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だから私はタイムマシンで未来へ逃げようと思うの
しおりを挟む夕陽が大空を橙色に染める。見上げる空はまるで火を灯したみたいだ。放課後の空が放火後みたい、ってね。
……ところで、「屋上へ行こう」なんて理子が突然言うものだから、俺達は通学路を逆走して学校に向かっている。
屋上なんかに行って、一体何をするつもりなのだろう。未成年の主張でもするつもりか?いや、それじゃあ「学校へ行こう!」じゃないか。最も、俺達は現在進行で学校へ行こうとしている訳だが。
「……あれ、理子ちゃんと、箱根。どうしたの、二人揃って……」
「こ、言問?お前こそどうした。こんな時間に」
生徒達が散り散りになって去り消えた通学路。そんな中でただ一人オフピーク下校をする言問文夏と俺達はバッタリ出会った。
俺の指摘に言問は抜けていた台詞を思い出した演者の様にハッと息を吐くと、人差し指を俺に向け、ビシッとポーズを決める。
「い、いや、なんでもないよ。別に、アンタを探して校内をぐるぐる回ってた訳じゃないんだからね!」
「そ、そうか」
……僕っ娘ツンデレキャラか、もしくはただのキャラ崩壊か?どっちにしろ俺になんか俺に用があったみたいだな。
「……別に、アンタを心配して聞く訳じゃないんだけど、昼休みにアンタと一緒に走ってた筋肉マッチョの変質者。あれって一体何?」
「……あー」
言いあぐねる。エージェントの事を知っている言問になら正直に話しても問題はないのだが、実際、直にあのバケモノと対峙した今なら分かる。理子がなぜ俺らをエージェントから引き離そうとしたのか。
言問を危険な目には合わせたくない。そう思い、俺は話をはぐらかそうとするが、それは理子の正直な告白によって阻止された。
「……あれは、私の研究成果を狙っているエージェントの1人よ。ちょうど良いわ、文夏ちゃんも付いてきて。アイツら、エージェントについて話があるわ」
※
てなわけで、道中でパーティを一人増やして俺達は目的地である屋上にやって来た。
日が暮れなずむ頃の屋上は人っ子一人おらず、密談をするには丁度良いスポットであった。が、理子が認識阻害マシーンを起動させているので結局場所はどこでもいいのだが。
「……用件は、先ほども言った通りエージェントの事。箱根はあのマッチョに聞いて既に知ってると思うけど、彼らの目的は私の研究成果を軍事利用して世界の頂点に立つこと。そのためには手段を選ばない。現に今回のマッチョは衆目に晒されることも厭わずに堂々と学校に潜入してきたわ」
確かに、マッチョはいつの間にか現れた春の妖精みたいに気付いたらそこにいたからな。ただ世界征服を狙う少数精鋭の部隊としては不可解な行動だ。なるだけ敵は作りたくないだろうし、隠密に行動して裏から世界を牛耳っていくっていうのが悪の組織の世界征服メソッド的には良いと思うのだが。
「そうね。普通は表立って行動するような事は滅多にないでしょうね。だけど今回の件がただのボーンヘッドとも思えない。警察も彼らを捕まえるのに手を焼いてたみたいだし、何より私が出会ったエージェントはかなり狡猾な人物だったわ。たった四人の組織で意志疎通が出来ていないっていうのも考えにくいし、やっぱり何か策があるはず」
理子は顎に手を当てあっちへいったりこっちへいったり、まるで名探偵が推理ショーのデモンストレーションを行ってるみたいだ。
「……私が思うに、彼らは既に警察組織と相対しても十分に戦える程の兵器、戦力を有している。あのマッチョが無数の銃弾を浴びても傷一つなかったのも兵器の力かもね。よく分からなかったけどバリアー的な何かか、もしくはサイボーグ改造でもしてるのかもしれないわ」
……そこまで言い終えると理子は何の脈絡も、文脈も関係なしにあっけらかんと言ってのけた。耳を疑う程の爆弾発言を。
「だから私はタイムマシンで未来へ逃げようと思うの」
「…………え」
「………………は?」
あまりに突飛な発言に俺と言問は共々異なった感嘆を漏らす。ただ思考は一致していただろう。いきなり何を言い出すんだコイツは。
「……二人には、伝えておかなきゃいけない事があるわ」
待て待て、そんなにいっぺんに言うな。情報過多もいいとこだ。伝え方を考えて、もっと段取りを踏んでくれ。
しかし理子にはどこ吹く風で、彼女は独り言の様に話を続ける。
「……わたしは、この時代の人間じゃないの。いつ、どの時間平面からここに来たかは言えない。禁則事項なの。……そして、箱根。私の事覚えてる?私の本当の名前は、妙本理子。貴方のお姉ちゃんよ」
続けての爆弾発言、認識阻害装置を外しながら彼女は朝◯◯みくるみたいな事を言い出した。
ところで朝◯◯みくるって伏せ字は今の時代だと総合格闘家の方を想像する人の方が多そうだ。
閑話休題。
はてさて、まさか理子がタイムトラベルしてきた姉ちゃんだったとは、とんだ急展開だ。誰が予想出来ただろうか。
「まあ、知ってたけどな」
「え?い、いつから……?」
驚く理子。はて、気付いたのはいつ頃だっただろうか。恐らく家に帰って来た父親が不意に漏らした一言がきっかけだったと思う。
「……あのバカ親父」
理子は目を細くして親の敵を祟るみたいな恨めしそうな顔をした。親だけどな。
改めて思えば、両親はこの時代に姉がやってくる事を知っていたのだろう。だから俺にひたすら勉強をさせ、俺より頭の良いヤツが突如として現れたらそれが姉だろうと踏んでいた。つまり俺はお姉ちゃんセンサーだった訳だ。
……帰ったら、そこんところの真相を追及してみよう。
「……とりあえず箱根はいいわ。だけど文夏ちゃんまでノーリアクションなのは納得がいかないわ」
「いや、理子ちゃんが箱根のお姉ちゃんっていうのは既に知ってたから……」
再度驚く理子。むしろ理子しかリアクションしてないな。リアクションカウンターだ。
「だ、誰に聞いたの?」
「えっと、僕のお兄ちゃんに」
「……ああ、英国くんかぁ……」
理子は頭を抱えて重たい溜め息を吐く。
今度は俺も驚いた。言問に兄弟がいるとは知らなかったし、理子と知り合いだとも知らなかった。なんつうか、世間は狭いな。
理子はポケットから携帯を取り出すと番号をポチポチ、電話を架け始めた。どうやら言問の兄に架けるようだ。
「……無理だよ。私も何回も架けたけど出たためしがないし」
『ただいま電話に出ることができません。発信音の後に、お名前とメッセージをお話下さい』
「ほら……」
諦めの溜め息を理子は吐いた。と、思ったのだが、どうやらそれは大声を出すための予備動作だったようだ。
「おい!理春てめぇ!愛しの彼女からのラブコールだぞ!無視してんじゃねぇよ!とっとと出やがれこのバカちんがッ!」
「…………」
静寂の後、電話から折り返しのコールが鳴った。理子はスピーカーをオンにして応答ボタンを押した。
「……あー、久しぶり。理子ちゃん。元気してた?」
「……嘘、お兄ちゃん……?」
……おいおい、急展開が過ぎるって……
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