片翼のエール

乃南羽緒

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第五章

96話 かかってきやがれ

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 忽那兵介と本間恭平。
 攻撃的な本間に対して慎重派な忽那のプレーがうまく合致し、バランスの取れたペアプレーを繰り広げる。とくに忽那のディフェンスプレーは精度が高く、並のスマッシュならばたいていスライスロブで返球する。その正確性もさることながら高いコントロール力によって相手の死角へ落とすため、相手は対応に間に合わない。
 それゆえ忽那を避けて攻撃しようものならば、本間の大反撃がやってくる。攻撃は最大の防御とは彼のためにあるようなことばである。
「関東大会で見たときは、姫ちゃんたちもよく勝ったなァって感心したぜ」
 と、松工の長峰がつぶやいた。
 おなじく松工の国見への語りかけか、はたまた独り言か──長峰の顔は浮かない。それにつられるように国見の顔もすこし翳る。
「あの日──桜爛はマネージャーに不幸があった。もちろん忽那たちは試合中だったから知らなかったはずだけど、俺が見てたかぎりじゃ忽那はけっこう播磨のようすを気にしてた。試合に集中出来てなかったってのもあるかもな」
「おいおい。それだと関東の試合は姫ちゃんたちの実力で勝ったわけじゃないって意味になるけど?」
「や、もちろん実力があってこその結果には違いねえけど。ただ、あの試合がかなり拮抗したものだったのもたしかだ。決して忽那や本間の実力が劣っているわけじゃないってことだよ」
「そんなことは──わざわざ言われなくたっていやでも分かるよ。いま目の前でまざまざと見せつけられてるんだから」
 と長峰は肩をすくめた。
 アウト、と四番コートから審判の声がする。アウトボールは才徳側、いまのポイントによって姫川サーバーの一ゲーム目が桜爛ペアにブレイクされた。一ポイント目から五分と経たずに奪われたゲームを前に、姫川と星丸の表情がこわばる。
 わずか一ゲーム目終了の時点で、関東大会で戦ったときよりも桜爛D2の連携やショットが段違いに上回っていることは一目瞭然であった。チェンジコートする才徳のふたりは、顔を寄せ合って次ゲームの組み立てを相談する。
 やだちょっと、と諸星杏奈が眉を下げた。
「負けちゃわないよね? さっきのボール、なんでか跳ねなかったよ。ふつうに跳ねたら星丸くん間に合ったのに」
「さっきのは、スライスっていう逆の回転がかかってたから──」
「逆の回転がかかってるからなんなのッ」
「あの、だからこんな感じで地面とボールに摩擦が起きて──」
「あ、そっかなるほどね。えーすごい、向こうの人そんなこと出来るの?」
「スライスはかなり初歩的なテクニックで──」
「えーっ」
 と。
 なぜか昨日からすっかり杏奈の専属解説役と化した松工の馬場園。満更でもないようすで、杏奈の質問に逐次的確に回答する。おなじくテニスは素人である椿ふゆ子も、杏奈の背に隠れるようにしてともに説明を聞く。彼女は、馬場園たちのようにいかつい男子には慣れていないのである。
 それを横目に水沢が、
「──どうやら厳しいのはこっちもだよ」
 といって観客席から身を乗り出した。
 その視線は、三番コートでおこなわれるS2試合。先ほど仙堂のサービスゲームが終わり、ゲームカウントは桜爛リードの2-0。
 初手のサービスゲームを落とした倉持は、若干プレーに焦りが見える。
 ケッ、と犬塚が悪態をついた。
「桜爛の天才だか軍師だか、ずいぶん偉そうな二つ名つけられてんじゃねーか。さっきから見てたけど、コントロールとゲームメイクのセンスくらいだろ。パワーもフットワークも特別すげえわけじゃねえし」
「そのコントロールとゲームメイカー気質が厄介だからそう言われてるんだ。あんだけ自陣コート内で揺さぶられたらミスも増える。仙堂の怖いところは、自分がそこまで動かないのにコントロールとテクニックだけで相手のスタミナを削って、音をあげさせるとこだよ」
「『鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス』──か」
 馬場園がけわしい顔でつぶやいた。
 さっそくの倉持のピンチと聞き、杏奈の顔が曇る。先ほどまであっけらかんとテニスについて学んでいたのが嘘のように、じっと沈黙してS2試合の動向を見守っている。しかしふゆ子は意志の強い顔で杏奈の手をぎゅっと握った。
「大丈夫よ、諸星さん。アタクシ毎大会こっそり応援に参りましたけれど、あの方いっつも最初はこんな感じですもの。いつもみなさんをハラハラさせて怒らせていらっしゃるわ」
「あ、ああ──そういえば馬場園くんの試合も、さっきの飛天金剛も黒鋼もそうだったけ、ね」
「うん。ぜったい大丈夫よ、それにしてもお相手の方ってそんなに相手をいたぶるのがお好きなの? いやな方!」
「いたぶる、って──はははっ」
 と、国見が吹き出した。
 それを押しのけて、馬場園が杏奈の前にぬっと顔を出す。
「あ、アイツは。倉持の武器はなによりスタミナだから。──仙堂がこれまで戦ってきた相手のなかじゃ一番相性がわるいはずだ」
「スタミナ。……」
「そうそう。まだ三ゲーム目だろ、テニスなんてまだまだこっからだから。そう不安そうな顔しないで──今度うちの野郎どもと合コンでもしようよ」
 といって長峰もあっけらかんとわらう。
 突然の申し入れに杏奈はきょとんとしたけれど、直後の国見と馬場園の動揺っぷりがおもしろくておもわず吹き出した。合コンについては置いといて、と前置きをして杏奈はうれしそうにうなずく。
「そうだね! あたしもいい加減、アイツの実力信じてあげなきゃ」
「そうそう。それで合コンのことなんだけど──」
「いやっけだもの!」
 ふゆ子が身をよじる。
 そんなあ、と泣きそうな声を出す長峰のとなりで国見はふたたびクスクスとわらう。そのようすを微笑ましく見つめるは、神村と才徳学園の校長──学園長ともいう──であった。
「若いっていいですねえ、校長」
「ああ。まぶしくって目が痛くなってきたよ」
 ────。
 ──などと。
 盛り上がる観客席をよそに、試合に臨む倉持の内心はおだやかではない。
 昨年の全国大会初戦においてS3で対戦した仙堂尊。当時の倉持は今ほどフィジカル面の安定性もなく、仙堂の正確なコントロールテクニックに終始振り回された。試合が終わるころには立ちあがるのも厳しいほどスタミナを削られ、大神に支えられてコートから退場したという苦い思い出がある。
(あの頃の俺とはちがう。が……)
 倉持はふう、と息を吐く。
 一ゲーム目の倉持サービスゲームからいきなり仙堂節が炸裂した。強い回転をかけても、こちらで左右に振ってみても、仙堂はそれを軽くいなして深くするどいボールをコート隅へ叩き込む。スタミナとフットワークには自信があるため、意地でも食らいついてドロップショットやボレーも駆使したが、結果は仙堂の二ゲーム連取。
 蓋をあけてみれば昨年とおなじく、仙堂の手のひらの上でころがされているばかりであった。
(ただ食らいついて返すだけじゃだめだ。いまみたいに単純な組み立てじゃ仙堂に先読みされて返される。でも、俺は仙堂みたいに先読みして動くなんてのは得意じゃない。だからといって小手先のテクニックで誤魔化せるような相手じゃない。俺の出来ること、俺の持ち味、……)
 ボールを地面につく手がふるえた。
(この一年間、俺はなにやってたんだっけ──)
 ちらりと右側へ連なるコートに目を向ける。
 ひとつ飛ばした先の一番コートで、コートを駆けまわる大神のすがたが見えた。一ポイント内で目まぐるしいほど動いているのに、そのひとつひとつのショットがブレることはない。それは彼が自身のフィジカル面において研鑽を積んだからに他なるまい。大神が人一倍努力家であることは、倉持が一番よく知っている。
(いやちがう)
 倉持は顔をあげた。
 スタミナを武器にひたすらボールに食らいつく、泥臭くてまったく革新的ではない根性プレー。倉持が入部直後からあこがれた、彼のプレー。
「これが俺のテニスだ」
 つぶやいた。
 三ゲーム目、倉持サーバー。トスをあげる。サーブは焦らずのびのびと。
(ただひたすら食らいつく、それの何がわるい。それが俺のテニスだッ)
 サーブは内角へ入った。
 仙堂のリターンがショートクロスへ飛ぶ。瞬間、倉持は駆けあがりアプローチショット。おそらく仙堂はこのあとロブをあげて倉持をうしろに下げるだろう。読み通り、仙堂のボールは絶妙な高さとスピードで倉持の頭を越す。ふつうの選手ならばこのロブは追いかけても取れまい。しかし倉持はふつうの選手ではない。
 彼の武器には、フットワークもある。
(舐めんな!)
 倉持のラケットがボールに届いた。ボールが返る。が、すでに仙堂は前に詰めていた。いやらしいほど優しいタッチでドロップボレー。しかし倉持はあきらめなかった。ベースラインから駆けあがり、掬い上げるように返球。
「なっ」
 仙堂のとまどう声が聞こえた。
 が、それはわずかに届かずネット。
「ら、0-15」
 審判がコールする。
 まさか届くと思わなかったゆえか審判の動揺が垣間見えた。しかし、動揺したのは審判だけではなかったようである。倉持からの返球にそなえて構えていた仙堂が、ハ、と息を吐きながらゆっくりと構えを解いた。
 ──まさか届くとは、とでも言いたげに。
 目を見ひらいてネット前に立ち尽くす仙堂へ、倉持は拾ったボールを送球する。
「上等じゃねえか」
 そしてギラリと瞳を光らせた。

「どこに落としたって拾ってやらァ。かかってきやがれ」

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