解錠令嬢と魔法の箱

アシコシツヨシ

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107.事後処理(レリック視点)

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 無事、公爵家の夜会でカイン殿の偽者を捕縛した。
 まさか、カイン殿がアッパーカットで、シバルツ男爵を伸してしまうとは驚いた。

 カイン殿は社交的で、持ち前の穏やかさから、男女問わず好かれている。

 夜会で参加者から、噂について根掘り葉掘り聞かれても、嫌な顔一つせず、穏やかな表情で冷静に対処していた。
 常に紳士的で、手を上げるような人物には見えなかった。

 そんなカイン殿が、セシルの為なら丸腰にも関わらず、躊躇いなく手を上げるのだから、恐ろしい。
 私は、決してカイン殿を怒らせないようにしようと、心に誓った。

 セシルを邸まで送って、別れ際。
 セシルに引き止められた時には、このまま連れて帰りたい衝動に駆られた。

 グッと我慢して、おでこに口付けするに留めた。

「また明日、王宮で。」
「はい。」

 頬を染めて頷くセシルに、益々離れがたくなる。
 渋々セシルに背を向け、馬車に乗り込んだ。
 馬車内には、私の他に護衛が一人、外にも騎乗した護衛が一人いる。

 王宮へ向けて、アセンブル伯爵邸を出発してから数分後。
 馬車が止まり、外から護衛が扉をノックした。
 ひと気のない場所に着いた合図だ。
 早速、腕輪のボタンを押して通信する。

「クリス副団、レリックだ。今から転移する。どうぞ。」
「クリスです。陣の準備は出来ています。いつでもどうぞ。以上。」

 ポケットから転移陣の描かれている布を出して、馬車の床に広げ、陣の中央に立った。

「では、私は先に騎士棟へ戻る。」
「畏まりました。」

 護衛を残して、転移陣で赤騎士団の執務室に転移した。

「お疲れ様です。十分ほど前、聞き取りを始めると、アレク団長から通信がありました。」
「分かった。」

 聞き取り調査の後は、大抵、団長会議が開かれる。
 時間は、そろそろ午後十時だ。

 本来なら、明日の午前中に会議となるが、私や王家としては、明日の結婚式。最低でも、晩餐会までに解決を急ぎたいので、急遽、アレクの聞き取りが終わり次第、団長会議をすると決まった。

 団長会議は、ピューリッツ兄上のいる総長の執務室で行われる。
 メンバーは、各部署の団長と総長だ。

 私は執務机に座り、結婚の反対をしていた過激派貴族の名前を紙に書き出すと、ポケットに入れて腕輪のボタンを押した。

「総長、レリックです。会議前にお話があります。今から執務室へ向かっても宜しいでしょうか、どうぞ。」
「レリック、ピューリッツだ。いつでもどうぞ。以上。」

 兄上の返事を聞いて、北棟一階にある総長の執務室へ向かった。
 扉をノックして執務室に入室すると、兄上は執務をしている手を止めて顔を上げた。

「適当に座ってくれ。で、話とは?」

「アセンブル伯爵令息の噂を利用して、私とセシルの結婚を反対していた過激派貴族の処遇についてと、アセンブル伯爵令息の黒子の件についてです。」

 執務机の手前にある、応接セットのソファーに座りながら、早速本題を切り出した。

「黒子については分かった。そこは秘匿しよう。それと、貴族だったな。私も近頃、私腹を肥やす事しか考えていない怠惰な貴族達がいるとは思っていた。灸を据えるには、良いタイミングだ。で、レリック。名前は控えて来たのか?」

「はい。」
「実は、私も不快な心根を持つ者達をメモしていた。」

 私と兄上は、互いに書いたメモを見せ合って、ニヤリと笑い合った。

「私とレリックのリストがほぼ同じとは面白い。ただ、今の段階で排除するのは性急だ。政務も滞る。地位の降格で暫く様子を見る。それならば、父上の了承も得やすい。どうだ?」

「今は、それで良いです。」
「では、団長会議の決定と共に明朝、父上に報告する。」

 話し合いが終了して数分後。

「総長、アレクです。聞き取り終了しました。エドに連絡後、直ちに執務室へ向かいます。以上。」
「レリック団長、クリスです。アレク団長が聞き取りを終えたとのことです。以上。」

 私と兄上、ほぼ同時に腕輪から通信が来た。
 数分後にエド。少し遅れて、不気味な黒い仮面を着けたアレクが、執務室にやって来た。

 アレクは仮面を外し忘れているらしい。
 気づくまで、敢えて指摘しないでおこう。
 兄上やエドも、仮面について何も言わない。
 どうやら、私と同じ考えのようだ。

 時間は、午後十時半を過ぎていた。

 執務室のソファーに全員が座って、アレクが持ってきた『録音の陣』が描かれている布を、中央のローテーブルに広げると、エドが陣をノックした。

 音声が流れ始め、聞き取りの一部始終を全員で聞き終えると、再びエドが『録音の陣』をノックしながら呟いた。

「シバルツ男爵令息だったか、簡単に王族を名乗るとは、愚かにも程がある。今回の件がなくても、いずれやらかして捕まっただろうな。」

「僕もそう思ったよ。」

 エドの隣に座っているアレクが、深く同意して溜め息を吐いた。
 仮面を着けているので、表情は分からないが。

「この加護が悪用されれば、王家の信頼が失われて国が混乱しかねない。やはりアレクの言ったように、声帯を切るのが妥当だろう。」

 私の発言に兄上が頷いた。

「では、陛下にはそのように報告して、処罰の判断を仰ぐとしよう。」

 生かすも殺すも最終決定は、国王である父上がする。

 明朝七時頃、兄上が父上に報告をして、父上の判断でシバルツ男爵令息は処罰し、午前十時に行われる公式発表の場で、兄上が噂の真相について発表すると決まった。
 
 因みに、会議が終わるまでアレクは仮面に気付かず、我慢できなくなったエドが指摘した。

 会議が終了して私室に戻り、ベッドに入った頃には、日付がとっくに変わっていた。

 あと数時間で挙式か。それまでに憂いは全て祓う。待っていろセシル……。

 セシルが使っている枕を抱き締めて、いつの間にか眠っていたらしい。
 気付けば日が登っていた。

 朝八時。
 いつもより早めに騎士棟へ出勤して、仕事を片付けた。
 魔溜まり任務の褒美で、明日から五日間、休みを貰っているからだ。

「クリス副団、赤騎士団は任せた。休暇中は絶対に、連絡して来ないように。最終的な確認は総長がするから、私の書類は全て、総長に回せば良い。総長も了解済みだ。」

「分かりました。そろそろ十時ですね。」
「公式発表の時間か。」

 毎朝十時。一般区域の大広間で行われる公式発表は、王太子で騎士団総長でもあるピューリッツ兄上の公務だ。

 国内の情報は、全て王宮に集められる。
 そして、公式発表の場で、兄上より発表される。
 特に情報が無い時は、無いと発表される。

 今頃大広間には、公式発表の内容を主人に伝える為、多くの侍従が集まっているだろう。
 社交の為、貴族は常に最新の情報を知っておく必要があるからだ。

 今日の内容は、アセンブル伯爵令息の偽者についてだ。

 犯人のシバルツ男爵令息は、加護でアセンブル伯爵令息に成り済まして、令嬢を騙し、更に王族に成り済まそうとしたとして、不敬罪が適用され、処罰された。

 そして、アセンブル伯爵令息は、多くの証言や調査により、令嬢と二人きりになった事実は無く、黒子を誰にも見せていないと判明。

 黒子を見た等の発言は、偽者に騙されたと公言するようなもので、噂に躍らされて真実を見失わないよう、紳士、淑女らしい冷静な対応を望む。

 苦言を呈する形で、発表は終える予定だ。

 つまり、黒子を見せて貰った発言をする令嬢や、セシルが王家に相応しくないと、声高に主張していた過激派貴族に対して「偽者に騙された恥ずかしい人間だと、自分から言っているようなものだから、発言を慎め」と示唆したのだ。

 公式発表の後、私は兄上と共に、宮殿で従事する貴族共の元へ向かった。

 真実を調べようともせず、噂を鵜呑みにして、セシルを妃に相応しくないと言っていた、過激派貴族共のリストを持って。

「殿下方、どうされましたか?」

 公式発表の情報は、既に得ているのだろう。
 過激派貴族共はやけに大人しい。

「急遽辞令が決まった。物事を冷静に判断出来ない者を、顕職には就かせられない。残念だ。」
「何ですと!?」

 兄上は、リストに名前がある無能な者達に、容赦なく降格を言い渡して、更に続けた。

「君たちは、挙式後開かれる晩餐会の招待も取り消しだ。」
「「「!?」」」

 過激派貴族共が全員絶句している。

 挙式後の晩餐会は、王家に認められた限られた人間のみが招待される。
 それは、地位が約束されたようなものだ。
 それを取り消されるのは、王家から信用を失ったも同然となる。

「当然だ。私とセシルを祝う気の無い人間を、晩餐会に招待するとでも?」
「殿下方、いくら王子とはいえ、勝手にそんな事をされて許されるとお思いですか!」

 公式発表後、私と兄上があまりにも早く来たので、私達の独断だと思ったらしい。
 そんな筈がない。
 根回しは、今朝の時点で済んでいる。

「国王陛下は、全て了承済みだ。王子であり、王国騎士団である我々が、陛下の許可無しに動きはしない。そんな事も分からないとは、降格も当然ではないか?」

 相手はグッと奥歯を噛んで言葉を失っている。
 自分で自分の愚かさを露呈するとは、こちらに都合が良くて笑いが止まらないが、そこは顔に出さない。

 外面は大得意だ。
 これで邪魔者は大人しくなった。

 シバルツ男爵令息の手帳に名前が載っていた令嬢には、シバルツ男爵令息との間に何があったのか、したのか、全て王家は把握しており、格下の者に対する態度を改めるよう、手紙を早馬で送り通達した。

 高位貴族令嬢も、当分夜会では大人しくなり、噂も直ぐに終息するだろう。
 これでやっと、安心してセシルを迎えられる。

 ふと時計を見る。
 もう、午前十一時半か。

「そろそろ私も準備しなければ。」

 既にセシルは王宮に来て準備をしている筈だ。
 早く顔が見たい。触れたい。

 私室へ戻る足が速くなっていた。
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