R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第八夜

第45話 対峙

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 ──あとどのくらいでつくって?
 ──もう近くまでは来てる。十分くらいだろうよ。
 ──じゃあ一服する時間はありそうだな。
 ──俺も行く。
 ────。
 ──。

 視界をふさがれると、どんなに緊迫した状況でも眠気はくるものである。
 いつの間にかねむっていた灯里がつぎに目を覚ましたとき、真っ先に飛び込んできたのは男ふたりの会話だった。寝起きということもあり、はっきりと聞いたわけではない。目を開けても視界が暗いので、おどろきのあまり声をあげたつもりだが、例によって発声はなかった。
 どうやら目隠しはそのままで、冷たいコンクリートの床に転がされているらしい。頬に当たる無機質の感触が心も冷やすようだ。
 恐怖で身を強張らせていると会話の声の主たちは歩き出し、足音は次第に遠ざかって、やがてガコンという音とともに聞こえなくなった。この空間から出ていったようだ。
 ここはどこだろう?
 起き上がろうと手を出そうとして、後ろ手がいまだ縛られていることに気付く。
 ならばと足を動かすも、足首を括られているようで自由が利かない。幸いにも口枷はなかったが、叫ぼうにも声も出ない。手首を揺らしてみるもなぜか鈴が鳴らない。音が出なければ──恭太郎に気付いてもらえない。
(そうだ。恭太郎おにいちゃん)
 そばにいるだろうか。
 分からない。
 不気味なほど静まり返った空間。灯里以外だれもいなさそうだ。
 もう一度、手首を動かしてみる。
 しかし小鈴の音は鳴らなかった。手首を手探りに確認してそのわけがわかった。小鈴がない。盗られたのだろうか。恭太郎からのプレゼントだったのに──と、いよいよ灯里の瞳に涙が溜まる。
(どうしよう。おにいちゃん)
 その時。

「よいしょっと」

 と。
 灯里の背後から声がした。
 誰もいないとおもっていただけに、灯里はビクッと身体を揺らす。すこしの衣擦れの音ののち、『ブチッ』という音がして、まもなく灯里の目隠しが外された。暗闇に慣れた瞳は、突然入ってきた光量にひるんで瞼を下ろす。徐々に目を開けてようやく、クリアな視界を取り戻した。
 目に入る光景は右も左も見慣れぬ景色。周囲には、灯里が読めない漢字の箱(コンテナ)が色とりどりに積まれている。肩と頬を地面に押し当て、その反動でなんとか上体を起こした。
「だいじょうぶか?」
 声をかけられて、振り返る。
 オリーブ色の髪をすこし乱して、自由になった手首をぐるりとまわす恭太郎がいた。その足元には引きちぎられた結束バンドがふたつ。灯里同様に足も縛られていたようだが、それらすべてを強引に外したようだった。
 彼のキラキラしたビー玉のような瞳に、灯里は釘付けになる。
「子どもに手荒なことするなよなあ。携帯はとられるし、服はよごれるし。まったくやんなっちまう」
「────」
 灯里は戸惑いながら、恭太郎の手首を見る。
 ──いったいどうやって外したの?
 という疑問とともに。
 恭太郎はその声を聞いたか、灯里の手首を引き寄せてレクチャーをはじめた。手首を左右に引きながらおもいきり尻にたたきつけろ、と。言われた通りやってみると、なんということでしょう。結束バンドはいとも簡単に千切れたではないか。
「!」
「子どもの頃、僕がとんでもなく愛らしい少年だったものだから、うちの爺やが口酸っぱく教えてきたのだ。わはははは。まさか人生で役立つ日がくるとはね」
「────」
 恭太郎はいま一度ぐりぐりと手首をまわし、灯里の足を縛る結束バンドにも手をかけた。
「こいつはもう手で外せる。ちょっと待て」
 というや、ものの一分もかけぬうちに灯里は自由の身となった。
 改めて目の前にいる彼の存在に安堵し、その胸に飛び込む。恭太郎はそれをやさしく受け止めつつ、首を伸ばしてぐるりと空間を見まわした。
「出口は奥の鉄扉ひとつ。ああでも、あの小窓もあかりならいけないこともないか。猶予はだいたい五分くらい──」
 お外ににげる?
「敵のボスのツラをいっぺん拝んでやってもいいけど。でもなあ、僕ひとりだったらどうとでもなるところも、お前がいるんじゃ無茶できないしなあ。かといって先に脱出させるのも、……」
 と、恭太郎は顎に手を当て考える。
 ──あかり、じゃま?
 意図せずそんな気持ちが湧いた。そんな言葉、ふだんなら内に潜めてだれにも伝えないのだけれど、恭太郎には聞こえてしまう。
 彼は目を見開いて明かりを見下ろした。
「邪魔かそうじゃないかと聞かれたら、そりゃあ邪魔だよ。当たり前だろ。自分の命を守るだけでも一苦労なのに、守る命がふたつぶんなんだから」
「!」
「そうはいっても仕方ない。邪魔だからって簡単に切り捨てられるほど、お前は僕にとって軽くない」
 だから、と恭太郎は近くのコンテナに飛び乗った。
「安心して僕を信じていればいい──よっ」
 言いながら某筋肉番付番組のごとく小窓に飛び移り、懸垂の要領で小窓から外を覗く。素早く周囲を見回して、
「──あっ」
 とつぶやくと窓を開けて一度地面へ降り立った。
 手足が長く長躯のバランスが良いからか、まるで大天使が舞い降りたようなうつくしさがあって、灯里は見とれた。
「意外に早かったな。あかり、来い」
「!」
 あわてて駆け寄る。
 恭太郎は灯里の腕を引き寄せて自身のうしろに隠した。直後、奥の鉄扉が重い音を立てて開き、数人の人間が中へ入ってきた。先頭を歩くふたりは恭太郎と灯里をこの場所へ連れてきた人間で、自由な恭太郎を見て「あのガキッ」と焦ったように肩を怒らせる。
 しかし彼はたじろぐ素振りもなく、倉庫内に入ってきた人間たちをまっすぐ見つめていた。
 ──おにいちゃん。
 心のなかで呼びかける。返事の代わりに、おおきな手のひらで灯里の手を力強く握った。
 大丈夫、と言われている気がした。
「チッ。拘束が甘かったか?」
「どうせ袋の鼠だ。顔を傷付けなけりゃズタズタにしたって構いやしねえ」
 と、ふたりの男が恭太郎に詰め寄ろうと踏み出したとき、背後にいた女が
「まって。お顔をよく見せてちょうだい」
 と男たちを押しのけて近づいてきた。
 とろりと垂れた瞳に左目の亡き泣きボクロが印象的な、壮年女性である。灯里は、こわごわと恭太郎の背中越しに女を見る。が、知らない顔だ。見たことも会ったこともない。
 周りからすると唐突に、恭太郎はエッと声を上げた。
「コイツじゃないのか。お前をつけ回した女」
「────」
 違う。
 本屋から自分を連れ出したのは、もっと雰囲気の異なる女の人だった。──という灯里の声に、恭太郎はふうん、とつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ああ──すごいわ。完璧ね。なんなら腕と胴体もこの子がいいな。ねえ、駄目ですか?」
 女は爛々と瞳を輝かせて、うしろを向く。
 待機する男たちは渋い顔で「駄目ってことはないけど」と、互いに顔を見合わせた。
 場にいやな沈黙がただよう。恭太郎は気を利かせたか、
「僕の頭部と、腕と、胴体が欲しいの? だったらアナタなかなか趣味がいいです。たしかに僕ほどの人間、この世にそうはいませんからねえ」
 などと至って真剣に言った。
 女はキョトンとしたあとに、幸せそうな、満面の笑みを浮かべる。
「わあ──いいな。いいな……あなたみたいな子なら、うれしいな……」
「そうでしょうとも。僕を見て笑みがこぼれない女の人はいません。でも、──」
 一瞬閉口し、恭太郎は首を傾げた。

「へエ? アナタほんとうにそんな──なんて戯言信じているんですか?」
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