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第九夜
第51話 唯一の証言
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帝都中央病院。
法医学医がつとめる帝都中央医科大学と隣接する病院で、事件関係者が搬送される先としてよく選ばれる。ここで件の集団脱走事件および参考人殺害事件が発生した。唯一の生き残りである白服の男──自称名・金井達也は、現在も警察による警護下のなかで入院生活を送っている。
病室に訪れた沢井と森谷、三橋と三國を見て、金井は当初怯えた顔をしたが、警察手帳を確認するとわずかに肩の力を抜いた。
「よお。怪我の具合はどうだい」
「──あと数ミリ銃弾がずれていたら歩けなかったかもしれない、と医者に言われましたよ。運が良かった」
「そうか。なら、まんまとお仲間に逃げられた挙句に切り捨てられた気分は?」
沢井が意地悪な顔をした。
酷なことを聞く、と三橋がうしろで顔を歪めたが、男は動揺するでもなく無表情のままわずかにうつむく。
「べつに。もともとそういう体質なのは理解していましたから」
「六曜会が、ってことか?」
「────」
ふと、金井がおどろいたような顔をした。
「いや。それは──金貸しの名前です。うちは別口ですよ」
「はあ?」
「自分は下っ端なんで、組織のことはよく知りません。──今回だっていわゆる同志として集められただけで。短期的なものだったから」
「よくわからねえな。金井さん、アンタはいったいどういう経緯であの白服集団と行動を共にしていた?」
「────」
金井は、ぽつぽつと言葉をこぼすようにつぶやき始めた。
要約すると以下の通りである。
あの組織との出会いは三年前。双子の妹を病で亡くしたばかりで沈んでいたころ、ネットでとある社会人サークルの募集を見つけたのだという。要項には『親しい人を亡くした経験のある方』とだけ。当時は心寂しく、おなじ傷のなめ合いができればよいと軽い気持ちで応募した。
活動内容はおもに、レンタルスペースを借りての語らいがほとんどだった。五回ほど顔を合わせた頃にはお互いに気も許し合う仲となり、活動外でも飲みに行くなど交流が増えていったそうだが、その飲み会の際にとある誘いがきたのだそうだ。
それが、『生命調査員』というものだった。
とある大企業が死生についての研究をしている。
その研究の主題は『死者蘇生』であり、現状すでにいいところまで来ている。
極秘プロジェクトだがツテがあるので紹介できる。
──と。
いま振り返れば胡散臭い内容だが、当時ぽっかりと心に穴が空いていた金井にはひどく魅力的な話におもえた。ゆえに、そのプロジェクトに参画することを決めた。
そのプロジェクト名が『R.I.P』であり、自分たちもそれを名乗るようにと言われていた。たまに外注業者と顔を合わせることもあるが気にしなくていい、という話だったが、その業者というのがどうやら『六曜会』であるらしく、おおざっぱに金貸しとだけ聞かされた、と。
「初めの頃は、伝承を図書館や専門家に聞いて調べるとか、休日の片手間に出来るようなことばかりでした。でもそれがだんだんエスカレートしていって、それで」
話すにつれ、金井の顔がひきつっていく。
それで、とふたたびつぶやくとしばしうつむき沈黙した。
「大丈夫だ。俺たち以外は聞いていない。ゆっくり話せ」
「──そ、それで。ひとつの仮説を検証する段階に入ったんです。これまでは机上の空論だった。いまおもえばそんなこと現実に起こりうるはずもないことだった。でもあの頃の自分はそんなことにも気づかないくらいに、せ、洗脳されていて」
──洗脳。
沢井の脳裏にいやな記憶がよみがえる。
以前かかわった事件で、マインドコントロールされていた人間がいたことをおもい出したのである。おなじことを考えていたのか、となりで話を聞く森谷の顔も険しくなっていた。
その仮説というのは、と三橋が口を挟んだ。
「今回の事件の発端になったこと?」
「はい。岩手の山奥に伝わっていたとされる忌み事を参考にしたらしく、彼らは『反魂蘇生』と名付けていた。つまり、あの世へ還った魂をこちらへ呼び戻して、こちらで用意した器に入ってもらうという──ものです」
「マジかィ」
三國がドン引いた。気持ちはわかる。
しかしここから金井によって語られる話が、沢井ら警察をそれ以上にドン引かせることとなった。それは、仮説を証明するためにおこなった彼らの罪についてである。
「この反魂蘇生術はもともと妊娠出産にまつわる伝承だった。だから、検証には子どもを欲している女が必要だという話になって──」
「山下朋子に目をつけたんやな」
「──はい。そこまでの経緯はよく知りません。自分は、あの女性に対して男をけしかけただけで」
「けしかけた? それが、闇バイトの?」
三國の声が尖る。
はい、と金井は細くふるえる声で言った。
「そ。蘇生術ですから、女が子どもを亡くした痛みを知る必要があった。だから一度腹の子には還ってもらわねばならなくて、それで」
「それで? 藤井にレイプさせて山下さんの子どもを故意的に流したと?」
「そっ──そうです」
「ふざけんなよテメエ」
と、立ち上がったのは三橋である。
それをなんとか抑えつつ、森谷が険しい顔で続きをうながした。
「子どもが流れて──絶望の淵に陥っていたところに、『反魂蘇生の術をやってみないか』と声をかけた。それは、僕ではなく──R.I.Pのだれかだと思います。とても重要な役回りだからたぶん組織上層部の人かと。そ、それで、僕にしたのとおなじように彼女もあっという間に洗脳を──」
「というと?」
「からだ。からだを集めることが、正しいことだと。僕には詳細はわかりません。もうその辺りは上層部の人たちが中心となってやっていました。僕は、僕には──」
「藤井をころしたのは?」
「え。あ、──た、たぶん。六曜会のだれかに外注したんだと、思います。僕らは人殺しなんてできませんから」
「殺してんじゃねえかすでに胎児をよオ」
ふたたび三橋。
彼女も二歳になる子どもがいる。母親として、身勝手な理由により自身の子をうしなう気持ちはここにいる誰よりも分かるはずだ。いつも明るく冷静な三橋が、顔から血の気は引き、身をふるわせて拳を握りしめることはひじょうに珍しい。
森谷がうしろから羽交い絞めするように引き留めていなければ、いまにも金井を殴り飛ばしていたことだろう。沢井はふるりと首を振り、やさしく三橋の肩に手を置いた。沢井と三橋でしばしにらみ合う。が、やがて彼女は肩の力を抜き、椅子に腰かけた。
その際、彼女の瞳がきらりと光ったのを沢井は見逃さなかった。
「────」
ドカッ。
鈍い音とともに金井がベッドに倒れ込む。
沢井にしては軽い一発のつもりだったが、どうやらうまい具合に入ったらしい。三橋が「アッ」とふたたび立ち上がった。
「沢井さん!」
「わりい。つい手が」
この場にいるすべての人間の想いを拳に乗せて、代弁したつもりだ。
森谷はあーあー、と金井を覗き込み、三橋と三國は顔を見合わせて苦笑した。多少なり溜飲は下がったが、痣なんかが残りようものなら謹慎かもな──と、沢井はちいさくため息をつく。
ごめんなさい、と繰り返しつぶやく金井を見下ろして、沢井がつづけた。
「じゃあ、宮内少年と萩原のいずれも六曜会がころしたんだな?」
「────は、はい。三人目については六曜会の独断でしたが、宮内くんに関してはあの女の希望で」
「あの女ってえと、山下朋子か。でも一度顔を合わせたときはそんな変な人には見えなかったですぜ」
「せやな。口数は少なかったけど、ふつうの主婦って感じやったわ」
「ああ──そ、それはそうでしょう。おそらく刑事さんたちが対面した彼女と、R.I.Pとして動く彼女はなんというか、──別人ですから」
「別人だと? どういうこった」
「じ、人格を──切り替えるというか。あの、決して彼女にもともと別人格があったわけではなく。くわしいことは僕にはよく」
「詳しくなくてもいいからさっさと吐け!」
三橋が声を荒げる。
ですから、と金井はいまにも泣きそうな顔で、半ばやけくそにさけんだ。
「あ、R.I.Pは──新たな人格を植え付けたんです。彼女を、操るために!」
そういう事ができる奴らなんです、と言って金井は子どものように泣きじゃくった。
法医学医がつとめる帝都中央医科大学と隣接する病院で、事件関係者が搬送される先としてよく選ばれる。ここで件の集団脱走事件および参考人殺害事件が発生した。唯一の生き残りである白服の男──自称名・金井達也は、現在も警察による警護下のなかで入院生活を送っている。
病室に訪れた沢井と森谷、三橋と三國を見て、金井は当初怯えた顔をしたが、警察手帳を確認するとわずかに肩の力を抜いた。
「よお。怪我の具合はどうだい」
「──あと数ミリ銃弾がずれていたら歩けなかったかもしれない、と医者に言われましたよ。運が良かった」
「そうか。なら、まんまとお仲間に逃げられた挙句に切り捨てられた気分は?」
沢井が意地悪な顔をした。
酷なことを聞く、と三橋がうしろで顔を歪めたが、男は動揺するでもなく無表情のままわずかにうつむく。
「べつに。もともとそういう体質なのは理解していましたから」
「六曜会が、ってことか?」
「────」
ふと、金井がおどろいたような顔をした。
「いや。それは──金貸しの名前です。うちは別口ですよ」
「はあ?」
「自分は下っ端なんで、組織のことはよく知りません。──今回だっていわゆる同志として集められただけで。短期的なものだったから」
「よくわからねえな。金井さん、アンタはいったいどういう経緯であの白服集団と行動を共にしていた?」
「────」
金井は、ぽつぽつと言葉をこぼすようにつぶやき始めた。
要約すると以下の通りである。
あの組織との出会いは三年前。双子の妹を病で亡くしたばかりで沈んでいたころ、ネットでとある社会人サークルの募集を見つけたのだという。要項には『親しい人を亡くした経験のある方』とだけ。当時は心寂しく、おなじ傷のなめ合いができればよいと軽い気持ちで応募した。
活動内容はおもに、レンタルスペースを借りての語らいがほとんどだった。五回ほど顔を合わせた頃にはお互いに気も許し合う仲となり、活動外でも飲みに行くなど交流が増えていったそうだが、その飲み会の際にとある誘いがきたのだそうだ。
それが、『生命調査員』というものだった。
とある大企業が死生についての研究をしている。
その研究の主題は『死者蘇生』であり、現状すでにいいところまで来ている。
極秘プロジェクトだがツテがあるので紹介できる。
──と。
いま振り返れば胡散臭い内容だが、当時ぽっかりと心に穴が空いていた金井にはひどく魅力的な話におもえた。ゆえに、そのプロジェクトに参画することを決めた。
そのプロジェクト名が『R.I.P』であり、自分たちもそれを名乗るようにと言われていた。たまに外注業者と顔を合わせることもあるが気にしなくていい、という話だったが、その業者というのがどうやら『六曜会』であるらしく、おおざっぱに金貸しとだけ聞かされた、と。
「初めの頃は、伝承を図書館や専門家に聞いて調べるとか、休日の片手間に出来るようなことばかりでした。でもそれがだんだんエスカレートしていって、それで」
話すにつれ、金井の顔がひきつっていく。
それで、とふたたびつぶやくとしばしうつむき沈黙した。
「大丈夫だ。俺たち以外は聞いていない。ゆっくり話せ」
「──そ、それで。ひとつの仮説を検証する段階に入ったんです。これまでは机上の空論だった。いまおもえばそんなこと現実に起こりうるはずもないことだった。でもあの頃の自分はそんなことにも気づかないくらいに、せ、洗脳されていて」
──洗脳。
沢井の脳裏にいやな記憶がよみがえる。
以前かかわった事件で、マインドコントロールされていた人間がいたことをおもい出したのである。おなじことを考えていたのか、となりで話を聞く森谷の顔も険しくなっていた。
その仮説というのは、と三橋が口を挟んだ。
「今回の事件の発端になったこと?」
「はい。岩手の山奥に伝わっていたとされる忌み事を参考にしたらしく、彼らは『反魂蘇生』と名付けていた。つまり、あの世へ還った魂をこちらへ呼び戻して、こちらで用意した器に入ってもらうという──ものです」
「マジかィ」
三國がドン引いた。気持ちはわかる。
しかしここから金井によって語られる話が、沢井ら警察をそれ以上にドン引かせることとなった。それは、仮説を証明するためにおこなった彼らの罪についてである。
「この反魂蘇生術はもともと妊娠出産にまつわる伝承だった。だから、検証には子どもを欲している女が必要だという話になって──」
「山下朋子に目をつけたんやな」
「──はい。そこまでの経緯はよく知りません。自分は、あの女性に対して男をけしかけただけで」
「けしかけた? それが、闇バイトの?」
三國の声が尖る。
はい、と金井は細くふるえる声で言った。
「そ。蘇生術ですから、女が子どもを亡くした痛みを知る必要があった。だから一度腹の子には還ってもらわねばならなくて、それで」
「それで? 藤井にレイプさせて山下さんの子どもを故意的に流したと?」
「そっ──そうです」
「ふざけんなよテメエ」
と、立ち上がったのは三橋である。
それをなんとか抑えつつ、森谷が険しい顔で続きをうながした。
「子どもが流れて──絶望の淵に陥っていたところに、『反魂蘇生の術をやってみないか』と声をかけた。それは、僕ではなく──R.I.Pのだれかだと思います。とても重要な役回りだからたぶん組織上層部の人かと。そ、それで、僕にしたのとおなじように彼女もあっという間に洗脳を──」
「というと?」
「からだ。からだを集めることが、正しいことだと。僕には詳細はわかりません。もうその辺りは上層部の人たちが中心となってやっていました。僕は、僕には──」
「藤井をころしたのは?」
「え。あ、──た、たぶん。六曜会のだれかに外注したんだと、思います。僕らは人殺しなんてできませんから」
「殺してんじゃねえかすでに胎児をよオ」
ふたたび三橋。
彼女も二歳になる子どもがいる。母親として、身勝手な理由により自身の子をうしなう気持ちはここにいる誰よりも分かるはずだ。いつも明るく冷静な三橋が、顔から血の気は引き、身をふるわせて拳を握りしめることはひじょうに珍しい。
森谷がうしろから羽交い絞めするように引き留めていなければ、いまにも金井を殴り飛ばしていたことだろう。沢井はふるりと首を振り、やさしく三橋の肩に手を置いた。沢井と三橋でしばしにらみ合う。が、やがて彼女は肩の力を抜き、椅子に腰かけた。
その際、彼女の瞳がきらりと光ったのを沢井は見逃さなかった。
「────」
ドカッ。
鈍い音とともに金井がベッドに倒れ込む。
沢井にしては軽い一発のつもりだったが、どうやらうまい具合に入ったらしい。三橋が「アッ」とふたたび立ち上がった。
「沢井さん!」
「わりい。つい手が」
この場にいるすべての人間の想いを拳に乗せて、代弁したつもりだ。
森谷はあーあー、と金井を覗き込み、三橋と三國は顔を見合わせて苦笑した。多少なり溜飲は下がったが、痣なんかが残りようものなら謹慎かもな──と、沢井はちいさくため息をつく。
ごめんなさい、と繰り返しつぶやく金井を見下ろして、沢井がつづけた。
「じゃあ、宮内少年と萩原のいずれも六曜会がころしたんだな?」
「────は、はい。三人目については六曜会の独断でしたが、宮内くんに関してはあの女の希望で」
「あの女ってえと、山下朋子か。でも一度顔を合わせたときはそんな変な人には見えなかったですぜ」
「せやな。口数は少なかったけど、ふつうの主婦って感じやったわ」
「ああ──そ、それはそうでしょう。おそらく刑事さんたちが対面した彼女と、R.I.Pとして動く彼女はなんというか、──別人ですから」
「別人だと? どういうこった」
「じ、人格を──切り替えるというか。あの、決して彼女にもともと別人格があったわけではなく。くわしいことは僕にはよく」
「詳しくなくてもいいからさっさと吐け!」
三橋が声を荒げる。
ですから、と金井はいまにも泣きそうな顔で、半ばやけくそにさけんだ。
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