R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第五夜

第29話 三度の来訪

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 まほろば施設に入る。
 駐車場に赤いスポーツカーが停まっていることに驚いたが、管理棟のスタッフに声をかけると、居住棟に施設オーナーの有栖川が来ているとのことだった。中で施設長の万木聖子が応対している、とも。
 三橋はその名におどろいたようで、
「有栖川──ここの福祉法人って有栖川傘下だったの」
 とうわ言のようにつぶやいた。
 居住棟には、スタッフの言うとおりふたりがテーブルを挟んで対談している。真剣な顔つきで話しているところを見ると、ただの雑談というわけではなさそうだ。周囲に子どもたちの影はない。現在時刻十五時半、少なくとも小学校は終わっている時間だが。
 ロビーから顔を出した一同に気が付いた聖子は、アッと声をあげて立ち上がった。「いらっしゃい!」
「おお、君たちは──藤宮の恭太郎君と浅利将臣くん、古賀一花ちゃんだね」
 と、有栖川もつられて立ち上がった。
 そこでようやく、傍らにいた三橋に気が付いたようで紳士的に恭しくお辞儀する。
「そちらのレディは?」
「綾さん」恭太郎が間髪入れずに答える。
「綾さん──」
「あっ。三橋綾乃と申します、すみませんお取込み中でした?」
「大丈夫だよ。もう、大体の話は終わっていたところだから」
 聖子はにっこりわらって、一同を招き入れた。
 きょろりと周囲を見回した一花が「みんなは?」と問いかける。すると聖子の代わりに有栖川が答えた。
「スタッフたちといっしょに、裏の森へ遊びに行っているのだよ。クワガタがそろそろ捕れる時期になってきたからね」
「クワガターッ。あたしたちも行こうよオ、クワガタ捕りたい」
「捕るはいいが一花、きちんと自分でお世話できるのか?」
「飼わないけど捕りたいの。ねえほら早くウ」
 と、一花は言葉半ばに将臣と恭太郎の袖を引っ張り、たったいま入ってきたばかりの玄関へと向かう。そのうしろ姿をほほえましく眺めてのち、三橋はいちど有栖川へ向き直った。
「有栖川──さん? 施設オーナーさんだそうですね。管理棟のスタッフさんからうかがいました」
「ええ。有栖川塁と申します。三橋さんは──あの子たちとはどういうご関係で?」
「友人です。出身大学もおなじなので先輩後輩でもあるんですけどね」
 三橋はにっこりわらった。
 むやみに警察官であることを名乗るのは好ましくない。今日はさいわいカジュアルな服装ゆえ、一見して刑事には見えないだろう──とおもっての有耶無耶な回答であった。有栖川も、とくに気に留めたようすはない。
「ほお。あの子たちはじつに興味深いですね、いやはやまったく。我々も森へ行こうか聖子さん。みんなで遊ぼう」
「ええ。でもオーナー、その恰好で?」
 聖子は不安げに有栖川を見た。
 彼は相変わらずの全身アルマーニ仕上げ、右手には高級腕時計が装着されている。森に入るからには汚れるだろうと懸念しての指摘だが、有栖川本人はいっさい気にするそぶりはない。
「まあ、暑くなるかもしれないから上着くらいは脱いでおこうかね」
 なんて言いながら、ジャケットをソファの背もたれへ無造作に放る。
 三橋は聖子といちど顔を見合わせてから、勇み足で森にむかう有栖川のあとを追った。

「モンシロチョウとった!」
「カワイイ~」
「ねえ、ミツ塗ったのにぜんぜんかかんないよ。カブトムシ」
 森の入口からほど近い場所では、七名の子どもたちが好き勝手に動き回っている。対応するスタッフはふたり。少しでも駆けだそうとした子どもには「遠くへ行かないで」と口頭注意を繰り返す。
 その中で、一生懸命に木の幹を覗く小宮山灯里が、はたと幹の向こうへ顔を覗かせた。視界に入った長躯の男。威風ある歩き方とうつくしいオリーブ色の髪が目に入るや、灯里はみるみる笑みを浮かべて駆けだす。
 藤宮恭太郎。王子さまの登場だ。
「おっ。今日は自分で気づいたか」
 わははは、と笑いながら恭太郎は駆けてきた灯里を抱き上げてぐるりと一回転。無声でよろこぶ彼女を降ろし、頭をひと撫でする。
「また来たぞ。よろこべ」
「!」
 うんうん、と何度もうなずく灯里。高らかにわらう恭太郎。
 すると来客の存在に気付いた小学生たちが続々と駆け寄ってきた。
「キョータローさま!」
「マサオミさま!」
「いちか!」
 ミユやナオ、ケントを筆頭に口々が気に入りの名前を呼ぶ。
 男どもに敬称がつけられ、なぜか自分だけ呼び捨てだったことに多少の疑問を持ちながらも、一花はケントとカイトの突進を華麗にかわしてわらった。
「ホッホッホ。そんな突進じゃアあたしを倒すことは出来なくてよ」
「でたなドロンジョ!」
「やっつけろーッ」
「だれがドロンジョ様よ、あんなババアじゃないわよ!」
 言いながら追いかけっこがはじまる。
 それを横目に、スタッフは恭太郎と将臣のもとへ駆けてきた。
「こんにちは。いつも遊びに来てくれてありがとう」
「好きで来ているからいいのです。あかり、こっちにおいで」
 というと、恭太郎はすこし離れたところへ灯里を連れていく。
 ひとり残された将臣とスタッフが顔を見合わせたところで、背後から複数人の足音が聞こえた。居住棟にいた有栖川、聖子、三橋の三名だ。彼らが来たことで保護者の人数も足りたためか、聖子の指示によってスタッフは管理棟へともどっていった。
「さっそく大盛り上がりだね」
 聖子はにこにこわらって、子どもたちを見まわす。
 いつの間にか一花を囲んで灯里を除く児童たちがみな追いかけっこをはじめていた。将臣は走ることが嫌いなので参加する気はない。代わりにか、有栖川がワイシャツの袖をまくって鬼ごっこの輪に入っていった。
 聖子と三橋、将臣は顔を見合わせてそれぞれ近くの切り株や、敷かれていたレジャーシートに腰かける。
「元気な方ですね。オーナー」
「そうでしょ。うちの中高生の子たちより元気なんだ。ホント、パワフルな人だよ」
 と、聖子がわらったところで、三橋が申し訳なさそうに眉を下げた。
「灯里ちゃんのご両親の事件は、残念ながら被疑者死亡で幕を下ろしそうです」
「えっ? 被疑者死亡って──あの、ホテルで捕まったっていう男が死んだの?」
「いえ。彼は結局、第一発見者にすぎませんでした。被疑者にふたりの人間が挙げられていたんですが───そのどちらも、先日遺体があがって」
「そう──」
 ここまほろばへ来るまでの道中、三橋は守秘義務などなかったかのように将臣たちへ事件のあらましを説明していた。彼女いわく、どうせ隠したところで恭太郎からすべて漏れるのだからおなじこと、とのこと。その話のなかで出てきた『六曜会』という謎の殺人集団。このことについて言及する気はなさそうだ。
 将臣の脳裏に、大講堂で聞いた恭太郎のつぶやきがよぎる。
 ──あかりの両親は、なぜころされたんだろう?
 と。
「あのう、万木さん」
「なあに」
「灯里ちゃんはなぜここまほろばに?」
 将臣の問いかけに、三橋も聖子へ目を向ける。
 どうやら彼女もくわしい経緯は聞いていないらしい。聖子はパッと笑んだ。
「ああ。そりゃ、ご両親が有栖川グループ傘下の会社員だったからだよ。自グループ社員が殺されてひとりの少女がみなし子になるなんて、看過できないってあのオーナーが言ったらしくてね」
「そうなんですか」
「有栖川──」
 三橋がつぶやく。声色に疑念が混じったことに気が付いた将臣は、彼女を見た。
「三橋さん?」
「あ、ううん。なんでもない」
 彼女特有の快活な笑みで濁されたが、その笑顔がいまだかつてないほどに無理やり作られたことも、将臣は悟っている。
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