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02 真面目王子テオバルトの目標

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 ドレスを脱ぎ、寝衣に着替えたアルビナは侍女を下がらせて寝室のベッドに腰かけた。
 建国記念というだけあって、とても盛大かつ長いパーティーであった。ふぅと息を吐き出してサイドテーブルの水差しとグラスを手に取ったところで、ノックの音が響く。

「どうぞ」

 返事をすれば、開いた扉の向こうには、つい先ほどまで令嬢たちを散々侍らせていたテオバルトが立っていた。
 同じく正装からゆるい寝衣に着替えた婚約者は、部屋に入ると真っすぐベッドに向かってアルビナの横に腰掛ける。

「飲まれますか?」
「いただこう」

 ふたつ並べたグラスに水を注いで片方を手渡したら、テオバルトは一気に飲み干した。
 無言で空のグラスを差し出してくるのでおかわりを注げば、それもまたあっという間に空になる。
 かと思えば、ガックリと項垂れた。

「おつかれさまでした」

 テオバルトの手から空いたグラスを抜きとり、丸まった背中をポンと叩くと「はあああぁぁ」と大きなため息が聞こえた。
 
 息をすべて吐きつくすかのような、長いため息である。
 
 屍のようにだらりとした身体に憐憫すら感じるほどの沈黙のあと、項垂れていた顔がゆるりと持ち上がった。令嬢たちを魅了してやまなかった優雅さと妖艶さが相容れるアメジストの垂れ目が、すっかり光を失った半目状態でアルビナを見やる。

「今夜の私は、どうだっただろうか……」

 力尽きたような声にも、もはやなんの覇気もなかった。

「そうですね、頑張ってはおられましたが……まだ甘いですわ」
「あ、あれでも甘いか……!」

 アルビナの評価に、ショックと言わんばかりに目を見開き、絶望したように両手で顔を覆ってしまうテオバルト。

「うう。やはり私には向いていない……」
「ですが、やるしかないのでしょう? 言い出したのはテオバルト様ですよ! さあ今夜も練習いたしましょう!」

 めそめそする婚約者に活を入れ、アルビナは気合を入れて立ち上がった。


 *****


「私が君を愛することはない」

 初対面で告げたテオバルトは、直後――信じられない行動にでる。

「申し訳ないが、今はできないんだ」

 その言葉が偽りではないことを証明するように、深く頭を下げたのだ。さすがにこれは予想外で、アルビナは目を見張る。
 突然攻め入ってきて、ちょっと反撃したら慌てて撤退したあげく和平などと言って押し付けられた王女に、テオバルトが頭を下げている。さすがに動揺を隠せなかった。

「あの……自分で言うのもなんですが、このような厄介者に対して頭を下げる必要などありません」

 しかも第二王子たる者が、だ。
 少なくともアルビナの国では人に頭を下げるような王族はいない。

「大丈夫だ。人払いはしてある。それに、あなたも決して望んで来たわけではないだろう? こんな、敵国にひとり放り出されるようなこと……ひどい扱いはしないと誓おう、と言いたいところだがそうもいかないのが心苦しいんだ」

 ――いい人だ。と、素直に思った。
 おそらく、これまで出会ってきた誰よりも誠実な対応を、彼はアルビナにしようとしてくれている。
 ずっと張りつめていた心の奥に、じわりとなにかが込み上げる。

「せっかく婚約者となったのに、申し訳ない」
「いいえ。ですが、一体どういう――」
「私は、女性を侍らす女たらしとやらにならなくてはならないのだ……!」
「………………はい?」

 なんだかおかしな言葉が聞こえた気がした。
 うっかり間抜けな声が出てしまったが、本当に今なにを言われたのかが理解できなかったのだから仕方がない。
 目の前ではテオバルトが切羽詰まった顔で唇を噛んでいる。

「おんな、たらしに……ですか?」
「そうだ。女性の扱いに慣れた、女たらしにだ……!」

 聞き間違いではなかったらしい。
 並々ならぬ決意を込めた声で告げてくれるが、その内容はやはり意味がわからなかった。
 この人は一体なにを言っているのだと心から思ったし、顔にも出てしまったのだろう。テオバルトは心苦しそうに顔を歪めた。

「ええと……差し支えなければ、理由をお伺いしても?」
「ああ、もちろんだ。むしろあなたには知っておいていただきたい」

 そうして事情を聞いてみれば、理由は第一王子である王太子とその婚約者のためであった。
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