レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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5巻

5-2

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 02 万竜武闘会


 戦いの舞台は、広大な風竜の城の裏手にある、さらに広大なコロシアムだった。風竜の白い羽毛と翼が、すり鉢状の観覧席に無数に連なっている。遠くから見る分には、まるで白鳥の群れが羽を休めているかのようでとても美しい光景だ。……これからこの全員と戦わなきゃとかじゃなかったら、もっと素直に綺麗きれいだと思えたんだろうけど。

「万竜武闘会は、二千五百頭ずつの四ブロックに分けたバトルロワイヤル形式の予選を行い、最終的にはそれを勝ち抜いた上位二十名による本戦となる。棄権は自由――第三予選までは既に消化されている故、そなたには第四予選会に参加してもらい、上位五名に残ることが最低条件となる」
「うん。っていうか、ここの敷石も全部ツムジ石だー……!」

 コロシアムの真ん中で、しゃがみ込んで敷石をでくりまわすオイラを、風竜王が理解に苦しむ、という目で見ている。
 戦いの最中に、うっかり敷石を破壊しちゃったりしたら……きっと新しい敷石に変えなきゃだろうし、壊れたのはオイラが持って帰ってもいいよね、うん。敷石を壊すには、オイラのパワーじゃ無理があるし、たとえやれたとしても、いくらも壊せず剣が砕け散る公算が高い。
 となると……自分で出来ないなら、他の人にやってもらえばいいんじゃない?

「火竜女王の愛弟子まなでしであるそなたには容易たやす過ぎる条件であろうし、誰かのせいでかなり予定が押していることから、第四予選会と本戦は続けて行うこととする。そなたらはチームでひとつの出場枠とし、誰かが死のうとも、一人でも最後まで生き残っていれば科戸は引き渡す。ハンデとして私は参加しない。せいぜい協力して風竜へ挑みたまえ」
「いやなんか譲歩してるふりして、かなりえげつないこと言ってない? それ、科戸さん渡した後手出ししないとか一切言ってないし」
「私の言葉に何か問題でもあったかエスティローダ?」

 上機嫌な春嵐さんを肩に乗せながらも、ニコリともしない風竜王がオイラの言葉を無視してエスティを見据える。
 いや、戦うのオイラなんだけど。

「もちろんその条件で構わぬぞ。のぅ、ノア。おぬしの闘いに期待しておる」

 だから戦うのエスティじゃなくてオイラなんだけど。親指立てて「グッドラック」じゃないよ。
 文句を言う前に、春嵐さんを肩車したままの風竜王とエスティがふわりと舞い上がった。そのまま貴賓席きひんせきと思われる場所に舞い降り――それを目で追っていたリリィの羽が、ビクッと揺れた。

「どうしたのリリィ?」
「……父、さん」

 揺れる視線の先、春嵐さんが風竜王の肩から飛び降り、石で出来た優美な鳥籠とりかごにひょいと腰掛けた。……って鳥籠? その中に見えるのは、一抱えほどの白い鳥……

「あれ、もしかして」

 暴れ、籠に体当たりを繰り返す白い鳥に、春嵐さんが楽しそうに何やら話しかけている。遠くて声は聞こえないけれど、今、春嵐さんの口が『しなと』という形に動きはしなかったか。

「魔力は感じない。姿も違う。声も聞こえない。でも、たぶん」

 口元を両手で押さえたリリィのあかい目がうるんでくる。

「落ち着いて、リリィ。深呼吸して。科戸さんかもしれない、違うかもしれない。でも一つだけ確かなのは、オイラはリリィが協力してくれなきゃ生き残れない。風竜一万にオイラ一人とか、オーバーキルもいいとこだけど……勝算があるとしたら、オイラにはリリィがいて、リリィの力を風竜たちは知らないことだけだから」

 リリィはパチパチとしばたたいて涙を散らし、オイラの顔を見上げた。

「ノアに、リリは必要?」
「もちろん。オイラが全力で風竜と渡り合うには、リリィの力が必要。オイラが全力で鍛冶をするのにも、リリィの力が必要。リリィのことは絶対にオイラが守るよ。だから、リリィの力をオイラに貸して」

 ギュッと両手でリリィの両手を握り懇願こんがんするものの、リリィの白い眉が不安そうに寄った。

「無理しないでノア。リリを守ろうと無理したら、ノアが危ない」

 魔法を使っている間、リリィは他の魔法を使えない。完全に無防備になる。周り中を敵に囲まれた状態でのこのお願いは、リリィの命をオイラに預けてくれと言っているようなものだ。
 それなのにリリィは自分よりもオイラの身を心配してくれている。

「死なないでノア。リリの事情に付き合って、ノアが死ぬことはない。自分を一番に考えて。風竜王のルールだと、リリが死んでもノアが勝てば生きて帰れる。ノアはリリが何をしても守るから」

 さすがにちょっと感動を通り越してムッとした。
 分かっているようで全く分かってないリリィの言葉に、オイラはリリィの両のほっぺたをつまみ、ぐにっと左右に引っ張った。

「オイラにはリリィが必要だって言ったでしょ? オイラはオイラの都合でここにいるの。リリィが気に病むことは何もないの。一緒に、生きて、科戸さんを連れて帰ろう。ついでにツムジ石もいっぱいゲットしてお土産みやげにしよう。リリィがオイラをかばって大けがなんかしちゃったら、うろたえちゃってオイラまともに戦えないよ。オイラのためにもリリィこそ自分を大事にして」
「でも」

 目をそらして少し赤くなったほおを撫でるリリィを、オイラはギュッと抱きしめた。

「っ!?」

 腕の中で目を見開いて固まったリリィの背中を、オイラはポンポンと叩く。

「リリィはオイラが守るよ。だから、リリィはオイラを守って」

 リリィの白い頬が、かすかにピンク色に染まる。
 大きくゆっくりと目をしばたたかせるリリィに、ささやくようにオイラは告げた。

「オイラには、リリィが必要なんだ。鍛冶にも、戦うのにも。リリィは実際に風竜と渡り合わなくても、オイラを守れる。そうでしょ? ねぇリリィ、さっそくだけどあの剣出してくれる? リリィがいたから打てた――ファルクス」

 リリィは小さく息をうなずくと、空間収納から一本の剣を取り出した。
 ほのかにむらさきを帯びた赤い刀身、柄まで一体成形の緩やかに湾曲わんきょくした逆刃刀さかばとうだ。
 リリィが手伝ってくれるようになったから打てた、マグマ石、マグマ石、隕鉄いんてつ、チタンの四種の中の特殊二重合金。120センチという長さの割に重さと攻撃力があり、重さを利用して普通に叩き斬ることも出来るが、その特有の形状から、相手の力と動きを利用して引き斬ることに特化している。そして何より――


 ファルクス【特異級】
〔攻撃補整〕 6000
〔速さ補整〕 9200
〔防御補整〕 2300
〔耐久力〕  800
〔特殊効果〕 体力吸収(50%)


 ヴァンパイアの牙が、最も希少な鍛冶素材とされる理由は、『生きているヴァンパイアの口に手を突っ込んで牙を折り取らないといけないから』だと言われている。その危険を冒してでも欲しいと思わせる理由は、この特殊効果だ。
 普通のヴァンパイアの牙の特殊効果は、体力吸収2%とからしいけれど、オイラの倉庫に大量にあるのは、とある一件で友人になった本物オリジナルのヴァンパイア――真祖しんその牙だ。
 この効果は、文字通り相手に与えたダメージの半分を自分の体力として吸収出来る。
 相手は人間より何倍も体力がある竜だ、攻撃が通りさえすれば、オイラの体力が尽きる心配はない。何日だって戦い続けられる。相手の力を利用して戦うことに特化しまくった剣だ。
 リリィはオイラが指定した剣を見て色々と察したのか、羽を縮こませると、いそいそとオイラが背負ったリュックの中に納まり、顔だけ出してひもをキュッと締めた。
 オイラたちが立つ白い敷石の上へ次々と風竜が舞い降り始めた。その中でも一番近くにやって来た、羽先の黒い風竜が生真面目きまじめにオイラたちへ目礼した。

『わっぱ、自分は風竜王直属の騎士で黒南風くろはえという。幼い子ども相手に気の毒ではあるが、王命ゆえ手加減は出来ぬ。どうか死んでくれるなよ』

 おそらくこのブロックでの優勝候補――高位竜だ。最初に春嵐さんに引っ張られて風竜の壁へ激突したとき、風竜王のすぐ隣にいた竜だと思う。
 さらに黒南風さんの隣に舞い降りた竜が、竜の顔でもはっきり分かるほどいたたまれない顔をした。

『このわっぱが例の……火竜女王のお気に入りか。人の身であの女王に気に入られるとは……何と言ってよいか分からぬが……うん、まあ、隕石いんせきにでも当たったと思って諦めるしかないな。天文学的な不運だ。俺は黒南風の双子の兄で、白南風しらはえという』

 ちょっと風竜の間でのエスティの評価が気になる。なにその天災扱い。エスティってば竜の間でどんな立ち位置なわけ?

「風竜って火竜より速いんだよね? どれくらいついていけるか分かんないけど、精一杯頑張るよ」

 あえてニィっと笑って見せたオイラに、黒南風・白南風の二頭は目を点にしてから、プハッと噴き出した。

『頑張ってどうにかなるものなら、竜種は今頃人に駆逐くちくされておるだろうよ』
『風竜は速さをたっとぶ。人の子に負けるようでは……風竜とは名乗れぬな』

 心配しつつもオイラをあなどってくれる竜たちににっこりと笑いつつ、オイラは手にした剣を何度か軽く振って馴染なじませる。手のひらに根が張るような、独特の感覚がした。

「あー、テステス」

 風に乗せて春嵐さんの声が広がり、風竜たちの白い姿が一斉に貴賓席のほうを向いた。

「それではこれより、万竜武闘会を開催するでおじゃ。優勝者の願いは、この春嵐が女王の名に懸けて叶えよう。――……はじめっ」

 春嵐さんが扇子を振り下ろすと同時に、背中のリュックからピューーィとリリィの口笛が響く。
 ふわり、と飛び上がり空中で一回転したオイラの下を、黒南風さんのしっぽがうなりを上げて通過した。宣言通り、手加減抜きでオイラをやっつける気満々のようだ。

「ありがと、リリィ。すっごく体が軽い」

 リリィの『力』とは、空気抵抗をなくす魔法のことだ。
 以前のエスティとの闘いのとき、風魔法で加速してもらったけれど、直進しか出来ずに使い勝手が悪かった。そこを改良しようと二人で色々と試し、最終的には風竜が生まれつき身にまとっている『風ごろも』というのを魔法で再現してくれた。
 かなり難度が高いらしくて、この術を使っているときリリィはこの術だけにかかりきりになる。ここ風竜の領域にルル婆の反重力魔法でくるときにも使ってくれていた。
 空気が邪魔しないだけで、こんなにも動きやすいとは思いもしなかった。空気って実はかなり重かったんだな。

『あれを避けるとは、火竜女王のお気に入りは伊達だてではないな』

 しっぽを振りぬいた黒南風さんの後ろから、ぶわっと白南風さんが飛び上がる。
 広げた翼から放たれるかまいたちは、様子見なのかエスティほどの数はない。半年前はかなり集中しないと避けられなかったかまいたちも、今はそれなりに余裕をもって避けられるようになった。
 側転バク転宙返り。においの変化と勘、それに何より慣れ。くるくると避けて回るオイラが面白かったのか、白南風さんが楽しそうに笑い声を上げる。

『見事見事。人の身でよくかわした。だが避けているだけでは永遠に勝てんぞ?』

 それと同時に、黒南風さんの口がカッと開く。
 あれって……ブレスだよね、そうだよね、竜だもんね! 背中のリリィの口笛のメロディも微妙に揺れる。つまりヤバイってことだよね!?
 風竜のブレスがどんなものなのかは知らないけれど、当たったらアウトだっていうのは間違いない。幸い、竜のブレスにはほんの少しのめがある。慌ててオイラは近くにあった白南風さんのしっぽを駆け上がった。

『おっ、おい、なんだ!?』

 うろたえる白南風さんの頭を蹴って、空中で高みの見物を決め込んでいた風竜の一頭へと飛び移る。

『うわっ、黒南風さんちょっと待っ……』
『こっち来るなっ、黒南風さんのブレスに巻き込まれるっ』
『あれは風竜でも洒落しゃれにならんっ』
『ふぐっ』
『ノミみたいな奴だ!』

 オイラは次々と空中で風竜へと飛び移り、体を駆け上がりしっぽを駆け下り、常に移動しながらも風竜のしっぽをじっくりばっちり観察する。
 エスティいわく『万竜武闘会』は慣れ合いの恒例行事イベントと化していたらしいし、いきなり飛び入りの人間と戦えとか言われた風竜たちはどこか真剣味が足りなかった。おかげでオイラを捕まえようとしては仲間の背中に飛びかかったり激突したりと、右往左往うおうさおうしていて簡単に飛び移れる。火竜みたいに炎をまとったりもしてないし。

「すっごいフカフカだね、こんなときじゃなかったら羽にもぐって寝たいくらい」

 基本は白だけれど、僅かに黄色や緑を帯びた風竜の羽毛は踏み心地満点だ。この羽毛を詰めた布団なら、真冬の野宿でも安眠出来そう。余裕があったら、風竜の羽毛布団を作ってみるのもいいかもしれない。
 なにせ、これから大量に手に入るわけだし……?

「黒南風さん、こっちこっち! こっちだよー!」

 ぴょんと地面に降り、ブンブンと両手両足を振ってアピールするオイラの姿が見えたんだろう。オイラが風竜の群れへ紛れたせいでブレスの焦点が定められずにいた黒南風さんの鼻にシワが寄った。

『わっぱ、風竜をめるのもいい加減に……!』

 黒南風さんがそう言って吐いたブレスが、敷石を割りつつオイラへ向かってくる。それをジグザグに走って避けながら、ブレスから逃げ遅れた一頭の風竜のしっぽに追いすがり、その背を駆け上がる。さっきまでのお遊びじゃない、オイラの本気中の本気、全力疾走ぜんりょくしっそうだ。

『なっ!?』

 そのまま風竜の頭を蹴って、すぐ上を飛んでいた緑がかった風竜へとファルクスを向ける。武器を避けようとした風竜のはやさを利用し、しっぽの付け根にファルクスの逆刃を引っかけ――さらに渾身こんしんの力と体重をかけて引き斬った。

『なん……だと!?』

 呆気に取られた黒南風さんの前に、大きく飛んだ風竜のしっぽがずしんと落ちた。
 初見の風竜、しっぽのちぎれやすいポイントを見極めるのにちょっと時間がかかったけど、一回認識出来れば、オイラにとっては作業だ。
 驚きに風竜たちが固まった隙に、まとめて三十頭ほどのしっぽを切り飛ばしたオイラは、黒南風さんの後ろにトンっと着地するとにんまりと笑った。

「風竜って、火竜より速いけど、火竜より柔らかいんだね。火竜は全身鍛冶素材に使えるけど……風竜の羽毛って、鍛冶素材になるのかなぁ?」

 ギギィとぎこちなく振り返った黒南風さんの頬が、大きく引きつった。
 その黒南風さんの黄色い目の中に、ファルクスの赤い刀身を舐めるオイラが黒い笑顔で映っていた。



 03 風竜王


「なんなんだあの小僧はっ!?」

 私――青嵐の眼下では、信じられない光景が繰り返されていた。
 二千五百頭もの白い風竜の間を、人間の子どもがノミのようにぴょんぴょんと跳ね回っている。
 子どもが跳ねるたびに、風竜たちの尾がぼたぼたと落ち、尾を失った風竜は白旗を上げて戦線離脱していく。気まぐれで芸術家気質な風竜たちは、速さを尊び珍しいものを好む。小僧の健闘を好意的にとらえ素直に退場しているようだ。

「おぬしも知っておるじゃろうが。我が友、ノアじゃ」

 抱えた卵を撫でながら、しれっとした顔でそう言うエスティローダを、私は歯噛みして睨み付ける。

「人の身であり得ぬだろう!? なんだあの速さは!? 聞いておらぬぞ、化け物かっ!?」
「くはは、まさか風竜王に化け物呼ばわりされるとは、さすがは我が愛弟子じゃのぉ」

 同年代ながら師匠面をしたエスティローダの小憎こにくらしい鼻っ柱を叩き折ってやりたくて、たかが人間の子どもに風竜二千五百という過剰戦力を投入した。それも優勝候補が含まれる第四予選のメンバーだ。
 そんなものと戦わされる風竜たちの士気が低いのは分かっていたが、風竜の群れを見た小僧が泣いて逃げ出すか、遊び好きな風竜たちにすりつぶされでもすれば、多少の溜飲りゅういんが下がると思っていた。さらにはかねてよりの懸念けねんだった科戸の娘を殺せれば一石二鳥――その目論見は、目の前でついえようとしている。

「風が知ることは風竜も知る。その女王たる妾が知らなんだということは、あのわっぱのスピードは今日が初披露はつひろうかえ?」

 科戸が入った籠の上で足を組み、春嵐が珍しく真面目に考察している。普段からそのように女王然としていてくれれば、私の苦労も少しは減ろうというものだが。

「確かに、我と戦った折より動きが良くなっておるな」

 ふむ、と顎に手を当てるエスティローダを、私は愕然がくぜんと見つめる。エスティローダが知らぬということは、あの小僧の速さは火竜女王のしごきによるものではなく、小僧自身の修練と工夫によるものだということだ。

「これは我も、うかうかしておられんな。以前闘いを挑まれた際、我は知らずノアを激怒させておってのぉ。ノアの逆鱗げきりんが何か――……おぬしは知っておるか?」

 それは、確か報告を受けたはずだ。

「余興であの子どもの父親を殺そうとしたことであろう。それとも貴様のしごきに耐えかねたか」

 私の答えに、エスティローダはかすかに苦笑を浮かべて首を横に振った。

「違う。ノアは温厚でな、その程度のことで怒りはせぬ」

 唯一の肉親を殺されようとして怒らぬだと? あの地獄のしごきにも耐えうると?

「ノアが本気で怒ったのは……ラムダめがノアの大事な水槽すいそうを破壊しおったときよ」
「……は?」

 水槽? なんだそれは?
 言葉もない私に向かって、エスティローダがやれやれと肩をすくめてみせる。

「おぬし、先ほどノアに何と言った? あの白い小娘を置いていけ、父親もろともに始末する、と? あれは当代一の鍛冶馬鹿よ。あの小娘はノアの大事な『ふいご』じゃ。ノアは鍛冶の邪魔をされることを何よりいとう。その唯一無二の『ふいご』を壊すと言われて――……あれは今、相当腹に据えかねておるぞ」

 ちらり、と先ほど小僧が浮かべた笑みがよみがえって来た。
 あれは、私をしごいていたエスティローダによく似た……二度とは見たくない表情だ。

「ちょっと待て。人間を捕まえて『ふいご』とか鍛冶道具とか――私よりあの小僧のほうがひどくはないか?」
「くはは、ノアの考えることは毎回斜め上でのぉ。ともあれ、温和な気性故か中々本気を出し切らぬノアに、よくぞ火を付けてくれた。あの小娘を助けるためならば風竜一万と戦うも辞さぬ覚悟と見ゆるぞ。ほれ、そんなことを言っておる内に、闘技場にいる風竜は随分と少なくなったのぉ。残るは黒南風と白南風に……ひぃふぅみぃ、二十頭ほどか?」

 言われて闘技場に目をやった私は唖然あぜんとする。
 ほとんどの風竜は退場し、あちこちにぼたぼたと尻尾が落ちている中で、子どもが黒南風たちと互角に渡り合っていた。

「……信じられぬ。高位風竜と同格のはやさだと!?」

 あの小僧が、人にしては速いという情報は得ていた。火竜にも勝る速さだということも知っていた。
 だがあくまでも火竜に勝るだけで、風竜には及ばぬものだったはず。どれだけ破壊力があろうと、届かぬ攻撃に意味はない。ましてあの小僧の攻撃力は竜にとってにも等しく、速さと武器の攻撃補整頼みの戦い方だった。
 その速さで勝る以上、万一にも小僧に勝ち目はないはずだった。どんなに足掻あがこうと攻撃一つ届かず、次第に削られて衰弱すいじゃくしていく……そういう運命のはずだった。
 それなのに、今、あの人の子は、高位竜である白南風や黒南風にも引けを取らぬ疾さを見せていた。
 高位でもない竜の尾を落とすなど、造作もなかったに違いない。

「ふむ。あのわっぱの背中の小娘かえ。か細いき声が聞こえておじゃるが、あれで風竜ならば無意識に使うておる『風ごろも』をわっぱにかけているでおじゃるな」
「『風ごろも』だと?」

 春嵐の言葉に、私は小僧の背に負われた小娘を注視する。
 風竜にとって、『風ごろも』をまとうことは当たり前すぎて気付かなかった。『風ごろも』とは、風竜ならば生まれたときから無意識にまとっている風の膜。空気抵抗を限りなくゼロに近づける風魔法だ。人間がまとっているはずはない。
『風ごろも』は風竜が無意識下で常に発動している魔法ゆえに、仕組みがどうなっているのか考えたことも、まして他人にかけようとしたこともない。
 あの小娘は、それを分析ぶんせきし、あの小僧――人間にも使えるよう組み立て直したということか? そんなことが可能なのか?

「なんという知識量とセンスかえ」

 感情を抑えきれぬとばかりに、春嵐はぴょんと鳥籠から飛び立ち、貴賓席の手すりぎりぎりまで寄った。
 手すりを掴む春嵐の目が爛々らんらんと輝き、薄い唇がにんまりと笑っている。


「風竜の優位、そして命でもある『風ごろも』を分析し、人が使える域まで落とし込んだというでおじゃるか。ただ小僧に守られるだけの人形娘かと思いきや……面白い、面白いでおじゃ」

 その表情に、何か焦燥感しょうそうかんにも似たものが背筋を走り下りた。

「白南風! 黒南風! 体力を削れ! それはただの人の子だ!」

 私の声は風に乗り、子どもと戦う白南風たちまで届く。
 いくら速かろうと、所詮は人。竜の体力にかなうはずはない。

「このまま続けて本戦を行う、出場資格保持者は参戦せよ!」
『せ、青嵐様っ! 黒南風様たちはまだ戦っておりまする。決着もつかぬ内に本戦出場者を参戦させるなど……』
「私が参戦せよと申しておるのだ」
『……はっ』

 咄嗟とっさに部下が声を上げたが、言いたいことを呑み込んだような表情で、下がっていく。
 私とて、たかが人の子に矢継やつぎ早に戦力をぶつけることが、風竜王の威厳を損ねるふるまいだという自覚はある。
 それでも、春嵐があの人間の子どもと小娘に興味を引かれている。その事実が面白くなかった。
 しかし――

「……おかしい。たかだか人間が、なぜまだ同じ速さで駆け続けられる? あの小僧のスタミナは無尽蔵だとでも言うのか!?」

 風竜たちと小僧の拮抗きっこうした闘いは続き、それを食い入るように春嵐が眺めている。イラついた私が振り返った先で、エスティローダも首を傾げた。

「さすがのノアといえど、そろそろスピードが落ちても不思議はないはずじゃがのぉ」

 いつの間にこんなに体力をつけたのか、それならば訓練内容を見直さねばなるまい、などと独りちているエスティローダは放って、私は口元をり上げた春嵐に目をやる。
 その目線を辿たどっていけば……

「なるほど剣か。白南風、黒南風、小僧の剣を折れ! おそらくそれが体力吸収の邪剣だ!」
『応』

 答えた二頭が、子どもの剣を狙いに行く。
 体力吸収の邪剣は、剣を打つ際に、希少なヴァンパイアの牙が必要となり、非常に珍しいものだと聞き及ぶ。あの子どもが持っていたのは意外だったが、タネさえ分かれば対処は容易い。あの剣さえなければ、ただ速いだけの人間。スタミナなど、あっという間に底をつく。
 キィィィン――……
 耳障りな音を立てて、子どもの剣が弾け飛んだ。折れはしなかったようだが、子どもから離れたのなら大差ない。

「よし、よくやった」

 そう言いかけた私は、子どもの手にまた同じ剣が握られているのを見て瞠目どうもくする。闘技場の端には、確かに飛ばされた剣が転がっている。
 いや、よくよく風の声を聴けば、子どもが手にしている剣は、もう五本目だと……!?

「青嵐、あれはただの魔力吸収の邪剣ではないえ。体力吸収率が極めて高い……おそらくは、真祖の牙を用いた剣。大国の国王が、宝物殿に一本でも囲っていれば一生の宝とするほどの逸品いっぴん。それが、もう五本目でおじゃ。青嵐、妾はやはりアレが欲しい。妾にたも」

 子どものように無邪気に、悪魔のように楽しげに。唯一無二の女王が目を輝かせてコロコロと笑う。
 こんなとき私は実感する。ああ、この方は『神』なのだと。本来私ごときの手の届かない方なのだと――……
 そして、その指差す闘技場に目をやれば、人間の子どもが楽しそうに戦っている。私が次々に参戦を命じた風竜の特級戦力たちと。春嵐そっくりの表情かおをして――……

「――ノア!? 何事じゃ!?」

 呆然ぼうぜんとしていた私は、エスティローダの声で我に返った。
 眼下の闘技場の中央では、先ほどまで楽しそうに戦っていた小僧が、まるで糸の切れた人形のように、地面に倒れ伏したところだった。


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最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~

Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。 うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。 でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。 上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。 ——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?

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