R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第七夜

第40話 旧友の告白

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 一瞬の隙をついたらしい。
 黒須本家の土間廊下に、黒服がふたり伸されていた。いずれもすでに事切れている。首元には細糸かなにかで切られた跡があり、遺体硬直の具合から死後それほど経っていないことも推定できた。
 土間廊下の先、黒服が見張っていた折檻部屋のなかには昨日収監された古賀静馬が鼾を立ててひとり残されるばかり。女の痕跡は跡形もない。一夜のうちに、女だけが逃げたようだ。
 遺体のそばに腰を落として検分する千歳は、やがて険しい顔を景一に向けた。
「末端研究員とはおもえない手練れぶりだね。あの女、逃すのは惜しかったかもしれんな」
「どのみち言ったってしょうがねえ。残りカスは俺にまかせな、聞いてみるよ」
 現場を千歳に任せると、景一は折檻部屋のなかへと立ち入った。

「静馬、起きろ」
 鉄箱のなかに景一の冷たい声が響く。
 ぺちぺちと頬を叩くと、呑気な囚人はようやく目を覚ました。寝ぼけ眼で周囲を見回し、自身の状況を思い出したかパッと身を起こす。女がいないことに気付き、不安げに景一を見上げた。
 景一はにやりとわらう。
「捨てられたな」
「え? あ。え──」
「結局ダシに使われたわけだ。おまえ、ほとほと見る目ねーなあ」
「け、ケイ」
「言っとくがウチじゃないぜ。どこに逃げるとか、話したか?」
「し、知らない。だって逃げようとも思ってなかった。置いて、いかれることも」
「だろうな」
 折檻部屋を物色する。
 少しでもなにか手がかりになるようなものがあれば、と思ったが向こうもプロ。そうそう見つかりはしないだろう。景一は物色がてら静馬と雑談することにした。昨日に比べて、お互いに幾分か冷静になっている。いまなら聞きたかったことも聞けるとおもった。
「いつから裏切ろうとおもってた?」
「──わからない」
「俺をころすつもりだった?」
「────」
 こくり、と見逃すほどちいさく頷いた。
 もはや怒りも沸かぬ。景一はつづけた。
「なぜ、裏切った」
「裏切る、つもりはなかった。でも結果的にそういうことになっていたんだ。気付いたときにはもう」
「答えになってないな」
「おれは……佳苗の言いなりだった。アイツがすべてだったんだ。佳苗がそうしてと言った、だから」
「そうして、とは?」
 景一は物色する手を止めずに問うた。
 う、と静馬が躊躇う声を出す。
「いち、一花が欲しかった。せっかく目覚めさせたから。佳苗がそう言った」
「女の一言で、あんなに仲良しだった俺たちを簡単に裏切れる男なわけだ。おまえは」
「な──仲良しだった? だと?」
 静馬の声がふるえた。
 ようやく、景一の手が止まる。ゆっくりと静馬に顔を向けると、彼はいまにも泣きそうな顔で景一を睨みつけていた。
「おれは一度だってお前らと仲良しだなんて思ったことはなかった! おまえと秋良はいつも互いを相棒のようにしていっしょにいたけど、おれはなんだ? ずっとお前らのオマケだった。ずっと!」
「────」
「むしろおまえらはいつだって、あの寺野郎ばっかり気にしてたじゃないか。ホントは、おれがそばにいることに疑問を持ってたんじゃないのかよ。なんでコイツはずっと近くにいるんだ、ってよ!」
 景一は呆れた。
 これが、四十も越えた男の言うことかとおもった。とはいえこの男が言うことは間違いばかりでもなく。景一は嘲笑し、ふたたび部屋の中を見回した。
「だったら二十数年前にそう言や良かったじゃねえか」
「言えるかよッ。クソ──」
「おれも秋良も、おまえのことはダチだと思ってた。思ってたのにな。──いまさら遅いけど」
「────」
 静馬はうつむいた。
 話を変えよう、とおもった。
「女が行きそうなところは?」
「──わからない」
 ぽつり。
 でも、と静馬はすぐにつづけた。
「たぶんアイツのことだ。最後まで役目は務めようとするはず」
「役目? ってなんだ」
「──あの方の役に立つことだよ。アイツはいつだって、頭のなかはそればかりだった」
 話すうち、静馬は冷静というか、自棄とも言える口調になってきた。
「小宮山たちはしくじったんだ。おまえに情が湧いたんだろう。おまえは昔からそういうやつだったもんな──でも、だから彼らは切られたんだ」
「あ──?」
 小宮山とは、ホテルで殺害された夫妻のことだ。景一は戸惑いの目を旧友に向ける。すると彼はハッと鼻で笑った。
「なんだよ。奴らが自分の敵だってことくらい気づいていたんだろ。昨日もあの極妻みたいな女がそう言ってたじゃないか。仲間割れかって」
「────」
「ほんとうなら小宮山が一晩でお前の始末をつけて、クローズするはずの案件だった。おまえの人たらしっぷりを舐めてたよ。そうしたらこっちの案件にももっと人数を増やせたのに」
「バラバラ事件の話だな。あれも六曜会絡みだろう」
「面倒なところを奴らに任せたのが間違いだった」
 とひとり言のようにつぶやいてから、静馬の表情には湧き上がるように笑みが浮かんだ。
「佳苗は完璧主義者なんだ。もしかすると今ごろ、アンクローズ分の取りこぼしを血眼になって探しているかもしれないな。それに、おれたちの案件もまだクローズできてない。進捗が遅れる。まだ良質な頭部候補も見つけちゃいないのに! ハアハハハハハハッ」
 静馬は気狂いじみた笑い声をあげた。
 気が狂ったか。
 しかし、話す内容がすべて偽りともおもえない。昔から静馬は嘘をつくのが下手な男だった。景一は静馬の髪を掴んだ。
「吐け。おまえらの部隊の目的はなんだ? 両腕、両脚をもぎとって、そのあとは頭部? 身体のパーツを集めた先になにがある?」
「────」
 静馬は笑うのをやめ、ゆっくりと呼吸をした。
「あとは良質な頭部。処女の生き血も必要だ。──嗚呼でも、効率主義の佳苗のことだ、アンクローズの取りこぼしで事足らせるかもしれない。アイツはほんとうに仕事ができるんだ。おれが保証する──フフ。ふふふ……」
「いいから聞いていることを吐け。てめえ死にてえのか?」
「ああならいっそ殺せよ! おれは、お前の手でならよろこんで死んでやる!!!!」
「!」
 この絶叫を最後に、静馬はとうとう気を違えた。
 泣きながら笑い、喉を枯らすほど笑い続けた。このままでは死んでしまう、と危惧した景一の要請によって投与された鎮静剤により彼がぱったりと眠りにつくのは、このときから四時間ほど経ったあとのことである。
 部屋の外からやりとりを聞いていた千歳。
 静馬の気が狂ったタイミングで部屋に入り、携帯をゆらりと振ってわらった。
「電話があったよ」
「? だれから」
「そりゃおまえ、──噂の“恭ちゃん”さ」
「!」
 景一の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
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