R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

文字の大きさ
5 / 54
第一夜

第5話 凶器の弾丸

しおりを挟む
 警視庁刑事部捜査第一課所属の沢井龍之介警部補はいま、担当する事件に頭を悩ませている。
 ──品川区ホテル射殺事件。
 遺体発見現場で男を確保した、と聞いたときは早々に解決かとおもわれたが、発生から二週間以上が経った現在においても確証が得られず、起訴猶予のタイムリミットを目前にしている。
 なぜここまで難航するのか。原因は三つある。
 
 まず、事件現場に問題があった。
 現場となったのは『革新ホテル』という名の次世代型宿泊施設。被害者は大手商社に勤める男とその妻であり、殺害現場には夫妻の娘であろう少女が身をふるわせていたという。
 連絡を受けて駆けつけた沢井が、開口一番漏らした言葉は
「なんじゃこりゃ」
 だった。
 ホテル受付には二体のヒト型ロボットが設置され、ロビー全体は細やかなプロジェクションマッピングによって近未来のイメージに彩られる。先駆けた交番警官に話を聞けば、事件当時受付ロビーは無人であった。沢井と三橋が到着してすぐ、ホテル支配人を名乗る権堂健介ごんどうけんすけがやってきたが、彼は事件当時、スタッフ常駐室にこもりきりで、当時の来客状況をリアルタイムで把握していたわけではなかった。
 ──ホテルマンがなんたるザマか。
 昔気質な沢井にとって、このホテルはすべてが理解し得ないことの連続であった。
 ホテルマンならば宿泊客を出迎えて然るべきだし、宿泊施設なのだから内装もリラクシング要素重視にすべきだろう──と、事件そっちのけに不満が漏れる。が、相棒たる三橋綾乃は、上司でもある沢井の発言を嘲笑で一蹴。
「そういう発言するといまどき老害と言われますよ。東京って街は世界的に見てもテクノロジーが栄えた場所ですから、こういうのも不思議じゃないでしょう。むしろ近未来じゃこういうホテルが一般的になっているかも」
「チッ。効率化だのテクノロジーだの、心がねえよ。心が」
「ふふ。そりゃ、わたしも過去に重きを置く人間ですから──気持ちは分かりますけど」
 などと、彼女なりのフォローも添えて。
 つづく問題は、被疑者の男である。
 通報を受けた警官が突入した際、現場には被害者のひとり娘のほか、もうひとり男がいたという。
 男は遺体のそばに跪き、左手には一丁の拳銃を携えて、少女へむかって右手を伸ばしていた。状況的に男が怪しいため手荒に取り押さえたものの、男は罵倒はおろか悪態やうめき声すらあげずに、おとなしく捕まったとか。
 沢井らが到着した時点ですでに署へ送られており、その場での聴取はかなわなかったが、確保した警官によれば
「一切の身分証もなく、本人も頑として沈黙を貫いた」
 らしい。
 その後の調べで、現場となった一室は男が宿泊するはずの部屋であることが判明。被害者家族が外から招かれたのかと思いきや、彼らは別部屋での宿泊予定だったことも分かった。
 ──接点はなんだ?
 男の身元が分からぬ以上、被害者家族とのつながりも見えてこない。それなのに男は勾留されてから今日まで「タバコ」の一言しか喋らない。
 ならば、と聴取対象を目撃者の少女へ変更するも、ここでもまた問題が顕在した。
 彼女はショックと混乱のためか、声を出すことができなくなっていた。事件後すぐから、警戒心を解くべく三橋が毎日接触を図るも、事件に関するコミュニケーションは断固拒否。起訴期限まで幾ばくの猶予もなくなった先日、所轄の刑事が断定的に
「親を殺したのはあの男だろう」
 とぶつけてようやく、少女が首を横に振り、意思を示した。
 それによって事件はふたたび後退したのである──。

 検察が起訴保留する理由はそれだけではない。少女の証言を裏付けるように、男の嫌疑を晴らす材料がほかにも出てきたのである。
 鑑識課による調査の結果、事件現場には被害者夫婦とその娘、男のほか、あとふたり分の痕跡を確認したのである。それらはいずれも男性で、ホテル従業員のだれとも一致しないことも判明した。
 ならば宿泊客か──と、遡って調べたものの、過去二週間分の宿泊客は一致せず。いよいよ捜査は暗礁目前であった。

「電話でお伝えしようとも考えたんだけど、見てもらった方が早いとおもって」

 帝都中央医科大学法医学研究室。
 今朝方、捜査資料とにらめっこする沢井のもとに、ここ研究室の主から電話がかかってきた。被害者夫婦の解剖結果について新たに判明したことを伝えたい、とのことだった。
 少しでも多くの情報が欲しい沢井は、連絡を受けるや本部を飛び出し、ひとりでここまでやってきたのである。
 室長、藤宮神来ふじみやみらい
 昨年秋頃にここへ着任した法医学医で、その若さながら腕はたしか。彼女の助言により事件解決につながった事例も多くあるとか。とかく死体と向き合うことが好きなのだ──とは、彼女の弟である藤宮恭太郎の証言である。
 肩ほどの黒いストレートヘアを揺らし、沢井の前に腰かける。手にはふたつのコーヒーカップ。沢井が来るたび飲んでいるから、よほどの珈琲愛飲家なのだろう。
「あら、今日彼女は?」
「三橋なら別動隊で出てるよ。アンタの弟もいっしょにな」
「恭?」
 長姉はなんとも言えない顔をした。
「またエライもんに協力要請したのね」
「んなこたねえ。ありゃ聴くことにかけちゃプロだよ」
「──なるほど」
 警察の思惑を理解したらしい。
 コーヒーカップを沢井の前にひとつ置くと、神来はデスクに置かれていたバインダーを手にとって、沢井の対面に腰を下ろした。
「さっそくだけど、これを見て」
 差し出されたバインダー。
 挟まる写真には、不気味な形状をした弾丸が写っている。
「これは」
「死因は先日お伝えしたとおり、脳天一発からの失血性ショック死ね。分かったのはこの弾丸の種類よ。その名も──R.I.P」
「なに?」
「『Radically Invasive Projectile過激に侵入する弾』の頭文字からとったそうだけど、本来の意味合いは『rest in peace』のが強いかもね」
rest in peace安らかに眠れ──か? 胸糞わりいな」
「事実、その名の通りの殺傷能力を誇る弾なのは間違いない。弾丸の特性としてあげられる指標に、貫通力と破壊力があるけれど、同時にそれらは相反する。けれどこの弾は、どちらも両立されるように作られたもの──つまり、人を確実に仕留めるためにつくられた弾なのよ。見て」
 神来の指が写真を指す。
「この弾は発射されると、王冠のような形に広がって動きを止めるの。花が開いたみたいでしょう」
「こんな弾、日本国内じゃどこで入手できる?」
「銃弾の流通経路には詳しくないけれど──およそ国内の一般人が気軽に手にできるものでないことは確かね」
「そりゃあそうだ。線状痕は?」
「鑑識の話では、被疑者の──ああ、重要参考人の方が正しいかしら。その男が握っていた拳銃と一致したそうよ。凶器となった銃はそれで間違いないでしょう。でも──それを発砲した人間がだれかは、まだ疑問が残る」
「────」
 凶器も、目撃者も、参考人も、すべてが揃っている。しかし犯人の姿が──露ほども見えて来ない。
「男はいったいなにを隠しているのかしらね」
 と、神来がコーヒーカップを口元へ運ぶ。
「そもそもほんとうに──被害者は被害者なのかな」
「どういうことだ」
「考えてもみて。こんな凶器でいのちを狙われるって、よほどのことだとおもわない?」
「それは、」
「現場状況を考えれば無差別とは考えにくい。もしかすると我々が見ている被害者像のほかに、見えていない一面があるのかも。あるいは重要参考人の男との関係性もね。男の身元が分からない以上むずかしいだろうけれど、そこを知らないことには、進むものも進まなそうだわ」
「────」
「いっそそっちにもプロを使ったら?」

 という神来のことばに、沢井は唸ることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い

buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され…… 視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...