R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第七夜

第44話 集結

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 大井警察署前で将臣と落ち合ったのは、バラバラ事件の担当刑事である森谷と三國、三橋と彼女のバディである沢井の四人。車から降りながら将臣は目を丸くした。
「沢井さんもご一緒だったんですか?」
「出ずにいられるか。被疑者死亡で送検した事件の大元が動いてるって話だからな。俺だって無関係じゃねえ」
「とかなんとかいって。恭も灯里も俺にとっちゃ特別な子らだ、黙って見てらんねえぜって勇み足について来たのはどなたですか」
「バカ。脚色すんな」
 と、沢井は三橋に拳骨を落とす。
 いてえ、と笑いながら自身の頭をさする三橋が、ここでようやく運転席の老人に気が付いた。ここまでの道のり、電話越しに的確なルート案内をしてくれたのである。三橋はあわてて駆け寄った。
「どうも、電話ではお世話になりました。三橋です。藤宮家の執事さんとのことで」
「はい。本間、とお呼びくださいまし」
「本間さん。それで、恭太郎くんたちの居所はまだ把握できていますか?」
「はあ。さすがの坊ちゃま、いまだに携帯電話は死守しているご様子で。坊ちゃまたちを乗せた車はこのあたりに停まったかと。GPSの動きが止まって御座います」
 と、本間は大判地図の上に指を滑らせる。
 そこはお台場ライナー埠頭と呼ばれる在来貨物を取り扱う荷受け所である。多くの民間倉庫が整備されており、東京港の顔といっても差し支えないだろう。
「恭太郎くんから連絡は?」
「ないわよオ。さすがに電話してる暇ないんじゃない?」
「そらそうだ──ていうかそもそも、その頭部と血が必要らしいって情報をくれたのはだれ?」
「はあ。黒須の──」
 ちらと森谷を見てから、将臣はふたたび三橋へ視線を向けた。
「次期当主の方だとおもいます。ほら、あのとき有栖川さんにアポをとってみたらいいとアドバイスを受けたでしょう。あのあとすぐに恭のお兄さんを頼って電話をしたそうで」
「化け物級の行動力ね。それでその、黒須次期当主の方がどうしてそんなことを」
「そこまでは。でも、おそらく信憑性は高い情報かと」
「間違いないやろな」
 森谷がぼそりとつぶやいた。
 パッと三國が森谷を見る。しかし森谷はその視線を無視して「それより」と沢井を見た。
「犯人が身代金目当てでなく、単純に頭部と血が必要っていうならまずいで。いくら恭クンが特殊やいうても──プロ相手やったら赤子と同じようなもんや。いっしょに灯里ちゃんがいてるんならなおさら」
「三國と三橋。おめえらはここの倉庫を管理している企業を片っ端から調べろ。管理企業が分かったら課長に言って応援といっしょにあとで来い」
「まさか警官ふたりで突入する気ですか?」
「突入は様子を見て考える。本間さん、この携帯借りるぜ」
 と、沢井はGPS機能がはたらく将臣の携帯を取り上げる。
「このあとのことはこっちに任せろ。一般人にこれ以上踏み込まれたら課長にどえらく怒られちまうからな」
「エーッ。あたしだって恭ちゃんのこと応援に行きたいのにい」
「俺たちは応援じゃなくて救出しに行くんだッ。よし、シゲ行くぞ」
「おう」
 というや、沢井と森谷はGPSにしたがってあっという間に車を走らせていった。
 車を見送った三國と三橋も、互いの相棒に託された任務を果たすべく大井警察署の捜査本部へもどるという。将臣と一花はこのまま爺やとともに家で待機するように──と指示をして、あわただしく警察署のなかへ駆けて行った。
 残された三人。
 問答無用に携帯を取り上げられた将臣は、手持無沙汰になって一花を見る。彼女はふるふると肩をふるわせてうつむいていた。泣いている──わけではない。これは笑っているな、とおもって顔を覗き込むと、案の定にんまりと頬肉をあげてわらっていた。
「うふふふふふ」
「なんだよ」
「日本の警察はいつも詰めが甘いのよ。ねエ」
 言いながら一花がそっと自身の携帯を取り出し、画面を見せてくる。
 そこに映し出されたのはあのアプリだった。そう、一花ももれなく将臣の位置情報を掴むためのカップルアプリをいれていたのである。将臣の許可もなく。
「おまえ、いつのまに──」
「さあ爺や、行くわよ」
「御見それいたしました。さあどうぞ乗ってください」
「いつからおれの位置情報を──」
「ほら早く乗って将臣。恭ちゃんの雄姿を見逃しちゃうじゃない!」
「────」
 納得いかない。
 が、将臣は場違いながらにひとつ決意した。──いい加減この方向音痴をなんとかしよう、と。

 ※
 さあ。どうする。
 車の後部座席には、後ろ手を結束バンドで縛られて目隠しされた恭太郎と、おなじ格好の灯里が肩を並べて座っている。車の揺れに合わせて灯里の手首につけられた小鈴が、ちいさくチリ、チリと音を鳴らす。
 運転席と助手席にはそれぞれ見覚えのない男がふたり座っているが、会話はいっさいないため、恭太郎の耳には小鈴の音がいやに大きく聞こえた。
 ──腹減ったなあ。
 あまりに暇なので胃袋の具合にまで意識が向く。すると、恭太郎の耳にかすかに届く程度の音が聞こえてきた。カチカチ、カチカチ。ああ、灯里が奥歯を慄わせているんだとおもった。
 身体を動かして灯里をさがすと、ほどなく柔い髪が肩に当たった。
 灯里は恭太郎の胸元にぐりぐりと頭を押しつけてきた。よほど怖かったのだろう、かすかにふるえている。対する恭太郎はといえば、自分よりすこし高い体温が心地よくて眠くなった。さすがに灯里の安全を考えると寝入ることはできないので、せめてリアクションを返してやろうと身体を折って灯里の頭頂部にキスを落とすと、ようやくカチカチという音はおさまった。
 ──ここはどこだろう。
 目隠しのタオルが煩わしい。どうせ隠そうが隠すまいがたいして見えはしないのに。恭太郎はふたたび顔をあげてかたむける。
 耳は覆われていないため、周囲の音がクリアに聞こえる。
「ねえ」
 語り掛けてみた。
 前の席から返事はない。恭太郎はかまわずつづけた。
「この車内、空気がわるいよ。一ミリでもいいから窓開けてくれない?」
「────」
 なおも返事はなかった。が、かすかな衣擦れの音とともに潜めた声が聞こえた。ひそめたところで恭太郎には筒抜けだけれど。
「どうする」
「一ミリくらいならいいんじゃないか。手も縛ってる、逃げだしゃしない」
「うん」
 という会話ののち、恭太郎側の後部座席窓がわずかに下がる。
 脱け出す気はないからこのくらいで十分だった。とかく、外の音が聞ければよい。
 ──ざざあ。ざざあ。
 ──ガコン。ガコーン。
 ──オーライ。荷下ろし開始。
 水。重機。作業員?
 この水は、海だろうか。なるほど、港だ。
 走行中にも外からかすかに『品川』という単語が聞こえたから、おそらくここは台場か何かだろう。なるほど荷下ろし中ならば倉庫だろうか。音を聞くかぎりは活気があるが、この倉庫群のなかに事件にかかわる場所があるのかもしれない。
 胸奥から湧き上がるわくわく感を抑えつつ、恭太郎は首を伸ばして顔に風を浴びた。
 灯里はぴったりと恭太郎にくっついたまま離れない。
 ──手が不便だなあ。
 と、いまさらそんなことをおもった。
 ふと助手席の男が囁き声を出した。こちらに聞かれぬように、だろう。
「主催が来るまでこいつらどうする」
「倉庫のなかにでも放っぽっとけ。血はとくに新鮮さが命だって言ってたから、先にやるのはまずい」
「頭の方は?」
「それは別に、すぐでもいいか。──でもガキのツラ見たろ。あれ、主催に見せた方がよろこぶんじゃないか」
「それもそうだな。じゃあとりあえずR3倉庫ってことで」
「ああ」
 ──主催。ボスのことかな?
 通常ならば聞こえない前席ふたりのウィスパーボイスでのやり取り。それらを冷静に聞き取った恭太郎は、ちいさく鼻を鳴らして背もたれに身をあずける。
 車はまもなく右折し、スピードを落としてプレハブ倉庫のひとつに入っていった。
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