女騎士の受難?

櫻霞 燐紅

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「フォル!素晴らしいダンスだったわね」
 アナスタシアの元へ行けば、彼女は同じ年代の令嬢たちと歓談中だったようだ。フォルティナに満面の笑みを向けるアナシタシアの後ろで令嬢たちが優雅に礼を取る。
「ありがとうございます」
 そんな彼女たちに自分も挨拶を返し、アナスタシアの賛辞に礼を述べる。
「きっとデルフィニウス公爵のリードが素晴らしかったからですよ」
 そう言って未だに自分の隣にいるクラウスを見上げる。アナスタシアと共にいた令嬢たちの頬が染まっているのは、彼がこの場にいるからだろう。その証拠に彼女たちの視線はクラウスを捕らえて離さない。たくさんの令嬢の羨望の眼差しを集める彼が、自分のパートナーとしてここにいることにフォルティナは微かな優越感を感じると共に、何故そんな事を感じるのかと、自分の感情の変化を不思議に思った。
「・・・、少々失礼しますね。ティナ、貴女を送るのは私の特権なので他の誰かと帰ったりしないように。もちろん1人で先に帰るのも無しですからね」
 彼の部下と思われる男が近づいてきて何事か言うと、クラウスはそうフォルティナの耳元に囁く。クラウスがいなくなるなら早々に逃げようと思っていたフォルティナは彼の言葉に固まった。それだけではなく、耳朶に触れる彼の呼吸に知らず頬が赤く染まる。他の騎士仲間ではこんなことになることはなかったのに、だ。
 それを見ていた令嬢たちの間からは黄色い悲鳴が上がる。アナスタシアに関してはそんな2人を面白そうに見ていた。
「それでは、小さなお嬢さんリトル・レディ、申し訳ないですが私はこれで失礼します」
「ええ。貴方のフォルティナ大切な花は私がお預かりしますわ」
 差し出された手の甲に恭しく口付けてクラウスはアナシタシアへの挨拶を口にする。そんなクラウスにアナシタシアは楽しそうにそう返した。
 『貴方の大切な花』と言うのはもしかして私のことだろうか・・・。
 未だ頬の熱が引かないフォルティナは二人のやり取りに、顔を引き攣らせる。
「それは助かります。他の誰にも手折られたくはないのですよ」
 アナスタシアの言葉に、さわやかな笑顔を浮かべてクラウスは感謝を口にした。
「私も変な虫がついてほしくはないから、構いませんわ」
「ティナ、後で迎えに来ます。それまではアナスタシア様の側から離れないでくださいね?」
 アナスタシアの言葉にいい笑顔(裏で何を考えてるかは知りたくもない)を浮かべるとクラウスはそう言って、フォルティナの頬に軽く触れるだけの口付けを残して部下の男と共にその場を後にした。
 その行為にせっかく頬の熱が引いたというのに、フォルティナは先程よりも赤く頬を染めることになったのだった。

「それにしても、本当に貴女のことが好きなのね」
 そのまま休憩用のソファーへ移動したアナスタシアが立ったままのフォルティナを見上げて可笑しそうに言った。それに彼女たちについてきた令嬢たちも同意するように頷く。
「私、デルフィニウス公爵様があんなに優しく微笑まれているところを初めて見ましたわ」
「私もですわ。アナスタシア様以外の方に笑いかけているのを初めて拝見しました」
「公爵様が従妹のアナシタシア様を可愛いがっているのは有名な話ですけれど・・・」
「そのアナスタシア様のエスコートを断ってまでフォルティナ様のエスコートをしたいと仰られたのでしょう?」
 アナスタシアの一言が呼び水となったのか、令嬢たちは皇女の前だというのに遠慮なく囀る。それに、アナスタシアは扇で口元を隠しながらクスクスと笑った。
「クリス兄様がフォルをエスコートしたのは私がお願いしたからですわ。だって、たまにはドレス姿のフォルを見たかったんですもの!」
「分かりますわ!騎士服のフォルティナ様のお姿も凛々しくて良いですけれど、やっぱり、ドレス姿も凛として美しくていらっしゃいますもの!」
「そのドレスの色は誰がお選びになりましたの?フォルティナ様の髪と瞳に良く似合っておいでですわ。どなたか親しい方が?」
「お身内の方なら、お兄様のフォルティス様かしら?」
「フォルティス様は洒落者で有名ですし・・・」
「それにお美しくていらっしゃるわよね」
「ご婚約が正式に決まって、たくさんのご令嬢が涙を流したと聞きましたわ」
「あら?他人事ひとごとのようにおっしゃるけど貴女は嘆きませんでしたの?」
「だって、私にはもう婚約者がおりますのも。お慕いしているとまでは申しませんけれど、良い方ですし・・・」
「そうよね。私もですけれど、大体は親が決めた婚約者がいますものね」
「見目の麗しい殿方に現を抜かしていると、怒られてしまいますけれど、見つめる対象が女性ならば問題ありませんし・・・」
 周りの令嬢たちのコロコロと変わる話題についていくことも出来ず、黙ってアナスタシアの後に控えるようにしていたフォルティナに改めて令嬢たちの熱い視線が集まる。
 そんな彼女たちにどうしていいか分からず、フォルティナは本来の役目であるアナスタシアの護衛としての顔でそんな熱い視線を黙って受け流した。
「そういえば、クリス兄様と踊るのを忘れてしまったわ」
 自分の友人たちに遊ばれているフォルティナの様子を一頻り楽しんだ後で、アナスタシアが思い出したように言った。そういえば、と周りにいる令嬢たちもそれに頷く。
「昔はまだ夜会に出れない私を気遣って、会場を抜け出してきてはダンスを踊ってくださったのに・・・。やっぱり慕う方が出来ると変わるものなのかしら?」
 小首をかしげて問うアナスタシアに何人かが同意して頷く。
「私の場合は兄ですが、お義姉ねえ様と婚約してからは全然相手をしてくださらなくなりましたわ」
「どの殿方もそういうものなのね」
「そうですわね」
「アナスタシア様は少しお寂しいのじゃありません?」
「そんなことないわ。だって、上手くいけば私の大好きな人たちが一緒になってくれるのよ?そうすれば彼女を堂々とお義姉様と呼べるのだし」
 話を振られたアナスタシアはその時のことを想像しているのか、頬を染めて嬉しそうに言った。それに、周りの令嬢たちも納得したのかしきりに頷いている。
「確かにあの方を堂々とお義姉様とお呼びできるのは羨ましいですわ」
「どうせだから私のお兄様も参戦しないかしら?」
「止めておいたほうがいいと思いますわよ」
「えぇ。それに今日のことで想いを寄せていた方々も諦めたのではないかしら?」
「アレだけ堂々と牽制されては、他の方は引くしかありませんわよね」
「むしろ問題はソコではないような気もしますけど・・・」
 そう言ってアナスタシアをはじめ、他の令嬢たちもフォルティナの方へ視線を向けたが、当の本人は彼女たちの会話に出てきた言葉の意味に表情を無くしたまま、思考の海へと沈んでしまっているようだった。
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