女騎士の受難?

櫻霞 燐紅

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 一言で言うと、勝負は一瞬だった。
 フォルティナの冷ややかな笑みに怖気づいていた青年たちは、3人同時に来いという彼女の言葉に自分たちが馬鹿にされていると感じ、メフィストの合図を待たずに彼女に斬りかかった。
 フォルティナの手には刃を潰した、通常の長剣よりは短い細剣《レイピア》が2本。彼女はそれを器用に操り、3人の剣を難なく受けると、正面から斬り込んできた1人に足払いをかけた。勢いよく斬りかかってきた為、勢いを殺すことが出来なかったからか、そのまま転倒した相手の腹に躊躇なくつま先を沈める。
 その間に、フォルティナから離れた2人は、彼女を挟み撃ちにするように斬りかかった。それを1本ずつで受けると、押し負かそうと力を掛けてきたタイミングで、力を抜き、相手の体勢を崩させる。そのまま自分に背を見せた相手には肘鉄を、もう1人には無防備な腹へ蹴りを叩き込む。
 それだけで、青年たちは動けなくなりその身を地に沈め呻くだけとなっていた。
 それを見ていた周りを囲む貴族たちは瞠目し、言葉を失っているようだった。煩いほどに囀っていたのが嘘の様に皆一様に口を閉ざしている。
 一方の騎士団の面々は、まぁこんなのもだろうというようにフォルティナの動きを見ていた。
「これで満足?」
 汗をかく事も、呼吸一つ乱すこともないフォルティナは地面に転がる青年たちに聞いた。しかし、それに返ってくるのは声にならない呻きだけ。それでも、悔しそうにフォルティナを見上げてくる辺り、この結果に納得していないのだろうことは察せられた。
「これに懲りたら、もう女だからと嬢ちゃんを馬鹿にしないことだな」
 メフィストはそう言って、転がったままの青年たちを起こしてやる。
「一体、これどうしたんです?」
 また周囲が騒がしくなってきたと思っていたら、ここ何日かで耳に馴染んだ声が問いかけてきた。
「こいつらが他の騎士や嬢ちゃんに喧嘩売ったんだよ」
 馬鹿だよなぁ、と心の声まで聞こえてきそうな呆れた声のまま、メフィストが問いかけてきた相手に返す。
「それはそうと、坊はなんでここへ?」
「坊は止めてください、と何度もお願いしてるんですが・・・」
 自分の方が高位とはいえ、先輩であるメフィストに強く出ることも出来ないらしいクラウスは憮然とした表情でそう返した。
「王太子殿下とアナスタシア姫がフォルがまだ来ないと言っていたので呼びに来たんですよ。呼びに行かせたはずのハロルドも戻ってきていないというから、来てみれば・・・」
 そう言って、素知らぬ顔をしているハロルドを見やる。
「なんだ、お前、殿下たちの伝言を伝え忘れてたのかよ」
 そんな2人のやり取りにメフィストが更に呆れの声を出した。
「・・・ハロルド、そういうことはすぐに伝えろよ」
 フォルティナも頭を抱えそうになりながらそう返す。
「そういう訳なので、フォルティナ、待ってるから早く準備をしてきてください」
「え・・・。いえ、着替えたらすぐに向かいますので待って頂かなくても、だいじょ・・・」
 クラウスの申し出を断ろうとしたフォルティナは途中で言葉を切る。そんなフォルティナに完璧な笑顔(ただし目は笑ってない)を向けて、クラウスは繰り返した。
ので急いで着替えてきてください」
 そんな彼にフォルティナはコクコクと頷くと、急いでその場を後にした。
 そんなフォルティナの背を見送った後、クラウスは先程メフィストの手を借りて起き上がった3人の新人騎士である青年たちを見据える。
「で、君たちは何でフォルティナに喧嘩を売ったのかな?」
 声音だけは優しくクラウスは3人に問う。傍目には穏やかな表情のクラウスに空気の読めない3人は自分たちが出された課題をやっていないことを棚に上げ、フォルティナを見ていることに口にしていたことをそのまま彼に伝える。
 そんな3人の様子に側にいた、ハロルド、ロイ、トール、メフィストは巻き込まれたくないとばかりにそっと彼らと距離をとった。
 それまで3人と同じようなことを口にしていた野次馬の貴族たちでさえ、巻き込まれたくないと訓練場からそっと逃げ出す者もいた。しかし、そんな周囲の変化に気付くことなく、3人は自分たちが正しいとばかりにフォルティナの下についている騎士たちを馬鹿にし、フォルティナへの暴言を繰り返す。
「公爵様はあの女のと寝たのでしょう?どうでしたか?」
「剣を持つ女に色気は感じませんが、あの身体はさぞ良かったのでは?」
「どうせ騎士団の連中とも寝ているのなら、俺たちの相手もさせてやってもいいですね」
「わざわざ王家主催の夜会でエスコートを引き受けるくらいですから、よほど具合がよかったのでは?」
「あぁ、でも公爵様は俺たちと兄弟になるのは嫌かも知れないぞ」
「確かに!なんせ最近はあの女に付き纏ってるらしいですしね?」
「だったら、猶《なお》の事お零れに預かりたいですね」
 フォルティナの事だけではなくクラウスの事も言い出した3人にまだ周りに残っていた貴族たちはその顔を青くした。
「お、おい、お前たち、何を言ってるか分かってるのか?」
 近くにいた貴族の1人が遠まわしに3人に黙るように促すが、それに気付くようならそもそもこんな失言をしたりはしないだろう。
「何を?私たちはここにいる皆の気持ちを代弁しただけじゃないか!」
 3人の内、1人から返ってきた言葉に、口を挟んだ貴族は絶句する。周りにいた貴族たちも更に色を無くした。
「か、閣下、我々は彼らのような事を思ったことはありません!ただ、閣下の心を射止めたという女性がどんな方か気になってしまっただです!」
 先程、3人に忠告したが無駄に終わった、・・・それ所か死球(デッドボール)にして返された貴族が必死にクラウスに言い募る。それにクラウスは分かっているとばかりに頷いて返すと、先程まで浮かべていた笑みを消して未だに好き勝手話している3人に声をかけた。
「・・・それで、君達の名前を聞いてもいいかな?」
 口調こそ丁寧だがその声音に、側で聞いていた先程の貴族は上げそうになった悲鳴を飲み込んだ。そのまま他の貴族たちと共に今度こそ彼らも4人から距離をとる。
 それでもかろうじて声が聞こえるところに留まる辺り、醜聞が娯楽の貴族らしいと言えたが。
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