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04 建国記念パーティー反省会
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まだ婚約者という立場上寝室は別々なのだが、テオバルトが夜に訪れてくることをアルビナの立場で断れるはずはないし、周囲からも暗黙の了解として受け入れられている。
どのような意味で受け入れられているかなど、考えるまでもなく下品な意味合いだろうが、それで良かった。
それで下衆な噂が流れようが今は都合がいい。むしろテオバルトの方がいい顔をしなかったが、アルビナが取り合わないので諦めたようだった。
「さて。では今夜の建国記念パーティーを振り返ってみましょう」
「あ、ああ。いつもすまない、助かる」
おかげで、こうして毎夜反省会かつ勉強会を開催できている。
真面目な顔でビシッと人差し指を上げれば、同じく表情を引き締めたテオバルトが深く頷いた。
「しっかりとご令嬢たちひとりひとりと目を合わせ、微笑まれてましたね。誰も彼もうっとりしていましたわ! 練習したかいがありましたよ、テオバルト様!」
「あ、あんな感じで良かったか!?」
「ええ、これに関しては満点です! その宝石のようなアメジスト色の瞳を活かさない手はありませんもの」
アルビナからの合格判定に、ホッと胸をなで下ろすテオバルト。その姿はいまやまるで、緊張した面持ちで教師から下される評価を待つ生徒である。心なしか背筋もびしっと伸びている。
パーティー会場でこれでもかと令嬢たちを魅了したこなれた女たらしの面影など微塵もない。今夜の振る舞いは、すべてアルビナの指導の賜物であったのだ。
「……ですが」
「で、ですが――!?」
ここからが本題だとばかりに変わった風向きに、テオバルトの顔には緊張が走る。
「ラベンナ嬢の髪を手に取って、なにをささやかれていたのですか?」
このラベンナ嬢こそ、学園時代は王太子に付きまとい、今夜の建国記念パーティーでは我が物顔でテオバルトの腕にしなだれかかっていた、蜂蜜色の髪をふわふわと揺らす侯爵令嬢だ。
そして二人が掲げる『女たらし計画』一番のターゲットだった。
彼女の父である侯爵は、隠しているつもりだろうが野心の強い人物である。そのためこれ以上の権力の集中を避けてラベンナ嬢は王太子の婚約者候補から早々に外された。だが、本人は大層王太子にご執心だったらしい。
現在はテオバルトの努力とアルビナの指導のかいあり、ようやっと『女慣れした第二王子テオバルト』の熱心な追っかけへと鞍替えしてくれたところだ。
「今夜のラベンナ嬢は綺麗に髪を結い上げていただろう? だから良く似合うと褒めたんだ。ちゃんと耳元で声を抑えて伝えたぞ!?」
一番大事な誉め言葉は、耳元で本人にだけ聞こえるように。というアルビナの教えを守ったことをアピールしてくるが、足りぬとばかりに首を振る。
「ええ。その仕草は完璧でしたわ。どこからどう見ても、女たらしでしたし、耳元への囁きは本人の優越感と周囲の想像を掻き立てます! ですが、アクセサリーはご覧になりましたか? 今夜のラベンナ嬢は新しいネックレスを身に着けておられましたわ」
指摘したら、見逃していたのだろう。テオバルトはハッと息を呑んだ。そして心底悔しそうに唇を噛む。
「くっ……それは気付かなかった」
「しかも、身に着けていたのは人気店の流行りのデザインでした。ここを褒めてあげればご令嬢の心をさらにわし掴みでしたわね」
「ドレスだけでなく、装飾品の流行りも追わねばならぬのか……女心とはなんと奥深い……」
打ちひしがれたようなテオバルトは、項垂れながらもベッド横の引き出しから分厚い手帳とペンを取り出して、サラサラとメモを取っていく。
なんとも真面目な第二王子はアルビナとの作戦会議の度に、こうして『女たらしのなり方』なるものを書き記しては実演しているのだ。この手帳もいつの間にか半分が埋まろうとしている。
「けれどダンスは文句なしに美しかったですわ」
流れるようなリードで軽やかにステップを踏むテオバルトはアルビナも見惚れるほどで、飽きることないつまでも見ていられるのだ。
素直に褒めたら虚を突かれたような顔をして、頬を赤くした。女慣れした第二王子とは思えぬ顔である。
「ああ。毎晩アルビナが練習に付き合ってくれたおかげだ」
「おかげで、わたくしもダンスの良い練習になります」
そう、あの見事なダンスも血の滲むような練習のおかげであった。最初の頃はああだこうだと試行錯誤していたら、もつれ合いながらすっ転び、手足に尻にとあちこち打ち付けたものだ。
女たらしになるのも並々ならぬ努力が必要である。
「すでに女性を惹きつけてやみませんが、今夜はもう一歩踏み込んだ囁きを練習してみませんか?」
「もう一歩?」
「そうです。お見せした方が早そうなので、少し失礼いたしますね」
縁に座るテオバルトの前に回ると、アルビナは腰を屈めて片手をベッドに着いた。アメジストの瞳をわずかに見上げる位置に顔を合わせる。
「ア、アルビナ……!?」
近づいた顔に驚いてか、テオバルトが後ずさるように腰を引いた。けれど逃がさないとばかりにアルビナは更に寄って、ベッドに片膝を乗り上げる。
美丈夫の狼狽える様が愉快で、思わず笑みがこぼれた。すると、ゴクリと息を呑みこむようにテオバルトの喉が上下する。
こちらを凝視したまま動かぬ相手の手を、掬うようにそっと取って、指先に唇が触れるギリギリまで近付けて目を合わせた。とたんに赤くなるテオバルトの顔に構わず、ぐっと体重をかけて耳元に口を寄せる。
「今夜のあなたも、見惚れるほど素敵で困るわ」
吐息を吹きかけるようにささやき、そっと離れてから自信あふれるように口角を上げて、唇で弧を描いた。
目の前では赤面したままのテオバルトが、放心したようにただ見つめてくる。
「例えばこのように――」
「…………お、お……」
「テオバルト様?」
「おわわわわわああぁぁっ!」
「テオバルト様!?」
おかしな雄叫びをあげたテオバルトは両手で顔を覆ってベッドに頭から飛び込んだ。ギシッと天蓋付きのベッドが大きく軋み、二人の身体が一瞬宙に浮く。
「またですか!?」
慌ててシーツに埋もれる顔を窺えば、艶やかなアッシュゴールドの隙間から半泣きで顔面を沸騰させる様がチラリと見えた。湯気すら出そうな勢いだ。
どのような意味で受け入れられているかなど、考えるまでもなく下品な意味合いだろうが、それで良かった。
それで下衆な噂が流れようが今は都合がいい。むしろテオバルトの方がいい顔をしなかったが、アルビナが取り合わないので諦めたようだった。
「さて。では今夜の建国記念パーティーを振り返ってみましょう」
「あ、ああ。いつもすまない、助かる」
おかげで、こうして毎夜反省会かつ勉強会を開催できている。
真面目な顔でビシッと人差し指を上げれば、同じく表情を引き締めたテオバルトが深く頷いた。
「しっかりとご令嬢たちひとりひとりと目を合わせ、微笑まれてましたね。誰も彼もうっとりしていましたわ! 練習したかいがありましたよ、テオバルト様!」
「あ、あんな感じで良かったか!?」
「ええ、これに関しては満点です! その宝石のようなアメジスト色の瞳を活かさない手はありませんもの」
アルビナからの合格判定に、ホッと胸をなで下ろすテオバルト。その姿はいまやまるで、緊張した面持ちで教師から下される評価を待つ生徒である。心なしか背筋もびしっと伸びている。
パーティー会場でこれでもかと令嬢たちを魅了したこなれた女たらしの面影など微塵もない。今夜の振る舞いは、すべてアルビナの指導の賜物であったのだ。
「……ですが」
「で、ですが――!?」
ここからが本題だとばかりに変わった風向きに、テオバルトの顔には緊張が走る。
「ラベンナ嬢の髪を手に取って、なにをささやかれていたのですか?」
このラベンナ嬢こそ、学園時代は王太子に付きまとい、今夜の建国記念パーティーでは我が物顔でテオバルトの腕にしなだれかかっていた、蜂蜜色の髪をふわふわと揺らす侯爵令嬢だ。
そして二人が掲げる『女たらし計画』一番のターゲットだった。
彼女の父である侯爵は、隠しているつもりだろうが野心の強い人物である。そのためこれ以上の権力の集中を避けてラベンナ嬢は王太子の婚約者候補から早々に外された。だが、本人は大層王太子にご執心だったらしい。
現在はテオバルトの努力とアルビナの指導のかいあり、ようやっと『女慣れした第二王子テオバルト』の熱心な追っかけへと鞍替えしてくれたところだ。
「今夜のラベンナ嬢は綺麗に髪を結い上げていただろう? だから良く似合うと褒めたんだ。ちゃんと耳元で声を抑えて伝えたぞ!?」
一番大事な誉め言葉は、耳元で本人にだけ聞こえるように。というアルビナの教えを守ったことをアピールしてくるが、足りぬとばかりに首を振る。
「ええ。その仕草は完璧でしたわ。どこからどう見ても、女たらしでしたし、耳元への囁きは本人の優越感と周囲の想像を掻き立てます! ですが、アクセサリーはご覧になりましたか? 今夜のラベンナ嬢は新しいネックレスを身に着けておられましたわ」
指摘したら、見逃していたのだろう。テオバルトはハッと息を呑んだ。そして心底悔しそうに唇を噛む。
「くっ……それは気付かなかった」
「しかも、身に着けていたのは人気店の流行りのデザインでした。ここを褒めてあげればご令嬢の心をさらにわし掴みでしたわね」
「ドレスだけでなく、装飾品の流行りも追わねばならぬのか……女心とはなんと奥深い……」
打ちひしがれたようなテオバルトは、項垂れながらもベッド横の引き出しから分厚い手帳とペンを取り出して、サラサラとメモを取っていく。
なんとも真面目な第二王子はアルビナとの作戦会議の度に、こうして『女たらしのなり方』なるものを書き記しては実演しているのだ。この手帳もいつの間にか半分が埋まろうとしている。
「けれどダンスは文句なしに美しかったですわ」
流れるようなリードで軽やかにステップを踏むテオバルトはアルビナも見惚れるほどで、飽きることないつまでも見ていられるのだ。
素直に褒めたら虚を突かれたような顔をして、頬を赤くした。女慣れした第二王子とは思えぬ顔である。
「ああ。毎晩アルビナが練習に付き合ってくれたおかげだ」
「おかげで、わたくしもダンスの良い練習になります」
そう、あの見事なダンスも血の滲むような練習のおかげであった。最初の頃はああだこうだと試行錯誤していたら、もつれ合いながらすっ転び、手足に尻にとあちこち打ち付けたものだ。
女たらしになるのも並々ならぬ努力が必要である。
「すでに女性を惹きつけてやみませんが、今夜はもう一歩踏み込んだ囁きを練習してみませんか?」
「もう一歩?」
「そうです。お見せした方が早そうなので、少し失礼いたしますね」
縁に座るテオバルトの前に回ると、アルビナは腰を屈めて片手をベッドに着いた。アメジストの瞳をわずかに見上げる位置に顔を合わせる。
「ア、アルビナ……!?」
近づいた顔に驚いてか、テオバルトが後ずさるように腰を引いた。けれど逃がさないとばかりにアルビナは更に寄って、ベッドに片膝を乗り上げる。
美丈夫の狼狽える様が愉快で、思わず笑みがこぼれた。すると、ゴクリと息を呑みこむようにテオバルトの喉が上下する。
こちらを凝視したまま動かぬ相手の手を、掬うようにそっと取って、指先に唇が触れるギリギリまで近付けて目を合わせた。とたんに赤くなるテオバルトの顔に構わず、ぐっと体重をかけて耳元に口を寄せる。
「今夜のあなたも、見惚れるほど素敵で困るわ」
吐息を吹きかけるようにささやき、そっと離れてから自信あふれるように口角を上げて、唇で弧を描いた。
目の前では赤面したままのテオバルトが、放心したようにただ見つめてくる。
「例えばこのように――」
「…………お、お……」
「テオバルト様?」
「おわわわわわああぁぁっ!」
「テオバルト様!?」
おかしな雄叫びをあげたテオバルトは両手で顔を覆ってベッドに頭から飛び込んだ。ギシッと天蓋付きのベッドが大きく軋み、二人の身体が一瞬宙に浮く。
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