R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第八夜

第47話 無事を祈る

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 飛び出した恭太郎は、目に入った白服をひとり蹴倒した。そのまま空中で身体をひねり、そのうしろで銃を構える男の頭頂に踵落としを入れる。
「バカ──」
 と、こぼしながら景一も同時に目前の人間へつづけて発砲。見事に足首へ命中し、ふたりがガクッと崩れ落ちた。となりの岩壁は容赦なくふたりの人間を撃ち抜く。いずれも利き手の手首を狙ったようで、倉庫内は一気に阿鼻叫喚の嵐となった。
 一瞬で六人を片付けた三人は、ホッと互いに顔を見合わせる。が、それも束の間。恭太郎がハッと背後のコンテナ郡に目を向けた。つられた景一と岩壁が「あっ」と声を上げる。コンテナの上には、先ほど景一が昏倒させたはずの女が、ふたつの昏い孔を見開いて立っていた。──灯里の頸に背後から刃物を突きつけて。
 しまった、と景一が眉をしかめる。
「あの女、もう目ェ覚ましたのか」
「クソ。ここから狙えば少女にも当たります」
 岩壁が銃を構えて照準を見定めて、舌打ちをした。
 コンテナの上、女はフラフラと緩やかに動いて、徐々に小窓へと近づいた。先ほど恭太郎がぶら下がった窓である。彼の長躯ではむずかしいが、あの女ならば抜け出すことも可能だろう。しかしコンテナから窓までは若干距離がある。恭太郎のように飛び移って懸垂の要領でよじ登らねばならないのだ。あの女の細腕では不可能か──と、三人が息を呑んで女の行動を見守っていた矢先のことだった。
 視界によぎったひとつの影。
 突如小窓から女がするりと入ってきた。顔には狐の白面をつけ、ひらりとコンテナの上に降り立つ。
「なっ──」
 呆気にとられた黒須のふたりを横目に、白狐面の女は指先を伸ばして、灯里をとらえる女の頸に手刀をいれた。女はふたたびその場にくずおれる。
 味方か。
 と思ったのも束の間。
 白狐面の女は灯里を抱えて、ふたたび小窓へ飛び移るやするりと外へ抜け出た。この間、およそ一分の事。
 いま何が起きた?
 女が来て。
 灯里、が。
 各々のなかでようやく、灯里が拉致られたという事実に気が付いた。
「し、しまった──あんまり鮮やかなんで気を取られた」
「あの女──さっきの研究員たちとは別口でしょうか」
 と、岩壁が言う間に恭太郎は身を翻して駆け出した。六人の屍を踏んづけ乗り越え、先ほど景一がぶち破った鉄扉の外へ。おそらくは聞こえているのだ。あの女の足音が。
「クソッ、どいつもこいつも好き勝手しやがって!」
「それ貴方に特大ブーメランですよ」
 言いながら、ふたりも恭太郎のあとを追って駆け出した。

 *
 さて、警察車両である。
 沢井の運転する車が入った頃、埠頭は混乱を極めていた。なにせ民間倉庫の一角から爆発音と、数発の銃声が響いたのだから。埠頭のスタッフは様子を見ようにも近づくに近づけず、警察への通報を致したところだったという。沢井たちは偶然だが、通報後二分も経たずに駆けつけたふたりに埠頭スタッフは群がった。
 沢井がうおっ、とたじろぐ。
「なんだなんだ。どうした!?」
「いや、自分らは通報とは別件で駆けつけたところやって──え、銃声? どっち。あそこ? あの倉庫はどこ持ちですか。いま使われとん? ──」
 ひと通り確認の末、森谷は沢井と顔を見合わせる。銃撃戦が始まっている場合なんの防具もつけぬまま特攻するのは得策ではない。とはいえ、事情が事情なだけに応援を待つ時間も惜しい。
 沢井が耳を澄ませる。
 とくに音はない。むしろ、ゾッとするほど静まり返っている。少なくとも銃撃戦は行われていないらしい。ならば怪我人がいる可能性が高い。刑事は互いに顔を見合わせ、各々すべきことを開始した。
 森谷は埠頭スタッフに声をかけ、一定以上から先への立入規制を敷き、そのあいだに沢井が現場の状態を確認するというものである。
「気ィつけや。オレもすぐ行くから、無理すんなよ」
「わかってる」

 問題の倉庫は、探し出さなくても一目でわかった。なぜなら倉庫入口に白い車が三台、出入口をふさぐように停まっており、入口の扉とおもわれる鉄扉は派手にぶち破られていたからである。さらにその先、二台の黒い車がタイヤ痕を残して停まっているのを見た沢井は絶句した。
 黒い車の手前に六体の屍が転がっている。
 いや、屍とは言ったが彼らはいずれも辛うじて生きていた。二名が頭部と頚椎損傷、ほか四名が手首や足首から出血。生きていると言っても、このままではほどなく失血死だろう。
「龍クン!」
 背後から森谷が来た。
 現場の惨状に引くも、すぐさま無線で救急本部へと通信をいれる。
「──にて、六名の負傷者を確認。四名は大量出血、至急救急手配願う。繰り返す。あ、いや──」
 森谷の目が、倉庫内の奥へ注がれた。
 コンテナに隠れて見えなかったが、そこにもふたりの男が倒れていた。コンテナの上には女もひとり──。
「追加で三名発見。いずれも出血はなし。呼吸確認。繰り返す、全部で九名の要救助者発見。救急手配願う」
 森谷が無線通信をするあいだに、沢井は白手袋を嵌め、足元には土足痕を残さぬようビニール袋を巻いてコンテナ上にのぼった。女の胸元がわずかに上下するのを確認して、ホッと安堵する。
 コンテナに登ってきた森谷を見て、引きつった笑みを向けた。
「どういうこった。この惨状でみんな生きてる」
「どえらいことになっとるな。あ。ん? このヒト──」
 森谷が女の顔を覗き、ギョッとした。
「や、山下さん!」
「はあ? 山下って」
「昨夜から行方不明になっとった山下朋子さんやっ。三國に言うたらな」
 と、携帯で三國に連絡をとる。
 それを横目に沢井はいま一度倉庫内に視線を巡らせた。
 ──いねえ。
 追いかけてきたはずの恭太郎も、灯里も、その姿はどこにもない。銃声という単語にぎくりとしたが、幸いにその餌食にはなっていないらしい。となるといったいどこに?
 将臣から借り受けた携帯で、恭太郎の携帯からGPSを辿ってきたが、少し前に海の中へと捨てられた形跡があった。おそらくいまはもう所持してはいないだろう。
 沢井はコンテナを降り、倉庫の外へと顔を出す。
 残るは奥の倉庫群。埠頭スタッフ曰く、さらに向こうはふだん出入りがほぼない倉庫とのこと。いるとしたらあそこしかない。沢井は大井警察署から借り受けた拳銃を構えて、最後の倉庫群へ駆け出した。
 その時である。
 タァン。
 タァン。
 と、乾いた破裂音が駆ける方向から複数回聞こえた。
 発砲音だ。
 どこから?
 沢井は身を引き締め、倉庫の影に身を隠しながら音の出処へ走る。
 ──どうか。どうにか。
 恭太郎と灯里が無事でありますように。
 柄にもないことだが、沢井はただそればかりを天上の存在に祈りつづけた。
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