胡蝶の夢に生け

乃南羽緒

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拾捌の抄 恋の行方

其の肆

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 行程は、大宰府から朝倉郡筑前町へ。
 『大刀洗平和祈念館』にて、第二次世界大戦当時の様子を学ぶ。
 他クラスには、
「おい、高校生になって平和の大切さとか学ぶ必要あるか?」
「お涙ちょうだいは勘弁やで」
 など斜に構えた態度で臨むドライな生徒もいたが、高村学級の子どもたちはちがった。
 零戦を見てはしゃいだかと思えば、ボランティアの語りを聞いてすすり泣く。女子にいたっては、気分が悪いと退出する生徒も出る始末。
 高村は、それをぼんやりと眺める。
 そしてとなりの須藤真澄につぶやいた。
「……生徒ってかわええスね」
「すみませんね、うちのクラスの生徒はかわいげがなくて」
「いやいや、あはは」
 さっきのドライな子は二組の生徒だったらしい。高村は気まずそうに頭を掻いた。

 ※
 その後は長崎へ移動。
 初日の宿は『雪花抄』という旅館である。
 温泉が有名とのことで、生徒たちはその期待感に胸を膨らませた。
「こんな高級そうな宿、学校ってすげえな。お金払うてくれるんや」
 八郎が宿を見まわす。
 親切やろ、と得意気に高村がわらった。
「ま、お前らの親御さんが払てる実習費から出てんねんけどな」
「自費やないか!」
 柊介はつぶやいた。

 ──。
 ────。
「三組、ここへ」
 ロビーの端から声をかけ、高村は集まった三十四人の生徒たちを見渡す。
「部屋割りはバスのなかでいうたとおりやで、勝手に移動すんなよ。ええな──女子は三階、男子は二階や」
 といって、各部屋の代表に鍵を渡していく。
「俺の部屋は三階の『鶯の間』にある。なんかあったら来てもええが、なんにもなかったら来るな」
「つめたッ」
「夕食は十九時、そこの宴会場に集合や。それまでは風呂入ってもええし外を散歩してもええからな」
「え、ちょっと」
 センセェ、と『三組の知恵者』と名高い森岡悟が不服そうな声をあげた。
「女子は四人でひと部屋やのに、男子は大部屋ふたつって不公平とちゃいますかァ」
「なんやさとる、大部屋イヤなら俺と同じ部屋でもええねんぞ。一晩たのしく過ごそうか?」
「……遠慮します、スミマセン」

 八郎の部屋は、『鷺の間』。
 部屋の戸を開けるなり男子陣のテンションがぐんとあがった。
「広ェーッ。すげえ!」
 一面に敷かれた畳。
 一同が踏み込むと、藺草の薫りがパッと部屋中に広がる。
 広縁からは階下の園庭が見られ、手前の座敷には布団が折り重なり、ほどよい大きさの卓には旅館お決まりのお茶セットが添えられていた。
「庭がヤバイ。こんな宿に泊まってええんか!」
「ええやろ、どうせ自費や」
「うわ、うわーッ。テンションあがるな……ほら、外やばいで。竹があるもん、竹が!」
 広縁の窓にべったりと張りつく八郎のうしろで、同室の森岡悟がさっそく荷物から着替えを取り出す。
「先に風呂入ろーっと。メシが七時からやし──とにかく一番風呂入りてえな」
「あ、さとる。俺も入る」
「あっ。柊が入んのやったらオレも行ったろ。……なあ堀江もいっしょ行かへん?」
「えェ、俺も?」
 堀江健太郎。
 野球部のエースながら勉強もできるという、寡黙な色男である。武晴はにっこりとわらって、その肩を組んだ。
「ええやんか、二年連続でおなじクラスになった仲やん」
「わかったわかった──千堂と刑部は?」
「入るー!」
 現在時刻は午後五時四十分。
 男子陣は、手早く風呂の準備をととのえて部屋を飛び出した。
 
 ──一方そのころ。
 屋上階に据えられた大浴場の女湯では、すでに数名の女子生徒が温泉を堪能していた。
「わ、ねえ恵子。絶景!」
 はしゃぐのは松子である。
 女子同士ともあってか、堂々と身体を晒して長崎の街を眺めている。
「こういう雰囲気の旅館って意外と少ないよね」
 といった恵子はたくましい筋肉美を晒して、浴場内を見渡した。
「京子ちゃん、シャンプー貸してェ」
「ええよどうぞ」
「わぁ、ええ香りやァ」
 キャッキャと頭を洗う春菜と京子を一瞥し、洗い終えた恵子はざぶんと湯船につかる。すでに入っている松子は、その筋肉美を見て感嘆のため息をついた。
「アンタ、まだムエタイ続いてんの?」
「まあね」
「なんでそないに身体鍛えてんねんよ」
「趣味」
「孫悟空か」
「はは」
 混ぜてェ、と春菜が湯船に入ってくる。まもなく京子も参加して、ようやくいつものメンバーがそろった。
「ねねね、けっきょく刑部くんとは仲直りしたん? バスに戻ったらすっかり空気よくなっててサ、ビックリしたよ!」
「あ、したした。武晴がせっついてうるさくて」
「えーッ。ねえねえタケちゃんってさ、幼馴染みやし松子のコト好きなんちゃう? 春菜、前から思うててんけど」
「わ、私も」
 と京子までもが便乗するも、松子は「いや、ない」と一笑に付した。
「あのね、世の中の幼馴染みがみんな南とタッちゃんみたく好きになるもんでもないから」
「えーッつまんない」
「あの、松子──ごめんね。なんか私と有沢くんのことで刑部くんと喧嘩になってもうて」
 しゅん、と京子がうなだれる。
 その際にあらわになった白いうなじが、上気してほんのりと紅く染まっていて艶っぽい。松子は「ちゃうって」と京子に身を寄せた。
「それより京子と有沢や。ホンマに告白せえへんの?」
「す、するわけないっ」
「春菜は知ってる? 有沢の好きな人。いてるみたいやねんけど」
「え? あァ」
 春菜の顔がわずかにこわばる。
 そしてあからさまに顔をそむけて「見てればわかると思う」とだけつぶやいた。
「みんなそれやん──」
「アッ、夕飯まで三十分もないやんッ。髪乾かさんと!」
「わ、私もっ」
 と、あわただしく出ていく京子と春菜。
 残された恵子と松子はいっしゅん互いを見合って、ふたたび虚空を見つめる。一瞬の静寂。
 それを破ったのは、意外にも恵子だった。
「人様の世話はええけど」
「え?」
「松子は告白せえへんの」
「…………」
 何の話だ、と目を見開く。しかし恵子はすこしだけ笑って「ちがった?」と言った。彼女がそういうところに敏いことは、松子もよく知っている。苦笑した。
「……むり、傷つきたくない」
 湯の熱さにほんのり頬を染め、松子は瞳を閉じる。
「文化祭のとき、一緒に仕事して好きになって──いっぱい話聞いたんやけどさ、なんや堀江くんいまは野球一筋っぽくて、告白しても九十九パーフラれるって思たもん」
「ああ」
「せっかく、文化祭での戦友ってポジを手に入れたんに、じぶんでぶっ壊したくないよ」
 いつもは思い切りのいい松子だが、やはり恋愛となると弱気になるようだ。珍しく、しおらしい顔をしている。
 そうかなぁ、と松子の顔に湯をかけた。
「フィルター通しすぎな気もするけど」
「……ホンマに?」
 松子は苦笑した。
 その首元が赤く染まっている。
 恵子は「あがろうか」と立ち上がった。

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