R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第五夜

第32話 SK商事

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 SK商事に足を運ぶ。
 さすがというべきか、オフィス街にすらりと聳え立つガラス張りの高層ビル内にオフィスを構え、総合受付の受付嬢はみな一様にスチュワーデスのような面差しで待機している。これが、有栖川グループの力か──と、三國はお上りさんのごとく室内を見回した。
 となりでは、森谷が受付嬢に声をかけ、警察であることとSK商事某ディビジョンの山下か宮内某に会いに来た旨を告げた。
「少々お待ちくださいませ」
 受付嬢の顔がひきつり、すぐさまどこかへ内線電話をかける。警察が来ることなどそうはあるまい。しばしの問答の末、受付嬢は受話器を置いた。
「山下が在社しておりましたので、まもなく参ります。このままいましばらくお待ちくださいませ」
「おお、突然やのにすんません。おおきに」
「どうぞそちらお掛けください」
 と、ソファを示された。
 受付嬢の瞳にはすこしの同情と好奇心が浮かぶ。
 宮内少年の事件については、社内でも周知の事実となっているのだろう。連日、報道は過熱の一途をたどるばかりだ。失われた善良少年の命、という響きが視聴者にウケるとおもったか、テレビではドキュメンタリー形式に少年の人格の良さを前面に押し出して涙を誘い、そのなかで早期解決ができない警察への叱咤も忘れない。
 現在進行系で捜査をすすめるこちらからすると、迷惑のひと言である。
「貴峰クン」
「はい?」
「顔怖いで」
「────」
 顔に出ていたようだ。
「お。あれか」
 森谷が左を見た。
 受付につながるガラス戸の向こうから、足早にこちらへ歩みくるスーツ姿の男性がひとり。見たところ四十代の中堅社員という感じ。ぴっちりと七三に分けられた髪と、神経質に潜められた眉から男の人となりがうかがえた。
 自動ドアが開き、男が革靴を鳴らして一直線にやって来る。
「山下です」
「突然申し訳ありません。警視庁捜査一課の森谷と」
「三國です」
 と、すぐさま警察手帳を見せる。
 山下はまじまじと手帳を吟味し、納得したように姿勢を正した。
「部屋を取りました。こちらです」
 無駄のない動きで受付カウンターの奥へゆく。
 どうやら向こう側に会議室が並んでいるらしい。『Room23』と書かれた部屋のパネルを操作し、ドアを開ける。どうぞとうながされて中に入ると、六つのプレジデントチェアが寸分の狂いなく並べられていた。
「どうぞ、お掛けください」
「失礼します」
 腰を下ろした。
 なんという座り心地か。捜査一課の、軋みのひどい自席の椅子を思い返して悲しくなった。公僕には過ぎたオフィス用品である。
 森谷が懐から二枚の写真を取り出した。
「さっそくですが──山下さんに二、三おうかがいしたいことがありまして。お忙しいなか恐縮ですがご協力ください」
「それは、宮内さんちの件ですか?」
「それに関連する内容です」
「──どうぞ」
 山下氏はピリピリした空気のまま、こちら側の発言を待つ。
 もともとの性格が神経質なのだろう。対面に座っているだけだというに、厳しい視線をうけて三國は居心地がわるくなっている。しかし森谷はお構いなしのようで、先ほど取り出した写真をデスクの上に並べた。
 一人目と三人目の被害者、藤井と萩原の写真である。
「このふたりに、見覚えは?」
「────」
 山下が身を乗り出す。
 まじまじと写真を見てから、ンッと声を上げる。
「ニュースで見たような。被害者ですよね?」
「ええ。お会いしたことは?」
「あるわけありません。もしかして僕をうたがっているんですか?」
「とんでもない。事件関係者には全員に確認させていただいてます」
「関係者──というほど、僕は宮内さんと親しかったわけではありませんが。仕事の先輩として気を遣うことはありましたがそのくらいです。家族ぐるみで仲が良かったのは僕より妻たちだとおもいますし」
「ああ、奥さま。先日宮内さんちでお会いしました。朋子さん」
「ええ」
 ムスッとした表情を崩さず、いかにも早く切り上げたそうに腕時計を横目に見る。彼が我々警察を好ましくおもっていないのは一目瞭然だ。森谷はかすかに愛想笑いを浮かべたまま、閉口する。つぎにどう切り出すか考えている。
 面倒くさい。三國は身を乗り出した。
「聞くところによると、朋子さんご懐妊なさったそうですね。おめでとうございます」
 直球でぶっこんでみた。
 となりで森谷の肩に力が入るのが分かった。対面に座る山下は眼鏡を押し上げてから、一拍置いてゆっくりと顔をあげる。
「は、?」
「え?」
「カイニン? というのは、妊娠という意味での懐妊ですか」
「ええ。関係各所で聞き込みをしていくなかで、うかがったんですが──」
 想定外の反応に、三國はちらと森谷に視線を向けながらつぶやいた。
 たった今まで極限のしかめ面だった山下の顔が、みるみるうちに蒼くなる。怒りか、慄きか、あるいは恐怖か。いずれにしても懐妊への祝福に対して浮かべる表情ではない。
 山下は動揺したように幾度も眼鏡をおしあげ、わずかに身を乗り出した。
「だれから聞いたんです?」
「は。いや、それは捜査情報になりますので開示は出来かねますが、あのそもそもご懐妊というのはもしかするとガセでしたかね?」
 森谷がいやにゆったりとした口調で問うた。
 山下の額にうっすらと汗が浮かぶ。
「す──少なくとも、僕は知りませんでした。昔から子どもが出来なくて。家内は不妊治療に通っているんです。その、お互いもう四十ですし最後のチャンスだとおもって、だから──そんなことになっていたなら、僕に話すはずだと、思うんですが」
「────」
 旦那も知らぬ極秘妊娠。
 有栖川記念病院の松方医師からは、たしかに山下朋子の妊娠については『不妊治療からの高齢妊娠』であり『おなかは目立たない程度』と濁していた。とはいえ定期的に健診へ通っていたのだから、妊娠発覚後、旦那に知らせるタイミングがなかったとも考えにくい。
 三國が眉をひそめた。
「子どもの父親について、ご自身にお心当たりは?」
「なっ──け、警察はそんなプライバシーなことを聞いてくるのか?」
「興味本位で聞いてやしません。ひと月ほど前に発生した事件に関連があると見ています」
 と、つづける。
 山下は一気に泣きそうな顔になり、妊娠周期について聞いてきた。警察もそこまでは把握していないと回答したが、おなかが目立たない程度だと言うと、彼の表情はわずかに安堵する。どうやら心当たりがないわけでもないらしい。
「でも──そんな、最近の家内を見てもまったくそんな兆候は」
「ホンマですか? 奥さま、おなかの子は宮内少年のような子になってほしい──なんて願望まで抱いていたそうなんですよ。そういうお話はされてました?」
「や、そんな。話は──」
 山下はひどく顔色をわるくして、うつむいてしまった。
 唐突に絡んできた被害者の名前に動揺している。その表情から、彼が少なからず後ろめたさを抱えているのが見えた。三國がふたたび森谷を見る。こちらはこちらで何かを思案し、テーブルに並べた写真を懐へひっこめた。
「奥さま、最近変わったようすはありませんでした? なにか思いつめるような──見えないところを怪我したとか」
「いや────分かりません。妻は、無口で。あまり喋らないものですから」
「その日何してた、とかも?」
「し、しませんよ。激務を終えて帰った僕にそんな余裕は、」
「さいですか」
 森谷はがたりと立ち上がる。
「いや、分かりました。お忙しいところお時間頂戴してすみませんでした」
「え。あ──」
「失礼します」
 森谷はスーツの上着を手に、席を立ってさっさと会議室から退出した。山下に向けて一礼したのち、三國もそのあとを追う。こちらが受付嬢に礼を伝えるあいだも、山下が会議室から出てくる気配はなかった。
 その後車に乗り込んだ森谷は、早々に聴取を切り上げた理由を端的に述べた。
 ──聞くだけ時間の無駄。妻のことなんやと思てんねん。
  その通りだ、とおもった。
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