R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第三夜

第15話 まほろば施設長

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 児童養護施設『まほろば』に来た。
 あれから、意見が聞き入れられることもなく、電車を乗り継いでここまで訪ね来たわけである。とうぜん将臣の機嫌は最悪。恭太郎と一花は絶好調だ。とはいえ不機嫌を表に出すほど幼稚でもない。将臣は、気持ちを切り替えてまほろば施設を見上げた。
 施設というより、大きな一軒家というべきか。
 となりに建てられた離れが管理棟なのだろう。基本は子どもたちがひとつ屋根の下で共同生活をするようになっているらしい。ぬくもりを感じる檜造りの戸建てはとても開放的で、いかにも教育によさそうだ。
「いいところだな」
「そうなの? 僕はあまり見えないから」
「でも聞こえるんだろ」
「ああ。子どもたちは、楽しそうだったけどね。施設長のことが好きなんだと。たぶん三國の貴クンも」
「たぶん?」
「あの人の愛情の音はちょっと歪んでいる」
 くすくすと肩を揺らす恭太郎。
 一花が無遠慮に敷地へ一歩踏み入れる。すると草葉の陰からふたつの影が飛び出してきた。おなじ顔をしたふたりの少年。まだ小学校低学年くらいだろうか。彼らは木の枝でできた銃もどきを構えて、一花の前へと躍り出る。
「しんにゅうしゃはっけん!」
「シンニュウシャはっけん!」
「うごくなっ。うごくとうつぞお!」
「ばんっ。ばんっ」
「あっもううった」
 少年ふたりに撃たれた一花。
 一瞬その場に棒立ちになってから、やがてゆっくりと呻いた。
「ぐ、ぐううう──やぁらぁれェたアァ」
 そのままがっくりと膝をつき、地面に倒れ伏す。
 意外にも、子どもの遊びに合わせる大人の余裕はあるらしい。あるいは彼女の精神年齢が同レベルか──正直、後者の方が納得できる。
 ぴくりとも動かない一花を前に、少年たちがにじり寄り、おそるおそる顔を覗き込む。そのときである。
「ゾーンービーだアーッ」
 と、がばりと起き上がった一花は少年に飛び掛かった。
 少年たちは大いに喜びキャーキャーと叫びまわる。一花が少年を抱き上げて容赦なくぶん回したところで、離れの管理棟からひとりの女性が駆けてきた。五十代くらいの壮年女性である。
「これっ、ケントにカイト! お客さんを驚かせるんじゃないよッ」
「ワッ。センセーだっ」
「オニババ!」
「コルァッ」
「キャーッ」
「キャーッ」
 ケントとカイトと呼ばれる少年たちはあわてて一花から離れると、施設の方へ全速力で駆けて行った。女性はそのうしろ姿を見送りながら、わずかに息を切らしてそのまま歩み寄って来た。
「まったく──ごめんなさい。大丈夫?」
 女性はにこやかにわらった。
 すこしふくよかな体型も相まって、とても親しみ深い雰囲気がある。一花は腰をトントンと叩きながらゆっくりと女性に向き直った。
「アッハ。カワイーね」
「ありがとうね、遊んでくれて。ええっと──」
「あたし一花よ。イッカって呼んでね。こっちは将臣と恭太郎」
「昨日、あかりに会いに来た」
 と、恭太郎がきょろりと辺りを見回す。
 すると女性は「あ!」とちいさく叫んで、その手をとった。
「あなたが恭太郎お兄ちゃんね! 会いたかったよ、灯里がとっても嬉しそうだったんで、どんな子なのか気になっててさ。昨日は用事があって貴峰にぜんぶ任せちゃったから──」
「あかりが喜んだなら良かったです」
「もうヒーロー扱いよ。それで、今日はお友だちも連れてきてくれたの? イッカちゃんと将臣くん、って呼んでいいかね」
「いーよオ」
「よろしくお願いします。アポもないのに、失礼しました」
「いいんだよう。タカが信頼している子たちなら、アタシも安心だもん。ああそうだ──ここの施設長をやってます、万木聖子ゆるぎせいこです」
 といって聖子は丁寧に頭を下げた。
 すると、檜造りの戸建てから人の気配が湧いてきた。先ほど逃げ帰った少年が、ほかの子どもたちに伝えまわったのだろう。わらわらと顔を出して、すこし遠目からこちらのようすを窺っている。
 聖子は目を細めてワルガキどもを見定めると、おいで、と声を張った。鶴の一声。ワッと五人の小学生が駆けてくる。なかにはケントとカイトもいた。
「ほうらみんな。貴兄のお友だちが来たよ」
「きのうのイケメン!」
「王子さまだァ」
「シンニュウシャごっこ、もうしないの?」
「しないの?」
 好き勝手に口を開く。
 意外だろうが、将臣は子どもが嫌いじゃない。知識の鬼やら本の虫やらと揶揄され、いまいち対人スキルがないように思われるが、そんなことはない。寺院の息子に生まれた宿命たる『檀家との付き合い』があるし、たまの寺行事では檀家の子どもたちと多く交流する。苦手などと言ってられない環境だったということだ。
 なんならこれまでも、恭太郎と一花が引っ掻き回した対人関係を幾度修復してきたか知れない。
「アカリちゃん、中にいるよ。行こう!」
 ひとりの少女が恭太郎の手をとった。
 あっズルい、ともうひとりの少女が反対側の彼の手を握る。一花はさっそくケントとカイトに気に入られたらしく、こちらも両手をとられ、施設までともに歩き出す。
 残るは高学年くらいの男の子。
 シャイなのか、将臣をちらと見上げると、控えめに袖を握ってきた。目線を合わせるべく、膝を折る。
「よろしくね。おれは将臣というんだ、君は?」
「ミナト──」
「ミナトくんか。じゃあ、おれのことも案内してくれる?」
 と、ミナトの手を握る。
 彼はパッと頬を染めて、うれしそうに戸建ての方へと先導した。

 玄関から伸びる廊下をゆく。
 リビングと呼ばれる交流スペースは、ソファやテレビ、ラックやチェスト、子どもたちのおもちゃといった、通常家庭となんら変わらぬものが置かれている。道中、聖子からこの施設について軽く聞いたが、現在十四名の入居者がおり、うち灯里を含めた七名が小学生なのだという。
 あとは高校生が三人、中学生が四人という構図だとか。
「貴峰は一番目の子なんだ。もともとあの子の親とアタシが知り合いでさ、あの子がこの施設を作るきっかけになったといっても過言じゃない。いまじゃこんなに子どもが増えて、身が引き締まる思いだよ」
「子どもたち、みんな施設長のことが好きだそうですね。恭太郎が言ってましたが」
「そう? そうだったら、嬉しいね。時にはやっぱり口うるさくなることもあるから」
「スタッフさんもいらっしゃるんですよね?」
「もちろん! 栄養士とか看護士とか──全部合わせると六人の大人は常駐することにしてるんだ。離れは、常駐者の居住区。みんなが学校に行ってるあいだは、三人くらいだけどね」
「なるほど──大変なお仕事だ」
「たのしいよ。家族の延長だからね。アタシは子どもに恵まれなかったから、こういう子どもに囲まれる生活を夢見てたんだ」
 うっとりと呟く。
 その左手に光る結婚指輪を見て、将臣は閉口した。子どもについては若造が軽々しく聞く話題ではない、とおもった。
「旦那さんもこの施設スタッフですか?」
「やっていたんだけどね。死んじゃったんだ、病気になって」
「──これは、失礼を」
「いいのいいの! もうずいぶん昔のことだし。いまここにいる子たちはみんな知らないんだ。瞳が来た頃には、もう入退院ばっかりであの人、ここに顔も出せなかったから」
「すごいな。尊敬します」
 本心である。
 聖子はありがとう、とはにかむようにわらった。
 さて、子どもたちである。
 突然の客人に興奮しているのか、小学生は声をあげながらバタバタとリビング内を駆け回る。音に敏感な恭太郎は、ふるふると肩をふるわせ、いまにも発狂せんところを我慢する。
 見かねた聖子がパン、パンと二度手を叩いた。
 とたん、子どもたちはピタリと止まった。キラキラとした視線が一斉に聖子へと注がれる。
「お客さんが来たら、まずはご挨拶だろう! さ、こんにちは」
「こんにちは!」
 さっきまでの暴れ馬のような面影はどこにもなく、彼らは途端におすましして、頭を下げた。
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