R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第四夜

第24話 半端な幕引き

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 横浜港のベイブリッジ付近に不審あり、と航行中の貨物船の船員から東京湾海上交通センターへ通報あり。今朝方早くから横浜市消防局による引き上げが開始され、まもなく膨れ上がった人体を確認。死亡が確認された。引き上げられた遺体は二体。どちらも三十から四十代前後の男性と見られており、身元の特定に急いでいる。
 というのが、明け方の速報。
 昼前ごろに神奈川県警から、警視庁沢井警部補のもとに入電。現在ホテル射殺事件の重要参考人として行方を追っていたふたりのDNAと一致した、とのこと。──

 沢井は、拳を机に叩きつけた。
 嫌疑濃厚として追っていた被疑者ふたりが、無惨にも遺体で発見されたことに対する憤りである。彼だけではない。現場の刑事たちもまた、一様に落胆のため息がこぼれ出る。
 本日にも手続きが完了し、釈放を目前とする黒須景一は幾度目かの聴取に呼ばれた。対峙するのが沢井と三橋だからか、もはやすっかり口の戸が開いたらしい。顔を合わせるなりフランクに挨拶をしてきた。
「ベイブリッジ? ああ、遺体発見のアレか。朝のニュースで見た。べつに驚くこっちゃない。組織によくある蜥蜴の尻尾切りだろう。日本の警察があんまり有能なんで、捕まる前にあわてて口封じしたのだろうよ」
「蜥蜴の尻尾切り──」
「そいつらを殺した人間を捜したって無駄だとおもうね。追い詰められたらまたそいつも殺されるだけ。奴らは人の命を命と思っちゃいないのさ」
「組対は、六曜会について一切把握していなかった。その組織が存在すると、アンタは証明できるのか?」
「証明なんか出来るかい。私だって知らないことが多くあるっていうのに。べつにお上が信じようが信じまいが、どうでもいい。どうせ認知の有無に関わらず、私の危機は変わらんだろうし──ただ、奴らが日本でここまで暴れ回るとは意外だった。もしかしたら知らないだけで、ほかにも理解しがたいことをし始めているかもしれんな」
「──沢井さん」
 書記に徹する三橋が、顔を上げた。
 パソコンのワードソフトに『R.I.P』の文字を入力した。沢井はちいさくうなずく。それから黒須を下から覗くように見つめた。
「その六曜会だがな、犯行にR.I.P弾を使用していた。六曜会ってのはそれを常用していたのか」
「R.I.P弾──あり得るだろう。殺傷能力が高い得物は彼奴らの大好物だ」
「銃以外でコロシをする可能性は? たとえば鋭利な刃物での刺殺とか、毒殺とか」
「なんでもやるんじゃないか。別に銃をぶっ放したいとかいうわけじゃない。彼奴らはあくまで、目的を遂行することを第一に考える。そのためには刺殺も毒殺も、あるいは不殺という選択肢だってありうるだろう」
「目的とは?」
「それが分かれば私だってここまで苦労していない。腹が立つほど内を見せない連中なんでね」
「────」
 見たところ、この男が嘘をついている様子はない。六曜会という組織に対しては、心の底から嫌悪しているのが分かる。
 ところで、と沢井は乗り出した身を落ち着けた。
「今回の件と同時期に、三人の人間が立て続けにころされた。これはまだ現在進行系で追っかけている事件なんだが──アンタの意見が聞きたい」
「私の?」
「被害者のうち二人は、闇バイトに手を出した人間だった。ひとりは未遂でバックレたが、最初にころされた奴はどうやらその闇バイトに手を染めたらしい。ほどなくそいつは、両腕を関節から外されたような形で発見された。死因は毒殺だ」
「…………」
「その後、善良な少年が股関節から下を切断された状態で発見される。こちらも死因は毒殺。そして三人目が、闇バイトをバックレた男だった。こいつには警察が唾つけた矢先のことで、殺害方法は頸動脈を切られたことによる失血死。見事なほど的確な切り傷だったそうだ」
 黒須はじっと黙って聞き入る。
 沢井はつづけた。
「六曜会の絡んだ射殺事件、そして殺害方法の異なる連続殺人事件。どちらにも共通するのが、監察医や法医学医に、口を揃えてプロの犯行だと言わせた手腕だ。俺も昨日、連続殺人の遺体を見た。身体につけられた傷口からおなじ臭いがする。どうも無関係とは思えねえんだよ」
「そちらの殺人も六曜会が絡んでいると?」
「もうひとつ、被害者が手を出した闇バイトの依頼人。そいつが名乗った名が『R.I.P』──」
「────」
 黒須の目の色が変わった。
 畳み掛けるように、沢井はつづけた。
「こじつけに聞こえるかもしれんが、それぞれに絡んでくる『R.I.P』ってキーワード──妙だとおもわねえか? これまでとんと聞き覚えのなかった単語が、同時期に発生したプロ級の殺人事件から立て続けに現れたんだ。おまけに片方の裏にはコロシの腕が立つ組織絡みときてる。なあ、どう思う?」
 と。
 感情を抑えて締めた沢井に、黒須はすこし驚愕と好奇心の入り混じった顔を向けた。
「刑事の勘ってやつか?」
「まあ、そうだ」
「なるほど。切断された部位は?」
「まだ発見されていない」
「ふうむ」
 というや、黒須は顎に手を当ててしばし沈思する。話を聞くなかで思い至った自身の考えを、どうにかまとめているところらしい。
 いつの間にか書記官役の三橋も、タイピングの手を止めて黒須のつぎのことばを待ちわびた。やがて黒須はゆっくりと瞼を持ち上げてふたりの刑事を交互に見据えた。
「確かなことは言えない。が、六曜会が絡んでいる可能性は高い、というのが私の見解だ」
「根拠は?」
「そんなもの、あってないようなものだ。ある意味ではこれまで彼奴らから逃げおおせてきた逃亡者の勘というべきかな。いいか、とかく彼奴らは──正気じゃない。いや、なんというか。異常が正常なんだ。死に魅入られているのか。あるいは、求めているのかも」
「? なにを」
 沢井が急かす。
 逡巡し、黒須は目を細めてつぶやいた。

「──あちら側とつながることのできる方法を」
 
 勝手な妄想だがね、というつぶやきを最後に、黒須はようやく閉口した。
 沢井と三橋は互いに顔を見合わせ、なおも二、三ほど質問を重ねたものの、これ以上は明快な回答をすることもなく、ほどなくして事情聴取は終わった。
 結局、捜査本部内にて協議の末、品川区ホテル射殺事件については被疑者死亡での書類送検をし、未解決事件として幕を下ろすことになる。

 黒須はその後すぐに無罪放免として釈放。
 勾留される際に警察へ没収されていたスーツケース一式を受け取り、唯一の一張羅であるスーツをまとって大井署をあとにする彼を、森谷が待っていた。
「よう」
「シゲ」
 と、黒須が腕を広げて森谷をハグする。
 長らくの海外生活からかその仕草も自然そのものであった。森谷は仕方なくそれを受け止め、身を離すときにじとりと黒須をにらみつける。
「とんと音沙汰なしと思たら、このドアホ」
「俺だって想定外だったよ。それで、なんだ。迎えに来てくれたのか?」
「ちゃうわ。これからどうすんのか、どこに潜伏するんかしっかり見張っとけって同僚に言われてん。おまえ、無罪放免にはなったけどな、まだ警察にとっちゃ重要参考人であることに変わりはないっちゅうこっちゃ。逃げんなよ」
「いまさらどこに逃げろってんだよ。もう逃げない。逃げるなと言われたし」
 といって、黒須は空を見上げた。
 数週間ぶりの高い空。十数年ぶりの日本の風を受けて目を細める。
「はーあ、やっぱり日本はいいな」
「それはええけどおまえ、これからどうすん」
「どうするって、とりあえずは本家に顔を出さなきゃだろう。あの鬼女がいろいろと手ェ回してくれていたようだから礼を言わないと。パスポートやら財布やら携帯やら、入用なもん一式受け取らなきゃだし」
「そういや身元証明になるもん、なんも持ってへんかったんか。どこ置いてきた」
「あの鬼女に没収された。まあでも、ジャケットに忍ばせた現金はこの通り無事だったようだから──」
 と、黒須はポケットから数枚の札を出して見せた。
「あとのことはこれから考える。あとは、そうだな。──ちと立ち寄るところもあるから、まあとりあえず本家についたらお前に連絡するよ。どうせならいっしょ行くか?」
「なんでやねん。オレ関係あらへんがな」
「言うとおもった」
 スーツケースの取っ手を手にする黒須。
 森谷はちいさくため息をついた。
「とりあえずは──無事でよかったよ」
「めいわくかけたな。いろいろ」
 と言ってわらう黒須の顔は十数年前に見たときよりすこし老け込んだが、それでも妙な気品と優雅さの面影は残っている。森谷はいま一度黒須をハグして、その背中を見送った。
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