片翼のエール

乃南羽緒

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第二章

26話 リーグ戦

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 神奈川県大会本選当日。
 県予選においてベスト8まで勝ち上がった高校が、本選会場であるゆとりの森公園テニスコート場に集合した。
 そのうちの二校が、青峰学院高校と我が才徳学園である。賞状はベスト8から贈られるが、才徳学園は興味もない。勝ち獲るべくは県優勝から関東大会への切符ただひとつ。
「とうとう県本選よ。みんなのこと信じてるから、絶対に優勝しましょうね!」
 と、顧問の天谷が拳を突き上げる。
 どこか緊張感の削がれる応援に、レギュラー陣はほっこりとわらった。が、大神はひとり険しい顔で一同を見渡す。
「では、今日のオーダーを発表する。S1が俺でS2に杉山」
「おう!」
 杉山の頬が紅潮した。
 あれから大神との特訓を繰り返し、杉山はわずか二週間足らずでシングルスに対しての苦手意識を打ち消した。
 今日がその御披露目なのである。伊織がにっこりわらって杉山の肩を叩く。
「D1に倉持と明前」
「おっ、よろしくな明前」
「はいッス。めっちゃ頑張ります」
「なんでオレんときと反応ちゃうねんコラァ!」
「うるさっ」
「前回も言ったとおり、今年からベスト4以上はリーグ戦だ。オーダーは前にも発表したが変わらずD2に姫川と星丸、S3に蜂谷──」
 と、聞くなり星丸と姫川はよっしゃあと飛び上がった。いい加減、公式戦の待機に飽きていたところだったからだ。
 いいか、と大神の口元に笑みが浮かぶ。
「オーダーは以上だ。次の試合、ベンチコーチはこれまでと同じ、S1には七浦、ほかは俺が入る」
 え。
 などという声こそ上げないものの、伊織はわずかに首をかしげた。果たして自分がベンチに入る必要があるのか──という疑問が浮かぶ。
 しかし大神は心のうちを読んだのか、
「必要はある」
 ピシャリと言った。
 それから、倉持と顧問の天谷の肩に手を回す。才徳学園円陣の合図である。一斉にメンバーはとなりの人間の肩を組み、前傾した。
「県大会、俺たちが残す結果は優勝ただひとつ。こんなところで転けんじゃねえぞッ」
「応ッ」
 声がひとつになる。
 ここで一番嬉しそうだったのは、なぜか顧問の天谷であった。こういう運動部のノリがたまらなく好きらしい。
 とはいえ、青峰以外の高校など、いまの才徳学園には大した相手ではない。大神は準々決勝のS1試合時間を二十分に抑え、ゲームカウント6-0というストレート勝ち。D1ペアも難なく勝ち進んだ。レギュラー陣が一抹の不安としたのは、公式戦でのシングルスが久しい杉山のS2であったが、チームメイトの心配もよそに、彼は人一倍楽しそうにテニスをしてベスト4進出を決める。
 神奈川県の関東大会出場枠は四校。これで関東大会への切符は手に入れたようなものである。
 やったやった、と伊織はよろこんだ。
「スゴイ、関東大会行けるんや!」
「当たり前だろ。こんなところでまごついてたら、桜爛なんて夢のまた夢だぜ」
 と、姫川は星丸とともに入念にストレッチをおこなう。
 公式戦で伊織がこのふたりのダブルスを見るのははじめてだ。もちろんS3に出る蜂谷も。彼はいつもどおりのクールな面持ちでラケットをくるりと遊ばせる。
「Aコートが終わって、ベスト4が揃った。ここからはリーグ戦だ」
「うちと青峰──あとどこだ?」
「星翔と入生田。まあ、出るとこが出揃ったって感じか」
 蜂谷が言ったところで、各々クールダウンを終えた四人の才徳選手が戻ってくる。
 ついさっき試合を終えたというのに、彼らの顔に疲れは一切見えない。伊織は満面の笑みで杉山の腕に抱きついた。
「オスギ、めっちゃええ感じやーん!」
「うるさいわピーコ。オスギ言うなや。まあ確かに、今日はシングルスがめちゃくちゃ楽しいよ。不思議なもんやで」
「大神とどんな特訓したん」
「そらァ秘密でんがな」
 と、杉山の瞳が泳ぐ。
 伊織は不思議そうに大神を見るも、彼は言うつもりがないのかフッとわらってラケットのグリップを巻き直した。
 きたわよぉ、と背後から天谷夏子が駆けてくる。リーグ戦の対戦表を受け取ったらしい。星丸がぐっと顔を寄せた。
「天谷先生、リーグ戦の初戦は?」
「青峰学院ですって」
「ッエ、初戦から!?」
「そうなの。つぎに星翔ときて、最後が入生田だそうよ。まあ最初に一番難しいところ突破しちゃう方が、あとが楽だわよ」
 とほほえむ彼女。
 コート割りは出ましたか、と大神が紙を覗き込む。天谷ははりきって紙を突きつけた。
「A、Bコートでうちと青峰のS3、D2。C、Dコートで星翔対入生田のおなじ試合がおこなわれるって。それからは空いたコートへ順にS2、D1、S1って試合を開始するそうよ。いちいちアナウンスはしないから、個人でしっかり見ておくようにって!」
「初戦が本命──上等じゃねえの。いいかお前ら、一切の妥協も油断も許さねえ。どこであろうと完膚なきまでに叩きつぶせ」
 唸るように言い放った大神の笑みは凶悪である。台詞も笑顔もあくどいなぁ、と杉山が苦笑した。
「ちなみにリーグ戦じゃ試合順がどうなるか見えねえ。俺はベンチコーチに入らねえからな、俺が見てねえからって各々たるんだ試合すんじゃねーぞ」
「むしろ気が抜けていい試合が出来るかもな」
 と、姫川はにんまりわらった。
 ほどなくしてS3とD2の試合開始五分前のアナウンスが流れる。会場に残った四校の該当選手が一気に動きはじめた。もちろん才徳の姫川と星丸、蜂谷も同様である。早々にコートへ入るD2を見送って、大神を除くレギュラー陣はコート前を陣取った。
 一方、緩慢な動きでラケットを手にした蜂谷が一冊のノートを伊織に渡した。
「七浦さん、これ」
「うん?」
「全員の試合を見て、気がついたこととかメモしといて」
「え、うちが? でもこのノート、いつもハチやんが大切にしとるやつやんか──勝手に書き込んでええの?」
「別に落書きしろって言ってるんじゃない。相手のことでも、才徳のことでも、七浦さんの目に映るみんなのテニスをここに書いてくれ。あとで見直して練習メニューとかを調整したいから」
「じ、重大任務やな!」
「ああ。期待してるよ」
 蜂谷はふっと口角をあげてゆっくりAコートへと入っていく。
 手元に残った分厚いノートはやけにずっしりと重たくて、中にはこれまで蜂谷が見つめてきた自他校の選手たちが、いつどんな試合を繰り広げてきたのかが刻銘に記されていた。伊織はそれはぎゅっと胸元に抱きしめる。うしろで見ていた大神がふっとわらった。
「よお、頼んだぜマネージャー」
「うん──なあ大神」
「あん」
「うちは、大神の試合でベンチコーチ入ってもええやんな?」
「……当然だ」
「うん!」
 パッと伊織の顔に花が咲く。
 彼女はさっそく倉持と天城のあいだに身を滑り込ませ、どちらの試合も見える場所を陣取ると、身を乗り出してノートをひらいた。
「伊織、おまえほかの試合のベンチには入らへんのんか」
「うちは大神専属のベンチコーチやからな。S1はじまるまでは、ハチやんに任された使命をここでつとめることにした」
「まあでもたしかに、伊織さんがベンチ入ったら──逆に気が散って集中できなさそうッスね」
「かわええマネが近くにいてると緊張するんか? 案外ウブやな薫くん」
「……マジ絡みづれェな令和の徹子」
「徹子ちゃうわタモリや!」
 これより、神奈川県大会ベスト4リーグ戦第一試合、才徳学園対青峰学院高等学校D2およびS3試合がはじまる。
 両校とも全国に通用するレベルの実力。会場の視線は一気に集まった。──それは当然、県大会参加以外の観戦者たちも同様である。
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