R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第八夜

第46話 彼らの目的

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 女の顔色が変わる。
 同時に、背後にいた男ふたりも「てめえ」と恫喝と戸惑いの入り混じった声色で詰め寄ってくる。灯里はあわてて恭太郎の背中に顔をつけた。当の彼は仁王立ちをしたままびくともしない。
「ははあ。そっちの人たちが言ったんですか。ずいぶん悪趣味なことを」
「このガキ、その話どこから聞いて──」
「どこから?」
 ハッ、と恭太郎は鼻を鳴らしてわらった。
「アンタたちがさっきからずっと言ってるんじゃないか。『体の部位をつなげれば器が完成する』『血で満たし』──ハンゴン? ああ、反魂か。将臣が好きそうな話だな。魂を呼び戻してイタコごっこでもするつもりか?」
「だ、黙れ!」
「なんだこいつ……くそっ」
 と、男が恭太郎に向かって鉄パイプを振り上げる。その腕をがしりと掴んで引き寄せると、反対に顔を寄せて瞳を覗き込んだ。あまりの目力を前に男は怯み、ヒク、と喉を鳴らした。
 自身の内なる声がすべて漏れていることに恐怖し、男は空いた手をゆっくりと口に当てる。音が漏れぬように。そんな足掻きも恭太郎の前には無駄である。
 無駄だよ、と恭太郎はうっそり微笑んだ。
「僕の耳には聞こえてしまうんだ。──その汚ねえやり口もな。アンタらそれでも人間か? いや、人間だからか。いったい人のいのちをなんだとおもってる。救いようがないな、死んで償え」
「き、聞くな──聞くなッ」
「アンタら研究員がむこう三年の月日をかけて研究してきたことも、それが古く陸奥の地に伝わった禁忌の術であることも聞こえたよ。そんな貴重な時間を費やしてやりたいのが『反魂蘇生の呪詛』? いっぱしの研究員なら、もうすこし生産性のあることをやってくれてもいいようなもんだけど。──そのことばがトリガーなのか?」
「やめろ言うな。やめろ。やめろッ」

「Rest in Peace」

「う」
「あああああああああああああああああああ」
「!」
 突如。
 女が無感情にさけんだ。激昂するでもなく、泣くでもなく、ただ目と口を大きく開けて一音をさけぶ。その声量は恭太郎にとっては拷問に近い。男から鉄パイプを取り上げて床に打ち捨てると、あわてて耳をふさぐ。
 研究員のふたりもおなじく驚き、女から一歩距離をとるように後ずさった。
 ひとしきり発声を終えた女はかっくりと項垂れて、やがて人形のような拙い動きとともに恭太郎を見据えた。先ほどまでキラキラ輝いていた瞳の部分にはまるでぽっかりと孔がふたつ開いたような闇が据えられている。見返した恭太郎はまもなく、凍てついた。彼は視覚に疎い。ならばなにを聞くか。
「なん────は?」
 伸びた背筋はそのままに、しかし足がわずかに後ずさる。
 その背にぴったりと張り付いていた灯里は、いったいどうしたことかと恭太郎を見上げる。
 ──おにいちゃん?
 内心で声をかけども、恭太郎は聞こえているのかいないのか、じりじりと女から距離をとった。女と恭太郎の距離は一メートル、二メートルと徐々に離れてゆく。が、ほどなくともに後ずさっていた灯里の足がコンテナに当たった。これ以上うしろには下がれない。恭太郎は、めずらしく冷や汗をこめかみに滲ませながらおもむろに灯里を抱えると、ひらりと身軽にコンテナの上へ昇った。倉庫内に漂う凍てつく空気におののいて放心状態だった男たちが我に返り、恭太郎を見上げて怒声をあげる。
「このやろう、動くな!」
「クソ。本隊はまだか?」
 男どもには目もくれず、恭太郎は左上腕部に灯里を乗せたまま小窓を見上げた。

「きた」
 
 形のよいくちびるから小さな声が漏れる。
 直後、ドオン、と倉庫内に爆発音が轟いた。いや、爆発した音かと思いきや、一台の車が唯一の出入口であった鉄扉をぶち破り、勢いよく中へ突っ込んできた音であった。ギュギュギュギュ。というタイヤのゴムが床と激しく擦れる音とともに、車は入口から平行に停車する。
 きゃあ!
 灯里は声なきさけびをあげて、恭太郎の頭にしがみつく。
 研究員の男たちもあまりの音におどろき、あわててそちらに目を向けた。ひとりは先ほど取り落とした鉄パイプをふたたび拾い上げている。女もまた、ゆっくりと音の方へ首を向けた。
 車から現れたのは──拳銃を握ったひとりの男。
 優雅にジャケットの襟を正すと唐突に引き金を引いた。銃弾は研究員が構えた鉄パイプに当たって、その衝撃に耐えられずふたたび鉄パイプをとり落とす。その隙を見て男は研究員の顎を蹴り上げ、つづいてもうひとりの研究員に回し蹴りを食らわせる。ふたりはどう、と地面に頽れる。
 男はそのまま拳銃の柄で女の首元を殴りつけた。女はフッと気が抜けたように男の胸に倒れ込み、意識をうしなった。
 コンテナ上で「やあ」と恭太郎がさけぶ。
 その顔には、先ほどまでの緊迫感は微塵と消え、よろこびと興奮が浮かんだ。
「ケーイチ!」
「よお、藤宮の坊主。面会室以来の顔合わせだな」
 長い前髪をかきあげて微笑むは、沈黙者の面を脱いだ黒須景一であった。

 しかし感動の再会は一瞬のこと。
 直後、倉庫内へもう一台黒い車が駆けこんできたかと思うと、それにつづいて三台の白いセダンが倉庫出入口を封鎖するように停車した。それぞれから白いスーツにサングラスを着用した数名の男が、銃を手に車から降りてくる。
 黒い車から出てきた黒服は、景一と肩を並べてショルダーホルスターから銃を抜き取った。景一も車を盾に銃を構えながら、
「あれ、岩壁。こっちふたり?」
 と呑気な声で黒服──岩壁へと問いかける。
 岩壁は「そうですよ」とつっけんどんに返した。
「まいったな。むこう、六人はいやがるんだけど」
「貴方が供もつけずに突っ込むからこんなことになるんです。たまたま私がそばにいたから良かったものの──」
 パァン、と。
 倉庫内に銃声が一発分響き渡る。
 白服集団のだれかが放った威嚇射撃である。白服のひとり、ガタイのいい男が低い声を張った。
「うしろのガキふたりをこちらへ引き渡せ。さすればお前たち黒須は見逃してもいい」
「やなこった。なんのために俺がこんなとこまで来たとおもってんだよ。その代わりと言っちゃあなんだが、お前さんらの実験動物がいまここで寝てる。お前らが育てた呪詛者だろ、死んだら困るんじゃないのか」
 と。
 景一は、地面に倒れ伏す女に拳銃を向けた。
 そのことばに白服集団がざわりとどよめく。
「なるほど。手札はそちらにあるというわけだ」
「どうする?」
「そういうことなら、」
 白服のひとりが銃を構えたと同時に発砲した。
 銃弾は景一の頬をかすめた。
「お前たちふたりを始末するしかないようだ」
「……あとで泣くなよ」
 景一は頬から垂れた血をぺろりと舐めて、銃を構え直した。
 が、それを見た恭太郎も黙ってはいられない。元来、喧嘩好きな性格である。灯里をコンテナの陰に隠すや自身はコンテナから飛び降りて、景一と岩壁のあいだに割り込んだ。
「まて、ケーイチ」
「バカ。なにしてるッ」
「アンタ、イッカに会いたいんだろ。こんなとこで犯罪してる場合じゃないぞッ、また豚箱ぶちこまれたいのか?」
「言ってる場合か!」
 と、景一は恭太郎の頭をぐいと押して、車の陰に忍ばせる。身を屈めてきびしい顔を寄せた。
「さっきも言ったろう。俺が、なんのためにここまで来たとおもってる」
「アンタはいつも、守り方が下手だなッ」
「なに?」
 恭太郎は退かない。景一の胸倉をぐっと引き寄せ、
「ひとり頭、ふたりだ」
 と囁くなり、華麗に車の陰から飛び出した。

「僕も混ぜろッ」

 と。
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