君を愛することはない。という真面目王子を女たらしに仕立てないといけないらしい

天野 チサ

文字の大きさ
2 / 10

02 真面目王子テオバルトの目標

しおりを挟む
 ドレスを脱ぎ、寝衣に着替えたアルビナは侍女を下がらせて寝室のベッドに腰かけた。
 建国記念というだけあって、とても盛大かつ長いパーティーであった。ふぅと息を吐き出してサイドテーブルの水差しとグラスを手に取ったところで、ノックの音が響く。

「どうぞ」

 返事をすれば、開いた扉の向こうには、つい先ほどまで令嬢たちを散々侍らせていたテオバルトが立っていた。
 同じく正装からゆるい寝衣に着替えた婚約者は、部屋に入ると真っすぐベッドに向かってアルビナの横に腰掛ける。

「飲まれますか?」
「いただこう」

 ふたつ並べたグラスに水を注いで片方を手渡したら、テオバルトは一気に飲み干した。
 無言で空のグラスを差し出してくるのでおかわりを注げば、それもまたあっという間に空になる。
 かと思えば、ガックリと項垂れた。

「おつかれさまでした」

 テオバルトの手から空いたグラスを抜きとり、丸まった背中をポンと叩くと「はあああぁぁ」と大きなため息が聞こえた。
 
 息をすべて吐きつくすかのような、長いため息である。
 
 屍のようにだらりとした身体に憐憫すら感じるほどの沈黙のあと、項垂れていた顔がゆるりと持ち上がった。令嬢たちを魅了してやまなかった優雅さと妖艶さが相容れるアメジストの垂れ目が、すっかり光を失った半目状態でアルビナを見やる。

「今夜の私は、どうだっただろうか……」

 力尽きたような声にも、もはやなんの覇気もなかった。

「そうですね、頑張ってはおられましたが……まだ甘いですわ」
「あ、あれでも甘いか……!」

 アルビナの評価に、ショックと言わんばかりに目を見開き、絶望したように両手で顔を覆ってしまうテオバルト。

「うう。やはり私には向いていない……」
「ですが、やるしかないのでしょう? 言い出したのはテオバルト様ですよ! さあ今夜も練習いたしましょう!」

 めそめそする婚約者に活を入れ、アルビナは気合を入れて立ち上がった。


 *****


「私が君を愛することはない」

 初対面で告げたテオバルトは、直後――信じられない行動にでる。

「申し訳ないが、今はできないんだ」

 その言葉が偽りではないことを証明するように、深く頭を下げたのだ。さすがにこれは予想外で、アルビナは目を見張る。
 突然攻め入ってきて、ちょっと反撃したら慌てて撤退したあげく和平などと言って押し付けられた王女に、テオバルトが頭を下げている。さすがに動揺を隠せなかった。

「あの……自分で言うのもなんですが、このような厄介者に対して頭を下げる必要などありません」

 しかも第二王子たる者が、だ。
 少なくともアルビナの国では人に頭を下げるような王族はいない。

「大丈夫だ。人払いはしてある。それに、あなたも決して望んで来たわけではないだろう? こんな、敵国にひとり放り出されるようなこと……ひどい扱いはしないと誓おう、と言いたいところだがそうもいかないのが心苦しいんだ」

 ――いい人だ。と、素直に思った。
 おそらく、これまで出会ってきた誰よりも誠実な対応を、彼はアルビナにしようとしてくれている。
 ずっと張りつめていた心の奥に、じわりとなにかが込み上げる。

「せっかく婚約者となったのに、申し訳ない」
「いいえ。ですが、一体どういう――」
「私は、女性を侍らす女たらしとやらにならなくてはならないのだ……!」
「………………はい?」

 なんだかおかしな言葉が聞こえた気がした。
 うっかり間抜けな声が出てしまったが、本当に今なにを言われたのかが理解できなかったのだから仕方がない。
 目の前ではテオバルトが切羽詰まった顔で唇を噛んでいる。

「おんな、たらしに……ですか?」
「そうだ。女性の扱いに慣れた、女たらしにだ……!」

 聞き間違いではなかったらしい。
 並々ならぬ決意を込めた声で告げてくれるが、その内容はやはり意味がわからなかった。
 この人は一体なにを言っているのだと心から思ったし、顔にも出てしまったのだろう。テオバルトは心苦しそうに顔を歪めた。

「ええと……差し支えなければ、理由をお伺いしても?」
「ああ、もちろんだ。むしろあなたには知っておいていただきたい」

 そうして事情を聞いてみれば、理由は第一王子である王太子とその婚約者のためであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

処理中です...