さよならジーニアス

七井 望月

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芳山理子ちゃんの消失

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 ……ヤバい、これは本気でヤバい。

 決して見くびっていた訳じゃない。ただ自信があっただけだ。

 走る早さはかつての区間賞の頃とさして変わりはない。それでも俺が追い付けないのは実力の差に他ならない。

 いくら強く地を蹴って、強く息を吐いても体に負担がかかるばかりで、前を走る中世タイムスリップ男には敵いそうもない。

「……もう、ダメかもしれねぇな」

 吐く息はやがて弱音に変わっていた。軋むように痛む体が全身に危険信号を送り続けていて、もう無視出来ないくらいのダメージが四肢に蓄積されていた。

「ああ、あ、啖呵を切り、山賊のごとき豪胆な提案をして見せた誉れ高き韋駄天、ここまで突破して来た弟君よ。真の勇者よ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する姉は、おまえが過信しきったばかりに、やがて命を狙われなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしく私の思う壺だぞ」

 ……発破のつもりか、はたまた煽りか。タイムスリップ男は振り替えってそんな言葉を投げ掛けながらも、依然俺が追いつけない程のスピードで走り続けている。

 化物か、コイツは……

「……折角だ、俺達の野望をここで話してやろう。どうせお前は用済みだ。お前を人質に取ればあの家族思いの科学者はまんまと姿を現すだろうさ」

 短距離走インターハイ選手くらいの速度で疾走しながら、全く息を切らす素振りも見せずに長尺の台詞をスラスラと言い切ってみせる。キャラ設定忘れてるぞ。

 ……コケにされまくった怒りをパワーに変えて加速をしても、奴はそれ以上に加速する。

 もう、この試合には勝てねぇって……

「……世界中の人間が芳山理子を世界でも類をみない天才であると称賛する理由、それはあのタイムマシーンを含めた芳山理子最大の功績『世界三大マシーン』にあるのは知っているだろう。“タイムマシーン”、“12月の救済マシーン”、おぞましいオゾンマシーン……それらは人々の生活を豊かにする反面、軍事利用による有用性も見出だされてきた、主に我々裏社会の間でな。だから裏社会には芳山理子の研究成果を狙う者が多くいる。俺らもその一角にして、裏社会の頂点に最も近い存在。……もう既に、兵器は我々の目の前にせまっている」

 まるで演劇みたいに、強く張った声でトップレス男優は握り拳を天に突き上げる。

「……さあ、もうじき校庭が見えるぞ!さすれば俺達は皇帝だ!全てが俺達を肯定し、住む家は公邸だ!俺達が世界を更訂する!その行程として、まずは身分の高低をなくし、俺達が唯一の王であると公定する!……これで世界は、俺達のものだァーー!!」





「止まれ!!デトロイト市警だ!!!」

 ……一足先に校庭に到着した筋肉マッチョが目にしたのは、銃を構えて待ち構える警官隊だった。なぜこんな片田舎にデトロイトの警官がいるのかについては、特に理由はない。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードみたいなものだ。場所はカンケーない。

「……な、なんだコレは?」

 180度、銃口に囲まれて為す術ないマッチョは両手を軽く上げて降伏のポーズをしながら、不幸な現状を嘆く。

「はっは、悪いがアンタの事は警察に通報させてもらったよ」

「な、なんだとォ!!」

 激昂した筋肉だるまはまるで悪魔みたいだ。

「……俺が学校を出る際に、伊井国先生に伝えた暗号、“ハインリヒ5世が神聖ローマ皇帝に即位してから承久の乱が起こるまで”ってのは、元号同士で引き算をすると答えが110になる。そこに連絡しろってのはつまり、警察を呼べって事だ。つまり、競争以前にお前は俺との勝負に負けてたのさ」

 ……試合は俺の惨敗だけどな。試合に負けて、なんとかになんとやらってやつだ。

「騙しやがったな!くそッ……たれがッ!この人数の警官ぐらいなんとでもならぁッ!!」

「……た、対象臨戦態勢!撃て!銃を撃てッ!!」

 警官隊の隊長が声を上げる。

 ……そこからの光景は凄惨なものだった。

 まるで獣でも相手にするかのように銃を構えた警官隊は標的を絶命せんと銃弾を乱射する。

 銃口を向けられた筋肉漢は無数の銃弾を体に受けているのにも関わらず、胸でビームを吸収するウルトラマンみたいに直立を保っている。

「ぐ、ぐおおおお!!」

「止めるな!撃ち続けろ!奴を普通の人間だと思うな!」

 警官隊は撃ち方やめず、隙のない砲撃を続ける。



「……………………全員、撃ち方止めッ!!」

 隊長が宣言し、絶え間なく鳴り響いていた発砲音が静寂に変わる。

 舞う砂ぼこりと火薬が視界を遮る。もやもやが晴れてうっすらと見えたのは仁王立ちする大男のシルエットだ。

「こ、コイツッ!?まだ生きて……!」

「さえずるな…………!奴はもう、気絶している」

 ……警官隊長が言うとおり、大男は立ったまま動かなかった。

 顔は白目を向いていて、力を込めて食いしばった歯はまるで鬼のような形相だ。

「……これだけやって、気を失っただけかよ」

「……それだけ、“奴ら”は恐るべき存在だと言うことだよ。事実、警察も奴らのことは特別警戒していた。今回の通報を受けたとき、最初は何かの間違いだと思った、だけど本当ならまたとない機会だ。軍隊までは用意できなかったけど、実際に奴らのひとりをこうして目の前にして、逮捕する事ができた。本当に通報の時は耳を疑ったけど、ひとまずゴニンじゃなくて良かったよ。……ご協力いただき、本当に感謝致します」

「あ、はい。こちらこそ、ありがとうございました」

 ……警官隊長からの感謝の言葉に、俺は少しこそばゆいくらいの違和感を覚えたが、そんなのは些細なもので、一つ大きく決意を俺は宿した。

「……久しぶりに、本格的に走るトレーニングをするか……」

 ……こうして、エージェントの1人との戦闘が終わったのであった。


 ※





「全く!無理するんだから!私本ッ当に心配したんだからね!!」

 帰り道、理子は涙ぐんだ顔を真っ赤にしながら、俺の腕を抱きしめて歩いている。あ、歩きづれぇ……

「別に、無事帰ってこれたんだからいいだろ。そんなにくっつくなよ、歩きづらい」

「何よ、心配してあげてるんじゃない。それに、さっきみたいにどっか行っちゃうかも知れないからくっついてるのよ。決して、私がくっつきたいからくっついてるわけではないわ」

「…………」

 ……理子は、彼女が俺の家に押し掛けてきた時から少し様子がおかしい。

 理子曰く、あの日の行動は全て操られての事だったらしいが、今現在になっても不可解な行動が目立つ。

 もしかして、今も操られてるんじゃないだろうか?

「ねぇ、聞いてるの?箱根。だから私がくっついてるのは私がくっつきたいからくっついてるわけではないの。しょうがないことなの。わかる?」

「あー、わかったわかった。勝手にしろ」

 まあ、コイツのキャラ崩壊はいつもの事か。そう思い、俺は疑念を消し去る。

 ……理子も、ただ本気で心配しているだけなのだろう。

「……もう、素っ気ないんだから。私なんか心配しすぎて、認識阻害装置で気配を消して箱根とエージェントの後をずっとつけてたくらいなんだから。何かあったらヤツを殺す事も辞さなかったわ。結局その必要はなかったけど。流石、箱根ね♪」

「…………」

 ただ少し、過保護のきらいがあるな。やっぱコイツ操られてんじゃねぇのか?

「……でもやっぱり、何でもかんでも1人で背負うのは良くないわ。……その辛さは私もよく、知っているから。……だから、私は貴方を叱らなければいけません」

 過保護な理子はおかんむりなおかんみたいに、げんこつを掲げて言った。

「……うふふ、後で屋上に来て下さい。……貴方に、話があります」




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