ライゴット戦記 -LEG GODT CHRONICLE- 銀海の章

刄拔ゆい

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其之二 産声

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「ダルは何をやっとるんじゃ、もうすぐじゃぞ」
「ううく……はあはあ……」
「しっかりせい、エリザ、もうすぐじゃ、もう産まれるぞい」
「おいおい、こんな時にダルは一体何をしているんだ」
 熊のように大きくガッチリとした体格の男がそう言った。
 男はまるで落ち着きがない、部屋の中を右往左往している。
「落ち着けよジルーロ、ダルは結界を見に行っている、今月はあいつが当番だったからな、それに、もうそろそろ戻る頃じゃないか」
 小柄な男が諭すように言った。
 だけどなあ……とジルーロは頭を掻いた。
 突然、大きな音と共に扉が開かれた。吹き飛んだ、という感じだった。同時に、凄まじい勢いで吹雪が家の中に押し寄せてきた。
「遅えぞ、バカやろい! はやく閉めろい!」
 吹雪にまみれて現れたのは、ダルだった。全身が雪で真っ白だった。
「いや、だけど扉が壊れて……」
 ひしゃげた蝶番が床に散らばり、扉が無様に横たわっている。
「イャガ、扉持って押さえとけ、雪が入ってこないようにな」
 ジルーロがそう言うと、イャガはしぶしぶ従った。
 体格からして、小柄な自分よりもジルーロが押さえるべきじゃないか、とイャガは思ったが、口にはしなかった。
「ダル、遅かったじゃねえか、だがナイスタイミングだ、まだ産まれちゃいねえ、もう間もなくだ、まったくヒヤヒヤさせやがるぜ、結界の見回りぐらい誰かに代わってもらえよ」
「いや、族長が決めた当番だから、それは守らないと」
「こんなときにまで真面目な奴だ、それにそんなことで族長が怒るかよ」
「出た! 頭が出たぞよ!」
「……おぎゃあ! おんぎゃあ! うんぎゃあ!」
 甲高い産声が部屋いっぱいに広がった。吹雪の荒ぶる音など、もはや誰の耳にも届かない。
「やったな、ダル!」
「おお……お……おおお……」
「何を言ってやがんだ、おい、やったな、ダル! がはは、ダル! え、ダル! ダル!」
「ジルーロがそんなに喜んでどうすんだよ!」
 イャガは満面の笑みでそう叫んだ。その目には涙を浮かべていた。涙が溢れるのを堪える為に、無理に大声を出したようだ。
「エリザ、よう頑張ったのう、無事、産まれたぞ、元気な子じゃ」
「うん……」
 汗で濡れたエリザの銀髪が、部屋の灯りに照らされてキラキラと眩い。赤ん坊に両の手を伸ばすエリザのその姿が、ダルには神秘的な、神々しい何かに思えてならなかった。
「抱かせて……」
「そりゃ、お母さんじゃぞ、そうじゃ、気をつけて、そうそう、そうじゃ、優しく」
 産まれたばかりの赤ん坊が母の腕に抱かれた。母子ともに幸せそうな、満面の笑みを浮かべている。
「ん、ダル! おい、どうした! 幸せのあまり、死んじまったのか?!」
 立ち尽くして呆然としていたダルは、ジルーロの声で我に返った。
「お、おお、や、やったな、エリザ! よくがんばった……よく、がんばった……うう……ホントに……」
「そんなに泣くなよ、え、ダル、乙女か! え、がはは!」
「……で、男……? 女……?」
 溢れ垂れ流れる鼻水を拭いながら、ダルはお婆に尋ねた。
「女の子じゃ、良かったのう、この子はベッピンになるぞい」
「うん……うん……、もちろん、俺とエリザの子なら……きっとそうなる、きっと、うん」
「ダル、お前に似たら美人にはならねえな!」
 腕も脚も震わせて扉を押さえているイャガが言った。部屋中に笑い声が響き渡った。
「名前は、決めてあるのか?」
「ん……ああ、もちろん」
「ダル……私も聞いてないわ……この子の名前は……何?」
 皆の視線がダルに集まる。
「……ルディコ、ずっと考えていたんだ、この名前しかない、この子の名前は、ルディコ、だ」
「由来は……?」
「ない」
「適当かよ!」
 ジルーロとイャガが揃ってツッコんだ。
 ダルらしいっちゃらしいけど……と、外れた扉を支え直しながらイャガは呟いた。
「あ、いや、適当じゃない、この間、ふっと突然、浮かんだんだ、それから他の名前も考えた、たくさん、でも何故か、この名前が気になってしょうがないんだ、片時も忘れられないんだ、何をしていても、ルディコ、うん、ルディコしか考えられないって、これはきっと、精霊様の思し召しなんだ、そう……そう、雪の精、雪の王、のな」
「うん……いい名前……私も気に入ったわ、この子は、ルディコ、ルディコよ」
「そ、そうだろ!」
 そう言うとダルは、エリザからひょいっと赤ん坊を取り上げて、抱え上げた。
「お前は、ルディコ! 俺とエリザの宝物だ!」
 その後もダルは同じようなことを叫び続けて、部屋中を駆け回った。
 ルディコも大きな声で泣き続けた、まるで大きな喜びを表現するかのように。
 その様子をエリザは微笑みながら見つめていた。
 ジルーロは半ば呆れたようにダルを見ていたが、途中から一緒になって叫び始めた。
 扉を支えたままのイャガは、扉とダルたちを交互に見つめて、自分も混ざりたそうな、羨ましそうな眼差しを必死に送っていた。
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