R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第七夜

第39話 藤宮家三女

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 ──六曜会のつぎの狙いはおそらく、だ。
 ──さあ、君ならどうする?

 兄とともに藤宮家へ帰ってからすぐ、恭太郎は将臣に電話をした。
 聞けば先ほど森谷との食事を終えて宝泉寺に帰ったところらしい。電話口では将臣が、簡潔に森谷との会話について話してきた。
 森谷が黒須の人間だった、と聞いてもたいした驚きはなかった。
 正直なところ、あのホストのような警官は会うたび『隠し事』を思わせる鈍い音を響かせていたから。刑事だから隠し事はあってなんぼとおもっていたが、まさか事件関係でなく出自を必死に隠していたとは。恭太郎は「ばかばかしい」と一蹴した。
「そんなことをせこせこ隠して生きてきたのか。嘆かわしいな」
『馬鹿を言え。お前のようにコンプレックスがない人間の方が稀なんだよ』
「僕だってそれくらいあるぞ! たとえば自分の姉貴が人畜有害のろくでなしとかな!」
 と、リビングのソファでくつろぐ三女へ聞こえよがしにさけぶ。
 しかし彼女は「声でか(笑)」と嘲笑して、ネイルアートに勤しんでいる。
「チッ。そんなことはどうでもいい。それより将臣、おまえ良質な頭部と処女の生き血って用意できるか?」
『────は?』
「黒須のおばさんが言ってた。バラバラ事件の犯人連中がつぎ狙ってくるのはそのふたつだろうって。意味がよく分かんなかったが、そのふたつを用意すりゃ向こうから湧いて出てくるってことだろ? いいからさっさとこの事件終わらせたいんだ。じゃないといつまで経ってもあの人たちと会って話せない」
『あの人たちって、黒須の?』
「チトセと、ケーイチ!」
『なるほど。で、六曜会がその良質な頭部と処女の生き血を欲しがってるって?』
「うん」
『両腕と両脚、つぎに頭部ということはやっぱり身体の部位を集めているのか? おまけに処女の生き血ときた。こいつは──突飛な妄想だとおもってたけど、まさかの先日の四十崎先生が話したような、呪詛的動機が隠れているかもしれないな』
「それで? ジュソだかシソだか知らないが、良質な頭部と処女の生き血は用意できるのか!」
「なになになになになに」
 と。
 忍者のようなスピードで、つい今までネイルアートを楽しんでいた三女──神楽が恭太郎に突進してきた。目をぎらぎらと輝かせ、恭太郎が手に持つ携帯を凝視する。鬱陶しいのが来た、と恭太郎が自室へいこうと踵を返すも、その前に手から携帯が取り上げられた。
「アッ」
「もしもオし将臣くん? やっP。アタシアタシ。神楽! 元気ィ?」
『神楽さん。ご無沙汰してます』
「ねえねえ今なんの話してたの。呪詛とか、良質な頭部とか処女の生き血とか、そういう単語が聞こえたんだけど。オカルト雑誌カメラマンの神楽様に言ってみ? 言ってみ?」
「低俗悪趣味雑誌カメラマン見習い、の間違いだろやかましい。いちいち弟の電話に割って入るな!」
「アンタうるさい。ねえ将臣くうん。呪詛に処女の生き血が必要なんて、たいていなんかの儀式とかジャン? それなに。民俗学的話? 風習? 教えてくんNE?」
 ──UZEEEEEEEE。
 だから嫌いなのだ。この女、いつでも厄介な好奇心を発動させては邪魔をする。もともとオカルトや民俗学という、一般人から忌避されがちなジャンルに興味を持ち、独学で調査研究をしながら趣味で曰くつきの場所を訪れては写真を撮る──という生態である。『処女の生き血』というセンテンスにアンテナが立ってしまったらしい。
 恭太郎は神楽をじとりとねめつけるが、彼女は露ほども気にせず携帯を占有する。
「ふんふん。なるほどオ。えまってそれってさ、発掘担当の人の名前なに? えっ。えっ。えっ。アイサキ? シジューサキって書いて四十崎さん? マジ? わっ。やばやば、アタシその話知ってるZE!」
 と、神楽は跳びはねた。
 その拍子に手から恭太郎の携帯がこぼれ落ちかけ、恭太郎があっあっと身をふるわせる。が、姉はそれは器用に持ち直して将臣に熱弁をかました。
「たぶんそれってサ、もう三年くらい前のことなワケ。そんときアタシその発掘現場にいたんだ──当時はまだ大学生だったからさあ、民俗学系進んでて。で、ゼミの先生が考古学方面にも顔利いてたから発掘現場に立ち会わせてもらったの。そしたらそしたら、毛髪が詰まった藁人形が出土しちゃって──その四十崎先生が調査をするってんで、お話し聞かせてもらったのよーッ」
『それ、場所はどこの話ですか』
「えーっと。なんだったかなどこだったかな。えーっと。ねえ恭アンタ知らない⁉」
「知るわけねーだろ早く返せ」
 と、恭太郎にしては珍しくきたない口調で神楽の背中をドンと叩く。
 ここまでの騒ぎを聞きつけてか、ダイニングでティータイムに浸っていた長男孝太郎がリビングを覗きに来た。ソファに腰かけてニコニコと好々爺の眼差しで弟妹のじゃれ合いを観察する。
 アッ、と神楽はふたたび跳ねた。
「おっもいだしたーッ。あれってたしか岩手だよ。うん。なんかすっげ山の方でさ」
「岩手? このあいだ行ったぞ。あそこ変な伝承ばっかだな」
「ばかねー。日本の田舎なんてどこもそう変わんないっつの。つまり昔の日本が変なんだよ。ねー将臣きゅん」
『岩手──なるほど、その呪詛についてくわしい話は聞きましたか』
「えー、ううん。でもうちのセンセがその呪詛の話聞いたときさ。願いを強くさせるには生娘の生き血は必要不可欠だって話してたよ。でもアタシも思うわ。ほら、よく聞くじゃん。だれかを呪うために作る呪物にはたいてい自分の血を混ぜるって。やっぱ血の力って強力なんだろーね。おーこわこわ」
 と、我が身を抱くジェスチャーをした神楽。
 その隙を見てようやく携帯を奪還できた恭太郎は、ふうと安堵のため息をついてからふたたび考えを巡らせた。良質な頭部と処女の生き血について。良質な頭部、とはいうがいったいどういう基準で良質か悪質か決まるのだろうか。それが分からないことには、用意のしようもない。あとは処女の生き血だが──。
 恭太郎は神楽を見下ろした。
「神楽どうせ処女だろ。血分けてくんない」
「────」
「あイタいタイタイタイタイタイッ」
『いまのは恭がわるい』
 床にひっ倒されて羽交い絞めの刑をうける恭太郎の手中にある携帯から、将臣の冷静な声が飛ぶ。神楽は弟の背中を踏みつけながら、
「高校で開通済みですけどなにか????」
 とポーズを決める。
「えっ」
 と、ソファで地味にショックを受ける孝太郎をよそに、電話口の将臣はかまわず議論を進めた。
『どちらにしろ昔の時代に生娘と呼ばれた年齢はいっても十代程度ですから、神楽さんじゃ該当しません』
「わはははははっ。言われてるぞ年増! ──いただだだだだだだ」
「良質な頭部ってのは、顔がよくて賢いってことよね。アンタ賢くはないけど顔は及第点なんだしアンタのでいんじゃない? 首斬ろうか?」
「僕ほど賢くて聡明なヤツもそうはいるまい! 仕方がないから、僕が囮を買って出てやるか」
 と、恭太郎は神楽をどかしてゆっくりと起き上がった。
 手中の携帯からは『囮って』と浮かない声がする。
『おまえ、そのふたつを用意したとして何をするつもりだ?』
「あぶり出すのさ。現実を愛せない愚か者どもをね」
『────』
「明日の土曜日、そっちに行くよ。イッカも呼んでおけ。たのしもうぜ」

 心底楽しそうに、しかしすこし邪悪に笑む弟を見て、神楽と孝太郎は何が何やら。ただ顔を見合わせることしかできなかった。
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