女の子は森を抜け、白い石畳の小道を突っ走り、お城へと続く階段を駆け上がり、その正面に見えた白いモフモフした壁に勢いそのままムギュリと抱きついた。
もちろん抱きつけなかったオイラは跳ね返り、石畳に再び尻餅をつき、さらにゴロゴロと転がった。
『まったくそなたは……客人が来ておるというのに、相変わらず落ち着きのない』
白い壁が、ふぁさりと動いた。
よく見れば、それは純白の羽毛。
その巨大な羽根の中を、女の子は恐れるでもなく次々と羽毛を掴みよじ登っていく。
「こんな面白いナマモノは滅多におらぬでおじゃる。なにせ、このわっぱはここ『風竜の領域』に、何もない空から降ってきたでおじゃる」
『何だと!?』
女の子と会話する声は、どこから聞こえるのか……?
キョロキョロと見回したオイラは、五歩ほど下がった場所で、リリィが顔を強ばらせて何かを見上げているのに気付いた。
オイラもリリィの隣に立ち、同じ目線で見上げてみると……
「っ!」
モフモフした壁だと思った物は、広場の端から端までびっちりと並んだ羽毛の竜たちの胸板(?)だった。
火竜よりは少し小柄で細身、まるで白鳥をそのまま竜にしたような優美なフォルムで、火竜を攻撃力重視の騎士体型とするなら、スピード重視の狩人か盗賊体型といったところだろうか。
ここにいるってことは、この羽毛の竜が風竜……?
『人間の子どもが、何故このような場所に?』
女の子が肩までよじ登った、僅かに緑を帯びたひときわ大きな白竜がそう言いつつ、首を伸ばしてオイラを見つめる。その首を滑るように降りてきた女の子が、竜の翡翠色をした右目の前に、一枚の紙をペラリと見せた。
「どうやらこのわっぱが、エスティの言っておった新たな弟子のようでおじゃるな」
「あーっ、それ、オイラが懐に入れてたエスティからの紹介状!」
いつの間に盗られていたのか、懐をガサゴソしてみてもそこにあったはずの紹介状はやっぱり影も形もなくなっていた。
女の子を頭に乗せた巨大な風竜は、はふーっ、と大きなため息をついた。
『なるほど。そなたが火竜女王の新たなお気に入りか』
今、絶対、可哀相なものを見る目で見られた! 『オモチャ』って副音声が聞こえた気がする!
「オイラとエスティは友達だよ。初めまして、オイラはノア。あっちはリリィ。それで、貴方たちはだれ?」
オイラの自己紹介に、竜たちは顔を見合わせるとフハッと笑った。
『この姿で会って、人間に自己紹介されたのも初めてなら、武器を向けられぬのも初めてだな。良かろう、その肝の太さに免じて名乗ろうではないか。私は青嵐、当代の風竜王を拝命している。そして私に乗っているのが、当代風竜女王、春嵐だ』
「風竜女王!? その子が!?」
雄々しい風竜王の頭にまたがり、どこからともなく取り出した紙吹雪をまき散らかしている八歳くらいの女の子に驚愕の視線を向けると、女の子――春嵐さんはバッと仁王立ちになり、扇子を広げた。
「いかにも、妾が風竜女王、春嵐でおじゃる」
扇子には『我、偉い』と黒字で大きく書かれていた。
「エスティローダを通し、妾に用があるなら風竜の領域まで来てみよ、と言づてしたのは確かに妾でおじゃるが、そなた、どうやってここにたどり着いたでおじゃるか? 妾には何もない空中からいきなり現われたように見えたでおじゃるが」
可愛らしく首を傾げた春嵐さんに、風竜たちがザワザワする。
確かにここは竜以外はたどり着けない。だからこその、絶対的に安全な領域だったのだろうから。オイラの返答いかんによっては、その前提条件が崩れる。
「『妖精の国』を通って来たんだよ。『妖精の国』はこの世界と表裏一体につながってて、なのに全部が十分の一に縮尺されてる――つまり、『妖精の国』の上空千メートルで世界の壁を抜けて、こっちの世界での上空一万メートルに出たってこと」
何でもないように言ったけれど、『妖精の国』で上空千メートルに上がるのもかなり大変だった。
テリテおばさんの怪力と、ルル婆ララ婆の重力魔法、リリィの風魔法、ミミィの魔道具、それと落下の衝撃を和らげてくれる『妖精の粉』ありきの作戦だった。オイラ一人でもう一回やれと言われてもまず無理だ。
さらにラウルの知り合いで『妖精の国』の生き字引、妖精犬のモップに風竜の領域に相当する詳細な場所を割り出してもらったり、そこに住んでいるレプラコーン族の許可をもらったり……
うん、大変だった!
「くふっ、くふふ、やはり面白いわっぱでおじゃ! さすがの妾の風も、『妖精の国』までは見通せぬ」
春嵐さんが広げた扇子は、『見事なり』と文字が変わっている。
「して、そこまでして妾を訪ね参った用件は何ぞ?」
すぅっと目を細めた春嵐さんへ、オイラは全力で頭を下げた。
「リリィの父ちゃん、科戸さんをください」
しばしの沈黙の後、ぷぷぅっ、と春嵐さんが噴き出す声が聞こえた。
「わっぱ、わっぱ。それは普通、嫁取りのときに人間が使う言葉でおじゃる。科戸を嫁に欲しいとは、面白いわっぱじゃのぉ」
「オイラの嫁!? じゃなくて、ララ婆の嫁……いや婿? オイラは代理っていうか」
コロコロと笑っていた春嵐さんの声がピタリと止み、氷点下の風となって吹き降りてきた。
「ほぉ? そのララとやらは安全圏に身を置き、まだ幼いそなたを矢面に立たせようというでおじゃるか」
「えっ!? ララ婆は自分が来るって言ったけど――『妖精の森』を通らずに『妖精の国』からこっちに抜けるのはオイラしか出来ないし、なにより風竜の領域には全鍛冶士の夢、ツムジ石があるんだよ!? 来られるチャンスをみすみす人に譲る鍛冶士はいないよ!」
春嵐さんは一瞬固まってから、ぷぷぅっ、と再び噴き出した。
「聞きしに勝る鍛冶馬鹿よの。この高度は人の身には毒も同じ。鍛冶と命とを天秤にかけ、鍛冶をとるとはまた一興。科戸はツムジ石のついでかえ」
春嵐さんは風竜王の頭の上でピョンピョンと跳ね回りながら、扇子で紙吹雪を煽ぎ舞い散らかしてくる。その扇子には、『一周回ってアッパレなり』と書かれていた。
「聞きしに勝る……?」
オイラが違和感に眉を寄せたとき、浮かれた様子だった春嵐さんがピタリと止まり、扇子で口元を隠したまま冷えた目でオイラたちを睥睨した。
「科戸は咎人じゃ。風竜にとって命とも言える風を取り上げ、岩戸に幽閉しておじゃる。そしてその処遇は、科戸自身が言い出したことでおじゃ。妻子を百年見逃す代わりに、岩戸の刑に服すと。いくら面白いわっぱの頼みでおじゃろうと、タダで渡してやるほど安くはないえ」
さっきまでの軽い言動からは想像も付かない重い威圧に、踏ん張った足がグッと地面にめり込む。
リリィの震える指先が、ギュッとオイラの服の裾を握った。思えば、リリィは自分にそっくりな風竜を見たからソイ王国から逃げ出したと言っていた。それはきっと、この春嵐さんだったのだろう。それでも今、リリィは逃げも隠れもせず、オイラと同じように足を踏ん張って歯を噛みしめ、まっすぐ女王を見上げていた。
「それなら、どうすればリリィの父ちゃんをオイラたちに渡してくれますか」
ギリッ、と奥歯を噛みしめてから気合いを入れて口を開いた。
ククッ、と笑った春嵐さんから、フッと圧が消えた。
「この威圧に耐えるかえ。女王竜に怯えてしっぽを丸めて逃げ帰ったところで誰も責めはせぬものを。その意気に免じて、チャンスをやろう。この風竜の領域には、一つの伝説がおじゃる。誰もにやめろと言われ続けた、不可能を可能とした男の伝説が」
『春嵐、まさか』
風竜王が僅かに焦ったように何か言いかけたとき、オイラの鼻先をよく知るニオイがかすめた。
ゴオッ、と灼熱の豪風が吹き過ぎる。
まるで様々な炎を集めて作ったようなドレス、深紅の髪、皮膜の羽、ウロコに覆われた尾、ガーネットの瞳。小脇に抱えた真珠色の卵。迫力のあり過ぎる豪奢な美女。
言わずと知れた火竜女王エスティローダが、ニィッと笑って立っていた。
「やっぱりエスティか。春嵐さんにオイラのこと教えたの。絶対まともなこと言ってないでしょ」
「何のことかの? 我は春嵐に招かれ、ついでに初めての卵を見せに来ただけのことよ。そんなことより遅かったではないかノア。気分ではないの何のと理由を付け、開催を引き延ばすのもそろそろ限界であったわ」
「はぁ? 何の話? エスティと待ち合わせの約束とかした覚えないよ」
そもそも待ち合わせるにしたって、地上一万メートルに現地集合って。無茶振り過ぎる。
体全体を傾けて『ハテナ』を表わすオイラの横を、銀髪の美丈夫が通り過ぎた。顎の下で切りそろえたストレートの髪、残りを後ろに流して一つにくくり、背中には僅かに緑がかった白い翼――その肩の上には、春嵐さんを乗せたまま。
「やはりわざとか貴様。腹が痛いだの吐きそうだの、火竜の女王ともあろう者が仮病とは情けない。こちらの予定を散々に引っかき回しおって」
多分人型に変化した風竜王は、不愉快さを隠しもせずにエスティへ詰め寄った。
「仮にも他種の女王へ向かって貴様とは穏やかではないのぉ、青嵐。それが師匠に向ける言葉かえ。そもそもここ数十年の武闘会はぬる過ぎるのじゃ。おぬし一強の出来レースではないか。退屈で見ておられぬわ」
「退屈ならば、わざわざ毎年毎年足を運んでもらわなくとも構わぬが」
「なんと、他種の闘いを見られる機会などそうはないのじゃぞ。我の年に一度の楽しみを奪おうと言うのかえ」
バチバチと火花を交わしそうな二人の言い合いを呆気にとられて見ていると、春嵐さんがすっくと風竜王の肩の上に立ち上がった。
バサッと広げた扇子には、『喧嘩するほど仲が良い』と書いてあるけど、本当だろうか。
「その昔、妾の王配を決めようというとき、妾と青嵐は想い合っておったが、長老どもの大多数は青嵐を王配とすることに反対したでおじゃる。なぜなら、こう見えて青嵐は妾より五十も年下での、当時はまだ成竜にすらなっておらなんだ。その折、たまたま風竜の領域を訪れたエスティが長老どもを説得してくれたでおじゃる。竜ならば、望みは実力で示せばよい、と」
「……え?」
思わず目を点にしてエスティと風竜王を見比べてしまった。
それって、まだ子どもだった風竜王に、春嵐さんが好きなら大人の竜たちに勝ってみせろって言ってる、よね? 鬼ですか?
「あれが『万竜武闘会』の始まりじゃったのぉ。いやさ、今思い出しても、血湧き肉躍る良い闘いであったわ」
「思い出したくもないこの世の地獄だった」
カンラカンラと愉快そうに嗤うエスティと、顔を歪めて吐き捨てる風竜王との落差が酷い。
「当時から最強と名高かったエスティに弟子入りした青嵐は厳しい修業の末、見事全風竜に勝ち抜き妾の王配の座を手にしたでおじゃる。以降、『万竜武闘会』は年に一度開催され、その勝者の願いは無条件で叶えられるのが慣例となった――ここまで言えば、エスティがここでそちを待ちわびていた理由が分かるかえ?」
楽しそうに扇子でパタパタと風を送ってくる春嵐さんに、オイラは絶句し、自分を指差して口をパクパクと開け閉めした。
え、なに、完全に人ごととして聞いてたのに、風竜王をして地獄と言わしめたことに、まさかオイラ参加しなきゃなわけ?
「喜びのあまり言葉も出ぬかノア!? ごく簡単な話じゃろう。望みがあるならば、実力で示すのが竜種の流儀。望みが困難なものであればあるほど、より実力を示さねばならぬ。既に武闘会にはエントリーしておいたからのぉ、安心するが良いぞ。楽しみじゃのぉ! 我の弟子が『万竜武闘会』に出場するのは実に百五十年ぶり、血が滾るのぉ!」
「そっ、そんなに闘いが好きなら、オイラじゃなくて自分が参加すれば良いじゃないか! オイラは、ここに、話し合いに来たの!」
思わずエスティの襟首に取り付きガクガクと揺すると、ペリッと引き剥がされ、逆に襟首を持って猫のようにぶら下げられた。
「一般の竜の闘いに我が出場して何が面白い。春嵐クラスが応じてくれるならともかく、一方的に蹂躙して終いではないか。闘いとは、実力が伯仲するからこそ面白いのよ。いや、譲れない願いのために格上へ立ち向かってゆくドラマチックさというのも捨てがたい。伸びしろのある若者が、命がけで勝利し大物食いをして急成長する物語もまたオイシイのぉ。風竜とおぬしは共にスピード特化、良い勝負となるじゃろう」
「そんなのエスティが楽しいだけじゃないかーっ」
せめてエスティに蹴りの一つも入れられないものかとジタバタ暴れていると、それまで仏頂面で黙っていた風竜王がジャリッ、と一歩踏み出した。よく見ると、その顔には青筋が浮かんでいる。
「……我が風竜一万と、その人間の子どもが実力伯仲? 良い勝負だと?」
そっかぁ、風竜って一万もいるんだぁ。
って、オーバーキルにもほどがある。風竜一頭となら戦って勝てなくはないだろうけど、どんなデスマーチ。生きて帰れる気がしない。
「なんじゃ青嵐、自信がないのかえ? 風竜も近年はそうそう火竜に負けはせぬと、この間叩いておった大口はホラであったか。おぬしの鍛えた風竜の部下が、我の鍛えた人の子にボロ負けしようものなら、今までと同じ生意気なクチは叩けぬであろうのぉ」
……煽ってる煽ってる。
そういえばエスティ、風竜女王の春嵐さんとは友達だけど、風竜王の鼻っ面は叩き折りたいって前に言ってた気がする。
願わくば、そこにオイラを巻き込まないで欲しいんだけど……。
ぶら下げられたまま眉尻を下げていたオイラは、そのときに至ってようやく、いつもと同じように無表情で立っているリリィの顔が、いつもより白いのに気付いた。
ただでさえ色白だからよく見ないと分からないけれど、完全に血の気が引いて、赤い瞳が小刻みに揺れている。
ハッと目を見張った次の瞬間、オイラの耳に飛び込んできたのは、到底容認出来ない風竜王の言葉で。
「受けて立とうではないか。『万竜武闘会』においてその小僧が優勝したならば科戸はくれてやる。ただし、棄権するか一度でも負けたならば、その小娘の首は刎ねさせてもらう」
「――は?」
プチン、と何かが切れた。
地の底から響くような低い声に、風竜王が一瞬眉を寄せる。オイラの喉から出たものだと認識出来なかったのかもしれない。
「そもそもその小娘は愚弟の罪そのもの。風竜女王から授かった竜の力を横領したという生きた証。その小娘が死ねば、小娘の竜の力は科戸に戻り、その上で科戸を処刑すれば科戸の力は全て春嵐へ戻る。最も手っ取り早い解決策だ」
「――へぇ」
オイラの目が完全に据わっているのに気付いたのだろう、エスティは無言で地面へ降ろしてくれた。
「五十年前、科戸は春嵐と取引をした。風竜としての力を放棄し岩牢に封じられる代わり、娘が成竜となるまでの九十年間、妻と娘を見逃して欲しいと。科戸を解放して欲しいと言うならば、その取引はなかったこととなる。どうする小僧? その細腕に抱えきるほどのツムジ石くらいならば、持ち帰るのも黙認してやろう。武闘会を棄権しその小娘を置いて立ち去るのが賢い生き方というものだ」
ツムジ石をやる? だからリリィを売れ?
オイラは両腕を組むと風竜王を睨み上げた。この人は根本的に鍛冶魂ってものを分かっていない。
「オイラの鍛冶は、もうリリィなしには考えられない。ツムジ石の代わりはあってもリリィの代わりはいないんだよ。その勝負、真っ向から受けて立ってやる!」
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