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「なぁ、最近ティナに避けられている気がするんだが、私の気のせいだろうか?」
本日の業務が終わり、仲間たちと飲みに行こうかと話しながら詰め所を出たロイはどこか暗い表情をしたクラウスに捕まり、彼の執務室に連行された。その上での先ほどの言葉である。
侍従にお茶の用意をさせると、早々に人払いした彼は、第一開口、ロイにそう聞いたのだ。
「まぁ、気のせいじゃ・・・ないだろうなぁ」
今は勤務時間外。まして、部下として彼の部屋に呼ばれたわけではないロイは普段の口調でそう返した。内心では、なんで俺に聞くんだよ、と思わなくもないが、そこは触れない方が良さそうなので、黙っておく。
「だよなぁ・・・」
普段は貴族の貴公子らしく、綺麗な言葉使いをしているクラウスもまた口調を崩して、そのまま両手で顔を覆ってしまう。
「あんた、いったいフォルに何したんだ?」
本当なら酒が飲みたいところだが、ここは仮にも王宮でクラウスの執務室である。ロイは仕方なしに目の前に置かれた紅茶を口に運んだ。
「それが分からないから、お前を呼んだんじゃないか」
顔を覆ったままくぐもった声でクラウスは返した。こんな二人のやり取りを見たら、フォルティナがいつも間に仲良くなったのかと不思議がりそうだが、先日無事に終わった舞踏会の件でフォルティナもいないときの(彼女は終始アナスタシアに振り回されていた)やり取りを切っ掛けに、時々だが城下に飲みに行くくらいの付き合いになっていた。
「大体、そういうことは俺じゃなくて、女に詳しい隊長にでも聞けばいいだろ?」
「ハロルドは今、隣国の件で動いてるからな…」
余りの憔悴ぶりにそう言えば、溜息交じりにそう返された。
「あぁ、そう言えばもうすぐだったか…」
クラウスの言葉にロイも思い出したのか面倒くさそうに応じた。隣国であるクリンプレーズから第二王子が外遊でこの国を訪れたいという打診が来たのは、王女であるアナスタシアのデビュタントと目の前にいる憂い顔の公爵閣下の帰還祝いを兼ねた夜会の1ヶ月後のことだった。
クリンプレーズの第二王子は19歳。先日社交界デビューを果たしたアナスタシアは15歳。
アナスタシアのデビュタントが終わったばっかりのこのタイミングでの第二王子の外遊は、おそらく社交界デビューを果たしたアナスタシアとの縁談の件だろう。そして、先の戦で落としたモルバタイト国の利権のこともあるのだろう。
クリンプレーズとは近年良好な関係が続いてはいる。だが、国土を増やし(戦を仕掛けてたのはこちらではないが)大国となりつつあるヘリオドールと更に強固な繋がりが欲しいと言ったところだろう。
相手の思惑は置いておくとして、相手は第二とはいえ隣国の王子。迎え入れる側として色々と準備に奔走する者たちがいるのは当然のことだった。
そして、何故か先方は近衛第二部隊の隊長であるハロルドを王子の護衛に指名してきた為、彼は今その準備に追われているのである。
可愛い従妹が政略結婚するかもしれないと言うことにも心穏やかではいられないが、それよりもフォルティナに避けられている事の方が堪えているクラウスである。
そんなクラウスの様子にロイは仕方ないとばかりに口を開いた。
「明後日、フォルは非番だから、明日の夜辺り街に飲みに出てると思うぜ?いつも見回りも兼ねて歩き回ってるからな」
「本当か?どの辺りに行けば会える?」
がばっと音がしそうな勢いで顔を上げたクラウスがロイに詰め寄った。その勢いに後ろに身を引きつつ、ロイはフォルティナが巡回しそうなところ伝える。
「…その辺りは花街じゃないか?」
「そうだな」
「「…」」
「そんなところで会ったらそれこそティナに嫌われしまうじゃないか!!」
「い、いや、嫌われはしないだろうよ。あれでも、男社会の騎士団にいるんだぞ。男の事情くらい把握してる!」
肩を掴まれガクガクと揺すられながらロイはクラウスに言い返す。
「だからって、そういう誤解は招きたくないに決まってるだろう!」
「なら、誤解されないようにうまく会えばいいだろう!なんでも俺に聞くなよ!」
「っ…、自分でどうにかする…」
ロイのあまりに正論な言葉にクラウスは言葉を詰まらせると、観念したようにそう呟いた。
本日の業務が終わり、仲間たちと飲みに行こうかと話しながら詰め所を出たロイはどこか暗い表情をしたクラウスに捕まり、彼の執務室に連行された。その上での先ほどの言葉である。
侍従にお茶の用意をさせると、早々に人払いした彼は、第一開口、ロイにそう聞いたのだ。
「まぁ、気のせいじゃ・・・ないだろうなぁ」
今は勤務時間外。まして、部下として彼の部屋に呼ばれたわけではないロイは普段の口調でそう返した。内心では、なんで俺に聞くんだよ、と思わなくもないが、そこは触れない方が良さそうなので、黙っておく。
「だよなぁ・・・」
普段は貴族の貴公子らしく、綺麗な言葉使いをしているクラウスもまた口調を崩して、そのまま両手で顔を覆ってしまう。
「あんた、いったいフォルに何したんだ?」
本当なら酒が飲みたいところだが、ここは仮にも王宮でクラウスの執務室である。ロイは仕方なしに目の前に置かれた紅茶を口に運んだ。
「それが分からないから、お前を呼んだんじゃないか」
顔を覆ったままくぐもった声でクラウスは返した。こんな二人のやり取りを見たら、フォルティナがいつも間に仲良くなったのかと不思議がりそうだが、先日無事に終わった舞踏会の件でフォルティナもいないときの(彼女は終始アナスタシアに振り回されていた)やり取りを切っ掛けに、時々だが城下に飲みに行くくらいの付き合いになっていた。
「大体、そういうことは俺じゃなくて、女に詳しい隊長にでも聞けばいいだろ?」
「ハロルドは今、隣国の件で動いてるからな…」
余りの憔悴ぶりにそう言えば、溜息交じりにそう返された。
「あぁ、そう言えばもうすぐだったか…」
クラウスの言葉にロイも思い出したのか面倒くさそうに応じた。隣国であるクリンプレーズから第二王子が外遊でこの国を訪れたいという打診が来たのは、王女であるアナスタシアのデビュタントと目の前にいる憂い顔の公爵閣下の帰還祝いを兼ねた夜会の1ヶ月後のことだった。
クリンプレーズの第二王子は19歳。先日社交界デビューを果たしたアナスタシアは15歳。
アナスタシアのデビュタントが終わったばっかりのこのタイミングでの第二王子の外遊は、おそらく社交界デビューを果たしたアナスタシアとの縁談の件だろう。そして、先の戦で落としたモルバタイト国の利権のこともあるのだろう。
クリンプレーズとは近年良好な関係が続いてはいる。だが、国土を増やし(戦を仕掛けてたのはこちらではないが)大国となりつつあるヘリオドールと更に強固な繋がりが欲しいと言ったところだろう。
相手の思惑は置いておくとして、相手は第二とはいえ隣国の王子。迎え入れる側として色々と準備に奔走する者たちがいるのは当然のことだった。
そして、何故か先方は近衛第二部隊の隊長であるハロルドを王子の護衛に指名してきた為、彼は今その準備に追われているのである。
可愛い従妹が政略結婚するかもしれないと言うことにも心穏やかではいられないが、それよりもフォルティナに避けられている事の方が堪えているクラウスである。
そんなクラウスの様子にロイは仕方ないとばかりに口を開いた。
「明後日、フォルは非番だから、明日の夜辺り街に飲みに出てると思うぜ?いつも見回りも兼ねて歩き回ってるからな」
「本当か?どの辺りに行けば会える?」
がばっと音がしそうな勢いで顔を上げたクラウスがロイに詰め寄った。その勢いに後ろに身を引きつつ、ロイはフォルティナが巡回しそうなところ伝える。
「…その辺りは花街じゃないか?」
「そうだな」
「「…」」
「そんなところで会ったらそれこそティナに嫌われしまうじゃないか!!」
「い、いや、嫌われはしないだろうよ。あれでも、男社会の騎士団にいるんだぞ。男の事情くらい把握してる!」
肩を掴まれガクガクと揺すられながらロイはクラウスに言い返す。
「だからって、そういう誤解は招きたくないに決まってるだろう!」
「なら、誤解されないようにうまく会えばいいだろう!なんでも俺に聞くなよ!」
「っ…、自分でどうにかする…」
ロイのあまりに正論な言葉にクラウスは言葉を詰まらせると、観念したようにそう呟いた。
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