R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第七夜

第43話 現場へ

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 一方の将臣は一花とともに、迎えに来た藤宮家執事の車に乗り込み、恭太郎の行方を探していた。川沿いのどこかにいる──という恭太郎の言葉を頼りに、川沿いを走る爺やの車だが、いまだその姿は見えてこない。
 と、将臣の携帯に一通のメッセージが届いた。恭太郎か──と内容を確認すると、そこにはひと言
『拉致られてくる』
 とともに一枚の写真。
 はるか遠くから近づく白い車を背景に、灯里をおともにピースをとる恭太郎がいた。となりから携帯を覗き込む一花が「アッハ」と吹き出す。
「拉致られてくるって、呑気な人オ」
「笑い事じゃないぞ。あの馬鹿──大方、敵のアジトに連れて行ってもらおうとでもおもってるんだ。灯里ちゃんもいるのに無茶なことを」
「坊ちゃまの居場所が分かれば、迎えにゆけるのですがねぇ」
 なぜかこちらも呑気なようすの爺やである。
 ふうむ、と眉根をひそめた将臣のとなりで、一花がアーッと快活な声をあげた。
「あるわよ。ホラ、将臣と合わせてカップルアプリ入れたでしょ」
「────名称変更の検討はお願いしたいが、わるくない意見だ」
 言いながら、将臣はにやりとわらって携帯を見た。互いの居場所をGPSによって把握することができるアプリである。
「移動してます。追えますか」
「どうれ──爺やの手に負えますかな」
 と、爺やが将臣の携帯をハンズスリー機器に設置。方角を見定めると、ふたたびのフルスロットルで車は発進した。
 途中、将臣の携帯に三橋からの着信が入るも、追跡の邪魔になるため爺やはすべての着信をブツ切り。見かねた将臣の進言により一花が折り返すと、
「なんで切るのよ!」
 と、怒りとも悲しみともとれる声色で開口一番怒鳴られた。一花は気にせずアハハァ、とわらっている。
「もしもオし。綾さんなンか用?」
『用があるからかけてんのに! ちょっと傷ついたわよ、将臣くんはそこにいるの?』
「いるよ。いるけど、携帯はちょっと使えない状態なのでつ──なんの件? 灯里ちゃん?」
『詳しい話は将臣に聞けって言われたよ。いったいどうなってるの? 恭太郎くんはいまどこに』
「正直なところ」
 と、一花の手から携帯を取りあげた将臣が受け継いだ。
「こっちだって詳しいことを聞きたいくらいです。が、恭から共有された情報から察するに、連中が動き出して灯里ちゃんを狙った可能性が高い」
『連中って──六曜会?』
「はい。バラバラ事件の犯人たちがつぎに狙うは『良質な頭部と処女の生き血』だとどなたからかアドバイスをもらったそうで。恭のやつは自分の頭部なら要件を満たすだろうって囮になるつもりだった。しかし連中が先に灯里ちゃんを狙ってきた。それなら、とふたりで囮に──」
『囮に? それでいまどうしてんのよ。まさか』
「ええ。そのまさかで、記念写真とともに拉致られてくるとメッセージを受け取りました。五分ほど前のことです」
『────』
 電話越しからも、三橋の絶句する顔がありありと浮かぶ。将臣はフォローするようにつづけた。
「ですが、恭が携帯を手放さない限りは向こうの足取りも追える状況ではあります。なんならいま追尾してる」
『いまどこ!』
「神田を過ぎて品川方面へ向かっているようですじゃ」
「だ、そうです」
『いまのだれ!?』
「一連の事件ってたしか、いずれも品川区中心に起きていましたよね。もしかすると本丸は──意外とすぐ近くにあったのかもしれません」
『──わかった。とにかく一度我々と合流しましょう。アンタたちのことは心底信頼してるけど、それとこれとは別。警察差し置いてアジトに突撃なんて危険な真似、ぜったい許さないからね!』
「ならとりあえずこのままナビしましょうか」
『それはありがたいけど──貴方以外の人でお願い』
「────」
 信頼とは。
 将臣はぶすくれた顔で爺やに声をかけ、警察と連携するように依頼。一花は状況的緊張感などまったくないようで、そのようすにケラケラと笑い転げていた。

 ※
 さて、黒須家にもその一報はすでに入っている。
 藤宮恭太郎と小宮山灯里が敵の手に落ちた、という黒服からの報告をうけた黒須千歳は、折檻部屋にて静馬を見張る景一のもとへやってきた。見張るといっても泣き叫んで疲れたらしい静馬は泣き腫らした目を閉じて寝息を立てている。なんだかんだとかつての友人同士、景一も思うところはあるらしい。静馬のからだに毛布をかけて、椅子の背もたれを抱えるように座り、静馬を見守るような体勢で見つめている。
 千歳が部屋に顔を出したところで、ようやく景一は静馬から視線をあげた。
「敵さんがさっそく動き出したよ」
「ん?」
「藤宮の坊主と小宮山の娘が拉致された」
「なんだって」
 がたり、と立ち上がる。
 その音で静馬はもぞりと身じろぎしたが、起きる気配はない。景一は千歳に詰め寄った。
「どこにいる?」
「追跡させてるけれど、方角は台場の方だそうだ。埠頭には倉庫群がある。あそこは格好の隠れ蓑じゃないかねエ」
「────」
 景一は椅子にかけていたジャケットを乱雑に取り上げ、ばさりと羽織る。
 どこに行くんだい、と千歳はおかしそうに問いかけた。
「当たり前のことを聞くなよ。台場だ。車借りるぜ」
「まさか助けるのか? 藤宮の坊主はいいが、小宮山はおまえを殺そうと企んでいた刺客だよ」
「でも俺はまだ生きている。第一、それは親の問題であって娘には関係ないことだ」
「好ましくないねエ」
「なんとでも言うがいい。また、俺から少女を取り上げるなんて真似はさせないさ」
 景一はにこりともせず、部屋を出た。
 カツカツと高らかに靴音を鳴らして土間廊下を進む。車庫から車を出して待機していた黒服に礼を言い、自ら運転席へと乗り込んだ。てっきり自分が運転するものとおもっていた黒服があわてて運転席を覗き込む。
「景一さん、おひとりで?」
「もう子どもじゃねーの。おつかいくらいひとりで出来らあ」
「しかしこのヤマはさすがに危な──」
「おっとそうだ」
 と、景一が窓から手を伸ばしておもむろに黒服の腰を引き寄せた。突然の接触に屈強な体躯の黒服が戸惑っていると、景一はその横っ腹辺りにするりと手をさし入れてあるものを抜き取った。黒服のジャケットの下、ショルダーホルスターに収めていた拳銃である。
 景一は手中に収まる自動式拳銃を右手、左手で握ったのち、マガジン弾倉の中身を手早く確認するとそのまま後ろのズボンに押し込めた。
「け、景一さん!」
「これ借りる」
 言うと同時に景一はアクセルをベタ踏みし、車は急発進で走り出す。
 みるみるうちに小さくなってゆく車影をにがにがしく眺め、黒服はトランシーバーを手に持った。
「──景一さんがそちらに向かった。サポートたのむ」
“ラージャー”
 ザザ、というノイズとともに、通信相手は苦笑交じりの返答をした。
 
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