君を愛することはない。という真面目王子を女たらしに仕立てないといけないらしい

天野 チサ

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01 第二王子と敗戦国の王女

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 アルビナは和平の証として隣国に輿入れした王女である。

 オリーブ色の地味な髪、珍しくもないブラウンの瞳。
 幸い、顔立ちだけは母に似たおかげでそれなりに整っていたが、背が高くどちらかといえば凛々しいアルビナに可愛らしさなど縁遠い言葉であり、惜しまれるような掌中の珠として慈しまれたわけでもない。

 父である王は馬鹿な欲をかき、自ら戦を仕掛けておきながら、不利とみるやあっさりと娘を差し出したのだ。
 愚かな王である。
 そしてアルビナも、あっさり差し出せる程度の王女であった。

 相手は隣国の第二王子テオバルト。
 地味なアルビナとは反対に、涼やかに輝く綺麗なアッシュゴールドの髪と王国の王族特有であるアメジストの瞳。鍛えているだろうことがひと目でわかるたくましい身体つきに反して、蕩けるような垂れ目が艶やかな美丈夫であった。
 
 なにを隠そうこの人こそが、アルビナの母国を一捻りとばかりにあっさりと返り討ちにした戦の指揮を執っていたのである。驚くことに王立学園に通いながら並行して軍にも所属していたらしい。卒業したばかりの初陣ともいえる戦で、見事な采配。アルビナの父王は、世間知らずの若者と舐めきった結果、完膚なきまでに返り討ちにされたのだ。

 つまり言ってしまえば、負かされた相手に許しを請うため捧げられるのがアルビナだ。
 なんとわかりやすい立場だろうか。

 輿入れとはいえ、この国は第一王子である王太子がまだ婚約者と婚姻をなしていない。彼らを差し置くわけにはいかないとのことで、アルビナの立場はまだ婚約者となるらしい。
 
 そんな彼との初対面。
 これが愚かな父の鼻をへし折った男かとまじまじと見つめたら、相手は一瞬意外そうな顔をした。だがとたんに眉間へ深くシワを寄せ、単身やってきたアルビナを前にして言った。

「私が君を愛することはない」

 妻となるべくやってきた者の存在価値を、否定するような言葉である。
 けれどアルビナは無言でうなずき、その言葉を受け入れた。当然だと思ったし、このような扱いは覚悟していた。
 彼は馬鹿をしでかした隣国から、望んでもいない女を押し付けられたにすぎないのだから。

 こうして二人は形だけの婚約をした。


 愚かな国が攻めてこようとも、我らの王国が揺らぐことはない。
 それを象徴するように、今年の建国記念パーティーは盛大に催された。

 煌びやかに着飾った貴族たちがダンスに興じ、にこやかに談笑している様子は、国が攻め入られた事実など些細なことどころか、まるでなかったことのようである。
 事実、大した痛手にはなっていないのだろう。
 改めて、この国を狙うなどアルビナの父親はとんだ愚王である。悪いのはおのれだろうに、忌々しそうに隣国の悪態を吐きながら娘を送り出した顔を思い出して、鼻で笑った。

 第二王子の婚約者となったアルビナは、現在すっかり壁の花となり会場の端に佇んでいる。

 ひと際目立つ華やかな一団に視線を向ければ、その中心は幾人もの令嬢を侍らせたテオバルト。
 まさにこの国を守った一番の立役者。
 キラキラとした容貌が眩しい、まごうことなきアルビナの婚約者だ。

 テオバルトは入場こそパートナーとしてアルビナをエスコートしたものの、建国記念パーティーが始まり最初のダンスを踊り終えたと同時に、仕事は済んだとばかりに離れてしまった。
 とたんに群がる令嬢たち。そのひとりひとりと言葉を交わしては、目を合わせて優雅に微笑む。令嬢たちの頬は例外なく朱色に染まった。

 豪奢なシャンデリアの光を反射させたアメジスト色の瞳は、角度によって濃淡を変え鮮やかなグラデーションに輝く。
 それがどれほど美しいものかは、ことごとくぽうっと呆ける彼女たちを見れば一目瞭然。
 そして時間が許す限り令嬢たちをダンスに誘い、見事なリードで華麗に踊る。
 どう見ても女性の扱いに慣れている完璧な王子様。

 その中でも、蜂蜜色したふわふわのブロンドを揺らす、ひときわ可憐な女性がテオバルトの腕にしなだれかかった。
 彼女はテオバルトと同じく今年王立学園を卒業し、一学年上の第一王子が在学中は三人で交流することもあったという侯爵令嬢らしい。

「婚約者であるアルビナ様はよろしいの?」

 これみよがしに令嬢が問えば。

「それより君と今を楽しみたい」

 などとテオバルトが微笑み、柔らかなブロンドをひと房手に取ると耳元で何事かを囁く。とたんに令嬢の頬は赤くなる。
 そして、我が物顔でテオバルトの隣を陣取る彼女は、ついっとアルビナに視線を流すと勝ち誇ったような顔で口角を上げた。

 もはや婚約者の存在などあってないようなもの。
 テオバルトに群がる令嬢たちは誰一人として、アルビナの存在を気にかけてなどいない。
 敗戦国から差し出された王女など、取るに足らない格下の相手としか思っていないのだ。

「ご覧になって。今夜も壁の花が咲いているわよ」
「せっかくのパーティーですのに、もったいないわ」
「あら、そう言ってはお可哀相よ。ダンスも相手がいなくては踊れないのですから」

 扇で口元を隠しながら、それでも聞こえるようにヒソヒソとした貴族たちの声があちこちで囁かれる。

「テオバルト殿下もあのような可愛げのないご令嬢なんて……お可哀相に」
「和平の証に、なんて言っておきながら、大方無理に押しかけてきたのではなくて?」
「まあ、はしたない。ダンスすらまともに誘っていただけないのにねぇ」

 嘲りを隠し切れない声と、意地悪く細められた目がアルビナに突き刺さる。だが、それでも凛と背筋を伸ばしたまま婚約者を見つめ続けた。
 国王陛下夫妻並びに王太子とその婚約者が退席するまで会場に留まり、アルビナは散々令嬢たちと戯れたテオバルトとともに退場した。
 そうやって第二王子を独占する身の程知らずな敗戦国の王女を、人々は不快を隠さずに見送るのだ。

 これが二人の常である。
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