R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第七夜

第41話 ターゲット

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 まほろばから小学校までは、徒歩十五分くらいの距離である。
 恭太郎が訪ねてくるようになってから目に見えて元気になった灯里はいま、転校先の小学校に通いはじめた。行きはまほろばの兄姉たちと、帰りは同学年の晃成といっしょに。
 当初『声が出ない転校生』として注目は浴びたが、容易なコミュニケーションが取れないことにとまどってか、クラスメイトは遠巻きに観察するばかり。初めは傷ついたけれど、そのたびに腕に巻かれた小鈴を握って心を落ち着けた。
 大丈夫。
 灯里にはおにいちゃんがいる。
 また家に帰ったら──まほろばのみんなもいる。
 そう自分を元気づけて。
 そのなかで晃成の存在はひじょうに有り難かった。彼は休み時間のたびにこちらのクラスを覗いてきては灯里のもとにやって来て、クラスの皆に「コイツのこといじめるなよ」だの「オレの妹分だ」だのと周囲に宣言したのだ。彼はこの学年のなかでいわゆる一軍という立場のようで、晃成が来ると教室はそのたび沸き立った。
 彼の周りには自然と人だかりが出来、やがてその輪は灯里をも呑み込んで、だんだんと鬼ごっこやドッヂボールなどにも呼ばれるようになってきたところだ。
 転校事由はクラス担任しか知らない。
 担任はがっちりとした体育会系の男性教諭であったが、とても繊細な気配りができる人だった。あまり灯里が特別扱いにならぬよう、しかしクラスメイト同士の会話内容にさりげなく気を回すなど、幼心に灯里は『守られている』と感じている。

 土曜日の午前授業を終えた放課後のことであった。

「あかりちゃん、ばいばい」
「!」
 クラスの女子が、灯里の背後から横をすり抜ける際こちらに手を振った。灯里はあわててぶんぶんと大きく手を振り返す。それを見た女子はにっこりわらって、青いスカートをひるがえし、駆けていった。
 ──うれしい。
 心はドッドッと脈を打つ。もちろん、嬉しい動悸だ。
 灯里は口角をあげて、となりの晃成のクラスへ向かう。うしろのドアから中を覗く。すると彼は友人と、机に向かって一心不乱になにかを書いているところだった。
「────」
 こうせい、と呼ぼうと口を開けて、声が出ないことを思い出す。
 灯里はドンドン、と教室の扉を叩いてみた。すると彼はパッと顔を上げて「アッ」という顔をする。
 同時にこちらへ駆けてきた。
「あかり。おまえもうひとりで帰れる? 今日美化委員の仕事、もう少しかかりそうでさあ」
「!」
 わかった、と大きくひとつうなずく。
 晃成はぐしゃりと灯里の頭を潰すように撫でてから、
「気ィつけてかえれよ!」
 と机に駆け戻った。
 しかたない。ひとりでかえろう。
 灯里はランドセルを背負いなおして、下駄箱から出て正門を抜けた。
 学校からまほろばまでの道には商店街と公園があり、昼間はとても賑わっている。ついひと月前まではもっと閑散とした住宅街を抜けて通学していたので、子どもながらに新鮮な気持ちである。
 近道しよう、と公園のなかに入った。
 学校帰りの児童だろうか、ちらほらと遊具のかたわらにランドセルを放って遊んでいるのが目に入る。いいなあ、と思いながら公園の中ほどまで進んだところで、ポンと肩を叩かれた。
 うしろを振り向く。
 見覚えのある服と胸元。顔を見上げてようやく、声をかけてきたのがまほろば最年長者の瞳ということに気が付いた。
「!」
「あかりちゃん、ひとり? 晃成はいっしょじゃないの」
 そう問われて灯里はうなずいた。
 くわしく話そうにも、メモに書く前に瞳は「そっか」と納得したのでやめた。いまから帰るのか、とまほろばの方を指さして首をかしげてみると、伝わったらしい。瞳は「ううん」と首を振った。
「いままほろばから駅前の本屋に行くところだったの。欲しい本があって」
「────」
 行きたい、と目で訴える。
 ひとりでいるよりも楽しそうだとおもった。すると瞳は、いいよとわらって灯里の手をとる。まほろばに入って二週間、なんとなくアイコンタクトでも通じるようになってきたのがうれしくて、灯里はぴょんと跳びはねた。
「うふふ。あ、でも全然おもしろい買い物じゃないんだ。お姉ちゃんのとこ、もうすぐテストだからさあ。ちょっと参考書が欲しくて」
「?」
「お勉強に必要なものってこと。帰りに、みんなに内緒でサーティーワンのアイスいっしょに食べよっか。わたしおごったげる!」
「!」
 やった。
 灯里は瞳の腕を控えめに振ってよろこびを体現する。そのまま手をつないで、ふたりは駅方面へと歩き出す。
 公園から駅までは灯里の足でも十分もかからない。
 まばらな人通りから徐々に雑多な雰囲気に変わってゆく。人混みがあまり好きじゃない灯里にとってはすこし苦痛な時間である。しかしこのあとに本屋さんとアイスクリームが待っているとおもえば、それも苦にならない。
 駅ビル内の本屋にたどりつくと、瞳は「この辺りで待ってて」と漫画コーナーに灯里を残し、自身は教材や参考書コーナーへと本棚を縫うように歩いていった。退屈しないようにという配慮のもとだろうが、かえって灯里は戸惑った。
 なぜなら、これまで漫画本とは縁遠かったから。
 両親からはよく本をプレゼントされたけれど、それらはいずれも子ども用の文庫本や歴史偉人シリーズなど、学業にプラスとなるものばかりだった。本は好きだし、特段つまらないと思ったことはなかったが、周りの友だちが「あの漫画がおもしろかった」などと話をしていると、仲間に入っていけずに寂しい思いをしたことはある。
 そういえば、まほろばのロビーにも何種類かの漫画本が置いてあったっけ。
 まだ手に取ったことはない。
 晃成が読んでいたような──なんて思い出し、うろ覚えの表紙を探そうと、漫画の棚を物色しはじめた。
 十分ほどした頃だろうか。
 ふいに手を引かれた。
 ──あっ、瞳おねえちゃんだ。
 とおもいつつ、いつの間にか見るのに夢中だった漫画の棚から離れるのが名残惜しくて、手を引かれながらもしばらく棚の漫画本を見つめていた。
 本屋が完全に視界から消えてようやく、手を引く瞳を見上げて──ドッと心臓が跳ねた。
(あれ?)
 瞳じゃない。女。
 着ている服も見慣れたものではなく、黒いジャケットとひざ下のベージュスカート。そこから伸びる足は美しく、長い。知らない人だ。灯里は急にこわくなって叫ぼうとした。
「!」
 しかし声が出ない。
 そのまま女は迷わず駅ビルから外に出て、ビル横の路地に入り、裏手へまわる。灯里はいよいよ恐ろしくなり手を振りほどこうとするも細腕のわりに力は強く、まったく離れない。
 するとようやく女がこちらを見下ろした。
「────」
 知らない顔。
 うっそりと笑みを浮かべて、こちらをやさしく見つめている。
「いっしょにアイスクリーム、食べに行こうね」
「────?」
 アイスクリーム。
 さっき瞳とも話した話題だ。
 もしかして、瞳の友だちだろうか?
 そんな一縷の期待が胸に沸いたが、路地から抜けた先に停まっていた真っ白のセダンを見て、その期待は一瞬にして消え去った。
 ──こわい。
 ──こわい!
 ふと灯里の脳裏に、あの音がよみがえる。
 パシュ。パスッ。
 あの音とともに、父と母は斃れた。

 ──いやだ。いやだ。イヤ!!

 灯里は、渾身の力を込めて女の手の甲に嚙みついた。
 女がアッと悲鳴をあげて、手を離す。
 その隙に灯里は反対方向へ駆け出した。
 腕につけた小鈴が鳴る。
 灯里の目に涙が浮かぶ。
 ──たすけて。
 ──助けて!

 ──恭太郎おにいちゃん!!
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