3 / 3
カラクリ
しおりを挟む
少女は泣いた。とめどなくあふれる涙をハンカチで拭いながらなおも、想った人をどれほど好きだったかを彼女は語り続けた。
マスターはそれをただ静かに聞き入るだけだった。口を挟まず、適度に相槌を打ち、表情も変えず静かに少女が想いを語りつくすまで待っているのだ。
「来月彼とは別々の大学に進学します。私は地元で、彼は県外です。もう今まで以上に会うこともできなくなるんだったらいっそ告白しようとも思いました。でも・・・」
そこで彼女はまた口を噤んでしまった。そんなに辛い話ならしなければいいだろうにと他人からして見れば思うのだが、恋愛をする人間はたいていおしゃべりだ。自分がどれだけ相手のことを愛しているか、相手にどれだけ愛されているか。それを人に言わずにはいられないのだろう。絶対的な恋愛ではなく、相対的に己の恋愛を他者と比べて想いを量るのだ。
一つ深い深呼吸をして少女は小さな口を開いた。
「先週のことです。彼が嬉しそうに彼女が出来たと言ってきました。相手は彼と同じ大学に進学する子だそうです。私はそれを聞いて感情を抑えるので精一杯で。」
自分の涙でヨレヨレになってしまったハンカチを握りしめて声を殺して泣いた。
カウンター越しからマスターが温かいおしぼりを差し出す。きっとその温もりは少女の眼の緊張をほぐすだろう・・・。
それから30分くらい経ったころだろうか。初老の男性が重い木の扉を開き、一度マスターに会釈するだけで外に戻ってしまった。
「さぁタクシーが来たようです。タクシー代を含めて少し入っています。」
そう言ってマスターは小さな封筒を少女に手渡した。本当にこの店は客に話の報酬を支払うらしい。
「ありがとうございます。」
「いえ。今夜はいい夢が見れるといいですね。おやすみなさい。」
少女は小さく頭を下げると扉の隙間から消えていった。
「いかがでしたか、あの子のおとぎ話は。」
マスターは柔らかく笑いながら、さっきまで少女が座りこぼれた涙が濡らしてしまった席を拭く。彼はさっきまで少女が話していたことをおとぎ話だと言った。それはどういう意味なのか。
「おとぎ話というのは、昔は自分が体験した奇妙な出来事などに尾ひれを付けて大げさに話していたことが始まりだとも言われています。まさにさっきのそれがそうですね。」
それはつまり、さっきの彼女は自分の恋愛体験を盛って話したと言いたいのだろか。
「たしかにあの少女はつらい恋愛をしたのでしょう。ただ問題はあの少女にとって彼を好きだったことよりも、自分は想いを告げられず辛かったという点に話が偏ってしまっている。だから彼女にとってあれは恋愛の話ではなくおとぎ話にすぎないんですよ。」
このマスターは優しい顔をして辛辣なことを言う。そんなことを言うなら最初から他人の身の上話何て聞かなければよさそうなものだが、どうやら本当にそれで商売をしているらしいから変わった仕事もあるものだ。
「初めてのお客さんにとってここは異様でしょう。でもこういう話を聞きたいというスポンサーさんも結構いらっしゃいましてね。両者の需要と供給が成り立っているんですよ。」
スポンサーがいたことに驚いたが、資金源があったことに少し納得する部分もあった。でないとマスターは早々に破産だ。でもそのスポンサーとはいったいどういう人たちなのだろうか。
「世の中には恋愛にまつわる様々なもので溢れています。小説やお芝居、歌や絵。それは恋愛という題材が共感をよびやすいからです。でも同じ人間がいくつも恋愛をテーマにしたモノを作るのは難しい。ですので、ここはそんな芸術家の方々にリアルな題材を提供しているのです。」
つまりは作家や作詞家が売れる作品を作るネタ集めにここに出資しているということか。そのカラクリを知ってしまうとなんだかこのマスターの性悪さの影が良く見えるようになった。
カランコロン
それでもこの店には人が来る。
今度はスーツにようやく慣れたような風貌の男性が来店した。
マスターはそれをただ静かに聞き入るだけだった。口を挟まず、適度に相槌を打ち、表情も変えず静かに少女が想いを語りつくすまで待っているのだ。
「来月彼とは別々の大学に進学します。私は地元で、彼は県外です。もう今まで以上に会うこともできなくなるんだったらいっそ告白しようとも思いました。でも・・・」
そこで彼女はまた口を噤んでしまった。そんなに辛い話ならしなければいいだろうにと他人からして見れば思うのだが、恋愛をする人間はたいていおしゃべりだ。自分がどれだけ相手のことを愛しているか、相手にどれだけ愛されているか。それを人に言わずにはいられないのだろう。絶対的な恋愛ではなく、相対的に己の恋愛を他者と比べて想いを量るのだ。
一つ深い深呼吸をして少女は小さな口を開いた。
「先週のことです。彼が嬉しそうに彼女が出来たと言ってきました。相手は彼と同じ大学に進学する子だそうです。私はそれを聞いて感情を抑えるので精一杯で。」
自分の涙でヨレヨレになってしまったハンカチを握りしめて声を殺して泣いた。
カウンター越しからマスターが温かいおしぼりを差し出す。きっとその温もりは少女の眼の緊張をほぐすだろう・・・。
それから30分くらい経ったころだろうか。初老の男性が重い木の扉を開き、一度マスターに会釈するだけで外に戻ってしまった。
「さぁタクシーが来たようです。タクシー代を含めて少し入っています。」
そう言ってマスターは小さな封筒を少女に手渡した。本当にこの店は客に話の報酬を支払うらしい。
「ありがとうございます。」
「いえ。今夜はいい夢が見れるといいですね。おやすみなさい。」
少女は小さく頭を下げると扉の隙間から消えていった。
「いかがでしたか、あの子のおとぎ話は。」
マスターは柔らかく笑いながら、さっきまで少女が座りこぼれた涙が濡らしてしまった席を拭く。彼はさっきまで少女が話していたことをおとぎ話だと言った。それはどういう意味なのか。
「おとぎ話というのは、昔は自分が体験した奇妙な出来事などに尾ひれを付けて大げさに話していたことが始まりだとも言われています。まさにさっきのそれがそうですね。」
それはつまり、さっきの彼女は自分の恋愛体験を盛って話したと言いたいのだろか。
「たしかにあの少女はつらい恋愛をしたのでしょう。ただ問題はあの少女にとって彼を好きだったことよりも、自分は想いを告げられず辛かったという点に話が偏ってしまっている。だから彼女にとってあれは恋愛の話ではなくおとぎ話にすぎないんですよ。」
このマスターは優しい顔をして辛辣なことを言う。そんなことを言うなら最初から他人の身の上話何て聞かなければよさそうなものだが、どうやら本当にそれで商売をしているらしいから変わった仕事もあるものだ。
「初めてのお客さんにとってここは異様でしょう。でもこういう話を聞きたいというスポンサーさんも結構いらっしゃいましてね。両者の需要と供給が成り立っているんですよ。」
スポンサーがいたことに驚いたが、資金源があったことに少し納得する部分もあった。でないとマスターは早々に破産だ。でもそのスポンサーとはいったいどういう人たちなのだろうか。
「世の中には恋愛にまつわる様々なもので溢れています。小説やお芝居、歌や絵。それは恋愛という題材が共感をよびやすいからです。でも同じ人間がいくつも恋愛をテーマにしたモノを作るのは難しい。ですので、ここはそんな芸術家の方々にリアルな題材を提供しているのです。」
つまりは作家や作詞家が売れる作品を作るネタ集めにここに出資しているということか。そのカラクリを知ってしまうとなんだかこのマスターの性悪さの影が良く見えるようになった。
カランコロン
それでもこの店には人が来る。
今度はスーツにようやく慣れたような風貌の男性が来店した。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
私には婚約者がいた
れもんぴーる
恋愛
私には優秀な魔法使いの婚約者がいる。彼の仕事が忙しくて会えない時間が多くなり、その間私は花の世話をして過ごす。ある日、彼の恋人を名乗る女性から婚約を解消してと手紙が・・・。私は大切な花の世話を忘れるほど嘆き悲しむ。すると彼は・・・?
*かなりショートストーリーです。長編にするつもりで書き始めたのに、なぜか主人公の一人語り風になり、書き直そうにもこれでしか納まりませんでした。不思議な力が(#^^#)
*なろうにも投稿しています
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
悪役令嬢が残した破滅の種
八代奏多
恋愛
妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。
そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。
その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。
しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。
断罪した者は次々にこう口にした。
「どうか戻ってきてください」
しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。
何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。
※小説家になろう様でも連載中です。
9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる