片翼のエール

乃南羽緒

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第五章

81話 D2でいっしょに

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 三月十九日。
 三月彼岸の真っ只中、福岡県某市にある『くぬぎの森テニス競技場』にて全国選抜高校テニス全国大会が開催された。
 冬の終わり──三寒四温と例えるには春の気候に近い今日。前日の冷え込みから一変して、朝からダウンジャケットを着るには汗ばむほどまで気温が上がり、試合会場にはすでにウィンドブレーカーを脱ぐ選手がちらほらと見受けられる。
 格式張った開会式ののち、第一ラウンド──トーナメント表の小山に入った高校の選手たちが、各自割りふられたコートのもとへ陣を移動させる。
 シード校および運良く大山を引き当てた才徳などの学校は、これからはじまる第一ラウンドで勝ち上がった学校と対戦することになる。とはいえ全四十八校のうち第一ラウンドで対戦する高校は三十二校。つまり十六の団体戦がおこなわれるわけで、ひとつの団体戦が五試合と考えると第一ラウンドだけで八十試合がおこなわれるということである。
 第二ラウンドも同様に八十試合の計算となるため、開会式では、第一ラウンドは十九日、二十日の二日間、第二ラウンドは二十一日、二十二日の二日間にかけておこなうとのアナウンスがあった。
 二日目の第一ラウンドで試合を予定する学校と、第二ラウンド以降に出番を待つシード校及び大山を引き当てた才徳学園他の学校に関しては、早々に会場からひきあげて、会場の空いたスペースを利用してラケット練習やスタミナ強化のトレーニングに励む。
 六番コートから十番コートにておこなわれる試合の勝者が、第二ラウンドにて才徳と対戦する学校となる。敵情視察も兼ねて、コートを見渡せる観客席には天谷夏子と伊織、蜂谷のすがたがあった。
「滋賀代表のセントロメリア学院か、富山代表の黒部中央高校か──どっちもがんばってるわねえ」
「見たとこ、そこまで脅威とちゃうなあ」
「そりゃあ一応俺たち、関東で一色徳英と桜爛に勝ってきたからな。ただでさえ関東大会はほかの地区とくらべてもハイレベルって言われているんだ。そうそう負けてらんないよ」
 と言いつつ、蜂谷は念入りにノートへ何かを書き込んでいる。
 どっちが上手か分からないわね、と天谷は嬉しそうに言ったが、伊織と蜂谷の見解では見るかぎり、聖ロメリア学院が勝つだろうと予測づけた。彼らの試合はワンセットマッチながら、各ゲーム五十分越えがほとんどであったが、ふたりの予想通り3-2という僅差で聖ロメリア学院が勝ち鬨をあげるに至った。

「第二ラウンド、才徳の対戦校が聖ロメリア学院に決まった」
 大神が言った。
 二日間にわたっておこなわれた第一ラウンドを終えたその夜、一日のほとんどをトレーニングに費やした才徳メンバーは顧問の天谷夏子と伊織が泊まる一室に集まって、ミーティングを開いた。おもな内容は明日以降の第二ラウンド、対聖ロメリア戦のオーダーについてである。
「明日の試合、S1とS2、D2は通常どおりで行く。つまり俺と倉持、姫川と星丸だな」
「おう」
「はーい」
「S3に明前」
「えっ」
 明前がパッと顔をあげた。
 関東から全国までの二ヵ月間、杉山とのダブルス練習が多かっただけにてっきりダブルスに戻るものと思っていたらしい。が、大神は続けて言った。
「D1に杉山と──天城」
「はい。……エッ?!」
 どうして、という顔で天城が蜂谷を見た。
 大神が戻ってきたいま、順当にいけば蜂谷が務めるものとおもっていたからである。しかし蜂谷はにっこりわらってノートを振った。
「ちょっと第二、第三ラウンドはお暇もらうよ」
「…………」
「なんだ天城。嫌か?」
「いや──いえっ、嫌じゃないです。やりたいです!」
「俺たちが引退する前に、公式戦でのお前のダブルスも見てみたい。それに明前にももう少しシングルスを積ませてえからな。おい杉山、いいだろ」
「モチのロンやで。練習で何度か組んだしな。とはいえ公式戦の、しかも全国大会で初めてペア組ませるとかおよそ尋常な所業とちゃうけど。おもろそうやからええわ」
「す、杉山先輩──」
「大丈夫大丈夫、あとで部屋もどったらボードで軽く合わせとこか」
 杉山はにっこりわらった。
 円を囲みおこなわれるミーティングの輪の外で、布団を頭からかぶった伊織が「第三も?」と口をはさむ。大神はいや、とゆっくり首を振った。
「第三ラウンドからはD1に明前、S3に天城でいく予定だ。なにせクォーターファイナルじゃ、アイツらがコケなきゃ飛天金剛とやり合うことになるだろうからな。ふたりの息を合わせておきてえ」
「せやな。明前とのダブルスもなんだかんだ県大会本戦以来やもんなぁ」
「おい大神、だったら廉也もシングルスさせてみた方がいいんじゃねーの?」
 と、身を乗り出したのは姫川だった。
 彼のいうとおり県大会から全国の今日まで、練習では星丸もシングルス練習をこなしてきたものの、公式戦ではいまだにシングルスをしたことがない。とはいえ肝心の星丸自身は姫川の申し出を聞いた瞬間、ビクリと肩を揺らして大神をちらと見た。情けないほどに眉を下げている。
 その視線に対して大神はこくりとうなずく。
「明前と天城のシングルスが試せるのは、D2の安定感があってこそだ。ここで崩すのは得策じゃねえ」
「つっても来年度どうすんだよ。コイツ本来はシングルス向きだったろ、おれとダブルス出来たからって新しいヤツとダブルスが合うかわかんねーじゃん」
「バーカ。俺から言わせりゃ、オメーに合わせることができりゃあ誰とでも組めるだろうよ。言っとくがオメーのダブルスの方が星丸じゃなきゃ成立できねえぜ」
「でも──お前はいいのかよ廉也」
「えっ」
 これまで大神を見つめていた星丸があわてて姫川へ視線を移す。
「え、じゃねえよ。お前だって入部当初に尖ってたころはシングルスやりたいって言ってたじゃん」
「ちょっとその頃の自分を思い出すとマジでハズいからやめてくださいよ! いまはオレ、姫川先輩が引退するまではD2でいっしょにやりたいから──」
 といって星丸は恥ずかしそうにうつむいた。
 なんて健気な後輩だろう、と人情派な倉持や杉山はほっこりとわらったが、姫川は大きな目をくるりと見ひらいて、
「はあ?」
 と盛大に眉をつりあげた。
「お前バカじゃん。そんなくだんねー理由でシングルスから手ェ引いたら、マジで来年度からどうすんだよ。部内戦やったらアッという間に天城にボコられるぞ」
「ちょっとくらいかわいい後輩だなって浸ってくれてもいいじゃないスか……」
「まあまあ、星丸は今後もチャンスはあるんだし全国で無理やり試すこともないんじゃないの? 本人もこう言ってるわけだし──な、大神」
「蜂谷の言うとおりだ。とにかく明日以降の試合で星丸がD2から外れることはない。以上。異論は?」
「まっ、廉也がいいならいいけどよ。そこまで言うならおまえ明日からの試合もクソみてえなプレーしたらぶっ飛ばすからな!」
「わ、分かってますよ!」
 星丸はすこし嬉しそうにわらった。
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