胡蝶の夢に生け

乃南羽緒

文字の大きさ
108 / 139
拾捌の抄 恋の行方

其の参

しおりを挟む
 第一目的地、太宰府天満宮。
 かつて政敵の陰謀により罪を着せられたことでこの地に左遷され、命を落とした菅原道真。
 彼の死後、陰謀に携わった者どもが次々と死んでゆくことから、都の天皇が『道真の祟り』だと恐れた。
 この太宰府天満宮では、祟り神であった道真を祀り、現在では学問の神様として広く親しまれている。

 ──と高村が説明する。
 そのなかで、列の後方で話を聞いていた柊介がとなりに立つ八郎を肘で小突いた。
「おい」
「なに」
「さっき、どうした」
「なにが?」
 ボソボソと声を抑える。
 八郎の顔はまだ少し浮かないが、喧嘩を引きずっているわけでもなさそうだ。
「四宮と喧嘩してたやろ」
「……べつになんでもあらへん」
「…………」
 八郎がこういうとき、強情になるのは昔から。
 このまま掘り下げてもおそらくはなにも引き出せまい──と柊介はちいさく肩をすくめた。
「御守り買うならあっちで売ってる。が、いっぺんに行くとほかの参拝客に迷惑やからな。様子見ろよ。つぎの集合は三十分後、各クラスのバスやでェ」
「はーい」
 かわいらしい返事をした高校生たち。
 しかし、高村の「解散」という言葉と同時に、生徒たちは一斉に御守り売り場に押しかけてゆく。
 来年の受験にむけて道真の力をなんとかあやかろうと必死らしい。
 案の定、教師陣は鬼の角を生やして、一斉に取り締まりにかかる。
「コラーッ、いま言うたばっかやろ鳥頭どもーッ」
「キャハハハハ」
「だいたいお前ら、まだお参りもしてへんやないかい。挨拶もせんと力だけあやかろうったってそうは問屋が卸さへんぞ!」
 と、怒鳴る高村。
 その声に、先におみくじを引こうとしていた周囲の参拝客もすごすごとお参りに向かいはじめた。
「ハハハ、やっぱ高村先生は迫力あるなあ」
 武晴がカラカラとわらう。
 その腕をぐいと引いて、柊介が「ちょっと」と顔を寄せた。
「なに柊クン」
「新幹線で、ハチと四宮が喧嘩してたやろ──あれどうした?」
「あー、あれな」
「原因なんやったん」
「なんやったんやろな」
「は?」
 柊介の額に青筋が走る。
「いやさ、喧嘩の途中でコロコロ話題がすり変わるもんで、いったいなにが元々の原因か──ああ、でもまあ……ハチがデリカシーのないことを言うて、松子がキレてハチのこと蹴っ飛ばしたっちゅうのは事実や」
「…………」
「そっから言い争いになって、もっかい松子がハチの脛蹴ったからハチがキレて」
「そらキレるわ。いてーもんな」
「うん……まあ、つまりは子どもの喧嘩」
「あっそ──」
 くだらね、とつぶやいた柊介をじっと見つめ、武晴は「うーん」とうなった。
「まさか柊って……恋愛的な意味でハチのこと好き?」
「は?」
 秒速の圧であった。
 気色悪ィこというなよ、といった柊介の額には二本目の青筋が走る。彼は昔からこの手の冗談を好まないのだ。武晴はあわてて首を振った。
「いやいやジョーダンやて。とりあえず、松子にはオレからも言うとくから。ハチは基本引きずらんし、心配あらへん」
「……ああ」
 人の感情というのは難しいものである。
 同じ言葉でも、いう人と受けとる人の関係性によって含む意味は変わる。さらにそのときの精神的コンディションによっても然り、だ。
(…………)
 天満宮に深々と辞儀をする。
 ──はよう、ふたりが仲直りしますように。
 みんなで楽しく、がモットーの武晴にとって、これはこの上なく切実な願いなのであった。

「おうい松子ォ」
 参拝を終えた武晴は、ほかの生徒が天満宮内を散歩するなか早々にバスへともどる。
 集合時間まではまだ二十分もある。そのためか、バスのなかにいるのは松子ひとりであった。
「あれ、武晴。早くない?」
「お前に言われたないわ。ぶさくれて戻ってくとこが見えたさかいに、しゃーなく追っかけてやったんやで。幼馴染みに感謝せえ」
「頼んでねえー」
 と、松子が携帯を片手に足を組み替える。
 武晴はその前席に座り、背もたれ越しに松子を見下ろした。
「んなことよか、お前。さすがにガキやぞさっきの喧嘩は。脛を蹴りあげるんはあかん、キンタマのつぎに痛いとこやねんから」
「……ま、たしかに蹴ったんはわるかったと思てるけどサ」
「よしよし。ていうかそもそも、ハチにデリカシーがそれほど無いことくらいわかっとったやないか。お前、なんであないに怒ったんや」
 これまでだって、色恋については空気の読めない八郎はイヤというほど見てきたはずである。しかし松子は、携帯をいじる手を止めて首を振った。
「べつに、……恋したこともないくせに、恋する京子の気持ち考えもせんで笑うから腹立っただけや」
「そない嫌みに聞こえたか?」
「もう覚えてへん」
「…………」
「わかったわかった、謝ればええんやろ」
 松子は両手をあげた。
 謝ろうとは思ってたし、といってバスの窓から外を覗く。
「アンタはホンマに、みんな仲良しが好きやねんね」
「だって空気悪ィもん。気ィ遣うしさ」
「ごめんって」
「しっかしなぁ、ハチもハチで──いつもは何されてもわりとノリよく返すのに。なんだってさっきはあんなにキレたんやろ」
「さあ……ま、あの言い分やと、人の恋路にいちいち首突っ込むなっちゅーことなんちゃう? お節介もほどほどにっていう──」
 と言っている間に、窓から八郎と柊介、明夫が戻ってくるのが見えた。
「……しゃーない。謝ったろ」
「援護いるか?」
「いらん」
 そして松子が立ち上がる。

「蹴っとばしてゴメンネ」
 バスの乗り口にて、柊介、明夫に続き乗り込もうとした八郎の進路をふさぎ、松子はいった。
 柊介と明夫がちらとそのようすを盗み見る。
 が、最前列を陣取る武晴がそれを許さず、ふたりを席に押し込んだ。
「あ」
 と、八郎は戸惑いながらもやがて意地悪く笑みを浮かべる。
「──さっき脛見たら青アザなってたで!」
「ゴメンって!」
「や、まあほら。そもそもおれがいらんこと言うてもたからやし、こっちこそ──スンマセン」
「そうよ。アンタにはデリカシーがないねん」
「なんやねん! せっかく謝ってんのに!」
「まあええわ。これで手打ちや、喧嘩おわり」
 ポン、と松子はにっこりと手を叩く。
 ようやくバスに乗せてもらえた八郎は、武晴のとなりに座って足をぶらぶらと揺らした。
「仕返しで一回くらい脛蹴らせてェや」
「性格わるっ」
「あーよかった。みんなが戻る前に、気まずい空気がなくなった」
 ぐん、と武晴が伸びをする。
 外を見れば、続々とクラスメイトたちがバスに向かってくるところだった。
「ホンマに小学生の喧嘩やないか」
「四宮もわりと子どもやった」
 武晴と八郎のうしろ。
 二列席に座る柊介と明夫がぼそりとつぶやき、未だに座らない松子を盗み見た。
「…………」
 柊介は、その視線が一点を見つめていることに気付く。
 バスの外、クラスメイトのなか──だれだ?
「おい四宮、はよ座れ」
「え? あ──ウン」
 歯切れも悪い。
 あの集団のなかで、松子が気を向けそうなヤツ──と目で探すと、いた。
「あー、堀江かァ」
「はッ?」
 ぽろりと漏れた名前。
 その名前に対して過剰なまでに反応した松子の頬がみるみる赤く染まってゆく。
 それに気付かぬ武晴ではなかった。
「ほーん、堀江ねぇ」
「せやな、お前ってむかしから寡黙な色男、好きやもんなァ」
「オレのこと面食いいうてバカにするけど、おまえも大概やで」
「な」
「…………」
 気まずそうに顔をそらす明夫、キョトンと一同を見比べる八郎──対して、にんまりといやらしく口角をあげる柊介と武晴を見て、松子はすべてを悟る。
「そうかそうか、おまえも恋する乙女やったちゅーわけか」
「そら、ハチのデリカシーのなさにキレるわな」
「納得納得」
「こっ──」
 これだから、と松子は頭を抱える。
「同中出身者はイヤなんよッ」
 と叫んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。 ひっそりと佇む邸の奥深く、 祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。 ある雨の夜。 邸にひとりの公達が訪れた。 「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」 宮中では、ある事件が起きていた。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

処理中です...