R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第九夜

第50話 徹底した秘匿工作

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 関係者のほとんどが病院送りとなったいま、警察がいまできることはひたすら現場検証のみ。現場と言っても、フタを開けてみれば埠頭内三箇所にて乱闘の痕跡が発見された。
 まずひとつ目が、R3倉庫。
 沢井と森谷がいの一番に駆けつけた現場で、五台の自動車と八名の負傷者および山下朋子を発見した場所である。負傷具合は重軽傷それぞれながら、いずれも話を聞ける状態になく、八名はただちに緊急搬送された。
 ふたつ目が、S1倉庫。
 恭太郎と灯里を保護し、そこに転がっていたふたりの重傷者をも救出した現場。重傷者のうちひとりは先日拘置所を出たばかりの黒須景一で、恭太郎曰く「彼が助けてくれた」のだそう。ではもうひとりの負傷者がホシかと問えば、「彼も仲間だよ」とひと言。どうやら紙一重のタイミングで、犯人とおもわれる人間が逃走したらしい。恭太郎はそれ以上話さなかったが、瞳に寂寥の色を浮かべているのが印象的だった。
 最後のみっつ目が、R3倉庫の裏手路地。
 ここはいちばん意味不明だった。三國が発見した際には、すでに白面をつけた男が数名倒れ伏しており、周囲にはその対抗勢力らしき影はどこにも見えなかった、と。とはいえこちらは銃使用の乱闘はなく、いずれも出血なしの軽傷者ばかり。すでにふたつの倉庫にて銃撃戦があったところを見ると、こちらも同勢力たちがぶつかったものだろう──と結論づけ、とりあえず負傷者を病院へ搬送。
 ちなみに、三國と三橋に連れられて駆けつけた山下氏は、妻が搬送される救急車に半狂乱で同乗していった。

「──S1倉庫から発見された両腕と両脚。DNA検査次第ですがまあほぼ藤井と宮内少年のもので間違いないでしょう」
 と、駆けつけた検視官はS1倉庫内に乱雑にころがった身体部位を見て言った。
 そうか──とちいさく呟いて、沢井は森谷や三國とともにこの薄暗い空間を見まわした。鑑識によれば床の至るところから血液反応が検出されているとのこと。確定ではないものの、ここが解体現場と見て間違いないだろう。
 三橋はR3倉庫前に停車していた車を熱心に調べていた。
 本来の担当事件であるホテル射殺事件の本丸に近づける可能性がある、と考えているのだろう。あとを鑑識に任せて沢井はふらりと外に出る。
「龍さアん」
 声をかけられ、振り返った。
 一花だった。彼女は規制線を軽々と越えて、警察車両のそばで手を振っている。そばには藤宮家執事と将臣のすがたも見える。その車内には保護した誘拐児童もとい恭太郎と灯里が待機していたはずだ。藤宮の保護者という名目でついてきやがった、と沢井は苦笑した。
「ったく。お前ら目ェ離すとすぐこれだ」
「なによう。親友のブジをよろこんじゃいけないってゆーの?」
「いや、ま。なにはともあれ、今回はお前らに助けられたか。ああこれ、携帯。返すぜ」
 恭太郎を追跡すべく預かっていた将臣の携帯である。
「だがなんでここってわかった?」
「将臣のカップルは恭ちゃんだけじゃないってコトよ。ねー」
「ああ? ──」
 にっこりわらって自身の携帯を振る一花を見て理解した。
 なるほど。つまり恭太郎の携帯を追う将臣の携帯を、一花の携帯が追っていたと──つくづく三人の関係性が年不相応で、もはや気味がわるい。顔に出ていたのか将臣がぎろりと不服の目を向けてきた。
「おれは許可してませんよ」
「だろうな」
「ああそうだ。爺や、足止め助かったぞ!」
「ほっほっほ。爺はなんもしとりゃせんですよ。少しコバエがおったもんで、駆除に追われて──坊ちゃまのもとへ駆けつけるのに遅くなってしまいました」
「なんの話だ」
「いえいえ、虫駆除のお話しです。それはそうとこの度は警察の皆々様方にはたいへんお世話になりまして、まことにありがとうございました。こうして坊ちゃまが無事に戻られたのも皆さまのおかげに御座います」
「や──俺が単騎突入したときにゃ、すでにあらかた終わってたからな。とはいえ無事でよかったよ」
「そんなことはないぞ。あの時、龍さんが来なかったら膠着状態が続いていた可能性もある。どのみちあの女も負傷していたから、僕がなんとかできたかもしれないが」
 最後の方はひとり言のようだった。
 あの女? と沢井が突っかかると、恭太郎はちらと横目で一花を見てから「なんでもない」と口角をあげた。笑うように目を細めてはいるが瞳の奥はわらっていない。
「──それより、ケイさんはどこ行った? 病院?」
「あ、黒須景一のことか。あいつは腹部貫通銃創からの出血がえらいことになってたんで、即救急搬送だよ。もうひとりのお仲間もいっしょにな」
「どこの病院?」
「それはまだ──」
「ねえ」
 ふいに一花が割り込んだ。
 いつになく真剣な声色である。
「ケイさんって?」
「あの人だよ。面会した」
「────」
 ハッと張り詰めた顔で息を呑む。
「ケイさんが入院する病院が分かったら龍さんが教えてくれるそうだ。そしたらいっしょに会いに行こうぜ」
「…………うん」
 すこし泣きそうな顔で一花がうなずいた。
 そういうわけだから、と恭太郎は意地悪な顔を沢井に向ける。
「病院が分かったら速やかに将臣まで連絡するように!」
「将臣にか?」
「だって僕の携帯、あの白い奴らに捨てられたんだぜ。そうだシゲさん。ケイさんの教えるついでにあの白い奴らが収容された病院も教えてよ。鬱憤のひとつも晴らしたいから」
「バカ。あらかじめそんな宣言するヤツに教えられるか!」
 わはははは、と陽気にわらう恭太郎。
 執事の本間も将臣も、車中から顔を覗かせる灯里も気の抜けた笑みを浮かべてわらったが、ただひとり一花だけは不安げに眉をひそめてうつむいた。

 ──ここからは聞いた話である。
 病院に搬送されてまもなく、白服の男たちは十二名中十名が忽然と姿を消した。ちなみに足首を撃ち抜かれたために動けなかったであろうふたりの白服は、入院した日の深夜未明にひとりが脳天を撃ち抜かれて死亡。もうひとりは院内地下の霊安室にてぶるぶる震えながら身を隠しているところを発見され、院内は一時騒然となった。
 山下朋子はというと、救急搬送後まもなく目を覚ましたらしい。首元に痣があったものの身体検査はいたって健康。明瞭な意識のもと医師とのカウンセリングを受けた結果、著しい精神疲弊が見られたためにしばらく措置入院となった。
 そこからは女性警官である三橋が中心となって、病室での聴取が連日おこなわれた。
 彼女がこぼした供述の数々は、およそ警察が安易に納得できるものではなかったという。捜査本部にもどった三橋から聞く山下朋子の断片的証言は、以下の通りである。

「不妊治療の末に子どもができた」
「しかしそれが流れてしまって」
「声を、かけられて」
「でも具体的にはおぼえていません」
「ここ最近はずっと夢を見ているような日々でした」
「でも宮内颯人くんのご両親には……申し開きもございません」

 あの様子では、と三橋は不服そうに顔をしかめた。
「犯行詳細を引き出すのはむずかしそうです。なにせほとんど記憶がない。でもそれも、おそらくは流産を招いた闇バイトの性暴行によるものだと思われます。本人はあまり覚えていないようでしたが、レイプという単語にはひどく取り乱していましたから。取り急ぎ精神鑑定の手配中です。断片的に聞き取れた話を要約すると、山下朋子はあくまで相手の選定のみ。おまけに第一の被害者である藤井の腕はすでに用意されたものだったと言いますから、今回のバラバラ事件における彼女の罪は『宮内少年の脚が欲しい』と願った殺人教唆──くらいでしょうか。教唆と言えるほど彼女に脅迫性があったとも思えませんが」
「実行犯だの、部位の用意だの──つまるとこ山下朋子に入れ知恵させた人間がいてるっちゅうこっちゃな」
「それが、白服の男たちですかィ」
「だろうな。あれだけ怪我を負っていたにもかかわらずの素早い撤退や事後工作、ほぼ間違いねえだろうよ」
 と、四人が捜査本部のホワイトボード前で顔を突き合わせる。
 三橋はぺらりとメモ帳をめくった。
「今回の病院集団脱走事件にて唯一口封じを免れた白服の男には、現在も厳重な警護をつけています。おそらく病院もここ数日のうちに移送されるかと」
「せやんな。そいつが口封じでやられてもうたら、いよいよ真実を知るモンがおらんくなってまう。数日と言わずすぐにでも移した方がええんちゃうか」
「いっそ留置場のが安全でさァ」
「どうかな。そんだけ工作やら殺人が得意な組織なら、どこにいたって死ぬ確率は変わらねえ」
 沢井は立ち上がってぐっと身体を伸ばす。
 三人の仲間たちが一斉にこちらを見た。
「だったらせめてやられる前に、そいつの口から引き出しとかねえとな──」
 連続バラバラ殺人事件。
 ホテル射殺事件。
 それらについて、聞かねばなるまい。
 一同は沢井につられて立ち上がり、誰が言うでもなく出かける準備をはじめた。
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