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拾捌の抄 恋の行方
其の参
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第一目的地、太宰府天満宮。
かつて政敵の陰謀により罪を着せられたことでこの地に左遷され、命を落とした菅原道真。
彼の死後、陰謀に携わった者どもが次々と死んでゆくことから、都の天皇が『道真の祟り』だと恐れた。
この太宰府天満宮では、祟り神であった道真を祀り、現在では学問の神様として広く親しまれている。
──と高村が説明する。
そのなかで、列の後方で話を聞いていた柊介がとなりに立つ八郎を肘で小突いた。
「おい」
「なに」
「さっき、どうした」
「なにが?」
ボソボソと声を抑える。
八郎の顔はまだ少し浮かないが、喧嘩を引きずっているわけでもなさそうだ。
「四宮と喧嘩してたやろ」
「……べつになんでもあらへん」
「…………」
八郎がこういうとき、強情になるのは昔から。
このまま掘り下げてもおそらくはなにも引き出せまい──と柊介はちいさく肩をすくめた。
「御守り買うならあっちで売ってる。が、いっぺんに行くとほかの参拝客に迷惑やからな。様子見ろよ。つぎの集合は三十分後、各クラスのバスやでェ」
「はーい」
かわいらしい返事をした高校生たち。
しかし、高村の「解散」という言葉と同時に、生徒たちは一斉に御守り売り場に押しかけてゆく。
来年の受験にむけて道真の力をなんとかあやかろうと必死らしい。
案の定、教師陣は鬼の角を生やして、一斉に取り締まりにかかる。
「コラーッ、いま言うたばっかやろ鳥頭どもーッ」
「キャハハハハ」
「だいたいお前ら、まだお参りもしてへんやないかい。挨拶もせんと力だけあやかろうったってそうは問屋が卸さへんぞ!」
と、怒鳴る高村。
その声に、先におみくじを引こうとしていた周囲の参拝客もすごすごとお参りに向かいはじめた。
「ハハハ、やっぱ高村先生は迫力あるなあ」
武晴がカラカラとわらう。
その腕をぐいと引いて、柊介が「ちょっと」と顔を寄せた。
「なに柊クン」
「新幹線で、ハチと四宮が喧嘩してたやろ──あれどうした?」
「あー、あれな」
「原因なんやったん」
「なんやったんやろな」
「は?」
柊介の額に青筋が走る。
「いやさ、喧嘩の途中でコロコロ話題がすり変わるもんで、いったいなにが元々の原因か──ああ、でもまあ……ハチがデリカシーのないことを言うて、松子がキレてハチのこと蹴っ飛ばしたっちゅうのは事実や」
「…………」
「そっから言い争いになって、もっかい松子がハチの脛蹴ったからハチがキレて」
「そらキレるわ。いてーもんな」
「うん……まあ、つまりは子どもの喧嘩」
「あっそ──」
くだらね、とつぶやいた柊介をじっと見つめ、武晴は「うーん」とうなった。
「まさか柊って……恋愛的な意味でハチのこと好き?」
「は?」
秒速の圧であった。
気色悪ィこというなよ、といった柊介の額には二本目の青筋が走る。彼は昔からこの手の冗談を好まないのだ。武晴はあわてて首を振った。
「いやいやジョーダンやて。とりあえず、松子にはオレからも言うとくから。ハチは基本引きずらんし、心配あらへん」
「……ああ」
人の感情というのは難しいものである。
同じ言葉でも、いう人と受けとる人の関係性によって含む意味は変わる。さらにそのときの精神的コンディションによっても然り、だ。
(…………)
天満宮に深々と辞儀をする。
──はよう、ふたりが仲直りしますように。
みんなで楽しく、がモットーの武晴にとって、これはこの上なく切実な願いなのであった。
「おうい松子ォ」
参拝を終えた武晴は、ほかの生徒が天満宮内を散歩するなか早々にバスへともどる。
集合時間まではまだ二十分もある。そのためか、バスのなかにいるのは松子ひとりであった。
「あれ、武晴。早くない?」
「お前に言われたないわ。ぶさくれて戻ってくとこが見えたさかいに、しゃーなく追っかけてやったんやで。幼馴染みに感謝せえ」
「頼んでねえー」
と、松子が携帯を片手に足を組み替える。
武晴はその前席に座り、背もたれ越しに松子を見下ろした。
「んなことよか、お前。さすがにガキやぞさっきの喧嘩は。脛を蹴りあげるんはあかん、キンタマのつぎに痛いとこやねんから」
「……ま、たしかに蹴ったんはわるかったと思てるけどサ」
「よしよし。ていうかそもそも、ハチにデリカシーがそれほど無いことくらいわかっとったやないか。お前、なんであないに怒ったんや」
これまでだって、色恋については空気の読めない八郎はイヤというほど見てきたはずである。しかし松子は、携帯をいじる手を止めて首を振った。
「べつに、……恋したこともないくせに、恋する京子の気持ち考えもせんで笑うから腹立っただけや」
「そない嫌みに聞こえたか?」
「もう覚えてへん」
「…………」
「わかったわかった、謝ればええんやろ」
松子は両手をあげた。
謝ろうとは思ってたし、といってバスの窓から外を覗く。
「アンタはホンマに、みんな仲良しが好きやねんね」
「だって空気悪ィもん。気ィ遣うしさ」
「ごめんって」
「しっかしなぁ、ハチもハチで──いつもは何されてもわりとノリよく返すのに。なんだってさっきはあんなにキレたんやろ」
「さあ……ま、あの言い分やと、人の恋路にいちいち首突っ込むなっちゅーことなんちゃう? お節介もほどほどにっていう──」
と言っている間に、窓から八郎と柊介、明夫が戻ってくるのが見えた。
「……しゃーない。謝ったろ」
「援護いるか?」
「いらん」
そして松子が立ち上がる。
「蹴っとばしてゴメンネ」
バスの乗り口にて、柊介、明夫に続き乗り込もうとした八郎の進路をふさぎ、松子はいった。
柊介と明夫がちらとそのようすを盗み見る。
が、最前列を陣取る武晴がそれを許さず、ふたりを席に押し込んだ。
「あ」
と、八郎は戸惑いながらもやがて意地悪く笑みを浮かべる。
「──さっき脛見たら青アザなってたで!」
「ゴメンって!」
「や、まあほら。そもそもおれがいらんこと言うてもたからやし、こっちこそ──スンマセン」
「そうよ。アンタにはデリカシーがないねん」
「なんやねん! せっかく謝ってんのに!」
「まあええわ。これで手打ちや、喧嘩おわり」
ポン、と松子はにっこりと手を叩く。
ようやくバスに乗せてもらえた八郎は、武晴のとなりに座って足をぶらぶらと揺らした。
「仕返しで一回くらい脛蹴らせてェや」
「性格わるっ」
「あーよかった。みんなが戻る前に、気まずい空気がなくなった」
ぐん、と武晴が伸びをする。
外を見れば、続々とクラスメイトたちがバスに向かってくるところだった。
「ホンマに小学生の喧嘩やないか」
「四宮もわりと子どもやった」
武晴と八郎のうしろ。
二列席に座る柊介と明夫がぼそりとつぶやき、未だに座らない松子を盗み見た。
「…………」
柊介は、その視線が一点を見つめていることに気付く。
バスの外、クラスメイトのなか──だれだ?
「おい四宮、はよ座れ」
「え? あ──ウン」
歯切れも悪い。
あの集団のなかで、松子が気を向けそうなヤツ──と目で探すと、いた。
「あー、堀江かァ」
「はッ?」
ぽろりと漏れた名前。
その名前に対して過剰なまでに反応した松子の頬がみるみる赤く染まってゆく。
それに気付かぬ武晴ではなかった。
「ほーん、堀江ねぇ」
「せやな、お前ってむかしから寡黙な色男、好きやもんなァ」
「オレのこと面食いいうてバカにするけど、おまえも大概やで」
「な」
「…………」
気まずそうに顔をそらす明夫、キョトンと一同を見比べる八郎──対して、にんまりといやらしく口角をあげる柊介と武晴を見て、松子はすべてを悟る。
「そうかそうか、おまえも恋する乙女やったちゅーわけか」
「そら、ハチのデリカシーのなさにキレるわな」
「納得納得」
「こっ──」
これだから、と松子は頭を抱える。
「同中出身者はイヤなんよッ」
と叫んだ。
かつて政敵の陰謀により罪を着せられたことでこの地に左遷され、命を落とした菅原道真。
彼の死後、陰謀に携わった者どもが次々と死んでゆくことから、都の天皇が『道真の祟り』だと恐れた。
この太宰府天満宮では、祟り神であった道真を祀り、現在では学問の神様として広く親しまれている。
──と高村が説明する。
そのなかで、列の後方で話を聞いていた柊介がとなりに立つ八郎を肘で小突いた。
「おい」
「なに」
「さっき、どうした」
「なにが?」
ボソボソと声を抑える。
八郎の顔はまだ少し浮かないが、喧嘩を引きずっているわけでもなさそうだ。
「四宮と喧嘩してたやろ」
「……べつになんでもあらへん」
「…………」
八郎がこういうとき、強情になるのは昔から。
このまま掘り下げてもおそらくはなにも引き出せまい──と柊介はちいさく肩をすくめた。
「御守り買うならあっちで売ってる。が、いっぺんに行くとほかの参拝客に迷惑やからな。様子見ろよ。つぎの集合は三十分後、各クラスのバスやでェ」
「はーい」
かわいらしい返事をした高校生たち。
しかし、高村の「解散」という言葉と同時に、生徒たちは一斉に御守り売り場に押しかけてゆく。
来年の受験にむけて道真の力をなんとかあやかろうと必死らしい。
案の定、教師陣は鬼の角を生やして、一斉に取り締まりにかかる。
「コラーッ、いま言うたばっかやろ鳥頭どもーッ」
「キャハハハハ」
「だいたいお前ら、まだお参りもしてへんやないかい。挨拶もせんと力だけあやかろうったってそうは問屋が卸さへんぞ!」
と、怒鳴る高村。
その声に、先におみくじを引こうとしていた周囲の参拝客もすごすごとお参りに向かいはじめた。
「ハハハ、やっぱ高村先生は迫力あるなあ」
武晴がカラカラとわらう。
その腕をぐいと引いて、柊介が「ちょっと」と顔を寄せた。
「なに柊クン」
「新幹線で、ハチと四宮が喧嘩してたやろ──あれどうした?」
「あー、あれな」
「原因なんやったん」
「なんやったんやろな」
「は?」
柊介の額に青筋が走る。
「いやさ、喧嘩の途中でコロコロ話題がすり変わるもんで、いったいなにが元々の原因か──ああ、でもまあ……ハチがデリカシーのないことを言うて、松子がキレてハチのこと蹴っ飛ばしたっちゅうのは事実や」
「…………」
「そっから言い争いになって、もっかい松子がハチの脛蹴ったからハチがキレて」
「そらキレるわ。いてーもんな」
「うん……まあ、つまりは子どもの喧嘩」
「あっそ──」
くだらね、とつぶやいた柊介をじっと見つめ、武晴は「うーん」とうなった。
「まさか柊って……恋愛的な意味でハチのこと好き?」
「は?」
秒速の圧であった。
気色悪ィこというなよ、といった柊介の額には二本目の青筋が走る。彼は昔からこの手の冗談を好まないのだ。武晴はあわてて首を振った。
「いやいやジョーダンやて。とりあえず、松子にはオレからも言うとくから。ハチは基本引きずらんし、心配あらへん」
「……ああ」
人の感情というのは難しいものである。
同じ言葉でも、いう人と受けとる人の関係性によって含む意味は変わる。さらにそのときの精神的コンディションによっても然り、だ。
(…………)
天満宮に深々と辞儀をする。
──はよう、ふたりが仲直りしますように。
みんなで楽しく、がモットーの武晴にとって、これはこの上なく切実な願いなのであった。
「おうい松子ォ」
参拝を終えた武晴は、ほかの生徒が天満宮内を散歩するなか早々にバスへともどる。
集合時間まではまだ二十分もある。そのためか、バスのなかにいるのは松子ひとりであった。
「あれ、武晴。早くない?」
「お前に言われたないわ。ぶさくれて戻ってくとこが見えたさかいに、しゃーなく追っかけてやったんやで。幼馴染みに感謝せえ」
「頼んでねえー」
と、松子が携帯を片手に足を組み替える。
武晴はその前席に座り、背もたれ越しに松子を見下ろした。
「んなことよか、お前。さすがにガキやぞさっきの喧嘩は。脛を蹴りあげるんはあかん、キンタマのつぎに痛いとこやねんから」
「……ま、たしかに蹴ったんはわるかったと思てるけどサ」
「よしよし。ていうかそもそも、ハチにデリカシーがそれほど無いことくらいわかっとったやないか。お前、なんであないに怒ったんや」
これまでだって、色恋については空気の読めない八郎はイヤというほど見てきたはずである。しかし松子は、携帯をいじる手を止めて首を振った。
「べつに、……恋したこともないくせに、恋する京子の気持ち考えもせんで笑うから腹立っただけや」
「そない嫌みに聞こえたか?」
「もう覚えてへん」
「…………」
「わかったわかった、謝ればええんやろ」
松子は両手をあげた。
謝ろうとは思ってたし、といってバスの窓から外を覗く。
「アンタはホンマに、みんな仲良しが好きやねんね」
「だって空気悪ィもん。気ィ遣うしさ」
「ごめんって」
「しっかしなぁ、ハチもハチで──いつもは何されてもわりとノリよく返すのに。なんだってさっきはあんなにキレたんやろ」
「さあ……ま、あの言い分やと、人の恋路にいちいち首突っ込むなっちゅーことなんちゃう? お節介もほどほどにっていう──」
と言っている間に、窓から八郎と柊介、明夫が戻ってくるのが見えた。
「……しゃーない。謝ったろ」
「援護いるか?」
「いらん」
そして松子が立ち上がる。
「蹴っとばしてゴメンネ」
バスの乗り口にて、柊介、明夫に続き乗り込もうとした八郎の進路をふさぎ、松子はいった。
柊介と明夫がちらとそのようすを盗み見る。
が、最前列を陣取る武晴がそれを許さず、ふたりを席に押し込んだ。
「あ」
と、八郎は戸惑いながらもやがて意地悪く笑みを浮かべる。
「──さっき脛見たら青アザなってたで!」
「ゴメンって!」
「や、まあほら。そもそもおれがいらんこと言うてもたからやし、こっちこそ──スンマセン」
「そうよ。アンタにはデリカシーがないねん」
「なんやねん! せっかく謝ってんのに!」
「まあええわ。これで手打ちや、喧嘩おわり」
ポン、と松子はにっこりと手を叩く。
ようやくバスに乗せてもらえた八郎は、武晴のとなりに座って足をぶらぶらと揺らした。
「仕返しで一回くらい脛蹴らせてェや」
「性格わるっ」
「あーよかった。みんなが戻る前に、気まずい空気がなくなった」
ぐん、と武晴が伸びをする。
外を見れば、続々とクラスメイトたちがバスに向かってくるところだった。
「ホンマに小学生の喧嘩やないか」
「四宮もわりと子どもやった」
武晴と八郎のうしろ。
二列席に座る柊介と明夫がぼそりとつぶやき、未だに座らない松子を盗み見た。
「…………」
柊介は、その視線が一点を見つめていることに気付く。
バスの外、クラスメイトのなか──だれだ?
「おい四宮、はよ座れ」
「え? あ──ウン」
歯切れも悪い。
あの集団のなかで、松子が気を向けそうなヤツ──と目で探すと、いた。
「あー、堀江かァ」
「はッ?」
ぽろりと漏れた名前。
その名前に対して過剰なまでに反応した松子の頬がみるみる赤く染まってゆく。
それに気付かぬ武晴ではなかった。
「ほーん、堀江ねぇ」
「せやな、お前ってむかしから寡黙な色男、好きやもんなァ」
「オレのこと面食いいうてバカにするけど、おまえも大概やで」
「な」
「…………」
気まずそうに顔をそらす明夫、キョトンと一同を見比べる八郎──対して、にんまりといやらしく口角をあげる柊介と武晴を見て、松子はすべてを悟る。
「そうかそうか、おまえも恋する乙女やったちゅーわけか」
「そら、ハチのデリカシーのなさにキレるわな」
「納得納得」
「こっ──」
これだから、と松子は頭を抱える。
「同中出身者はイヤなんよッ」
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