42 / 139
漆の抄 離愁
其の参
しおりを挟む
※
翌週の月曜日。
授業を休んだ環奈と麻由は、聖天正女子大学の昼休み時間を狙って正門の前までやってきた。
小町とはそこで待ち合わせをしている。
──鞠花のお心を確認します。
あのあと、ファミレスでそういった小町に、麻由は「私もいく」と名乗りをあげた。以前一度だけ、尚弥の彼女に会ったことがあるという。
「人としてふざけたことぬかしたら、アンタの彼女なんて関係なく喝いれたるわ」
正義感のつよい彼女らしい言い訳である。
「こちらです」
小町は、勝手知ったるようすでなかをゆく。
間もなく聖天正女子大学の食堂前へたどり着いた。
中には、二限に授業がないのか、生徒がちらほらと勉強をしたり携帯を見たり。
環奈と麻由は、適当な場所に座った。
「お嬢の学校ってかんじやわ。学食のメニューヤバイで」
「コロッケ定食だァ。いいなぁ」
「──向こうさんは今日のこと知ってはるん」
「もちろん。まもなくいらっしゃるわ」
「……もし佐藤に会わへんとか言われたら」
「そんなことは、言わせませんよ」
ひそりと笑う小町の笑みに、麻由はぐっと黙った。その笑みはどこか父親に似て、人を黙らせる力があるようだ。
「来たわ」
小町が顔をあげた。麻由も「ああ」とうなずく。
初対面なのは、環奈だけだ。
「マリカ」
小町の声が彼女に届く。
彼女はこちらを認識するや、すこし青い顔でやってきた。
「小町さん──と、あれ……タバタ、さん?」
「どうも覚えててもろうて」
「そっちは……うわ、この子もごっつかわええ」
「刑部環奈デス!」
「柴山鞠花です。どうぞよろしゅう」
鞠花はぺこりと頭を下げた。
しかしすこしフラついて「ごめん」とつぶやく。
「場所変えてもええ? ここ、匂いキツイねん」
「どこでもええよ」
三人は素直にうなずいた。
鞠花が向かった先は、校舎裏の人気のない場所だった。
近くにあった階段の一段に腰かけて、鞠花は抱えた己の膝小僧をじっと見る。見てから、
「それで」
聞きたいことってなに──とつぶやいた。
返したのは麻由だった。
「まず佐藤と別れるってのは、アンタとオヤジさん、どっちの意思?」
「…………」
鞠花は、一瞬黙ってから「どっちも」と呟いた。
「お父さんに別れろ言われたけど、……最終的に別れるて決めたんはうちやから」
「どうしてか、佐藤に理由は言えへんの」
「────」
続いて小町が口をひらく。
「尚弥さまは、もう復縁はよいのですって。ただ一度だけでいいからマリカと話したいと。マリカは?」
鞠花は、ぐっと唇をかみしめた。
「……直接、は無理」
「なんで」
麻由が、冷たく放つ。
しかし彼女は答えずに、膝を抱えたままそれきり黙り込んでしまった。
「わるいけど、その答え聞くまで離れへんで」
「つーか、なんなん──タバタさんに関係あらへんやん」
「関係ねェよ。……でも佐藤があんだけ泣くの見たったら──目の前でやで。もう関係ないことあらへんやろ」
という言葉に、鞠花がぴくりと肩を揺らす。
尚弥が泣いた──というのは、鞠花にとっても想定外だったようだ。
畳みかけるように、麻由はつづける。
「アンタの理由がどないにクソでも、外道でもええねん。理由があるなら聞かせてほしいし、あらへんなら佐藤と会うてほしい」
鞠花の瞳から、涙が一粒こぼれた。
その様子をずっと黙って見ていた環奈が、こぼれた涙を指で掬う。
鞠花は、いった。
「妊娠、したの」
カナカナカナ、とひぐらしが鳴いた。
ただよう静寂に風の音さえ耳に響く。
麻由と小町は絶句し、環奈はぽかんと口を開けて鞠花を見つめる。
誰の──と聞くのははばかられ、麻由が口ごもったのを見て、
「尚弥の子、……とちゃうねん。────」
と、つぶやいた。
「今度お見合いするはずやった人。社交界で偶然知り合うて、その日に」
たった一回やったんにさァ、とも続けて苦笑する。
「それは──」
麻由と小町は顔を見合わせ、なぜか環奈に視線を向けた。複雑な表情のふたりとは裏腹に、
「わあーおめでとう!」
と環奈は飛び上がる。
「アンタ……ぶれへんな」
麻由は苦笑した。
小町は黙って腹を覗き込む。
腹の具合ではまだ『そう』とはわからないが、確かに鞠花の顔色は悪い。化粧で隠しているようだが、隠しきれていない隈が見えた。
「お、おおきに」
「オトコのコ? オンナのコ?」
「まだわからへんよ」
という鞠花に「せやな」と笑って、麻由は羽織っていたシャツを彼女の肩にかける。
そして、
「……産むんよな?」
「────」
鞠花は控えめにうなずいた。
「尚弥とは、もう無理かな──とは思ててん。うちの家もこんなやし、あれはアレでいつもゴーイングマイウェイやから、絶対うちの家なんかソリ合わへんし。今までは学生恋愛できる歳やったから続いててんけど、二十歳になるねんからそろそろ考えェって、お父さんに言われて」
そんなとき、父親が出席する社交界に同席した際に知り合ったのが、その男だという。
お見合いすることも双方知っていたし、意外にも意気投合したために、酔った勢いで一夜の過ちを犯してしまったのだ──と。
鞠花は堰を切ったように話しはじめた。
「オヤジさんは知ってはんの?」
「知ってる。相手が誰かも──めちゃくちゃ怒られたけど、いまでは元々お見合いする予定やったし結果オーライて言うてる、けど。──」
「なるほど──たしかに、佐藤の存在を抜きにして言や、アンタが納得してはるなら何も問題はなかったわけか。……ううん、それは言えへんな。佐藤には言えへん」
「い、言わへんの」
「言えるわけないやろ」
「でもそれじゃ」
「なんもかも正直に話すんだけが優しさとちゃうねん」
「…………」
麻由の言葉にうつむく鞠花に、小町は顔を近づけた。
「お身体のようすはいかが、つわりはあるの?」
「うん、多少は。でも──うちはけっこう軽い方みたい」
「そう。……身体を冷やすといけないわ。さっきの、匂いのそう強くないところに行きましょう。尚弥さまとのことはそちらで」
「……ごめん」
鞠花は、ゆっくりと立ち上がり、肩にかかったシャツを触ってまたぽろりと涙をこぼした。
その涙に、麻由も小町も、環奈でさえも触れようとはしなかった。
ただ、ゆっくりと進む彼女の歩調に合わせることだけに、集中した。
匂いがキツイ、と再度いった鞠花を考慮して、一行は調理場から一番遠い窓側の席に腰かけた。
ここならまず気にならない。
「尚弥さまのこと──一回会ってほしいのは、変わらないの」
「……うん」
「でも理由を言う必要はないわ。ですから、こういうお休みのときにすこし外に出てきてほしいの。おのこがここへ入ったら怪しまれますから」
「会うて──それで、なんて言うたらええのん」
「言いたいことないなら、なーんも言わなくていいのネ」
突然、環奈がいった。
にこにことひとりだけ、場違いに明るい笑みを浮かべている。
「尚弥は、なんて」
「逢いたいんやて。せめて直接、顔見てすっきりしたいんやろ」
「…………」
うちに関心持ってるんや、とつぶやく。
これまで付き合ってきたときのことを考えると、すこし驚いたらしい。
「あいつ、なにかっちゅうとゲームばっかで。うちのことどうでもええのんやと思てた」
「へえ──せやけど、授業サボるときは大抵ゲームか彼女いうてたで」
「会いたい、って……うちが言うてたからね」
鞠花は苦笑した。
しかし麻由は首を振る。
「ほんでもそれで、あの究極の面倒くさがりが毎度会いに来ててんのやろ。すごいことやわ」
「そ、かな」
そわ、と身をよじらせた。
それきり黙った麻由に代わり、小町が身を乗り出す。
「尚弥さまはいまでもマリカのことを大事に思っていらっしゃる。マリカが傷つくことは言わないわ。だから──会ってくれる?」
「……うん、わかった」
「ありがとう」
小町はほう、と頬を染めて微笑した。
その後、父親から別で持たされたという携帯の番号を教えてもらった。
決行は、明日の火曜日。
場所は大学からほど近い喫茶店となった。
「あとは、なにかあったらメールする」
「おおきに──ごめんね」
そして鞠花は、自分の肩にかかっていたシャツを脱いだ。
「タバタさん、これおおきに」
「ああ。──」
「ほんま、…………」
おおきにね。
最後の最後までそういって、鞠花はどこか浮かない顔で手を振ってくれた。
三人は、電車に揺られる。
無言のまま白泉大学の最寄駅へ向かう電車のなか、不意に小町が声をあげた。
「鞠花の子、本当に見合い相手の子なのかしら」
「え?」
麻由が眼鏡の奥の瞳を揺らす。
「──いえ」
「…………」
「ごめんなさい、聞くだけ不毛なことでした。いまのはお忘れになって」
とうつむき、小町は環奈の肩に頭をあずけた。
環奈を挟んだ右側に座る麻由は、しばらく車窓を眺める。が、ひどく疲れた顔で口を開いた。
「──もしせやったとして……その事実って誰も幸せにならへんのちゃうか」
麻由はつぶやいた。
隣に座る環奈は黙っている。小町は、
「あはれ。……」
と一言だけ。
みょうに声を震わせて、
「──あの子の言葉が、事実と願うばかりや」
と環奈の肩に頭をもたれた麻由は、目を閉じた。ふたりとも落ち込んでいる──と環奈はおもった。
だから、明るい声で言った。
「赤ちゃん、元気に生まれるといいネ!」
「……ええ」
小町も同じく、目を閉じたまま笑った。
翌週の月曜日。
授業を休んだ環奈と麻由は、聖天正女子大学の昼休み時間を狙って正門の前までやってきた。
小町とはそこで待ち合わせをしている。
──鞠花のお心を確認します。
あのあと、ファミレスでそういった小町に、麻由は「私もいく」と名乗りをあげた。以前一度だけ、尚弥の彼女に会ったことがあるという。
「人としてふざけたことぬかしたら、アンタの彼女なんて関係なく喝いれたるわ」
正義感のつよい彼女らしい言い訳である。
「こちらです」
小町は、勝手知ったるようすでなかをゆく。
間もなく聖天正女子大学の食堂前へたどり着いた。
中には、二限に授業がないのか、生徒がちらほらと勉強をしたり携帯を見たり。
環奈と麻由は、適当な場所に座った。
「お嬢の学校ってかんじやわ。学食のメニューヤバイで」
「コロッケ定食だァ。いいなぁ」
「──向こうさんは今日のこと知ってはるん」
「もちろん。まもなくいらっしゃるわ」
「……もし佐藤に会わへんとか言われたら」
「そんなことは、言わせませんよ」
ひそりと笑う小町の笑みに、麻由はぐっと黙った。その笑みはどこか父親に似て、人を黙らせる力があるようだ。
「来たわ」
小町が顔をあげた。麻由も「ああ」とうなずく。
初対面なのは、環奈だけだ。
「マリカ」
小町の声が彼女に届く。
彼女はこちらを認識するや、すこし青い顔でやってきた。
「小町さん──と、あれ……タバタ、さん?」
「どうも覚えててもろうて」
「そっちは……うわ、この子もごっつかわええ」
「刑部環奈デス!」
「柴山鞠花です。どうぞよろしゅう」
鞠花はぺこりと頭を下げた。
しかしすこしフラついて「ごめん」とつぶやく。
「場所変えてもええ? ここ、匂いキツイねん」
「どこでもええよ」
三人は素直にうなずいた。
鞠花が向かった先は、校舎裏の人気のない場所だった。
近くにあった階段の一段に腰かけて、鞠花は抱えた己の膝小僧をじっと見る。見てから、
「それで」
聞きたいことってなに──とつぶやいた。
返したのは麻由だった。
「まず佐藤と別れるってのは、アンタとオヤジさん、どっちの意思?」
「…………」
鞠花は、一瞬黙ってから「どっちも」と呟いた。
「お父さんに別れろ言われたけど、……最終的に別れるて決めたんはうちやから」
「どうしてか、佐藤に理由は言えへんの」
「────」
続いて小町が口をひらく。
「尚弥さまは、もう復縁はよいのですって。ただ一度だけでいいからマリカと話したいと。マリカは?」
鞠花は、ぐっと唇をかみしめた。
「……直接、は無理」
「なんで」
麻由が、冷たく放つ。
しかし彼女は答えずに、膝を抱えたままそれきり黙り込んでしまった。
「わるいけど、その答え聞くまで離れへんで」
「つーか、なんなん──タバタさんに関係あらへんやん」
「関係ねェよ。……でも佐藤があんだけ泣くの見たったら──目の前でやで。もう関係ないことあらへんやろ」
という言葉に、鞠花がぴくりと肩を揺らす。
尚弥が泣いた──というのは、鞠花にとっても想定外だったようだ。
畳みかけるように、麻由はつづける。
「アンタの理由がどないにクソでも、外道でもええねん。理由があるなら聞かせてほしいし、あらへんなら佐藤と会うてほしい」
鞠花の瞳から、涙が一粒こぼれた。
その様子をずっと黙って見ていた環奈が、こぼれた涙を指で掬う。
鞠花は、いった。
「妊娠、したの」
カナカナカナ、とひぐらしが鳴いた。
ただよう静寂に風の音さえ耳に響く。
麻由と小町は絶句し、環奈はぽかんと口を開けて鞠花を見つめる。
誰の──と聞くのははばかられ、麻由が口ごもったのを見て、
「尚弥の子、……とちゃうねん。────」
と、つぶやいた。
「今度お見合いするはずやった人。社交界で偶然知り合うて、その日に」
たった一回やったんにさァ、とも続けて苦笑する。
「それは──」
麻由と小町は顔を見合わせ、なぜか環奈に視線を向けた。複雑な表情のふたりとは裏腹に、
「わあーおめでとう!」
と環奈は飛び上がる。
「アンタ……ぶれへんな」
麻由は苦笑した。
小町は黙って腹を覗き込む。
腹の具合ではまだ『そう』とはわからないが、確かに鞠花の顔色は悪い。化粧で隠しているようだが、隠しきれていない隈が見えた。
「お、おおきに」
「オトコのコ? オンナのコ?」
「まだわからへんよ」
という鞠花に「せやな」と笑って、麻由は羽織っていたシャツを彼女の肩にかける。
そして、
「……産むんよな?」
「────」
鞠花は控えめにうなずいた。
「尚弥とは、もう無理かな──とは思ててん。うちの家もこんなやし、あれはアレでいつもゴーイングマイウェイやから、絶対うちの家なんかソリ合わへんし。今までは学生恋愛できる歳やったから続いててんけど、二十歳になるねんからそろそろ考えェって、お父さんに言われて」
そんなとき、父親が出席する社交界に同席した際に知り合ったのが、その男だという。
お見合いすることも双方知っていたし、意外にも意気投合したために、酔った勢いで一夜の過ちを犯してしまったのだ──と。
鞠花は堰を切ったように話しはじめた。
「オヤジさんは知ってはんの?」
「知ってる。相手が誰かも──めちゃくちゃ怒られたけど、いまでは元々お見合いする予定やったし結果オーライて言うてる、けど。──」
「なるほど──たしかに、佐藤の存在を抜きにして言や、アンタが納得してはるなら何も問題はなかったわけか。……ううん、それは言えへんな。佐藤には言えへん」
「い、言わへんの」
「言えるわけないやろ」
「でもそれじゃ」
「なんもかも正直に話すんだけが優しさとちゃうねん」
「…………」
麻由の言葉にうつむく鞠花に、小町は顔を近づけた。
「お身体のようすはいかが、つわりはあるの?」
「うん、多少は。でも──うちはけっこう軽い方みたい」
「そう。……身体を冷やすといけないわ。さっきの、匂いのそう強くないところに行きましょう。尚弥さまとのことはそちらで」
「……ごめん」
鞠花は、ゆっくりと立ち上がり、肩にかかったシャツを触ってまたぽろりと涙をこぼした。
その涙に、麻由も小町も、環奈でさえも触れようとはしなかった。
ただ、ゆっくりと進む彼女の歩調に合わせることだけに、集中した。
匂いがキツイ、と再度いった鞠花を考慮して、一行は調理場から一番遠い窓側の席に腰かけた。
ここならまず気にならない。
「尚弥さまのこと──一回会ってほしいのは、変わらないの」
「……うん」
「でも理由を言う必要はないわ。ですから、こういうお休みのときにすこし外に出てきてほしいの。おのこがここへ入ったら怪しまれますから」
「会うて──それで、なんて言うたらええのん」
「言いたいことないなら、なーんも言わなくていいのネ」
突然、環奈がいった。
にこにことひとりだけ、場違いに明るい笑みを浮かべている。
「尚弥は、なんて」
「逢いたいんやて。せめて直接、顔見てすっきりしたいんやろ」
「…………」
うちに関心持ってるんや、とつぶやく。
これまで付き合ってきたときのことを考えると、すこし驚いたらしい。
「あいつ、なにかっちゅうとゲームばっかで。うちのことどうでもええのんやと思てた」
「へえ──せやけど、授業サボるときは大抵ゲームか彼女いうてたで」
「会いたい、って……うちが言うてたからね」
鞠花は苦笑した。
しかし麻由は首を振る。
「ほんでもそれで、あの究極の面倒くさがりが毎度会いに来ててんのやろ。すごいことやわ」
「そ、かな」
そわ、と身をよじらせた。
それきり黙った麻由に代わり、小町が身を乗り出す。
「尚弥さまはいまでもマリカのことを大事に思っていらっしゃる。マリカが傷つくことは言わないわ。だから──会ってくれる?」
「……うん、わかった」
「ありがとう」
小町はほう、と頬を染めて微笑した。
その後、父親から別で持たされたという携帯の番号を教えてもらった。
決行は、明日の火曜日。
場所は大学からほど近い喫茶店となった。
「あとは、なにかあったらメールする」
「おおきに──ごめんね」
そして鞠花は、自分の肩にかかっていたシャツを脱いだ。
「タバタさん、これおおきに」
「ああ。──」
「ほんま、…………」
おおきにね。
最後の最後までそういって、鞠花はどこか浮かない顔で手を振ってくれた。
三人は、電車に揺られる。
無言のまま白泉大学の最寄駅へ向かう電車のなか、不意に小町が声をあげた。
「鞠花の子、本当に見合い相手の子なのかしら」
「え?」
麻由が眼鏡の奥の瞳を揺らす。
「──いえ」
「…………」
「ごめんなさい、聞くだけ不毛なことでした。いまのはお忘れになって」
とうつむき、小町は環奈の肩に頭をあずけた。
環奈を挟んだ右側に座る麻由は、しばらく車窓を眺める。が、ひどく疲れた顔で口を開いた。
「──もしせやったとして……その事実って誰も幸せにならへんのちゃうか」
麻由はつぶやいた。
隣に座る環奈は黙っている。小町は、
「あはれ。……」
と一言だけ。
みょうに声を震わせて、
「──あの子の言葉が、事実と願うばかりや」
と環奈の肩に頭をもたれた麻由は、目を閉じた。ふたりとも落ち込んでいる──と環奈はおもった。
だから、明るい声で言った。
「赤ちゃん、元気に生まれるといいネ!」
「……ええ」
小町も同じく、目を閉じたまま笑った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~
御崎菟翔
キャラ文芸
【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】
「選ぶのはお前だ」
――そう言われても、もう引き返せない。
ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。
そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。
彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。
「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。
なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに!
小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。
その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる――
これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。
★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』
この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858
幽縁ノ季楼守
儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」
幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。
迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。
ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。
これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。
しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。
奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。
現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。
異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー
様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。
その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。
幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。
それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~
白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。
ひっそりと佇む邸の奥深く、
祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。
ある雨の夜。
邸にひとりの公達が訪れた。
「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」
宮中では、ある事件が起きていた。
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる