ひどい家族だと思っていたら求婚してきた相手もひどかった

天野 チサ

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理由がゲスここに極まれり

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 疎まれ報われなかった令嬢が、誰からも嫌厭されるような冷酷な男の元へ嫁いだかと思えば──その冷酷さには実は理由があって……なんだかんだで本当は優しかった男に溺愛されて幸せになる。という恋愛小説が流行っているらしい。

 継母と異母妹もハマっているのか、家の図書室に置かれていたその小説をルイゼリナも読んだことがある。その展開は確かにときめくものだった。

「なのに、まさか本当のただのゲスがくるとは思わなかったわ……」

 ここはその定番の展開にはるはずではないのか。もっとやばいのが来たんですが!? と混乱する心のまま、思わず本心が口からこぼれる。
 恐ろしい形相をした妹の存在をまるっと無視した公爵に手を引かれて、ルイゼリナは今、庭のガゼボでティータイム中だった。
 ルイゼリナはジトリと、向かいに座って優雅にカップを口に付ける男を見やる。

「婚約者なんだ。アランと呼べ、ルイーゼ」

 まだ縁談の申し込みがあっただけだと聞いていたけれど? なんなら我がラード家は全員ミシェリアを推していたけれど? こちらの混乱などなんのその。男の中ではすでに婚約は決定事項らしい。
 しかも当然のようにルイゼリナを愛称で呼んできた。距離の詰め方が怖い。

「いえ、それはまださすがに……アランデリン様」
「アラン」
「……アラン様」
「アラン」

 段々と剣呑さを増していく空気と、このままでは永遠に続きそうなやり取りにルイゼリナが折れた。

「……アラン」
「なに?」

 呼べば、男は腕を組んで満足そうにニンマリと笑んだ。ニンマリとだ。この顔を見れば、玄関ホールでのにこやかさなど、まやかしだったのだとよくわかる。これが素なのだろう。現にあちこちから腹の黒さが滲み出ている。

「あの、そもそもの疑問なのですが……私たち一度挨拶を交わしただけですよね? なぜ縁談を?」

 何よりも聞きたいのはそれだった。
 本当に挨拶しただけなのだ。それがどうなってこうなったのか。

「ああ、そんなことか」

 こちらにとってはちっともそんなではないのだが、ルイゼリナが抗議するより前に──ふと出会いを思い出していたらしいアランが表情を恍惚と蕩けさせた。
 瞳の奥では間違いなくギラギラとした狂気が見え隠れしているのに、表情だけは上気した頬でうっとりとルイゼリナを見つめてくる。正直、ゾゾッと背筋が冷えた。

「あの日俺を見つめていた、あの目が忘れられないんだ」
「なんですって?」

 答えを聞いても意味がわからなかった。

「一目惚れだ」
「ひとめぼれ」
「だが、確かに俺はルイーゼのことを何も知らない」
「ですよね」
「だから調べた」
「え?」
「ルイーゼの全てを」
「え?」
「ナイトレイ家にかかれば容易い」
「え?」

 そしてアランがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく現れた従僕らしき青年がテーブルにドーン! と紙の束を置いた。かと思えば、またスッとどこかへ消えた。それを見送ってからテーブルに視線を戻す。
 どうやらそれは、辞典のように分厚い報告書だった。
 アランが目の前の報告書を手に取ってパラパラとめくる。

「ルイゼリナ・ラード伯爵令嬢。まあ、典型的な虐げられる前妻の娘ってとこだな。後妻と異母妹どころか父親である伯爵にまでも疎まれて、この境遇はなかなか悲惨とも言える」

 ははっ、可哀相に。なんて、人の人生を典型的どころか悲惨とまで言い表して笑っている。無神経どころかこの男には神経が存在しないらしい。
 しかしそれよりも、あの紙の束は全てルイゼリナに関するものなのだろうか。いやまさかと思いつつも、この流れではそうとしか思えなくて……すでにルイゼリナの心はどん引きだ。

「使用人には多少恵まれているようだが、普通ならば心折れていても仕方がないこの状況で──」

 そこまで言って、アランが報告書から顔を上げる。思い返すようにほぅっと熱い吐息を吐きながら。

「あの目は最高だった」

 ゾクゥッと全身が震えた。
 またも恍惚と頬を染めるのをやめてほしい。もはや何を思い出しているのかなんて考えたくない。
 だって、ルイゼリナにとってあの日の出会いには何一つときめく要素などなかったのだから。

 むしろ見た瞬間、心底嫌悪感が湧いた。心底だ。
 だからあの日のルイゼリナの目に浮かんでいた感情は、ときめかれるような良いものではない。それどころか──

「この顔に見惚れるでもなく心底俺を軽蔑する真っすぐな瞳は、最高に興奮した」
「そうですね、まさに軽蔑──え、なんと?」

 気が触れたような台詞が聞こえた気がして、つい聞き返してしまった。

「最高に興奮した」
「申し訳ございません言わなくていいです!」

 おかげでもう一度聞くはめになってしまった。
 この男は一体何を言っているんだと、驚愕の表情で顔を引きつらせるルイゼリナに構わずアランはなおも続ける。

「加えて調べれば調べるほど酷い境遇ときたもんだ。次々と届く報告書にルイーゼの不幸が書かれているたびに、俺がどれほど歓喜したかわかるか……!?」

 話すほどアランの熱量は増していくが、反対にルイーゼの心はみるみる冷めていく。わかるか、と聞かれたところでなに一つわからない。

「従順な相手になど興味はない。ルイーゼは俺の理想だ。お前のように気が強く、芯のある相手を──」

 ここで、アランが顔を綻ばせた。
 顔の造形は文句のない男だ。その表情は誰もが見惚れるほど美しいものだったが、

「心折るほど踏みつける瞬間が最高の喜びなんだ」
「なにシレッと最低なことを言っているのですか!?」

 出て来た台詞はゲスここに極まれりともいえるものだった。
 すでになにを言っているのかさっぱりわからなかったが、とりあえず踏みつけられる予定らしい。なにそれこわい。と、口元がヒクリと痙攣する。
 それなのに公爵は嬉々としてまだ語る。

「誰にも屈することのなかった相手が俺の前で膝を折る。それ以上の快感があるか? いや無いだろう!?」
「自己完結!?」
「だからこそ、この報告書を読んでルイーゼの妹にも期待をしていたのだが……裏切られたにもほどがある。最初から雌犬では全く面白味がないだろう? そこまで落とすのが至高だというのに」

 ナイトレイ公爵がとんだゲスのサディストだった。

「俺の心にはすでにルイーゼしかいない」

 そんな一見殺し文句な台詞を紡ぎながら、立ち上がったアランがルイゼリナの顎を掬う。熱のこもった視線を向けてくる相手に対して、ルイゼリナの瞳はハイライトが消えている。心は虚無だ。

「申し訳ございませんが、この婚約はお断りです。ミシェリアもなかなか骨のある子ですので、きっとお気に召すと思いますよ」

 しがない伯爵家が公爵家からの縁談を断れるとは思っていない。なので、やはりここは異母妹をよいしょしておく。お互いもっとよく知ればきっと気が合うかもしれない。性根が腐った者同士お似合いだろう。
 そんなルイゼリナの意図などお見通しらしいアランが、面白そうに口角を上げた。こんな些細な抵抗すら相手を喜ばす材料にしかならなかったらしい。

「ああ……やはりこんな令嬢は初めてだ。ルイーゼ、俺は欲しいものは絶対に手に入れる質なんだ」

 そう言って、いかにも今しがた思い出しました。というような表情を浮かべて美しい紫の瞳に冷酷な色を灯した。

「まずはこの家だが……なあ、ラード家って必要か?」

 猟奇的ともいえる悪魔のような笑みで、男はそんなことを言った。
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